幻影を穿て、真を暴けよB



[鉄壁の守りでドロボーもヘコむ!セキュリティーのヘコムです。美濃道三中を応援しています]
[そうだ、今日行こう、感動の旅へ。アイランド観光は、雷門中を応援しています]

スタジアム内には、両チームの紹介アナウンスが流れ始めていた。美濃道三側の映像には選手の姿も映っている。選手はこのようにしてスポンサーの広告塔の役割を果たしているのだ。雷門中は先日スポンサーがついたばかりなのもあり、選手は映っていない。島袋さんもその辺りは練習の妨げになるからと配慮してくれていた。

「なんか…」
「圧がすげえ」

選手は既にポジションに散っていて、私も今回はスタメンとして最初から投入されている。あちらにとっては唯一情報が無いからだろう。牽制の意味も込めての先発だ。仕事はきっちり熟さなくてはならない。

「円堂先輩、あの…」
「…どうしたの、稲森くん」
「…あっちのベンチにいる壁山さん、先輩のことずっと見てますけど…」
「…うん、知ってる」

もちろん、そんなの気づいてる。スタジアムに入ってすぐに視線は感じていた。けれど私はそれを見ないふりで今もこうしてやり過ごしている。…だって何を言われるのか、考えただけで恐ろしかった。こうしてのうのうとまた、みんなの前に顔を出した私を、あの優しい壁山くんでさえも睨むのかもしれないと考えたら、視線を合わせるのでさえ怖かったのだ。

「今は、試合に集中しよう」
「…はい」

少し納得いかなさそうな顔をしている稲森くんをポジションの方へ追いやり、私もキックオフを待つかのように軽く屈伸する。…そうだ、気にしている場合じゃないのだ。勝たなきゃいけない。みんなをまずは本戦へ押し上げる為に、これから先私たちは一敗も許されないのだから。
そしてそんな壁山くんは、どうやら足首を負傷しているらしく、今回の試合は欠場するらしい。グラウンドで相対しなくて済んだことに安堵すべきか、怪我を心配すべきか微妙な心境だ。

「…考えるのは、後で」

そして試合が始まった。私にも支給されたイレブンバンドのディスプレーにもキックオフの文字が流れる。キックオフは雷門中からで、さっそくパスを受けた稲森くんがゴール方向を向いたものの、まるで何かを見つけたように体を震わせ、足を止めてしまった。…無理もない。だってあんなの。

「敵が!大きく見えやがる!」

剛陣くんが思わず叫んだように、目の前で進路を阻まんとする美濃道三中の選手たちは、まるで堅牢な鉄壁の要塞のように思えた。広いはずのグラウンドに、人もボールも通る隙が一つも見つからない。その徹底された強固な守備力はきっと、強化委員として派遣された壁山くんの仕事の成果なのだろう。あんなにも頼もしかった守備の要は、敵に回るだけでこんなにも脅威になるのだと言われたような気分だった。

「稲森くん、剛陣くん!いったん下げて!」

まずはボールを回しながら相手の出方を見るしか無い。そう思って声をかければ、稲森くんもそれしか無いと悟ったのか一先ず剛陣くんに横パスを出した。そのままボールは後ろの道成くんに下げられる。…攻めあぐねているのは仕方ない。何せ相手は鉄壁を誇る超攻撃型チームなのだから。

「だが突破する方法はきっとあるはず…!」
「とにかく、ぶつかってみるしかねぇか!!」

少し戸惑いの見える道成くんからパスを受けた小僧丸くんが攻撃に転じようと身構える。しかしそこで、まるでその行動を咎めるかのようにイレブンバンドが音を立てた。監督からの指示だ。それを見て、みんなは思わずといった様子で愕然としている。
送られてきた内容は「守りオンリー♡」の一言。指示内容はともかく、そのハートマークが非常に腹立つのは私だけだろうか。

「ざけんじゃねぇぞ趙金雲!」
「ほーっほほほ」

しかしいくら悪態をついても監督の指示は絶対。私もとりあえず、監督に何か思惑があるのだろうと自分に言い聞かせて、そこからはひたすら守備に集中する。そこからは、どちらも攻め込まないせいで試合展開はとても退屈なものになった。会場の雰囲気もどこか白けているように感じる。しばらくはそのままもどかしい攻防戦が続いたものの、ふと途中で美濃道三の位置取りが僅かにずれた。まるで「攻めてください」とでも言いたげな隙間。側から見れば油断からくるもののように見えるが…私は咄嗟に稲森くんに向けて口を開く。

「待って稲森くん!!」
「え」

けれど一足遅かった。既にもう駆け出していた稲森くんは、相手が仕掛けていた罠に引っ掛かってしまったのだ。その隙間は、美濃道三がわざとこちらに攻め込ませる為に作ったものだった。相手選手の必殺技によってボールを奪われたことに焦りを感じ、思わず一歩後退りしたものの、しかし何故か美濃道三中はこちらへ向けてボールを大きくクリアした。それを剛陣くんがカットする。しかもまた、ゴールまでの道が空いていた。それを見て今度は剛陣くんが攻めるものの、やはり必殺技でボールを奪われてしまう。そこからは一方的だった。私たちが攻めさせられて、美濃道三がそれを嘲笑うように阻む。こちらの体力ばかりが消耗されていた。…このままだと先にこちらが潰れてしまう。
そして試合はお互いに無失点無得点のまま、ハーフタイムを迎えた。





監督が何を言いたいのかは分かる。今さっきの美濃道三側のプレーを見ていても、前半でなるべくこちらに攻撃させ、それを全て阻むことで私たちの体力だけを消耗させるつもりなのだろう。そして後半、もう走るので精一杯な私たちに守備を行う余力は無い。そこを突き崩して得点する。それがあちらの作戦だ。それを考えれば、闇雲に攻めていくのは愚の骨頂。攻めないことで相手を焦らし、逆にあちらの守備を崩してやるのだ。
しかしまぁ、良い意味でも悪い意味でも直情的らしい剛陣くんは、監督に食ってかかっている。

「いつになったら攻めさせんだよ!」
「俺たち、なんとかサッカーを取り戻しました!だからこそ、フットボールフロンティアでどこまで行けるか、思いっきりプレーしたいんです!」

…稲森くんの言いたいことは痛いほど分かる。この作戦はみんなにとってはもどかしくて仕方ないのだろう。監督もそんなみんなの訴えに対して呑気に笑って「それならどうぞ。思いっきり守ってください」などと神経を逆撫でするようなことを言っている。

「今、攻めても時間と体力の無駄ですからね」
「…」
「おやおや、何でしょう薫くん」
「いえ…」

今のセリフを大きな声で言えば良いのにな、と思ってしまっただけなので。
そんな監督にとうとう激昂した剛陣くんが唾を飛ばしながら監督に食ってかかった。

「あんたの言うこと、勝つのとは反対のことばっかじゃねえか!」
「反対…」

…どうやら、小僧丸くんは何かに気がついたらしい。何か考え込むように俯いたかと思えば、監督の方へ目を向ける。監督はそれに何も言わず、目も合わせなかった。そんな小僧丸くんの肩を私は叩く。

「後半頼んだよ、エースストライカー」
「!じゃあ、やはり…」
「推測の域だけどね。…ちゃんと温存してて。ボールは必ず回すから」

そして後半が始まった。やはり自陣に引き篭もったまま、攻撃の意志を見せない美濃道三に、雷門イレブンはとうとう顔に焦りを浮かべ始めた。このまま無得点だと引き分けで終わってしまう。そうなれば、私たちに本戦への道は無い。しかしそんなみんなの焦りを見透かしたかのような監督からの伝言。「みんなへの注意ダヨ→」からの「守らない人はクビ♡」。だからハートマークは要らないのだとあれほど。

「もう我慢できねえ!」

もはや我慢の限界らしい剛陣くんが、稲森くんをけしかけて攻撃に転じようとしているのを見て、私は嗜めるように肩を掴む。監督の指示の出し方は非常に腹立つが、ここは落ち着かなきゃ相手の思うツボだ。

「まあまあ、落ち着いて剛陣くん」
「ンなこと言ったって落ち着けるかよ!?あの監督の言うことなんざもう聞けるか!!」
「剛陣くん」

もう一度その肩を叩く。人間、優しく言っているうちが花だと教わらなかったのだろうか。

「落ち着こうよ。…ね?」
「はい」

小僧丸くんも既に監督の意図を見抜いている。二人で、まだ今は攻めるタイミングでは無いことを告げれば、みんなは半信半疑ながらも私と小僧丸くんの言うことに従ってくれた。そこからは攻撃を止め、雷門中も美濃道三と同じように守備に徹しながら中盤でボールを回し始めた。
監督が私たちに対して「守備に徹しろ」と指示を出したのには理由がある。それは、こうして私たちが攻撃意志を放棄することで相手がこちらの隙につけ込むチャンスを奪うためだ。そうすれば私たちも得点は出来ないが、守備ばかりで攻撃を行わない美濃道三も得点は出来なくなる。…ただし問題は。

(美濃道三がこのまま守備を続けて、私たちに攻撃チャンスが訪れなかった場合)

そうなれば試合は引き分けで終わってしまう。それだけ避けるべきだと一人頷きながらも、相手が守備を止めるその時を必死に待つ。…その願いが届いたのだろうか。残り時間十分前、どうやらあちらの監督は痺れを切らしてくれたらしい。美濃道三中のイレブンバンドが鳴った。

「この時が来たか」
「お前たち、行くぞ」
「おぉっ!」

先ほどまで守備のフォーメーションに徹していた美濃道三中が、その隊列を横に広げた。まるでそれは動く要塞。まず、最前線にいた剛陣くんと小僧丸くんが跳ね飛ばされた。ボールを持っていた稲森くんがボールをキープしたまま後ろへ下がったものの、やがて弾き飛ばされてボールを溢す。私もそれを拾いに行こうと走ったが、間一髪間に合わないまま吹き飛ばされた。…ちょっと痛い。
顔を上げればMF陣も全滅していて、残すはDFのみ。ボールは相手FW選手の足元にあり、彼は既にシュート体勢に入っていた。

「もらったぁ!!」

雷門中の絶対絶命のピンチ。…しかしそれを救ったのは、そのシュートを真正面から見据えた岩戸くんだった。彼は両手で空中に大きな円を描き、高らかに叫ぶ。


「ザ・ウォール!!!」


…それは、私がかつて昔何度も見てきて、けれどそれとは少し違う、懐かしい技だった。脳裏に過ぎった優しく気弱な後輩の影を慌てて振り払って、私は岩戸くんが弾いたボールを拾った稲森くんからパスを受け取る。…今がチャンスだ。美濃道三はほとんどの選手が前進している以上、どうしても守備は手薄になっている。それなら攻撃チャンスは、どう考えても今しか無い。

「小僧丸くんッ!!」

ボールを最前線の小僧丸くんに渡す。小僧丸くんは、後半前に私が言ったことを覚えていてくれたのか、既に前に走り出して私のパスを待っていた。それを完璧に受け取り、彼はゴールを見据えて叫ぶ。

「決めてやる!俺のあの技で!」

小僧丸くんのファイアトルネードが炎を巻いてゴールに突き刺さった。やはり懐かしいそのシュートに目を細め、私は小僧丸くんの元に駆け寄る。笑って掌を翳せば、小僧丸くんも小さく笑って掌を合わせてくれた。…これで先制点は雷門中。この均衡をようやく崩すことができたのだ。
しかし何より今の流れで一番驚いたのは。

「本当すごいよゴーレム!」

岩戸くんの、あのブロック技だった。誰に教わることもなくあの技を習得したらしい岩戸くんのおかげで、雷門中は救われたのだ。そして思うに、あの必殺技を繰り出す動き…両手で円を描くような動きは、恐らくあの落書き消しで鍛えられた動きだ。これもきっとあの監督の采配の結果なのだろう。一見意味の無さそうな雑用で、岩戸くんの能力を引き出してみせたのだ。

「ここからだ、最後まで気を抜かずに行くぞ!」
「おう!!」

道成くんの鼓舞に答えて、私も一緒に声を上げる。…そうだ、まだ油断はできない。点差はほんの一点差。覆される可能性もある以上、これまで以上に気を引き締めてみんなを勝利に導けるようサポートしなくちゃ。