幻影を穿て、真を暴けよ@



まぁ、ともかく雷門中が本戦に進めるかもしれない可能性が分かったことで、みんなは大喜び。小僧丸くんは「喜ぶのは早い」と釘を刺してくるけれど、何事も希望を持つことが大事だ。少なくともサッカーへのモチベーションが上がるのなら、ぬか喜びだってウェルカムだと思う。

「燃えてきた!猛特訓して全試合勝とう!絶対に!!」
「おおーっ!!」

稲森くんの鼓舞に、みんなもやる気いっぱいの声で応える。そのためには、何事も練習あるのみ。まだ対戦校がどこかは知らないけれど、どこが来たって私もこのチームのために頑張る。そう決めたんだから。

「次なる対戦相手。それはサッカー界にそびえ立つ要塞『美濃道三中』です!」
「ひえ」

部室で行われたミーティングで明かされた次の対戦相手に、私は思わず顔が真っ青になるのが分かった。隣に居た岩戸くんと服部くんが心配そうな顔を向けてくるが、私はそれをなんでも無いよと誤魔化した。…いや、大丈夫なわけがない。先ほどまでのやる気が急激に縮んで消えてしまいそうだ。
美野道三中は、亀田コーチの解説通り守備に特化した『要塞守備』のチームだ。けれど、もともとはそこまで鉄壁だったわけじゃない。…鉄壁にまで至ったのには、理由がある。

『俺…頑張るっすよ薫さん!』

…壁山くん。星章学園に派遣されたのが鬼道くんと春奈ちゃんであるように、美野道三中にだって派遣された雷門イレブンのメンバーがいる。それが彼だ。聞かないフリで時々耳に入った情報によれば壁山くんの派遣後、美野道三中はもともとの体格を生かしたことでサッカー界の鉄壁を誇るようになった。
その実力は、かつて無失点でフットボールフロンティア本戦を勝ち抜き、雷門中を苦しめたことさえある千羽山中の「無間の壁」さえをも超えるほどだとも聞いた。

「か、顔が真っ青でゴスよ…」
「…ちょっと、緊張してるのかも」

岩戸くんからの心配そうな声かけを誤魔化しつつも、頭をよぎるのは壁山くんをはじめとした雷門イレブンへの罪悪感だ。
自分勝手な苛立ちで離れて、話すことは無いと突き放した。そのくせ、やっぱりサッカーが忘れられなくて惹かれて、舞い戻ってくるようなどっちつかずの半端者。それが私という人間だ。謝りたくても、謝るための顔すら持ち合わせていない私がどのツラ下げて彼らと相対すれば良いというのだろう。

「試合は一週間後。これからやる特訓はただ一つです。それは一体なんでしょう?」

しかし私がそんな自己嫌悪に陥っている間にも、美濃道三中戦への話はどんどん進んでいく。監督が再び出したクイズにみんなが考え込む中、稲森くんが何かを思いついたように手を上げた。

「はい!相手の守りを崩す特訓!」

不正解らしい。まあ確かに半分正解で半分間違いだろう。確かに、圧倒的な守備力を誇るチームに対して攻撃を磨いても相手のペースに踊らされるだけだ。私たちがやるべきことは、そんな美野道三のペースを崩して無理やりこちらのペースに引き摺り込むこと。わざわざ相手の土俵で相撲を取ってやる必要は無いのだ。…と、なると。

「正解はこちら」

またうんざりするほど長いドラムロールの効果音が部室内に響く。みんなも呆れたような顔で「長い」と文句いっぺん。確かにそんなに焦らさないでも良いと思う。
そしてようやく焦ったい時間の終わりを告げる休止の音が鳴り、監督は今回のクイズの正解を告げた。

「守備を固めまくることです」
「えっ?守備だけ!?」
「それで要塞を突破できるとは…」

みんなはその消極的とも取れる答えに不満そうな顔をしたけれど、当の監督は「監督の指示は絶対です」と一蹴するだけ。…でもなるほど、確かに相手のペースを崩すために一番簡単な方法は相手を焦れさせることだ。こちらが守備に徹するということは、相手はボールを奪う機会も無く虚しい守備を続けるだけしかなくなる。そうなった時、焦って飛び出てきた相手の陣形を叩いて攻める。…理に適ってるじゃないか。
しかし私は納得しても、他のみんなはそうでは無いらしい。確かにみんなは唯一必殺技を使える小僧丸くんが居るからか、どちらかというと攻撃に重きを置いているような気もする。…でもさ。

「くっ、こんな練習が一体何になる…ッ!?」
「文句はあってもそれを練習に出さないの」

監督の指示通りに始めた守備練習。しかし小僧丸くんがやる気をなくして足を止めてしまったのを見て、私はその脳天に容赦無くチョップを落とした。鈍い呻き声を上げて地面に崩れ落ちていく小僧丸くんに、ペアだった剛陣くんがドン引きしたような顔をしている。そんなに強かった?

「監督に文句があるなら後で言えば良いでしょ。今その不満を練習に出して、練習を怠る理由になるの?」
「…ッ、いいえ」
「よし」

一応私の言い分が正しいという自覚はあったらしい。悔しそうな、まだ納得いかないような顔をしながらも剛陣くんとのパスに戻っていく小僧丸くんを見送ってから、私も待たせていたのりかちゃんの元に戻る。…小僧丸くんが分かりやすいだけで、この練習に不満を持っているのはみんな同じだ。守備に特化したチームの恐ろしさをきっとみんなはまだ知らない。…千羽山中ですら、私たちには脅威だったのだ。だからこそ私は、監督の考えているであろう作戦を支持して従う。…でもさ。

「それとこれとは話が別」
「お、怒ってる…!」

監督が練習中に練習を見ないで携帯ゲームとはいったい何事。いっそそれを火にくべて灰にしてやろうか。





そんな練習の途中、先ほどまで携帯ゲームに夢中だった監督による「謎のくじ引きボックス三号」での抽選が行われた。一号と二号はどこだ。
そしてそのくじ引きで見事『当たり』を当てたのは氷浦くんと岩戸くんの二人。他のみんなは『はずれ』だったらしく、これが良いことなのか悪いことなのか微妙そうな顔だ。しかも当たりの二人は何故か辛い特訓が免除されるらしい。監督から雑用の手伝いを頼まれていたが。
ちなみに謎のくじ引きで私が引いたのは「呼び出し」という何とも物騒なもの。何かしただろうか?と思わず眉を潜めながら、監督の後に続いてミーティングルームへと戻る。そして部屋に入るや否や、監督はその場で身軽に回り出し、ビシリと私を指差して口を開いた。

「薫くん、あなたにはこれから一貫してとある必殺技の習得に力を注いでもらいます」
「…必殺技?」
「そうです!」

必殺技…なんだろう。一応みんなに見せた技である「ワイルドビースト」は私の持ちうる技の一つであり、まだ他にも見せたことのない技は多い。シュート技もディフェンス技もまだストックはあるのだ。今のところ自分でも改良を加えたり、また別側面で新しい技を試みながら調整はしている。特に今のところ不安は無い。
そんな中、監督が私に身につけて欲しい必殺技というのは。

「あなたにはシュートを止めるディフェンス技を習得してもらいますよォ」
「…言いたいことは分かりますが、それは不可能です。私には力がありません」

たしかに、私がパワータイプの技を止められるようになれば、攻撃の幅もディフェンスの実力も今よりずっと上がるだろう。けれど、それは私がこれまで何度も想定しながら一度だって実現できなかった夢物語だ。
私だって守と同じように、あの鉄塔広場のタイヤ特訓をしたことがある。…けれど、私にはあのタイヤを止めるだけの力は無かった。私はどうやら筋肉が付きにくい体質らしい。だからこそ私はパワー以外の力に重きを置いて力をつけたのだ。

「…パワータイプのディフェンス技が欲しいのなら、私は岩戸くんを推薦します。彼の体格は天性のものですし、彼を中心にディフェンスを鍛えれば雷門の壁は鉄壁にだってなれる」
「壁山塀吾郎のようにですね?」

びくりと肩が跳ねた。そのことに気がついたらしい監督が意味深に微笑む。…どうして、考えていることが分かったのだろう。壁山くんの名前は口にしなかった。私はただ、常識を口にしただけなのに。私にとっての理想のディフェンスが、きっと前の雷門中だった。体格の大きな選手を中心として攻撃を阻み、そこからディフェンスやオフェンスを展開する。
監督は、黙り込んでしまった私に向けて「仕方ない」とでも言いたげに首を横に振った。

「あなたに必要なのは、過去の雷門に囚われることを止めることですよ」
「…囚われる…?」
「えぇ、そうです。ぜひとも今の彼らを見てください。あなたの知らない、新しい雷門の姿を」

…囚われる。そうなのだろうか。たしかに私は稲森くんに守の姿を重ねた。伊那国イレブンのみんなの必死なプレーに、雷門中のような真っ直ぐな心を見て、惹かれた。けれどそれは、私がただサッカーをもう一度やりたいと思ったきっかけであって、それをみんなに強要しようとは思わない。
彼らは彼らなりのサッカーを。…私は、そのサポートができれば良い。そう思うだけなのに。

「この必殺技の習得は、あなたにとっての試練です。出来ないと初めから諦める。それこそ雷門の信念とやらに反するのではないですか?」
「…分かり、ました。でも、期待はしないでくださいよ」

監督はそんな私の情けない保険に答えることはないまま、ただ「それでは頑張ってください」と手を振っているだけだった。