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「俺たちは、最強の力を手に入れたんだ。
…見せてやる、最強の必殺シュートを!!」

ドリブルで上がっていく守から必殺技を用いてボールを奪い取った風丸くんが、衝撃で蹲る守を冷たく見下ろしてそう宣言する。
…同時に走り出したのは、そんな風丸くんを先頭として染岡くんと松野くんを加えた三人だった。
同時に三人分のパワーを蹴り込んだボールが禍々しい力を纏って空へと飛び上がる。…それはまるで守たちの繰り出すフェニックスによく似ていて、しかしどう足掻いても別物の技だった。

「ダークフェニックス!!」
「止めろ立向居ッ!!」

闇を孕んだ不死鳥は、まるでゴールに立つ立向居くんを蹂躙するかのように突っ込んでいく。当然、それを止めようと立向居くんはムゲン・ザ・ハンドを繰り出したのだが。
…それは、呆気なく砕かれダークエンペラーズの追加点を許してしまった。

「どうだ円堂…俺たちは、誰にも負けない!!」
「ッ…!!」

そこからは、ダークエンペラーズの一方的な猛攻だった。雷門はボールを奪うことさえ出来ないまま、何度も何度もシュートチャンスを許す。
それこそ得点は辛うじて無いものの、ガムシャラに体当たりでシュートを弾き止めるみんなの体はすぐにボロボロになった。…そしてとうとう、守も弾き飛ばされて。

「フ…もう邪魔する者は居ない!!」

ダークフェニックスが再び空を舞う。残すは立向居くんだけとなったゴールへ向けて無情にも突っ込んでいく。ムゲン・ザ・ハンドを繰り出した立向居くんも何とか抑えようとするものの、やはり押されている。万事休すかと、思わず冷や汗が背中を伝った。
しかしそこに何とか立ち上がったらしい守からの、文字通り後押しを得て二人は何とかシュートをゴールポストに当てて弾くことに成功した。点数は未だに三対二。得点は離れないものの、劣勢に変わりはない。…しかも。

「大丈夫か!?」
「はい…ゔ、ぐあっ…!?」
「…見せてみろ」

ここで、立向居くんの負傷。何度もあの強力なシュートを受けてきた彼の手は恐ろしいほどに腫れ上がってしまっていた。…あれで良くあそこまで持ったものだ。普通なら、手の感覚さえ入らないほどの痛みだろうに。

「フ…どうする円堂、まだ続けるのか?」
「何…!?」
「見ろ、あの無様な姿を」

…私たちの目の前に広がっていたのは、満身創痍になって呻いている雷門イレブンの姿だった。
それを嘲笑う風丸くんが、みんなの方を見たまま事もなさげに言い放つ。

「もう諦めろ」
「…いや、諦めない…!」
「!」
「諦めないぞ!…ゴールは俺が守る…!!」

それを聞いた風丸くんの表情が笑みの形に歪む。…もしかすると風丸くんは、守のその言葉を待っていたのかもしれない。試合の最初でも言っていた、フィールドプレイヤーの守を軽んじるような言葉。
風丸くんの望みは、ゴールキーパーとしての守を徹底的に叩き潰すことなのだ。

「勝負したかったんだ…キーパーのお前と!」

立向居くんに代わってキーパーに入った守に向けて風丸くんが真っ直ぐに指を差す。周りのみんなは立ち上がることも出来ないほどにボロボロなせいで、このままでは一対十一の一方的な試合だ。控えにはリカちゃんも目金くんも居るけれど、先ほど一之瀬くんに来るなと言われたばかり。…ここで交代を強行すれば、それは私たちがみんなを信じていないのと同じことだったから。

「望むところだ…!!」

風丸くんのシュートが守を襲う。それは既に、必殺技でも何でもないただのシュートでしか無かったけれど、みんなと同じように疲弊している守にとってはそのただのシュートですらセーブするのは難しいはずだった。
案の定、真正面から受け止めたものの弾いてしまったボールが守の頭上を超えてゴールに向かう。風丸くんの顔が勝利を確信したように笑った。…何を、君は笑っているの。

「守がそんな簡単に諦めるわけが、無い!」

倒れかけた体を何とか立て直した守が、必死に手を伸ばしてボールを抱き込む。ゴールラインも割らなかった。そして、ふらつきながらも風丸くんを見据えて再び立ち上がる守に風丸くんは顔を歪める。

「…俺は、強くなりたかった。お前のように!」
「!」
「強く無ければ何も手に入らない、何も守れない!勝利も、プライドも、大事な奴のことだって…!!」
「…風丸くん…」


『強くなった俺なら今度こそ、お前を守ることができるはずなんだ』


風丸くんの言葉が蘇る。あの時だけは本当に心の底から嬉しそうに笑った君の顔は、その言葉が紛れも無く本心だということを告げていた。
いつだって私の存在が、誰かを苦しめる。沖縄の時も、今も、私が心配をかけたく無いと悩んで決めた道は非情にも周りの全てを傷つけていた。…それでも。

「…私は、守って欲しいなんて頼んで無いんだよ、風丸くん」

私はただずっと、これから先も大好きな幼馴染として君に、笑って側に寄り添って欲しかっただけだったんだよ。それでも守りたかったというのなら、私はちゃんと守られてた。
苦しい時、君は側に居てくれた。
悲しい時、君は吐き出す気持ちを受け止めてくれた。
悩んだ時、君は優しい君なりの言葉を私に贈って笑ってくれた。
それだけで良かったんだよ。十分、私の心は守られてきた。…守と同じくらい、風丸くんは私にとってのヒーローでもあったんだから。

「…来い!お前の全てを受け止める!!」
「ッ…ああぁぁぁぁぁッ…!!」

守が構えるゴールに向けて、風丸くんが再びシュートを撃ち込む。守はそれを、ゴッドハンドで止めてみせた。…これまで数々の強力なシュートを止めてきたマジン・ザ・ハンドや正義の鉄拳じゃない、ゴッドハンドで。
雷門中サッカー部の始まりのきっかけでもあった、守の初めての必殺技で。

「風丸…思い出してくれ…!!」
「ッ…黙れ!!!」

癇癪のように怒鳴った風丸くんが栗松くん、宍戸くんと共に放ったトリプルブーストで守を襲う。それをやはりゴッドハンドで受けてみせた守が、まるで血反吐を吐くように振り絞ってみんなに向けて口を開いた。

「思い出してくれ…みんな…!俺たちの…サッカーを…!!思い出せぇぇぇ…!!」

…守は再び、止めた。ギリギリまで押しやられたものの、最後は気合を振り絞って。それでもそうして、止めてみせたのだ。
そしてそこが、もともと満身創痍であった守の限界でもあった。

「守ッ!!!」

フッと意識を失うように倒れ込んだ守に思わず駆け寄りたい衝動に駆られて立ち上がる。当然踏み出しかけた左足は痛んだし、慌てて隣の春奈ちゃんがしがみついてきたものの、私はそれでも必死に守の名前を呼んだ。…こんな終わり方なんて、あんまりだ。

「落ち着いてください薫先輩ッ!!」
「でも!このままじゃみんな今度こそバラバラになっちゃう!!戻れなくなる!!…そんなのッ…そんなの、私は嫌だ!!」

夏未ちゃんまでもが立ち上がって、みんなに必死に呼びかけている。…それでも、この劣勢が覆るわけじゃ無かった。
悔しい。こんなところで怪我なんてして、力になれない自分が嫌で仕方ない。
本当に無力なのは他でも無い私だ。雷門のみんなの助けになることも、風丸くんたちに立ち向かうことさえ出来ない私こそが、一番の無力だった。
思わず涙が溢れる。春奈ちゃんにしがみついたままずるずるとベンチに座り込む私を、春奈ちゃんも辛そうな顔で支えてくれていた。何も出来ない。打つ手が無い。

このままじゃ、本当に何もかも、失って。


「…ッらーいもん!!らーいもん!!」


…その時だった。秋ちゃんが必死な顔で、雷門コールを始めたのは。
秋ちゃんの顔はまだ諦めてはいなかった。その声援は、たとえ自分がマネージャーであっても、選手たちのように直接得点を決めることは出来なくても、チームの勝利のために自分たちにはまだやれることがあるのだと言うように、ただ真っ直ぐに。
そしてそれに釣られたようにして私の口からこぼれたのも、紛れも無いみんなの勝利を願う雷門コールだった。

「らーいもん…らーいもんッ…!!」

諦めたく無い。こんなところで終わるのなんて嫌だ。
この試合で負けてしまえば、風丸くんたちを救えなくなってしまう。紛い物の力に囚われて何も見えなくなっている風丸くんたちを、見捨ててしまうことになる。
それだけは絶対にあっちゃいけない。あってたまるものか。

「らーいもん!!らーいもん!!」
「らーいもん!!らーいもん!!」

いつのまにか、学校の外から様子を窺っていた人々からも声援が上がっていた。みんな、信じているのだ。守たちみんなを。
今日という日までエイリア学園を倒すために奮闘し、見事勝利を掴んで見せた私たちの再びの勝利を。
…そして、その声援に応えるようにしてみんながゆっくりと立ち上がっていく。風丸くんたちの目が、信じられないものを見るかのように見開かれた。

「円堂…!」
「キャプテン!」
「円堂さん…!」

立ち上がってみせたみんなの声が、今度は守へと届く。私はそれを聞いて、震えそうだった声を一度嗚咽ごと飲み込んで、未だ倒れ臥す守へ向けて喉が枯れそうなほどに叫んだ。


「守!!!」


頑張れ、守。今だけで良い、あと少しで良いから立ち上がって欲しいの。何も出来ない無力な私の代わりに、風丸くんたちを救って欲しい。悪夢を幸せなものだと勘違いしているみんなを呼び戻して。

「…まだ、まだ…終わってねぇぞ…!!」
「う、ああぁぁぁぁぁ…!!」

守が立ち上がった。それを見て、ほとんど悲鳴に近い声を上げた風丸くんが再びダークフェニックスを放った。…今までよりも格段に強力なシュートが、守に迫る。私は黙って、その行く末を見つめた。…だって、信じているから。
守なら、止めてくれる。風丸くんたちの目を覚ましてくれると。
そして、守の繰り出した渾身のゴッドハンドは今度こそ、完璧にシュートを止めてみせたのだ。

「思い出せ!!みんな!!!」

必死な顔で叫んだ守の声が、みんなに届いていく。それを聞いて私は、思わず心が震えるのを感じた。
…ねぇ、風丸くん、みんな。君たちはこれを聞いて何も感じないの。何も思わないの。…そんな訳、無いでしょ。

『サッカーやろうぜ!』

守の頼もしい声に、鼓舞に、勇気に。私たちは何度だって救われてきた。守が居なきゃ立ち上がれなかったことだって、何度あっただろうか。
みんなで立ち向かって乗り越えて、そうして私たちはあの日、全国の頂点に立ってみせたんじゃないか。私たちのサッカーこそが強いのだと証明したんじゃないか。

「かえってきてよ、みんな」

みんな揃わなきゃ、雷門中サッカー部じゃないんだよ。一人だって欠けて欲しく無い、大切な仲間なんだから。
あの戦いの日々の中、たとえ風丸くんたちが居なくても私たちの力になってたよ。みんなの分まで頑張って戦って、もう一度ここでサッカーをするために帰ってきたんだよ。だから。

「…円堂」

風丸くんたちの凍てついた闇が溶けていく。もはや必要無くなった紫の石は、まるで呪いを解かれたように小さく弾けて散っていった。風丸くんのその表情は確かに和らいで、優しいかたちをしていたから。

「…良かった…」

これでもう、大丈夫だなんて。
大した根拠も無いくせに、思わず安堵なんてして。
私は最後にひとつ涙をこぼして、雲間から覗く光を見つけて、笑った。





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