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爆発する研究所からの脱出後、事態は急速な解決に向かって行った。
吉良星二郎は鬼瓦のおじさんたち警察に逮捕され、ジェネシスたちも保護されることになった。今ここには居ない瞳子監督は、ジェネシスたちの付き添いをする為に離脱するという。…本当に、良い人だった。血は繋がっていないというけれど、グラン…いや、基山ヒロトくんと手を繋いで歩いていくその背中は本当の姉弟に見えて微笑ましくて。

「調子はどうだ」
「豪炎寺くん」

そんなことを、バスの外でサッカーしているみんなを眺めながら思い出していれば、私の様子をわざわざ見に戻ってきてくれたらしい豪炎寺くんが私の座っている席を覗き込んできた。その手にはボトル。給水ついでなのだろう。とりあえずポーチに入れておいた塩飴を渡せば、僅かに笑って受け取られた。

「古株さんたちどうだった?直りそう?」
「まだ時間はかかりそうだった」

それならしばらくこのままだろう。仕方がない。何せ、あんな大脱出を遂げた後だ。日本を縦断だってしたのだし、ガタが来ていたって可笑しくは無い。

「暇じゃないのか?」
「そんなことないよ。みんなを見てるだけで飽きないし、日陰だから涼しいしね。ほら、みんな豪炎寺くんを待ってるよ」
「…そうか、じゃあな」

行き様に軽く頭を撫でられて思わず肩を跳ねさせる。豪炎寺くんは運良く気づかなかったようで、駆け足でみんなの輪の中に戻っていくのが見えた。それを見届けてから、私は小さな唸り声をあげて座席に横倒れになる。何とか何事もなく会話を終えた安堵から胸を撫で下ろした。

「………いつも通り、話せたかな」

抑えた心臓は先ほどから、緊張とよく分からないふにゃふにゃした感情のせいで早鐘を打っていて、顔が酷く熱い。
…豪炎寺くんに助けてもらったあと、見事に腰の抜けていた私は足の怪我も相まってバスの車内でみんなを待つことにした。近くまで連れて行こうか、というみんなの好意も遠慮した。…ちょっとね、落ち着く時間がね、欲しかったんですよ。

「…………苦しい」

そもそも雷門中に帰るために出発したバスの中、士郎くんにせがまれて豪炎寺くんと士郎くんの間に座ったところまでは良かった。ニコニコと士郎くんとお話しながら、しかし見られなかったのは何故か豪炎寺くんの方。
今右を向いたら、心臓が死ぬ。私の本能が高らかに警鐘を鳴らしていた為、豪炎寺くんが外の景色を眺めているのを良いことに士郎くんと喋り続けていたのだが。

「…まだドキドキしてる」

あんな命がけの脱出劇の後だったからこんなにドキドキしているのだろうか、なんて最初のうちは楽観的に見ていたのだけれど、しばらくしても治まらない動機に少しずつ焦りが出てきた。
何せ、三人ぎゅうぎゅう詰めで座っているため、どうしても腕が豪炎寺くんの腕とぶつかってしまう。そしてその温さを感じるたびに私を抱き上げてくれた腕の力強さを嫌でも思い出してしまうのだ。やっぱり豪炎寺くんも男の子。

「…変態みたいこと考えてる…」

同級生でチームメイトの友人に対してなんて邪な考えを抱いているのだろうか、私は。豪炎寺くんはせっかく善意と優しさで私を助けてくれたというのに何ていう奴。恥ずかしすぎて顔も合わせられなくなってしまいそう。
…こうなったら、残りの移動時間はいっそ寝てしまおう。そうすればそんなことを考えることも無いだろうし。





雷門中にたどり着いて、疲れているのに申し訳ないながらも再び壁山くんのおんぶで移動することになった。
ちなみに、バスが無事に直って再出発してすぐ計画通り寝ることはできたものの、どうやら私は気づかぬ間に豪炎寺くんの肩を枕にして眠っていたらしく、至近距離で起こされて思わず悲鳴をあげかけた。怖い夢を見たからってことにしておいたけど。

「…それにしても、霧がすごいね」
「前ちっとも見えへんやん…」

鬱陶しそうな顔をしているリカちゃんの言う通り、東京は雨でも降っていたのだろうかと思うほどに霧がすごくて前が見えない。…しかも、これも不思議なことだが人の気配が全くしないのだ。いつもなら、まだこの時間帯なら生徒も居るし部活だってしているはずなのに。
でもグラウンドには誰かしら居るんじゃないかという意見も出たおかげで、私たちはとりあえずグラウンドの方にも回ったのだが。

「あれ…変っスね…?誰も、いないんスかね…?」

…やっぱり、何か可笑しい。それをみんなも薄々感じ取ってしまったのか、先ほどから壁山くんが思わず漏らした一言以外無言のままだ。少し顔を顰めた守が、グラウンド内に入ろうと一歩を踏み出す。…そのときだった。
前方から、誰かがこちらへ向けて歩いてくるのが見えた。目を凝らす。ひょろりとした細身の体型の男だ。…その、正体は。

「あいつは…!」
「お待ちしていましたよ、雷門の皆さん」

…あの研究所で私たちを吉良星二郎の元に案内した、剣崎という男だった。薄い笑みを浮かべているこの人はたしか、あの人の側近的な役割を果たしていたはず。それなのに、あのグラウンドでの一連の会話の中に姿は無かった。脱出の前後にさえ。
何故ここに、という考えがみんなの頭に疑問として浮かぶ。思わず警戒を露わにして身構えるそんな私たちへ向けて、剣崎はごくごく普通の口調で口を開いた。

「皆さんにはまだ、最後の戦いが残っていますからね」
「…最後の、戦い…?」

…そんな訳が無い。だって、ジェネシスが最後で最強のチームだと言っていたはずだ。他のジェミニストームやイプシロンの彼らも保護されたと聞いた。なら、私たちが戦う敵なんて、もう居ないはずじゃないか。
そう考えて訝しげな顔をする私たちを他所に、十一人の何やらフード付きのマントを羽織った人物たちが剣崎の後ろに歩いてくるのが見えた。
その内の一人が前の方に歩み寄り、守の目の前で静かに立ち止まる。…そしてゆっくりと手が持ち上げられたかと思えば、その手は自身のフードを剥いで。

「風丸!?」

…そこに居たのは、ずっと連絡を取ることの出来なかったはずの幼馴染の姿だった。思わず息を呑む。
前よりもずっと伸びた髪を無造作に靡かせて佇む彼の瞳は、まるで凍てついた闇のように昏い。そしてそんな風丸くんに続くように次々と正体を現していくのは、見覚えのある顔ばかり。
染岡くん。半田くん。松野くん。影野くん。宍戸くん。少林寺くん。栗松くん。
そしてあの御影専農中のキーパーに、秋ちゃんの幼馴染でもある西垣くん。…もう一人の人は見たことがなかったけれど、それでもどうしてみんなが、剣崎の後ろなんかに。

「…久しぶりだな、円堂」
「…どういう、ことなんだ…!?」

…風丸くんは、瞳だけでなく、守を呼ぶ声さえ冷たかった。目の前のそんな風丸くんが信じられなくて、私は絶句する他なくて。
そんな動揺している他のみんなにも構わず、風丸くんは守にサッカーでの勝負を挑んだ。
その胸元に、紫色の毒々しい光を輝かせながら。
…それは、あの研究所で爆発と共に消えたはずのエイリア石だった。

「ようやく私の野望を実現する時が来たのです」

そして剣崎曰く、彼はあの吉良星二郎に服従するフリをしながらエイリア石を自分のものに出来る機会を窺っていたらしい。
エイリア学園の子供たちみんなが苦しまされてきたその石で、究極のハイソルジャーを作り上げるためだけに。
そして何より、この人はよりにもよってその実験台に風丸くんたちを選んだのだ。

「こんなの嘘だ!!」
「守!」

雷門イレブンを叩き潰す。そう言ってのけた剣崎の言葉に、風丸くんたちは顔色一つ変えなかった。…それはつまり、私たちと敵対する意思は本物であると自ら証明したようなものだ。
それを信じられない守が、風丸くんの元に歩み寄る。お前たちは騙されてるんだろ、と必死で問いかける守に、風丸くんは黙って掌を差し出した。…そして。

「…風丸…」
「俺たちは、自分の意思でここに居る!」

戸惑いながらも握り返そうと伸ばした守の手を、風丸くんは非情にも叩き落として見せた。…それが、風丸くんにとっての、そしてその後ろに立っている他のみんなにとっての、決別の意思の表れだった。
そして風丸くんは、その手に首から下げていたエイリア石を乗せて薄暗く笑う。力の無かった自分に、強大なパワーとスピードを与えてくれたエイリア石に、彼は心酔してしまっていた。

「ちょっと待てよ…!エイリア石の力で強くなっても意味無いだろ…!?」
「それは違うでヤンス」

…そして、それは他のみんなも。栗松くんを始めとしたみんなの瞳も冷たく暗く、エイリア石の秘めた強大な力に夢中になってしまっていた。
口々にエイリア石について酔いしれたように話すみんなに、こちらのみんなも絶句してしまっていた。

「どうしちゃったんだよ、みんな…!!」
「円堂くん、貴方にももう時期分かりますよ…。誰もが取り憑かれる魅力…それがエイリア石…!!」

…どうして、こうなってしまっている。やっと全部終わったと思っていたのに。また前のようにみんなで、サッカーが出来ると思っていたのに。
風丸くんは不敵に笑って、守に向けて手を差し出した。…それは、宣戦布告。

「さぁ…サッカーやろうぜ、円堂」

守が口癖のように何度もみんなへ告げてきたあの言葉が今、私にとってはまるで、覚めない悪夢の開始を告げるかのように恐ろしく聞こえて仕方がなかった。





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