前にも後にも進まない




私はもしかすると詐欺に引っかかる典型的なダメ人間なのかもしれない。思わず無の表情で新しいゴミ袋を手渡しながら内心ため息をつく。
あれから相談に乗ってしまったことで、私はどうやら稲森くんに懐かれてしまったらしい。学校で姿を見かけるたびに走り寄ってくる姿は、まるで子犬に懐かれたようで妙に無碍にすることが出来ない。
そんな今日も、稲森くんやら大谷さんに引っ張られて商店街のゴミ拾いの手伝い中だ。まぁ別に暇だったし、週末に出された課題だって済んでいたから全然大丈夫だったけどさ。それにしたってもっと気遣いとは遠慮というものをさ。…いや、さては断れない私も私だな…?

「剛陣くん、とりあえず燃えるゴミとプラは一緒にしたら駄目だよ」
「はぁ!?細けぇよ!!」
「細かくないよ」

どうしてプラスチックを燃やそうと思うのか。剛陣くん三年生のはずだから、理科で学んだと思うんだけど。もしかしてそこら辺はまだ未履修なのかもしれない。そう思って道成くんを見ると無言で首を横に振られた。なるほど、剛陣くんの記憶力の問題だったらしい。そもそもこれは割と常識の範疇。

「うわ!破けた!」
「あぁ…割り箸が刺さっちゃったんだね。割り箸捨てるときは折ってから纏めて捨てた方が良いよ。ほら、とりあえずこっちの新しい袋にそのまま入れようか」
「ありがとうございます!」

根はとても素直で真っ直ぐな人たちだからか、ゴミ拾いにも文句は言いつつも真面目に取り組んでいる伊那国イレブンのみんな。そんな姿を見ていると、さすがに私も帰りたいだとか言えないのでこうして手伝っているのだった。まぁ、社会貢献にもなるしね。

「だいぶ集まりましたね…」
「どうしてこんなにゴミが多いでゴンスか…」
「うーん、稲妻町って割と不良が多いからね。治安は良い方だけど、やっぱり素行が悪い人が多いんだよ」

だから夜や夕方は安易に一人で出かけちゃ駄目だよ、と海腹さんに注意しておく。島の人間は温厚で優しい人が多いと聞くから、本土の人間の悪意には疎いかもしれないという心配からの注意だ。私だってたまに声をかけられるのだから、海腹さんになったらなおさらそれは怖い。
「本土って怖い…」と慄きつつも真面目に頷いてくれた海腹さんに微笑みかけて、商店街の人からいただいた差し入れのお茶を呷る。今日は割りかし陽気が良いから暑いのだ。熱中症にならないようにしないと。

「はぁ…」
「…どうしたの、具合でも悪い?」

ふと、奥入くんが力無くため息を吐いたのを見て思わず悪い予感が頭を過ぎる。一応用意していた塩飴の出番か?と身構えたところ、いえ違うんです、と彼は慌てて手を振る。そう?具合は悪くないんだね。でも塩飴は一応食べておいて。みんなにも配るから。

「…いよいよ試合が迫ってきました。だというのに、僕たちがしていることと言えば体力作りとこんなゴミ拾いくらいで、不安で…」

そう言った奥入くんの言葉に、他のみんなも不安そうに肩を落とす。…たしかに、それは不安か。練習もしないで本番に挑むなんて、たしかに無謀だもんね。あの監督もすごく胡散臭いし、彼らが心配になるのも無理は無い。…それに、私は少しあの監督が苦手だ。

『あなたはサッカー部に戻る気は無いんです?』

…つい昨日、道成くんに届けなきゃいけないクラスの配布物を持って、嫌で仕方なかったけれどサッカーグラウンドに私は訪れた。けれど、監督の練習メニューで今日は展望公園に行っているらしい彼らの姿はそこには無く、代わりにベンチでゲームに勤しむ中国人…趙金雲監督が居た。
…そして、道成くんたちが居ないと知ってすぐさま引き返そうとした私を引き止めて言い放った言葉が、先程のそれだ。

『…戻りません。もう、サッカーに関わる気は無いので』
『それはなぜ?』
『サッカーが嫌いだからです。全部を奪っていったサッカーを、憎んでいるから』

…かつての雷門中サッカー部は、世間の大勢多数の声のおかげで引き離された。サッカーの実力の底上げを、なんていう綺麗事のせいで私は仲間も夢も奪い取られたのだ。
それを憎まずして、私は何を憎めば良かった。

『いえいえ、あなたは戻ってきますよ』
『…何を根拠に』
『根拠?そんなものありませーんよォ』

強いて言えば、あなたの心次第といったところですかね?
そう言って笑った監督を私は睨みつけて、足早にその場を立ち去った。…これ以上話すことも無かったし、くだらない夢想を聞くほど私は優しく無い。
サッカーが嫌いだ。サッカーを憎んでいる。それが、今の私の心で本音なのだから。…本音に、決まっているのだから。

「円堂先輩?」
「…ううん、何でも無いよ。それよりこっちの生活にはもう慣れた?」
「あ、はい。それは何とか…」
「ホームシックも心配してたけど、疲れ果ててそれどころじゃなかったしね」

…まぁ、一応あの監督の目論見は理解できる。ここ数日彼らと一緒に居て(引っ張られて)、練習場所がやけに人の多いところに限定しているな、と思ったのだ。昨日の展望公園といい、稲妻町の観光名所が盛り沢山。まるで「彼らの頑張りを見てくれ」とでも言いたげな。
そしてそれに加えてこのゴミ拾い。商店街の人たちからはさぞかし好感度が高いだろう。ついでにオーバーワークギリギリのメニューも相まって、故郷である島のことを考えている余裕さえ無いときた。性格に難はあれ、監督としての才能はピカイチだと見て良いかもしれない。まぁ、なんか言うと癪だから言わないけどね。

「悩んでるよりやってみた方が何とかなることもあるよ。試合、頑張ってね」
「…はい!頑張ります!!」

…応援だけなら、こうして素直に吐き出せるのにな。だってさすがに頑張っている人間を馬鹿にしたり貶したりできるほど、私だって非道じゃ無い。努力を重ねる人間にはそれ相応の結果がついてくるべきだと思っているし、彼らこそ欠片でも良いから報われて欲しいとは、願っているのだ。





…そしてとうとう、試合当日になった。稲森くんたちのことが気になって、やけに勉強も覚束ないまま参考書と向き合う。そろそろ、アップが始まる時間だろうか。
最近の少年サッカーは人気だから、今テレビをつければきっと中継だってしているのだろうけど、私はそれを見ることはしない。…どうせ、明日になれば結果を聞くことはできる。それが朗報であっても、悲報であっても。

「…関わらない」

サッカーには、関わらない。もう二度とあんな理不尽な目に私は遭いたくなかった。
奪うなら初めから、そう教えて欲しかった。それならあんなに大切で大事なものを、私はいくつも増やさなかったのに。

「…電話」

行き詰まった問題集にため息をつき、私は一旦休憩に入ることにした。そしてお茶でも飲んでこよう、と椅子から立ち上がったその途端、机の上に置いておいた携帯が鳴り出す。
…それは、稲森くんからの電話だった。何故だか嫌な予感がしつつ、何事もありませんようにと神様に願いながら通話ボタンを押して電話を耳に当てると、向こうからは焦ったような大声。

「もしも」
[大変なんです円堂先輩!!!]

…そしてそんな神様とやらは意地悪なようで、どうしても私をサッカーに関わらせたいらしい。