これからの話


「殿下ッ!」
「ユウ!無事だったのか!」

一度落としていた意識が浮上し目を覚ます頃には、どうやら私たちは既に山中へと入っていたらしかった。木々を抜けて山奥にまで入り込み、やがて辿り着いた山小屋の前で私はようやくダリューンさんに下ろしてもらう。その時初めて私はもう一人の男の人に挨拶をすることが出来た。この人が前に話を聞いたことがある噂の友人らしい。ナルサスさんは、詳しい訳は後で聞くからと山小屋の中に入るよう促してくれた。そこで殿下と再会したのである。

「殿下もご無事で良かったです…」
「おぬし、声が」
「はい、ようやく戻りました」

何がきっかけかは言わなかった。人を殺した拍子になんてそんなこと、聞いてて良い気持ちはしないだろうし、何より私が話しにくかったから。ダリューンさんは恐らく察していたのだろう。少し沈痛そうな表情で私を見ていたから。
そしてそんな山小屋の中には、殿下の他に三人の人間が居て、その内の一人はこの世のものとは思えないほどに綺麗な絶世の美女だった。名前はファランギースさんというらしい。どこかの国のお姫様か何かだろうか。

「は、初めまして、ユウと申します…」
「そう固くならなくとも良い。共に殿下にお仕えする身じゃ」

どうやらお姫様では無かったらしい。どこかの神殿の女神官だったようだ。いわゆる神社の巫女さんのようなものだろうか。しかし勘違いしていたのを知られるのは恥ずかしいので、そのことは言わないでおいた。でも微笑まれていたので恐らく何かしらバレてはいると思う。
そして他の二人、旅の吟遊詩人のギーヴさんとナルサスさんの侍童であるエラムさん。エラムさんには何故か目を見開かれていたけれど、特に覚えが無いので内心首を傾げておいた。そうしていると、ギーヴさんがダリューンさんの背中を叩き、まるで茶化すように明るい声を上げる。

「いやはや、ダリューン卿も隅にはおけぬなぁ!こんな可憐な少女を大事に愛でていたとは!」
「人聞きの悪いことを吐かすな!ユウは俺の家の使用人だ!!」
「照れることは無い、まだ殿下ほどでしかない幼気な少女を、ルシタニア蔓延る王都から華麗に救ってきたのだろう?」
「…」

殿下ほどの幼気な少女、あたりで顔がスンとなってしまった。ここでも誤解がついてまわっている。何なのだ、そんなに私は幼く見えるのか。これでも私は立派な二十一歳の大人な女性なのだが。
そしてそれを知っているダリューンさんと殿下も苦笑いしている。それを見て不思議そうな顔をした面々に、私は自分でも分かるくらい死んだ顔で実年齢を口にした。何という公開処刑なんだこれは。

「…これでも、今年で二十一になりまして…」
「!?」

みんなギョッとした。ますます目が死んでいくのが分かる。そんなに私は幼く見えるのだろうか。化粧をしていないからかもしれない。でも化粧なんてしている余裕は無かったし、それも全部あの王都に置き去りにしてしまったのだ。
そんな微妙になってしまった空気の中、ナルサスさんが一つ咳払いをして話題を変える。それは先ほど王都で手に入れていた情報の共有についてだった。ダリューンさんたちが話したのは王妃のこと。ルシタニアの王に求婚を迫られているらしい。殿下は王妃を助けに行きたそうではあったものの、皆さんに窘められることでそれは一度保留になった。

「ユウ、おぬしは何か知らぬか」
「…逃げ回る生活ばかりを送ってましたので詳しいことはよく知らないのですが、王都に残られていた万騎長お二人のうち、ガルシャースフさんは討ち取られたと聞いています。もう一人の方…サームさんは生死不明ですが、カーラーンさんの部下の方の噂によると、どこかに匿われているとか…」
「…そうか…」

ダリューンさんの顔が沈痛に歪む。それを見て私も思わず苦しくなった。この人にとって、彼らは歳は違えど仲間だったのだ。それが片や死亡、片や生死不明となれば心配にもなるのだろう。残念ながら私もそれ以上は何も知らなくて、思わず肩を落とす。気にしなくても良いとは言われたものの、こんなことなら少し危険を冒してでも情報を集めていれば良かったかもしれない。

「滅多なことを言うな。あそこでは生きていただけでも儲け物だろう」
「ですが…」
「ダリューン様の言う通りです。あの状況下では、下手に動いた方が危険でした」

エラムさんがそう言ってきたことで、私も皆さんも一斉に目を見開く。思わぬところからの言葉だったので、思わず驚いたのだ。しかしエラムさんはその視線に一瞬たじろいだものの、他意はありませんとでも言いたげに咳払いをしてみせる。そこで話は何となく有耶無耶になり、今度はこれからの行動についての話。これから、味方であろう貴族の元に助けを求めに行くと決まる中、ナルサスさんの視線がチラリと私に向く。…私はその意味を、しっかりと理解していた。

「…私がついて行けば、足手纏いになりますね」
「そんなことは」

ろくに武器も扱えない、ただの使用人風情の私がこの人たちの役に立てるとは思えない。せいぜい途中で守られて足を引っ張るのがオチだ。そうなればきっと、殿下の命まで危なくなってしまうだろう。そうなった時、私はきっと死んでも死に切れない。
殿下はそんな私の言葉を否定したけれど、私はここで皆さんとお別れしようと思った。しかしそれを遮ったのは、私の隣に膝をついて殿下に頭を下げるダリューンさんだった。

「殿下、ユウも同行する許可を頂けないでしょうか」
「ダリューンさん」
「おぬしは身寄りが無いではないか。このままここに置き去りにしたとして、ルシタニアが幅を利かせている以上ろくに生きてはいけぬのだぞ」

慌てて私も膝をついてダリューンさんを止めたものの、逆に正論を言われて何も言い返せなくなってしまった。…たしかに私には、ダリューンさん以外に頼れる人は居ない。地理もろくに覚えられていない以上、このまま彷徨ってもルシタニア兵に捕まるのがオチだろう。けれどだからと言って、足手纏いになるのが分かっていながらついて行く訳にもいかなかった。

「ユウ」

そんな葛藤している私に、殿下は穏やかに声をかけた。思わず顔を上げれば、そこには優しく微笑んだ殿下が私の顔を見つめている。

「おぬしが決めると良い。私はおぬしの同行を歓迎するが、それを無理強いはしないよ」

…ずるいと思った。本当はついて行きたいという本音を誤魔化させてはくれない言葉だった。…良いのだろうか。私は本当に、この人たちについて行っても構わないのだろうか。
殿下のお役に立ちたい。ダリューンさんに恩を返したい。そんなまだ果たせていない願いを、私は叶えたいと思っても許されるのだろうか。…もしも、許してもらえるというのなら。

「…殿下と、皆さんのお役に立てるかは分かりません。あ、足手纏いになるときは、容赦無く捨て置いてください。…それで良ければ、皆さんについて行っても良いでしょうか…?」
「あぁ!これからもよろしく頼むぞ、ユウ」

笑顔で手を差し出してくださった殿下の手を恐る恐る両手で取れば、殿下も一つ頷いて握り返してくださった。それが何だか、私も仲間だと認めてもらえたようで嬉しくて、思わず涙が溢れそうなのを何とか堪える。周りからの目も優しくて、そこに不満の色が見えないのが幸いだと思った。








「…ナルサス、お前わざと意地の悪いやり方でユウの本音を吐かせたな?」
「何のことやら。…だが、これで分かっただろう?彼女は殿下もお前も、そう簡単には裏切らぬよ」
「…そんなこと、とうの昔に分かっていたことだ」

顔を顰めながらそう言い切った黒衣の騎士に、未来の宮廷画家は面白そうに片眉を上げてみせた。