時計仕掛けのアリス





さて、そんな恋愛談義はさておき。今日からまた、次の相手に向けて練習に取り組んでいくらしい。先日行われたミーティングでは再びあの謎のくじ引きが行われ、今度は正勝くんとのりかちゃんが当たりを引いていた。ちなみに私の引いたくじには「現状続行♡」と書かれており、あまりにもピンポイント過ぎる内容に思わずゾッとしたのは完全に余談だ。やはりあのくじ引きは意図的に引かされている可能性がある。

「…まあでも、少しずつ感覚は掴めてきたし…」

監督直々に言い渡された私だけの必殺技習得特訓は、少しずつだけど形になりつつあった。何となくで始めてみたそれがだんだん必殺技の片鱗を見せてくれるたびに、思わず夢中になって練習に励んでしまう。この前なんて時間を忘れたおかげで夜遅くなってしまい、お母さんにこっ酷く怒られたものだ。

「のりかちゃんたちも、雑用の方はどう?」
「私のは日和と違って雑用というより、本当の特訓みたいですけど…前よりもずっと上手くできるようになりました!」

こちらにピースサインを見せてくれるのりかちゃんに、私も思わず笑ってしまった。監督からタイヤ特訓を仰せつかったのりかちゃんとは違い、床の雑巾掛けという正真正銘の“雑用”を言い渡された正勝くんを思い出してしまったこともある。まあでも、高志くんや貴利名くんのようにそれが必殺技習得に繋がる可能性もあるのだから、めげずに頑張って欲しいところなのだけれど。

「さて、皆さん揃いましたね?」

そんなことを話していれば、亀田コーチを引き連れた監督が部室に入ってきた。私たちも談笑をやめると、真面目な顔で監督たちの方に向き直る。次の相手は、いったいどこに決まったのだろうか。

「相手は、データに基づく作戦においては右に出る者なしの御影専農です」
「御影専農…」

…御影専農と言えば、去年のFF地区予選において私たちを苦しめたあのチームだ。特に手強かったのはキャプテンであるゴールキーパーの杉森さんだったけれど、スクリーンに映されたメンバーの中に当然彼はいない。彼は私たちより一つ年上だったし、今年はもう高校生だから当たり前なのだけれど。
しかしだからと言って油断はできない。彼らの情報収集とその分析能力は簡単に侮れるものではないと、他でもない私がよく知っているのだから。

「イレブンバンドなどの最先端のツールを使いこなして戦うチームだ」
「去年戦った時は、機械を通して常に作戦や情報を素早く伝達してたよ」
「あ、頭がこんがらがりそうですね…」

亀田コーチのその言葉に補足すれば、祐くんが引き攣った顔でそう言った。私もそう思う。ただでさえ体力を使う試合中に、ベンチから送られてくる情報も併せて考えながらプレーしていたが、普通はそんなのどちらかに意識を持っていかれて両立なんて不可能だ。…そう思えば、よく去年私たちは彼らに勝てたものだと今更のように思う。結果が全てなのでとやかくは言わないが。

「ここで問題」

そんなことを思い返していれば、監督がいつものアレをどうやらまたやるようだった。ニヤニヤとどこか楽しそうなその顔に嫌な予感を感じつつも、ひとまずは話を聞くことにする。

「あなたたちに間もなく、新たな試練が訪れます。さぁて、それは一体何でしょう?」
「またそれかよ…」

…試練。次の試練。最初の試練は、壁山くんたちの美濃道三中戦を突破することだった。そしてそれは何とか、特訓の成果もあってクリア。私も選手としての一歩を踏み出すきっかけにもなった試合だ。
けれど確かに、ここで満足するわけにはいかない。私たちはこれから先負けてしまえば、たちまち本戦出場の機会を奪われてしまうかもしれないのだ。…絶対に負けられない。そのために、私たちが新たな試練を乗り越えなければいけないのなら、私は死力を尽くしてでも乗り越えてみせる。

「趙金雲だな?」

…なんて、内心息巻いていたその時だった。突然、部外者は入れないはずの部室に黒いスーツに身を纏った、厳しい顔の大人たちが入ってきたのだ。何が何だか分からず困惑する私たちを他所に、大人たちは真っ直ぐに監督を見つめている。監督に何か用なのだろうか。

「いかにも」
「__不正アクセス容疑で逮捕する」
「はっ?」

……たいほ?今、逮捕と言ったのか、この人たちは。
思わず頭が真っ白になったが、驚いたのは私だけではなかったらしい。他のみんなも素っ頓狂な声を上げて戸惑いの色を隠せていない。

「えっ?」
「おい!」
「えぇぇ〜〜〜!?」
「マジかよ!?」

不正アクセスと言ったが、たかがそこらの情報に勝手に入り込んだくらいでこんな大袈裟な逮捕劇が繰り広げられるはずがない。…あるとすれば、国や世界規模の何かに喧嘩を売ってしまったときくらいだ。でもまさか、そんなまさか。

「どういうことですか?」

監督自身は身に覚えがないような顔でそう聞くものの、大人たちにそれをここで答える気は少なくとも無いらしい。監督の両脇を抱えてずんずんと元来た道を戻っていく。

「監督!」
「何かの間違いです。すぐ戻りますよ」

明日人くんの声に呑気な返事が返されたものの、その根拠が何処にもない以上どうしようもない。…というかさっきあの人、私たちに「新しい試練だ」などと言っていたが、これはまさしく。

「新しい試練、自分に訪れちゃってる……」
「……………コレもしかしてドッキリだったりしない?」
「頼む円堂さん、君に現実逃避されるとどうしようもなくなる」

もういっそ現実から目を背けてしまいたかったものの、必死な顔の達巳くんにそう言われてしまえば流石にきちんと向き合わざるを得なかった。…本当に、なんでこうサッカー以外のハプニングに見舞われやすいのかな雷門中は……。





監督は三日経っても帰ってこなかった。結局痺れを切らせて後から問い合わせた結果、監督はどうやら国の機密情報に不正アクセスしていたらしい。それはどう考えても捕まるに決まっている。
みんなは監督のことを「スパイ」だとか何とか言っているが、今はそのことについて話していても仕方がない。…今重要なのは、「監督がいない」ことなのだから。

「もうすぐキックオフです。監督は戻れそうにないですね…」
「…みんな、行こう。ここで不安がってても仕方がないよ」
「……そうですね!」
「あぁ、薫さんの言う通りだ」

それに、これまで監督がいなくてもきちんと練習はこなしてきたし、いろんな作戦だって用意してきたのだ。あとは私たちが、どれだけ実力を出すことができるか、ではないだろうか。
そう思いながら達巳くんを見ると、彼も不安ながら同じ気持ちだったのか、頷き返してみんなに向けて声をかける。

「監督がいないなら、俺たちでしっかりやるしかない」
「うん!」
「…でも、どうすればいいんだろ……」

…まあ、それは確かに。作戦をいろいろ用意したからと言ったって、それを相応しい場面で使い分けるだけの技量はまだ無いのだけれど。でもここでみんなが不安な中、私たち三年まで同じように不安がるわけにはいかない。そういう気持ちで達巳くんの背中を叩けば、彼も私の意図が読めたのか息を呑んで頷いてくれた。え、鉄之助くん?そういう情緒は希薄そうだから大丈夫だと思う。多分。…でもそのとき、ふとみんなのイレブンバンドが同時に鳴り出した。その理由は。

「監督からだ!」

捕まっているはずの監督からのメッセージ。…あの人どうやってここに送ってるんだろ。そう思いつつメッセージを待っていると、流れてきたのは次の一言だった。

『捕まっちゃった( ・ω< )』

……いや顔文字いる?しかもそんな朗らかに言うことじゃないと思うんだ。
そして監督曰く、今回は牢屋から指示を出すらしい。……牢屋から指示を出す?

「牢屋に入れられてるのにこれ打ってるの!?」
「ある意味大物だな……」

絶対怒られると思うんだけどな……。





今回の作戦成功の鍵となるのは、のりかちゃんと正勝くんの二人。使う作戦は監督曰く「緊急の時に使えるかもしれないけど、使えないかもしれない作戦」だ。どっちだよ、というツッコミは既にサスケくんたちが最初に入れている。

「何かあっても臨機応変に動こう。迷いを見せたらこっちの負けだよ」
「はい!絶対勝ちましょう!!」

キックオフは雷門中から。明日人くんがボールを蹴り出した途端、早速イレブンバンドが鳴り響く。…最初の指示は、「飛ぶ鳥を落とす勢い大作戦」だ。相変わらず思うが、名前が長い!

「スタート!」
「スタート!」

明日人くんの合図で全員が攻め上がっていく。小刻みにパスを繋ぎながら、私の出した縦パスを明日人くんが頭で繋いでサスケくんへ。御影専農はそれに対してあくまで守備を固めるようだった。…でも、そこの僅かな隙をサスケくんが見逃すわけがない。

「今だ」

サスケくんのファイアトルネードは、守備を飛び越えて真っ直ぐにゴールキーパーへ。…しかしそれに対して向こうが見せたのは、まさかの「シュートポケット」だった。去年のゴールキーパーである杉森さんが使っていた技。…まさかこれを、受け継いでいたとは。
でもここで私たちは慌てない。これはあくまで、作戦の一部だからだ。自陣にのりかちゃんだけが残っていることを確認して祐くんに視線を送れば、彼も心得たと言わんばかりにわざとらしく叫んだ。

「し、しまったぁ!!自分たちの陣がガラ空きじゃないですかーっ!!」

……そしてそれを、罠だと気づかずに鵜呑みにしてしまえば、あとはこちらの独壇場だ!
正勝くんを見れば、彼もどうやら自分のやるべきことを理解したらしい。ハッとした顔をしたかと思えば、高く上がったボールの落下点へと走り出す。

「今こそ使う時!落ちろ飛ぶ鳥!!」

正勝くんの足が円を描き、まるでフィギュアスケートの選手のように体を勢いよくスピンさせた。…その途端巨大な竜巻が発生し、上空のボールを飲み込む。

「シューティングカット!」

…正勝くんが任されていた雑用は、校舎中の床掃除。あまりにも延々と拭かされ過ぎて、目撃した鉄之助くん曰く「ゾウさん」「キンさん」という名前を雑巾に付けるまで追い詰められていたらしい。それを聞いて、あまりにも悲しくて差し入れをしてしまった私は悪くないと思う。
「俺より先に必殺技を!?」という絶対今言うことじゃないことで悔しがっている鉄之助くんはさておき、先ほどの雷門のように守備が手薄になっているその中へ、私は勢いよく突っ込んでいく。そこに明日人くんからのパス。私はそれを高く蹴り上げて舞い上がった。それを見て、サスケくんが目を見開く。

「…まさか、ファイアトルネード…!?」

…確かにきっと、そう思うだろうとは思った。でも違う。私には、あの爆発的なパワーを生み出すことはできない。私はサスケくんみたいに豪炎寺くんにはなれない。…なれない、けれど。そうだったとしても。

「その横に並び立つくらいは、目指したっていいじゃないか」

身体の回転と共に跳ね上がったその勢いを、オーバーヘッドの要領でボールの中心に叩き込む。…繰り出したのは、無回転の一撃。膨大なパワーの代わりに、力の全てを素早い蹴りで一点に集中させることによって、それは音を超えて光の速さを手に入れた。
私の必殺技「レーザービーム」をさらに進化させた、超スピード特化のシュート。それが。


「『ファイアレーザー』!!!」


普通のレーザービームより狙う精度は落ちるものの、簡単には止められない勢いとスピードのボールに、キーパーは身動きひとつできないまま得点を許した。…先制点。私だって、みんなの成長に指を咥えて見てるだけじゃないんだ。

「雷門のFWは、サスケくんだけじゃないって証明するもんね!」
「…負けてたまるか!」
「いや俺もいるからな!?」

Vサインをサスケくんに見せる私と、それを見て燃えたように笑うサスケくん。そして慌てたように手を上げて己を主張する鉄之助くんに、集まったみんなが声を出して笑っていた。…でも、試合はまだまだ。ここで油断するのは、まだ早い。