ぼくの身勝手を風は赦すか@





[____物作りで繋がる社会の実現を。世界を動かす機動力。鬼道重工は帝国学園を応援しています]
[____そうだ、今日行こう。感動の旅へ。アイランド観光は雷門中を応援しています]

とうとう帝国学園との試合の日がやってきた。久々に訪れた帝国学園は、どうやら大幅な施設の改築を行ったらしく、前より少し雰囲気が開放的になっている。…帝国は、雷門中にとってはいろいろ因縁がある。私にとっては、特に。先ほどから気づかないフリをしているが、向こうからの視線がグサグサと突き刺さってきていた。風丸くんとか、佐久間くんとか、源田くんとか、風丸くんとか、佐久間くんとか、風丸くんとか、佐久間くんとか。

「薫さん…」
「言わないで……」

思わず近くにいた高志くんを壁にして視線から逃れていれば、呆れたような顔の雄一郎くんに名前を呼ばれてしまった。分かっている。隠れても意味がないことくらい。でもこのままでは何かいろいろと耐えられそうにないので許してほしいところだ。そう心の中で言い訳していれば、ふとサスケくんたちが帝国の方を見て厳しい顔をしていることに気づく。

「帝国の奴ら、スパイクを変えてるみたいだな…」
「勝つためには手段を選ばないことで定評のある帝国です。何を仕掛けてくるか、分かったものではないですよ…」

……影山零治のやり方を、この中では私が一番良くわかっている。思い出すのは、一年前の地区予選決勝。守たち雷門イレブンの頭上から降り注いできた鉄骨が、地面に突き刺さって砂埃を上げた様を、私は今でもはっきりと思い出せる。一歩間違えば命の危険さえあった。…あんな悪夢のような体験を、私は二度としたくない。でも。

「少なくとも、選手は違うよ」
「円堂さん」
「選手のことは、信用して良い。正々堂々と戦う、尊敬できる選手たちばかりだから」

佐久間くんも、源田くんも。そして強化委員として派遣されている風丸くんも。見たことのない顔が増えているのが気になるけれど、どうやらレギュラーのようだし、実力はあると見て良い。…戦ってみたかったな、と今さらのように残念に思う。プレイヤーとして、こうして対峙するのは初めてだったから。私も選手として、帝国と戦ってみたかった。

「だから、私の分まで頑張ってね」
「はい!」

つまりどういうことかと言えば、本日私は監督直々の命令により徹底した控えであることを言いつけられているのだ。みんなは知らないが、監督曰く今回の試合ではみんなをレベルアップさせなければならないらしい。何故なら、みんなにはまだ試合経験が足りないのだ。行われた公式試合もまだこれで四試合目。一試合目は惨敗だったものの、他は順調な勝利を続けている上に、相手の特徴が分かりやすく突破が容易だった。けれど帝国は違う。帝国に特徴的なプレースタイルは存在しない。昔から、ただ圧倒的な強さと技術でトップに上り詰めていた。だからこそ今回は厳しい戦いになるとは思うが、今後の戦いのために頑張ってほしい。ちなみに何故私が出る必要は無いのかと言うと、「知りすぎているから」だそうだ。帝国のことも、マネージャーではあったがこの中では一番よく知っている。経験が仇になったのは生まれて初めてだ。

「それに大丈夫!この日のために、みっちり練習して来ただろ?」
「そうだな、俺たちには対帝国用の必殺技がある!」

…思い出したくないものを思い出しそうになった。ただでさえ私の体力でもそこそこキツかったイナビカリ修練場。それを何とあの監督、自分で改造して凶悪的なものを生み出していたのだ。私も当然参加したが、あまりにもヤバいカラクリの数々に後半はキレていた。むしろキレながら突破していた。

「この試合、必ず勝つぞ!」
「おう!」

明日人くんの鼓舞に答える形でみんなが声を上げた。試合へのやる気も十分。あとは精一杯自分たちのベストを尽くすだけ。…それを実感していた、そのときだった。

「ふざけんじゃねぇぞ!」
「!?」

帝国側から鋭い怒声が聞こえてきて反射的に振り向けば、そこには湿川という選手に迫る帝国選手の姿があった。まさか試合前に揉め事だろうか、と眉を潜めたものの、そこで私はとある言葉を耳にして真顔になる。

「キャプテンマークを渡せだと!?どういうことだ」
「い、いやぁ、総帥からの信頼の厚いボクが、キャプテンマークを巻くのが当然かな〜と…」
「てめぇ!あまり調子に乗ってると…!」
「ひいぃ!」

は?と思わず低い声が漏れ出た。視界の端で近くにいた祐くんと正勝くんが震えているのが見えたが、それを嗜める余裕も無く苛立ちに奥歯を噛み締める。…思えば最初から、あの面々の中で妙に気に食わない人間が居たのだ。それがあの湿川とかいうGK。よりにもよって、あの源田くんを押し除けて正キーパーになっている選手だ。最初は源田くんを超える凄い選手かと驚いたのだが、先ほどスパイクを履くときにゴールポストを足蹴にしていた様子や、彼に向けられた周囲の目を見る限り、その地位は不当なやり方で手に入れられたものらしい。だというのに、それどころか佐久間くんの持つキャプテンの座まで手に入れようと目論む始末か。

「やめろ」

…しかしそれを止めたのは、なぜか風丸くんだった。けれど風丸くんが止めたのは、やりたい放題を言う湿川の方じゃない。本来なら彼が味方をしなくてはいけない佐久間くんたちの方だった。それが信じられなくて、思わず目を見張る。

「佐久間、キャプテンマークを湿川に渡すんだ」
「ッ風丸…!」

こんなのあり得ない。風丸くんが、あんな奴の味方をする訳がない。だって優しい彼が、あんな不正を許す訳がないから。私はそれをちゃんと知っている。…知って、いたのに。

「…まさかお前が、影山の犬になるとは」

違う、と佐久間くんの言葉を否定したかった。風丸くんは、何の理由も無く誰かには従わない。いつだって自分の意思で進む道を決めていた。けれども離れていた距離と時間が、そんな彼の本質を肯定させてくれない。お前には理解する権利が無いのだと、嘲笑われているような気がした。

「おつで〜つ」

結局、総帥さんも意を唱えることの無いままキャプテンマークの譲渡は行われ、湿川が帝国のゲームキャプテンになってしまった。…試合前から妙にすっきりしない展開になりつつある。こうなると、逆に試合に出られなかったのは良かったかもしれない。ここまでの苛立ちを抱えたまま、私はきっと冷静にプレーはできなかっただろうから。





前言撤回。今すぐフィールドに出てあの馬鹿野郎を叩きのめしてやりたい。そんな殺意に似た衝動を抱きながら、私は怒りの沸点を通り越してとうとう真顔になってしまった目で偉そうに突っ立っている湿川を見据える。あの馬鹿は本当に言葉のその通り能無しだった。
まともにゴールは守らないどころか、ボールに怯えて避けまくる。
そのくせ、チームメイトである他の選手に壁になれと喚く。
前半が終わった今でも、向こうからは「お前たちが役立たずだから」「足を引っ張るな」などとぬかしている。その頭に剃り込みを入れてやろうか。

「だ、大丈夫ですか…?」
「…うん、大丈夫では無いかもしれない」
「ですよね…」

だってほら、怒りで手がこんなに震えている。半径三メートル以内に居たら迷うことなくラリアットを入れていた。それくらい震えているのだ。
だがしかし、今はハーフタイムで私が見るべきなのは向こうではなくこちらだ。…それに、監督の指示で口こそ出さないが、割と笑い事ではなく雷門側もピンチに立たされている。

「とりあえずみんな一つずつは塩分補給してね」
「ありがとう、円堂さん」

肩で息をしている達巳くんに塩飴を手渡しながら声をかけた。…随分体力の消耗が激しい。他のみんなも例に漏れず、疲労困憊だ。
今、みんながこんな状態になっているのには訳がある。まずこの試合の序盤。スタート直後から何かが可笑しかったのだ。はじめに違和感を感じたのは、やけに鈍い動きでボールを回す帝国の選手たち。そのおかげでうちは先制点を取れた上に、前半はほぼ攻撃に徹することができたのだが、それがいけなかった。無能のキーパーが機能していなくとも、DF陣は優秀で根気強く体を張ってゴールを守った。そのおかげで思ったより得点ができず、結局あれだけのシュートチャンスがあってもこちらは二点のまま。

「みんな!後半も油断せずに行こう!」
「おう!」

…まだ、気力が残っているのは良いことかもしれないけれど。それでもやはり、ほんの少しの休憩だけじゃ体に疲労が残る。帝国は前半、何故か制限されていた動きで体力が温存されていたし、あれを後半解放されてしまえば、一気に形成逆転されるのもあり得る。

「この調子で後半もつの…?」
「もたないだろうね。良いところ半分も行かずにダウンするよ」
「え」

杏奈ちゃんが驚いたようにこちらを見たけれど、私はそれ以外何も言えない。監督も笑うだけだし、この流れはきっとこの人の読み通りなのだろう。計算狂いで無いのなら、と少し安堵してしまう。本当はしない方が良いんだけどね。
…そして案の定、私の嫌な予感は当たった。前半とは桁違いのスピードとキレで試合の主導権を握ったのは、帝国学園の方だった。みんなも何とかパスを回すものの、前半のハードなプレーのせいで動きが鈍くなっている。

「影山監督に、してやられましたねぇ。敵の動きが鈍いことに漬け込み、はりきったせいで、必要以上に動き過ぎました」
「ちゃんと見てたんですね…」
「ふぉっふぉっふぉー。敵の術中にハマり、こっちはスタミナ切れ寸前。これはピンチですねぇ」
「そんな、他人事みたいに」

まぁでも実際監督の言う通りだ。今も目の前で本領を発揮し始めた帝国が皇帝ペンギン二号と百烈ショットの二本のシュートで同点に追いつき、巧みで素早いパス回しと共にゴール前まで迫った佐久間くんが、ゴールの近距離でシュートを叩き込んだところだ。…三対二。とうとう逆転されてしまったのだ。それを見て私は立ち上がると、その場で簡単なストレッチを始める。戸惑うつくしちゃんたちを他所に、私はゲーム中の監督を見ないまま声をかけた。

「…監督、約束です。残りの時間を私にください」
「せっかちですねぇ。ま、良いでしょう。行ってらっしゃ〜い」

その返事を待たずして、私はベンチを飛び出す。実はこの試合前、私は監督とある約束をしていたのだ。大人しくベンチに座る代わりに、ラストの五分、一点分の間だけは試合に出すこと。どうしても帝国と直接対決がしてみたかった私なりの、精一杯の譲歩だった。交代したのは鉄之助くんと。すると、背後から監督の元気な声が聞こえた。ようやく作戦を遂行し始めるらしい。

「皆さ〜ん、そろそろいきますよ。サッカー盤ごっこです」
「あれは、休憩も兼ねたレクリエーションだったはず…」
「うん、それを、私バージョンでやるよ。…ぶちかまして行こうね」

思い出すのは、数日前から練習の合間に始めた遊びの延長戦のような、監督とのミニゲームの応酬の日々だった。





『何ですか?この線は…』

その練習が始まったのは今から数日前、練習の合間に行われたそれは、一見すればただのレクリエーションに見えるようなものだった。フィールドに線が引かれていて、私たちはそれぞれポジションに沿って線で囲まれた枠の中へ。私は監督の指示で鉄之助くんと交代で入ることになっていた。引かれまくった線の説明を求められた監督は、やけに気持ちの悪い動きで熱のこもったセリフを吐く。

『その線は超えてはいけない一線なのです。人妻が、あなたの首に手を回して誘惑してきても、その一線だけは超えてはダメなのです!絶対に!』

思わず監督を見る目がゴミを眺めるものになってしまったのは許して欲しい。中学生に対して何を言ってるんだこの人は。貴利名くんだけが分かっていないらしく、一人首を傾げているけどそのままの君でいて。雄一郎くんは頼むからその調子で誤魔化し続けて。

『つまり、この線を出ては駄目なのか…?』
『駄目と言われても…』
『これじゃまともなプレーができないよ』

みんなそれぞれいろんなことを言っているが、至極真っ当な話である。私も同じことを思っていたので、どうすれば分からず監督を見れば、監督は何でもないような声音であっさりとその答えをくれた。

『自分の受け持ちエリア外にボールが出たら、追いかける必要はありません』
『え?』
『受け持ちのエリアだけで、力を尽くしてください』

…本当にレクリエーションみたいだな、と思ったのはここだけの話。けれど、雄一郎くんは私と同じように思ったらしく、呆れたような声でボヤいている。

『何だよ…ボードゲームのサッカー盤じゃあるまいし』
『そうです!これはサッカー盤にヒントを得た超効率的プレイ方法なのです』

ちなみに超えたら顔に落書きされてしまうというルール。私も一度はみ出してしまい、顔に猫のヒゲのようなものを描かれてしまった。偶然正勝くんと同じ落書きになってしまったので、後からつくしちゃんに写真を撮ってもらった。お揃いだし、記念にね。

『美人教師の、艶かしい唇の接近に、少年の何かが弾け飛ぼうとしているぅ〜!しかし、それ以上は、その一線は、一歩たりとも超えては、ならないのだ!』
『教師といえば最近はPTAが厳しいらしいですよ監督』
『次に行きましょう!』

暗に「それ以上は黙れ」と圧をかけたところ、監督は流れるように次のプレーへと移り変わって行った。本当に中学生に悪影響な知識を与えるのはやめて欲しいのだ。純粋ピュアピュアな貴利名くんが汚れてしまう。さっきから雄一郎くんが必死でフォローしながら誤魔化してくれているのは本当に感謝しかない。

『ちゃ〜んとサッカー盤上のミニチュアの選手になったつもりで動いてください!あなたたちは決められたレールの上しか動けないのですよぉ』

しかし、やはり自由に動けるいつものプレーが身についているからか、みんなはちょこちょこ引っかかってしまっている。次々に増えていく落書きに苦笑いしていれば、それを見た監督が実に楽しそうな様子で面白がっているのが分かった。

『だから超えてはダメと言っているでしょう。昼下がりの個人授業、ご褒美の膝枕。耳から伝わってくる柔らかな感触…。少年とってはまさに煩悩の…アァ〜〜!過剰攻撃〜〜!』
『そろそろスパイクで叩いた方が良いかな…』
『刺さるでゴンスよ…』
『むしろ刺さった方がちょうど良いのでは…?』

私には先輩として、後輩の純粋な性癖を守る義務がある。御影専農中の時と良い、この人は割と駄目なところがあるのは痛いほどに理解したので。だからこそ悪い大人の悪い言葉に惑わされてイケナイ道に踏み外してしまう前に、この監督をどうにかしなければ。

『その一線は、その一線だけは、超えることは許されないのダ!!』

まずは監督にその言葉を復唱して欲しいと思ったのは、私だけだろうか。