含み笑いのジョーカー





リードされた御影専農は、その後切り替えて攻撃を開始した。…前々から正確な技術がすごいと思っていたが、この計算されたポジショニングによるパス回しは、昨年のチームからの名残りなのだろうか。監督が代わっていてどうなるかと思ったものの、あちらの監督も相当にやる人らしい。
だが、それに対して雷門は監督からの指示が飛ぶ様子が無かった。…やっぱり通信してるのがバレたのだろうか。まあ、予想はしていたけども!

「落ち着いて!自分たちで判断していこう!!」
「はい!!…それなら、『肉を切らせて骨を断つ大作戦』!」
「やっぱり名前が長い!!」

舌を噛みそう!まあ、そのネーミングセンスは後でゆっくり抗議するとしてだ。私たちは攻撃する御影専農に追いつけないふりをして、相手FWの下鶴くんにシュートチャンスを許す。…ゴール前に立ちはだかるのは、のりかちゃんただ一人。でも、のりかちゃんなら大丈夫だ。

「監督の指示はないけど…今こそ、あの特訓の成果を見せる!!」

のりかちゃんは、正勝くんとは違ってとてもキツい特訓メニューを与えられていた。それが、タイヤ特訓。…正直言うと、その内容の質としては守のやってた方がだいぶキツいとは思うのだけれど、守が積み重ねてきたものと、始めたばかりののりかちゃんを比べるのは不平等だ。
案の定、のりかちゃんは一度折れてしまったらしい。女の子の身体であんなに重いタイヤを受け止めるのは確かに無理だ。その気持ちも分かる。
でも最終的にのりかちゃんは逃げなかった。ちゃんと立ち向かった。…それなら、その分の努力はきちんと報われるべきだと、私は思うから。

「パトリオットシュート!」

下鶴くんのシュートがミサイルのような勢いでゴールに向かって飛んでいく。それに対して、のりかちゃんは慌てることなく構えた。顔の前で閉じた両腕を、円を描くように開く。するとその空間に、大きな渦が発生した。のりかちゃんはまるでボールを迎え撃つように、右手を渦の中に突っ込む。

「ウズマキ・ザ・ハンド!」

前方に伸びた渦が巨大な腕のようになって、シュートの威力を吸収した。すると水が弾け飛び、見事ボールはのりかちゃんの手の中へ。…でも、作戦はこれで終わりじゃない。真骨頂はここから。

「肉を切らせて……」
「……一刀両断!!」

素早いのりかちゃんのスローイングを受け取った雄一郎くんが、御影専農の守備ブロックを的確に交わしてパスを回していく。それはまるで、向こうの守備がはっきりと見えているようだった。やがてボールは最前線の明日人くんに渡る。

「明日人!」
「のりかが止めたんだ!俺だって!!」
「行かせるかっ!!」

当然、向こうも負けじとブロックしようとしてきた。明日人くんと正面から衝突し、ボールが高く浮く。一瞬フォローに入ろうかと駆け出しかけたものの、明日人くんの目の強さに思わず足を止めた。…大丈夫、私が行く必要はない。あれは、明日人くんの戦いだ。

「もらった!」
「させるかっ!!」

駆け出した明日人くんがグングンと加速し、その足元には稲妻が宿る。それがさらに明日人くんのスピードを上げ、大地を蹴った明日人くんの軌跡を辿るように地上から空中へと電撃が走った。全身を稲妻に包まれた明日人くんが、光の速さでボールを確保する!

「これはまさに、イナビカリ・ダッシュ!」
「名付けちゃった!?」
「それ後にしてね!?」

目を輝かせた祐くんに思わず突っ込んだのも束の間、明日人くんからサスケくんに渡ったボールは炎を纏って、再びゴールキーパーを弾き飛ばした。…これで二対〇。前半は私たちに有利な展開で終わった。

「作戦ならまだまだあるぜ?」
「馬の耳に念仏大作戦!」
「パンがなければケーキを食べればいいじゃない大作戦もな」
「背水の陣作戦だけはやめとこうね!」

なぜならアレ、わざと自分を追い詰めなきゃいけないので相当メンタルも体力もキツくなっちゃうからね!!!
___それをすれ違い様に聞いていたらしい下鶴くんが「何それ…」というような顔をしていたのがやけに印象に残った。

「こんな作戦に負けるとはな…」

そして結局試合は、雷門が後半で二得点をさらに追加したおかげで四対〇の大差で試合を制することができた。喜ぶ私たちの元に歩み寄ってきた下鶴くんは、しかし私たちの喜びを咎めるように真剣な顔で口を開く。

「だがお前たちの次の相手は帝国学園だ。…この程度の作戦では絶対に勝てない」

……帝国学園。次の相手は、一年前も激戦を繰り広げた相手である佐久間くんたち。唯一違うのはそこに鬼道くんがいないこと。…そして。

『風邪引くなよ、薫』

離れてからほとんど連絡を取っていない、幼馴染が次の私たちの相手だった。





帝国学園には最近、悪事を暴いて捕まえたはずの影山さんが監督として復帰したらしい。どんな手を使ったかは知らないが、何か理由があることは目に見えて明らかだ。ミーティングの時にも帝国戦への話し合いをしたものの、帝国学園の強さの秘密を見抜くことはできなかった。何でも、帝国は練習試合を非公開にしているらしい。

『それに奇妙なことがあるんだ』

帝国に負けたチームは必ず調子を崩して連敗を重ねるようになっている、らしい。それが偶然なのか必然なのかは分からないが、少なくとも帝国に対する薄気味悪さだけは拭えなかった。…まあ、影山さんだもんな…というのが、帝国学園というチームを知っている私の感想だけども。

「…うーん」

しかし、そう悩んでいても仕方がないということで、今私は気分転換がてら散歩に出ている。特訓しても良かったのだが、今日は試合後の休養だということで特訓は控えめにと言われてしまっているのですることも憚られるので。…というか、実はちゃんとこの悩みを解決させる方法を私は知っているのだ。

「…電話、してみようかなぁ…」

本当は佐久間くんたちに連絡をしてみたい。今向こうがどういう状況なのかを知りたい。心配だし。…でもそれができない理由はただ一つ。気まずい。それだけだ。
何故かって、去年チームを抜けてから私は佐久間くんからの連絡や訪問を避けてしまっているのだ。居留守を使ったり、電話も濁してすぐに切ったり、お出かけのお誘いも理由をつけて断ったり。そんなの気まずいに決まっている。どの面を下げて電話すればいいのだ。

「どうしたものかな…」
「何かお困りですか?」
「うわびっくりした…」

真横から突然話しかけられて肩をびくつかせれば、そこには何故か微笑みを浮かべて首を傾げる野坂くんがいた。どうしてここに、と一瞬目を見開いたものの、その向こう側でこちらをチラチラと見ながらアイス屋の列に並んでいる西蔭くんを発見してしまった。いや、困らせちゃ駄目でしょ戻りなよ。

「円堂さんを見かけたので、つい」
「つい、で西蔭くん困らせたら駄目だよ。ほら、戻らないと」
「それならせっかくなので、円堂さんも一緒にいかがですか?」
「…でも」
「ここ、イチゴアイスが美味しいらしいですよ」

…何故イチゴが好きなことを知っているかはさておいて、確かにそれはちょっと心惹かれてしまうお誘いだった。時計を見たらちょうどおやつを食べるくらいだったし、せっかく誘ってもらったし…少しくらい良いかな…?

「…お邪魔してもいいかなぁ…」
「ぜひ。西蔭も喜びますよ」
「それは絶対無いと思うよ」

だってほら、こっち見てめちゃくちゃギョッとした顔してるし。明らかに「何故こっちに来る」みたいな顔してるし。
野坂くんは私のアイスのお金を出そうとしてくれていたものの、さすがに年下にお金を出させるわけにはいかないという年上のプライドゆえに、私の分は自分で払った。本当は野坂くんたちの分まで払いたかったものの、淡々と注文を重ねていく野坂くんの口にするフレーバーの数が四種類になったのを聞いて言い出すのをやめた。中学生のお小遣い事情は世知辛いのである。

「そう言えば、円堂さんたちは次に帝国学園と当たりますよね」
「?うん」
「データ、少しで良ければ教えましょうか?」

野坂くんと私のアイスを待つ間、西蔭くんに席を取りに行かせた野坂くんはふと、そんなことを言い出した。私はそれに一瞬心惹かれて目を見開いてしまったものの、慌てて口を閉ざして首を横に振る。…そんなズルは、ダメだと思うので。

「戦略の一つだ、と考えればいいのでは?」
「…佐久間くんたちは友達だから、フェアに戦いたい…」
「そうですか。それなら仕方ないですね」
「……思ったんだけど、なんか今日の野坂くん、迷わせるようなことばっかり言うね…」
「気のせいですよ」

絶対気のせいじゃないと思うし、何なら人の反応を見て面白がってるところあるよね、野坂くん。そう言ったらやはりにっこりと微笑まれたのでクロである。意地悪だな。

「円堂さんは、一度決めたことは絶対に覆さない頑固なところがありそうなので」
「?」
「何かに迷うところを見るのは、新鮮で面白いんですよ」
「!?」
「あと、表情がコロコロ変わるところも」
「野坂くん実は結構性格悪いね!?」
「よく言われます」

そんな涼しげな顔でとんでもないことを言い放った野坂くんは、しれっとした顔で私の一言を肯定した。よく言われたら駄目なやつだと思うよ、それ。…まあでも確かに、野坂くんには会った頃から醜態しか晒してない気がする。泣き顔も見られたし、怒ってる顔も、笑ってる顔も、情けない顔も、あとは…。

「…誰にも言ってないよね」
「…何がですか?」
「分かってるでしょ」
「言葉にしてもらわないと、流石に」
「いけしゃあしゃあと…」

普通に言いたく無いものの、じゃあいいやと済ましてしまえる問題でもなかったので、私は仕方なくそのことについて口にする。楽しそうな顔をしているので、絶対分かってるんだよな、野坂くん。

「わ、私の……」
「円堂さんの?」
「……す、好きな、人の、こと…」
「あぁ、円堂さんが豪炎寺修也のことが好、」
「何で口に出して言うの!?!?」

わぁ!?と叫んで思わずその口を手で覆ってしまう。かなり痛そうな音がしたが、私にも余裕がなかったので仕方ないと諦めてほしい。そんな普通に声に出されるとは思っていなかったのだ。
思わずカッカしてむくれる私を見て、野坂くんはクツクツと笑いを噛み殺したような声を漏らすと、さらりと髪を避けて私の耳を見て、楽しげに目を細めながら一言。


「耳まで真っ赤ですよ」


…誰のせいだと声を大にして言いたいところなのだが、そうすれば不利益を被るのは私だけなので耐えたことを誰かどうか褒め称えてあげてほしいし、今やってきたあの炎のデス辛ハバネロペッパー味の入った四段アイスをまさか西蔭くんに与えるわけじゃないよね、と西蔭くんの胃の心配をするので私は精一杯だった。