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試合は雷門イレブン側のキックオフから始まった。鬼道くんがボールを持って上がっていくその背後を、守が追いかけていくのが見える。それを見て、鬼道くんも何かしら思うところがあったのかヒールキックで守に向けてパスを出した。
そしてその前に、風丸くんが立ちはだかる。ボールの取り合いかと思わず身構えたものの、しかしそれは足元も見ないままアッサリと守からボールを奪って駆け抜けていく風丸くんの姿に目を見開くことになった。

「ハハッ、その程度か?キーパーじゃなければ、お前も大したことは無いな!」

守を嘲笑うようにそう言い捨てた風丸くんはそのまま雷門の方へと攻め上がっていく。当然それをみんなが見逃すわけも無くて、風丸くんの前に立ちはだかった鬼道くんと土門くんが風丸くんへのディフェンスに当たる。…しかしそれは、目に見えないほどの尋常じゃない速さに進化した風丸くんの必殺技、疾風ダッシュでいとも簡単に突破されてしまう。
そして風丸くんは、未だ切り替えのできておらず立ち尽くしている壁山くんへ向けて、止めてみろとでも言いたげにシュートを放った。

「壁山くん!!」
「ザ・ウォール!!」

ギリギリで迷ったように展開した壁山くんのディフェンス技。…しかしそれは、ただのノーマルシュートであるはずの風丸くんのシュートにいとも簡単に崩された。背後の立向居くんがムゲン・ザ・ハンドで何とか手中に収めるものの、その苦悶する顔から分かるくらいそれは壁山くんの必殺技を砕いてなお強烈だったらしい。

「まだほんの小手調べさ」

風丸くんの顔は、余裕を浮かべて薄らと笑っていた。地面に膝をついて愕然とする壁山くんにさえ、心配することも声をかけることも無く元のポジションへと引き返していく姿を見て、思わずこみ上げそうな嗚咽を飲み込む。
雷門イレブンはなかなか勢いに乗れなかった。攻撃を通そうとしても、立ちはだかる半田くんや宍戸くんと少林寺くんくんのディフェンスに、テクニックではチーム随一を誇る実力を持つ一之瀬くんですら手も足も出ない。…けれどようやく、そんな彼らの間を縫って通したパスがとうとう豪炎寺くんに渡った。豪炎寺くんにボールが渡ったのなら、きっと…!

「爆熱ストーム!!」

初披露したときの沖縄に、既に風丸くんたちは居なかった。だから彼らにとってこの技は初見であるはず。そしてエイリア学園との戦いの中でさらに進化を遂げて強力なシュートになったそれを、簡単に止められるはずが無い。
…そんな私たちの希望さえ込めて撃たれたはずのそのシュートはしかし、キーパーと影野くんの連携ディフェンス技の前に止められてしまった。

「豪炎寺先輩のシュートが…!」
「…あんなに、アッサリと…?」

…そして、今気がついた。ただエイリア石の力だけでパワーアップしているだけだったなら、それはただスピードやパワーが上がっているだけでテクニックに何ら変わりはないはず。しかし、先ほど一之瀬くんを止めたように、豪炎寺くんのシュートを完璧に抑え込んで見せたように。彼らは。

「…強くなってるんだ。エイリア石関係無しに、強くッ…!!」

…どうしてそれを、こんな形で知らなきゃいけなかったんだろう。喜ぶべき事実を、誇らしいとさえ思うべき成長を、どうして私たちはこんな思いで知らなきゃいけなかった。
そして、そんな豪炎寺くんのシュートを止めたことで勢いをつけ始めたのか、今度は染岡くんが攻め込んでくる。あっという間にディフェンスを突破した染岡くんは、立ちはだかった壁山くんと守に向けて叫ぶ。

「エイリア石の力を否定するなら…それ以上の力を俺に見せてみろ!!」

…その言葉と共に、二人はいとも簡単に吹き飛ばされた。それを見て笑う染岡くんが再び攻め上がろうとするものの、しかしそこで士郎くんがアイスグランドを用いてボールをカットしてみせた。
ボールを取られたことに舌打ちして踵を返した染岡くんの背中に、士郎くんが声をかける。

「染岡くん!」
「…」
「僕は忘れてないよ…君がどんな悔しい思いで、チームを離れたか。どんな思いで僕に後を託したのか…!!」
「…フン、そんなこと覚えてねぇな」
「…染岡くん…!」

…二人の会話が聞こえる。思い出したのは、あの病院の屋上での二人が交わしていた会話だった。
あの日、悩み葛藤していた士郎くんに染岡くんは「お前は雷門の仲間だ」なんて力強く励まして、「また風になろう」と笑っていた。そんな染岡くんの優しい言葉に、士郎くんだって救われていたはずなのだ。…なのに、本当に染岡くんはそれさえ忘れてしまったというのか。
そしてみんなが再び攻め上がっていく。一之瀬くんの合図で守たちがザ・フェニックスの体勢に入るのが見えた。…けれど。

「フェニックスはもう飛べない!」

木戸川清修戦では突破出来たはずの西垣くんのディフェンス技に、フェニックスは羽根を捥がれた。愕然とする彼らを他所に、西垣くんにパスを呼んだ風丸くんへ向けてボールが蹴られる。その前に鬼道くんが立ちはだかった。…でも、そんな必死なマークさえ今の風丸くんには関係無かった。
物凄い跳躍力を見せた風丸くんは、あっさりと鬼道くんの頭上を跳び、シャドウと呼ばれた男の子に向けてパスを出す。…そして。

「ダークトルネード!!」

ディフェンスに出た綱海くんと木暮くん、そしてキーパーの立向居くんごと押し込むようにしてその強烈なシュートは先制点を奪った。そこに守が思わずといった様子で駆けつけるものの、三人はすぐには立ち上がれないほどのダメージを受けたらしかった。
その後も風丸くんたちの攻撃は止まらなかった。点数こそ渡さないものの、雷門側はボールを奪われっぱなしでシュートさえ撃つこともままならない。そしてとうとう、再び染岡くんにパスが渡った。意気揚々とシュート体勢に入る染岡くんの元に、やはり士郎くんが駆け込んでくる。ギリギリのところで滑り込み染岡くんとボールを挟むようにして競り合う中、苛立つように悪態をついた染岡くんへ向けて士郎くんが悲痛な声で叫んだ。

「テメェ…さっきから俺の邪魔ばっかしやがって…!」
「染岡くん…!僕と風になろうって約束したじゃないか!忘れちゃったの…!?」
「だから…覚えてねぇって言ってんだろぉぉぉぉ!!!!!」
「!!」
「士郎くん!!」

眩く光った紫色の光と共に、さらにパワーを高めた染岡くんがとうとう士郎くんを吹き飛ばしてそのままシュートを放つ。獰猛なドラゴンは吼えながら、立向居くんのムゲン・ザ・ハンドを破って追加点を決めた。…これで、とうとう二点差だ。

「見たか…最強のストライカーは、俺だ!」

膝をつく士郎くんを見下ろして、染岡くんは勝ち誇ったように笑う。…違う、今の染岡くんは、かつて私が誇らしく思っていた雷門のエースストライカーじゃない。
間違っても染岡くんは、人を嘲笑うような人間じゃ無かった。強い人間には敬意を払い、仲間を大切にしながら自分にできることは何でもするような、そんな強い人間だったのに。

「…どうして」

あの時の誇り高い、仲間思いの雷門のストライカーはどこへ行ってしまったの。一歩ずつ一緒に歩んできた、チームメイトとしての思い出も絆も、君にとってはどうでも良くなっちゃったの、ねぇ。





…前半は二点のリードを許したまま、ハーフタイムに入った。攻める糸口が見つからず、頭を抱えるみんな。…それもそうだ。だってこちら側は完璧に読まれてしまっている。
クセも、タイミングも何もかも。一緒にボールを蹴ってきた分だけ、相手には私たちの何もかもが見透かされてしまっていた。
けれど、こんなところで諦めるわけにはいかない。風丸くんたちの目を覚まさせなければ、私たち以外に彼らを救うことは出来ないのだから。

「切り札は綱海だ」

そしてそんな中、頭を抱えるみんなに向けダークエンペラーズへの対抗策として響木監督が示したのは福岡までは一緒だったという風丸くんや栗松くんでさえ唯一その存在も能力も知らない綱海くん。今のところはディフェンスとしてしか動きを見せていない綱海くんがシュートを撃てることを知らない今なら、隙をついて得点することが可能かもしれないのだ。

「よし、みんな、何としても勝つぞ!エイリア石の力なんか要らないってことを見せるんだ!!」
「おう!!」

そして後半が始まった。雷門は綱海くんが攻撃しやすい「波」を作るために、ひとまず自陣でボールを回す。攻撃することを目的としていないせいか、相手もカットするのに苦戦していた。…しかし、そんな私たちの意図ですら察知してしまったらしい風丸くんが、塔子ちゃんに向けてのパスを俊敏に動いてカットする。

「どうした、攻めることも出来ないのか!」
「くっ…!」

そのまま攻めようとする風丸くんの前へ守が立ちはだかった。しかしやはり風丸くんは守へ向けて余裕そうに笑い、その横をすり抜けようと動き出す。…けれど、守はそんな風丸くんに死にものぐるいで食らいついた。必死な守の形相に気圧されているらしい風丸くんの顔が煩わしげに歪んでいく。

「…ッ邪、魔、だあぁぁぁぁ!!!」
「ぐあっ!?」
「守!!」

そのマークにとうとう苛立ちを抑えきれなかったらしい風丸くんが、守のお腹に向けてボールを蹴り込んだ。懐がガラ空きだった守はなす術もなくその強力なボールを受けて後方へと吹き飛んだ。みんなの守を呼ぶ悲鳴がグラウンドに響く。
そこに駆けつけてくれた士郎くんが守を助け起こすのに安堵していれば、そこに綱海くんの怒声が今度は聞こえてきた。

「テメェ!何すんだ!!お前ら、仲間だったんじゃねぇのかよ!?円堂をボールで吹っ飛ばして、何とも思わねぇのか!!
そんなにエイリア石が大事なのか!!」
「…ッお前に何が分かる!!」
「…いや、僕たちだからこそ分かる」

今度は綱海くんの剣幕に対して苛立ったらしい風丸くんは、詰め寄ってきた彼を容赦無く突き飛ばす。しかしそんな風丸くんの吐き捨てた言葉を士郎くんは拾い上げて、その答えを返してみせた。
…木暮くんは、このチームが好きなのだと言った。そして塔子ちゃんはそんな心からサッカーを愛する守のことも好きなのだと。それは風丸くんたちと同じなのだと。
…それを聞いて、私は胸が苦しくなった。そして嬉しかった。こうして敵対しても、風丸くんたちが雷門のみんなのことを忌み嫌っている訳では無いのだと、信じてくれているように思えたから。

「…それに、風丸くんは本当に今のままで彼女が喜ぶと思っているのかい?」
「…彼女…?」

ふと、風丸くんの視線がこちらに向いた。戸惑ったように私を見遣る彼の視線から、私は逸らすことなく真っ直ぐに見返してみせた。
…士郎くんの言う通りだよ、風丸くん。私はそんなやり方で君が強くなったって、嬉しくなんて無い。紛い物の力で守られたくなんて無かった。
それならいっそ、無力で良い。君が無力だと嗤って捨てたかつての優しい風丸くんの方が、私は好きだから。

「パーフェクトタワー!!」

そしてそんな風丸くんの隙をついて、綱海くんたちがボールを奪い返すことに成功した。すると、そこに勝機を見出したらしい鬼道くんからの鋭い指示が雷門のみんなを動かした。…波に見立てた人が、引いていく。
ここは今だけは、綱海くんの為に整えられた彼だけの独壇場だ。

「ツナミブースト!!」

綱海くんの超ロングシュートは真っ直ぐに、予想通り綱海くんの必殺技を警戒していなかったダークエンペラーズの頭上を超えてゴールに向かっていく。…けれどもその距離が仇したのか、待ち構えていたゴールキーパーはそのシュートを弾いてしまう。
思わず落胆しかけた私たちだが、ボールの落下地点で見事にボールを奪った士郎くんがウルフレジェンドで隙だらけのゴールに一点を叩き込んだのを見て、思わず喝采の声を上げた。

「やった…!!」
「みんなその調子よ!!」

そしてその勢いに乗ったかのように、今度は豪炎寺くんと士郎くんの連携シュートであるクロスファイアが相手のキーパー技を弾いて得点を決める。ジェネシス戦で生み出した、あの強力なシュートだ。
同点に追いついた。その事実は、先程までの苦しげだったみんなの表情を明るくさせてくれる。手を取り合って喜ぶ私たちに、風丸くんをはじめとしたあちらのみんなは動揺していたようだった。…しかし。

「…そうだ、俺たちの力はこんなものじゃない…!」

剣崎が怒声に共鳴するように、風丸くんたちの胸元にあるエイリア石が怪しい紫色の光を強める。
そしてその途端、ついさっきまでの狼狽えたような様子はなりを潜め、代わりに浮かんだのは凍てついた暗い瞳だった。





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