城塞での宴


私はいわゆる現代人であり尚且つ、ゆとり世代などと揶揄される年代の人間である。そのため、というかまぁ普通に殆どの現代人には不可能だが私は馬に乗れなかった。そりゃそうだ。
しかしそんなある日、ダリューンさんが私に馬の乗り方について教えてくれたのだ。理由は単純で、私が興味を持っていたのと、ダリューンさんの愛馬であるシャブラングが私を大層気に入っているらしかったからだった。という訳で、何とも贅沢なことに私は万騎長の愛馬で乗馬の手解きを受けていたのである。そんな訳で。

「ふむ、腕前はなかなかじゃの」
「あ、ありがと、う、ございまッ」
「舌を噛みますよ!!」

エラムくん遅かった。もう噛んでる。涙目になりながらも必死で揺れに耐えながら、私は今必死で馬を駆けさせた。後ろには追手のルシタニア兵五百騎という、たった七人に対するものにしては少々多すぎやしないだろうか。そう思ったものの、後でナルサスさんに話を聞けば、ダリューンさんなら一人で五万騎倒すのも冗談じゃないとのこと。やっぱり強いんだなぁ…。

「殿下!もうすぐダリューン卿が兵を連れてまいりましょう!ご辛抱くださいまし!」
「うむ!」

馬に必死でしがみついていることしか出来ない私と違って、殿下のことまで気にかけることが出来るなんて凄いと思う。…ちなみに今、ここにダリューンさんは居ない。先ほど話し合った通り、この近くに領地を構えるホディールさんという人の元へ兵を呼びに行っているからだ。この中だとシャブラングが一番足が速いし、顔も知れ渡っているだろうからということ。

「このまま耐えられるかユウ殿!」
「耐、えま、す!」

ギーヴさんに声をかけられるものの、それに対して怒号じみた返事を返す。ついて行くと決めたのは私なのだから、こんなところで足手纏いになるな。戦えないのならば、せめて守られない努力をしろ。
そんな風にがむしゃらに頑張ったおかげだったのだろうか。ふと上の方から弓が降り注ぎ、背後のルシタニア兵を次々に射抜いていくのが見えた。速度を落として行く皆さんに合わせて馬を宥めながら上を見上げれば、そこには黒い甲冑に身を包んだダリューンさんが居る。兵士を連れてきてくれたのだ。

「で、殿下、大丈夫で、しょうか…」
「お、おぬしこそ大丈夫か…?」
「はい!大丈夫です!」

嘘だ。本当はすごくヘトヘトだったし、何ならこのまま落馬したって可笑しくはないくらい疲れ果てていたけれど、殿下の前で情けない姿を見せる訳にはいかなかったから強がって微笑んでみせる。殿下もそんな私の笑みにホッとしたような表情を浮かべていたからこれで良いのだろう。
そしてダリューンさんとも合流し、ホディールさんとやらの兵士たちに守るように囲まれながらしばらく馬を走らせると、向こう側に大きな城が見えてきた。あれが私たちの目的地であったカシャーン城塞なのだろう。

「殿下!おぉ、アルスラーン殿下!よくぞ、ご無事で!」

城門から中に入って殿下を出迎えたのは、噂のホディールさん。スキンヘッドに少し太った体つきの人だった。殿下と馬で並びながら、敗戦に対する今日までの苦しみや葛藤をペラペラと語っているのを見て、私は一人頷く。うん、どう見ても私が苦手なタイプの人だ。それに奴隷もどうやら多い。ホディールさんを見つめる目を見る限り嫌な扱われ方はしていないようだけど、奴隷制度はやっぱり苦手だ。

「ユウ、そなたはあの男をどう思う?」
「…私ですか…」

胡散臭い、の一言に尽きる。だって、殿下や国王陛下のことを心配していたという割には戦の準備なんてしていないみたいだし、普通なら他の諸侯たちにも声をかけて兵を挙げるものでは無いのだろうか。後は単純に舌の良くまわるお喋りな男性というものが私の苦手なタイプなので、普通に信用し難い。偏見だろうか。

「間違ってはおらぬな」
「ファランギース殿、何故俺を見られる」
「…ギーヴさんは、信用してますよ…」

何せアルスラーン殿下のピンチを救ったらしいし。それなら信用しない方が可笑しいだろう。ファランギースさんへの対応を見る限り、結構な女好きだとは思うけれど、それを差し引いても信用はしてみたい。それに殿下も信用しているようなので。

「さすがはユウ殿!素晴らしい審美眼をお持ちだ」
「改めた方が良いぞユウ。此奴は皮一枚剥げばただの獣じゃ」

…ものすごく、目の前の方々の温度差が違いすぎて風邪を引きそうですね…。





ホディールさんは、ここまでやってきた私たちのために宴を開いてくれるらしい。豪勢な食事が用意された広間に案内されたものの、その入り口で私は思わず立ち止まる。不思議そうな顔で「どうかしたのか」と尋ねてきたダリューンさんに、私は恐る恐る聞いてみた。

「…あの、私、下がった方が良いのでは…?」

どう見ても場違いな気がする。ナルサスさんの侍童であるエラムくんならばともかく、私はダリューンさんの家の使用人だったというだけの完全なアウェーだ。礼儀作法もよく知らないし、この場にいて失礼をしたら殿下の不利になるのでは?と考えた。しかしダリューンさんはそんな私の問いかけにため息をつきながら何を言っているのだと否定する。

「おぬしも殿下に仕える部下の一人だろう。そこに貴賎など無い。何を遠慮することがある」
「…はい…」

そう言われたらもう遠慮する要素なんて消え失せてしまうため、私は大人しく宴に出ることにした。ダリューンさんは、自分とナルサスさんの隣に私を勧めようとしたがそれは流石に遠慮した。礼儀作法を知らなくても上座下座くらい私だって理解しているのだ。そんな訳でどこか不満そうなダリューンさんには悪いが、私は一番端の席であるギーヴさんの隣に腰を下ろした。

「ダリューン卿の隣でなくて良いのか?」
「…ギーヴさん、さては全部分かってて言ってますね…?」
「さて、何のことやら」

惚けた様子で杯を煽るギーヴさんをジトリと睨めつけて、私も近くの料理を取らせてもらう。これはお肉だろうか。王都に居たときには安いパンやら果物しか食べられていなかったので、お肉なんて久しぶりかもしれない。食べてみてさらに愕然とした。美味しい。お婆さんには失礼かもしれないが、高いレストランみたいな味がする。これが、お金持ちの食事…!思わず目を輝かせていれば、ふと目が合ったダリューンさんに小さく笑われてしまう。…しまった、ちょっとはしゃいでいるのがバレた。

「過保護だねぇ、黒衣の騎士殿は」
「?」
「何でもござらぬよ。葡萄酒はいかがかな」
「大丈夫です…」

お酒も勧められたが、この国のお酒は少し私には強いので度数の低いものを一杯だけいただいている。ファランギースさんがえげつない量を飲み干しているのを直視出来ないまま串焼きを食べていれば、そこでホディールさんが殿下に話しかけているのが見えた。

「殿下、私には息子がおりませんが娘がおります」
「はぁ…そうなのか」
「年は十三、これがなかなかの器量良しでしてな。いや、親馬鹿と言われるかもしれませぬが…もし、殿下のお側に仕えさせていただけるなら、娘にとってもこれ以上の幸福はございませんな」

…内容はつまり、娘を殿下の妻にしないかということだろう。殿下はまだ私よりも七つ年下の十四歳だというのに、その時点で結婚話が持ち上がるのか。結婚相手どころか恋人の一人さえ居なかった私からすればちょっとショック。別に好きな人が居た訳じゃ無いし、恋人の必要性を感じたことが無かったから良いのだけれど、年下の子に先を越されるのは少し年上として恥ずかしい。

「…あの、やっぱり、殿下くらいの歳になると、結婚とかって普通なんですか…?」
「王族となると、そうじゃの。一般的にはそうとは言えぬが」
「ですよね!」

殿下がギーヴさんを連れて外の空気を吸いに行ったのを見計って、私はファランギースさんにこっそり尋ねてみる。そして返ってきた答えを聞いてちょっと安心した。ほら、やっぱり決して私が遅れている訳では無いのだ。それに目の前にいる私より大分年上のダリューンさんもナルサスさんもまだ未婚だと聞いているし、まだまだ若輩者の私が独り身だって可笑しくはない。

「そうですよね」
「大概はおぬしくらいの年頃になれば結婚する者が多いがの」
「えっ」

…それはちょっと知りたくない現実だったかもしれない。