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守は当然、その試合の申し込みを拒んだ。だって風丸くんたちはみんな私たちの仲間だ。志半ばで離れざるを得なかったとはいえ、それでもかつて全国一を目指して切磋琢磨してきた大切な雷門中サッカー部の一員だった。
けれど、それならば代わりにこの雷門中を再び破壊すると剣崎は言った。…それを聞いて躊躇無く後者に向けてボールを撃つ素振りを見せた染岡くんに、私は思わずあの日の悪夢を思い出す。あの時を繰り返すのは、もう嫌だ。
エイリア学園の悪夢の再来を招くわけにはいかないと、結局守は苦渋の決断で試合の申し込みを受けた。さっそく準備をしろと告げて反対側のベンチに歩いていく風丸くんに、私は思わず壁山くんの背中から降りて、痛む足を引きずりながら彼の名前を呼んだ。

「風丸くん!!」
「…あぁ、薫か。久しぶりだな」

…その目が、先ほどとは打って変わって優しい色をしていたことに思わず戸惑う。守や他のみんなに向けていた、まるで敵を見るようだった鋭い視線はなりを潜め、その瞳に見えたのは久々の再会による純粋な歓喜だった。
だから、期待してしまった。もしかするとあの態度はやはり、脅されたりしたことによる演技のせいであって、こちらが風丸くんの本当の姿なのかもしれないと。…だから。

「喜んでくれ、薫。俺はやっとお前の信頼に心から応えられる」
「……ぇ?」

純粋に晴れやかに笑う風丸くんの口から出てきた言葉が場違いにも明るくて、それが彼の紛れも無い本音なのだと疑うことも無く理解できてしまう。…私の、信頼?

「お前は言ってたよな。『風丸くんなら出来る』『風丸くんは凄い』『風丸くんは強い』ってさ。…そんな訳が無かった。俺みたいな実力じゃ、エイリア学園の奴らの前では無力でしか無かった。お前のことだって守れなかった。…でも」

…だって、それは全部本当のことだ。いつだって私の悩みを聞いて、頷いて、最後には力強く励ましながらも寄り添ってくれる風丸くんに私は救われてきた。
サッカーだって、陸上部だったのに少しずつ上手くなっていって、全国に行っても経験者たちに負けないほどの強さを発揮して雷門中の勝利に貢献してくれた。
…でも、風丸くんは自分のことを弱者だという。私の心からの言葉に応えられない人間だったのだと。だから私を守ることが出来なかったのだと、悔やんで。だから。

「今度こそお前の期待に応えられる強さを、俺は手に入れたんだ」

そう言うと、風丸くんはまるで私を大切な宝物を慈しむようにうっとりと見つめて、閉じ込めるように抱き締めた。
その力はとても強く、思わず苦しみに呻きそうなのを耐えていれば風丸くんが私の背中をあやすように撫でて、耳元で囁くように呟いた。…その言葉を聞いて、私は今度こそ息が止まる。

「強くなった俺なら今度こそ、お前を守ることができるはずなんだ」

…そう言って、名残惜しげに私から離れた風丸くんは最後に私の頬を軽く撫でて、染岡くんたちの方へ戻ってしまった。私は、その背中を引き留めることも出来ないままその場に崩れ落ちる。
守を始めとしたみんなが慌てて駆けつけて声をかけてくれるけれど、どの声も今の私には聞こえなかった。

「…わたしの、せいだ」

私の無責任な信頼のせいで、風丸くんを追い詰めたのか。
…それならばもしかして、染岡くんも半田くんも、他のみんなも。私が心の底から伝えていたつもりの言葉が、重荷になってしまっていたのだろうか。
涙が溢れる。声を上げて泣き喚きたい気分だった。どうしようもなく愚かな自分が嫌になって、いっそこのまま消えて無くなってしまいたい衝動にさえ駆られた。

「ごめん、ごめんなさい、わたしが」
「違う、お前のせいじゃ無い!」
「わたしが、わたしが、おいつめたから」

肩を揺らされながら、必死で私のせいでは無いと訴えかけてくる守の言葉を否定する。だって、本当のことだ。繰り返してきた私の言葉の分だけ、きっと風丸くんを焦らせて追い詰めて、エイリア石なんかに縋らせた。 
だからきっと、私なんかがそもそも居なければ。

「…ッ薫!!」

…鋭く私の名前を呼ぶ守の声がして思わず顔を上げた瞬間、ごちん、と鈍い音がして目の前に星が散る。くぐもった呻き声と共に後ろに倒れ込んだのを、ギリギリのところで豪炎寺くんが受け止めてくれたが、いきなりの頭突きやら痛みやらで私はお礼を言うどころじゃなかった。
守も相当痛かったのか、自分の額を抑えつつ涙目になりながらも私に向けて口を開く。

「ま、まもる」
「目を覚ませよ薫!!」
「!」
「風丸たちのことはお前のせいじゃない!俺だって悩んでたあいつらのことを何も分かってやれてなかった!!」
「…でも」
「でもじゃない!!」

守は私の肩を揺さぶって、真っ直ぐに私の瞳を見つめる。…その目に、嘘なんて一つも見えなかったから、取り乱していたはずの私の心がだんだん落ち着いていくのが分かった。

「お前はあいつらのこと信じてるんだろ!?それは嘘だったのか!?」
「う、嘘じゃないよ。本当に…本当に風丸くんたちは強いから」
「ならお前はそう信じていれば良い!」

…たとえ否定されても、それでも信じることが大切なのだと守は言った。それが他でもない私の本心なのならば、誰に否定されたって貫き通せば本物になるのだと。
そして今私がするべきなのはそれこそ、悔やむことではなく信じ続けることだって。

「俺たちは絶対に勝つ。勝って、風丸たちの目を覚まさせるんだ!」
「…うん、そうだね」

守の言う通りだ。ここで自分が何も出来ないと泣くだけなら誰だって出来る。でもそれじゃ何も変えられないし変わることもない。
…だから何も出来ないならせめて、信じていよう。守たちは勝つし、風丸くんたちはこれが間違っていることだと気づいてくれる。そうして今度こそちゃんと、風丸くんと話をしよう。

「円堂の言う通りだ」
「…豪炎寺くん」

豪炎寺くんの手を借りて立ち上がれば、豪炎寺くんは真っ直ぐに私を見つめながら安心させるようにして頷いた。

「俺たちは、必ず勝ってみせる」
「…お願い」

みんなの目もそれぞれ決意に満ちていた。必ず勝って、今度こそこの戦いに終止符を打ってみせると言うように。
…そしてとうとう、試合開始の時がそこまで迫っていた。





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