獣の咆哮





その日、道成はここ一週間の中でも昨日のスポンサー獲得に劣らないほどの衝撃を受けた。
彼は基本、所属するクラスに友人はいない。それは自分が島から出てきたばかりだということもあるし、あの伝説のサッカー部に居座っていることからくる反感や不満からくるものだとも理解している。だから今朝も一人、少しだけ進みの早い勉強の予習と復習を、周りからの嘲笑を見ないフリで進めていたのだ。
…しかし、その日は少しだけ違った。突然クラスの声がまるで切り取られたかのように鎮まり、そしてその直後には動揺などのざわめきに揺れる。その変化に道成は戸惑ったものの、自分には関係の無いことだと参考書を見つめ続けていた。…だが。

「道成くん」
「あ、円堂さ…?」

席の前に立ったのが、このクラスの中でも格段に優しく自分にも気遣いを見せてくれていた、サッカー部の後輩である稲森明日人が何故か懐いている薫だと気がついて彼はようやく顔を上げた。…そしてそこで、彼は見事に現実を理解することを放棄する。
たしか、少なくとも最後に顔を合わせた金曜日。彼女の髪は高く結い上げられて肩甲骨の辺りで揺れていた。しかし今はどういうことだろう。

「か、か、髪…!?」
「あぁ、うん、切っちゃった」
「きっちゃった」

なるほど、教室がざわめいていた理由も今ならば分かる。長く綺麗な髪をしていた彼女が、いきなり週明けにショートカットに変貌していたら誰だって驚き慄く。
…しかし彼にとってこの衝撃は、単なる前座でしか無かった。彼女は会話に少しだけ一拍を置き、深呼吸を挟んだかと思うと、彼の目の前に一枚の紙を差し出す。思わず受け取ってしまったそれに戸惑いながら目を落として、彼は今度こそ心臓が止まるかと思った。
それは、紛れも無い彼女の名前が書かれたサッカー部への入部届だった。

「え、円堂さん、これは」
「うん。…ごめん、君たちには都合が良いように見えるかもしれないけど。それでも、昨日の試合を見て、私は君たちとサッカーがしたいと思ったよ」

…その言葉が、嬉しかった。昨日のアイランド観光の社長と良い、あのアウェーの中で必死に星章学園に食らいつこうと足掻いた自分たちの戦いを見ていてくれた人が居たことが。…そして何より、自分たちのサッカーを欠片でも認められたような気がして嬉しかったのだ。

「今日から参加したいんだけど、良いかな」
「あ、あぁ。確か円堂さんはもともとマネージャー業をしていたと聞いているし、俺たちも心強いよ」
「あ、違うの」
「え?」
「ごめん、言い方が悪かったね」

…この時まで当然、彼は目の前の彼女がマネージャーとしての入部をしたのだと信じて疑っていなかった。何せ彼女はかつて、伝説の雷門イレブンと共に頂点へと辿り着いたマネージャーだ。イナズマイレブンと名高い彼らをサポートしたその力を借りられる、そう思っていたのに。

「えーと、じゃあ改めて言おうかな。希望ポジションはフォワードかディフェンス、今日から君たち新生雷門中サッカー部に、フィールドプレイヤーとして入部したいです」

どうぞよろしく、と頭を下げた彼女に驚愕の悲鳴をギリギリで飲み込めた自分を、道成は精一杯褒めてやりたかった。





私がプレイヤーとして入部したことによる伊那国イレブンの反応はそれぞれだった。道成くんをはじめとした大多数の驚愕組、稲森くんや大谷さんたち万歳三唱組。…そして。

「…元マネージャーが戦力になるんですか?」
「小僧丸に賛同するわけじゃねぇが、そりゃ同感だ。サッカーできんのかよ?」
「出来るかどうか…」

小僧丸くんや剛陣くんなどの「お前サッカーできんの?」組である。
ううん、その基準は人それぞれだと思うんだよね。上手い人からすれば私なんて下手くそだろうし、そこまで上手くない人からすれば上手に見えるのだと思う。そこで、何ができれば戦力になるのかを尋ねてみた。私はなるべく、このチームに足りないところを補える存在でありたい。

「じゃあ、シュート撃つからそれで判断してほしいな」
「…まぁシュートが使えそうなら…」

とりあえず、剛陣くんの中では『すごいシュートを撃てる人=すごい人』という方程式が成り立っているようなので、分かりやすく私の実力を見せてみるのが手っ取り早いだろう。
それなら…と二人とも納得したようだったので、私はさっそくボールを蹴りつつペナルティエリアより少し後ろの方に立つ。一応海腹さんがキーパーとして立っていてくれるらしい。

「行くよ、準備は良い?」
「いつでも大丈夫です!」

その掛け声とともに私は地を蹴る。コート外から驚愕の声が上がるのを耳にしながら、飛ぶようにペナルティエリア内にまで駆け込み足の甲でボールを高く蹴り上げる。そしてそれと同時に、私は全身のバネをもって空へと跳ね上がった。
空中で身をひねり、足りないパワーを補って。
足の甲を当てるのはボールの真ん中、精密なコントロールから放たれたのは無回転のシュート。
やがてそのボールは、空気に逆らうようにして激しくブレ出し、まるで獣のような獰猛さをもってゴールへ襲いかかった。

「___ワイルドビースト!!」

海腹さんがボールを捉えるよりもはるか速くシュートは、彼女の手を逸れてゴールに突き刺さる。軽快な着地と共に決まったゴールを見据えて息を吐いていれば、やけに外野が静かなことに気がついた。
そちらに目をやると、みんな口をあんぐりと開けて驚愕に顔を染めている。どうしたの。

「いやいやいや!?どうしたもこうしたも無いでしょう!?」
「マネージャー!?エ!?マネージャー!?!?」
「マネージャーだよ、元だけど」
「ブラックジョークはやめてください!!!」

みんなの支離滅裂な感想曰く、元マネージャーの私がここまで出来るのは予想外だったらしい。離れたところで見ている監督はいつも通りだったから、もしかするとどこかで知っていたのかもしれない。
そもそもサッカーは、守の練習相手になるために一生懸命練習したのだ。そりゃあ上手くならない訳がない。

「シュートも撃てるし、守備も出来る。球運びもできるよ」
「逆に何が出来ねーんだよ!?」
「パワータイプの技が出来ないし、止められないかな」

私は典型的なスピード&テクニック型なので、技術で相手を翻弄するタイプだ。自慢じゃないが、恐らくこのチームの中では一番テクニックは上だろう。スピードだって、抜きん出てとは言わないけど負けない自信がある。
けれどその分私はパワー型の相手に弱かった。体当たりなんてされたら簡単に吹っ飛ぶし、必殺技なんて受けたら紙のようにあしらわれて終わりだろう。…ある意味致命的な弱点でもあるね、これ。これまでは選手じゃなかったからさほど重要視していなかったけど、今後は立派な弱点として機能してしまう。

「…よし、特訓頑張ろ」
「これ以上何を強くなるんですか…」

強くなるんだよ。君たちをフットボールフロンティアの頂点に導くために。サポートは得意だからね、チームの勝利に貢献できるように頑張るよ。