故人を思い語る夜


知らない間に新しいメンバーが増えていた。私よりも年下なゾット族の女の子、アルフリード。最初は「ちゃん」付けして呼んでいたのだけれど、それには「くすぐったい」と文句を言われてしまったのであえなく呼び捨てに。フレンドリーで明るい子が仲間入りしてくれて嬉しいものだ。だがしかし、一つだけ問題があるのだな。

「あたしはナルサスの妻だよ!手なんか出さないでよね!」
「…お、おめでとうございます…?」
「違う」

違うらしい。なるほど、どうやら恋に燃えるアルフリードの一方通行な様子。まぁ、もしこれが事実だったら私はナルサスさんを年下好き…しかも歳の差が離れているのを好む人だと認識し直さなければいけなかった。しかしどうやらそうでも無いようなので一安心。
そんな会話をしながらペシャワール城塞内へ入っていけば、中は殿下を歓迎する声で溢れていた。その盛大さに驚いたものの、ファランギースさん曰く国王も行方不明の中、ルシタニアに反撃するための御印が立ったことが喜ばしいのだろうということ。たしかにそれは嬉しいものだ。

「…王太子……殿下……」
「バフマン!久しぶりだ!変わりないか?」
「は…はいっ。…よくぞ、ご無事で…」

…この人が、もう一人の万騎長のバフマンさんだろうか。殿下曰くヴァフリーズさんのように頼りがいのある人だと聞いていたのだが、殿下に対する態度が妙にぎこちなく見える。ダリューンさんたちを見ても同じようにどこか険しい顔でバフマンさんを見ていて、これが何かただ事では無いのだと思い知らされた。
しかし今私が口を出すべきでは無いと思うし、それこそ口には出さなくても今はとりあえず物凄く疲れ果てていて休みたい。キシュワードさん曰く、どうやらお風呂も開放してくれるようなのでとりあえずこの泥だらけでぐちゃぐちゃな格好をどうにかするとしよう。

「ダリューンさん、着替えは浴場の方まで運びましょうか」
「いや、構わぬ。女官が新しいものを運んでくれるそうだ」
「そうですか…」

それを聞いてちょっとだけショック。ここまで逸れたり守られたりとあまり役に立てていないので、せめてこういうところで何か役に立てればと思ったのだが、よく考えればここもお城ではあるのだし、プロの人もいるのに違いなかった。私がでしゃばる必要なんてないのだ。
するとダリューンさんはそんな私を見て何か思ったのか、しばらくの間閉口するとやがて苦笑いで口を開く。

「…髪を頼んでも良いか、いつものように」
「!はい」

なるほど、確かに髪結いなら得意中の得意分野であるし、ダリューンさんの髪を結い慣れているのは私だ。しばらくゆっくりする暇も無かったせいでダリューンさんの髪はパサパサになっているだろうし、この際丁寧に手入れさせてもらおう。そう思うと自然と表情も明るくなっていく。あまり顔は動いていないはずなのだが、それが分かったのか頭を撫でられてしまった。子供扱いだ。

「ダリューン、おぬしユウにはやけに甘いではないか」
「喧しい、他意など無い」
「そうですよ、ダリューンさんは親切なだけです」

仕事を欲しがる私に、私が出来る仕事を与えてくれたのだ。その気遣いが純粋に嬉しい。そんなダリューンさんの好意を揶揄されるのは少し嫌だったからそう言い返せば、ナルサスさんはやはり意味深な笑みを浮かべて「そういうことにしておこうか」と笑った。分かっていない気がする、と愕然とした面持ちでダリューンさんを見れば「放っておけ」と首を横に振られてしまった。そんなものなのか。





お風呂から上がり、きちんと汚れを落とした頬の傷を改めてエラムくんに治療してもらってから、私は男湯の方へ向かう。まだナルサスさんが入浴中だったものの、どうやらまだ上がっては来なそうだったので、さっそくいつものように髪を結い始めた。

「…これも久々か」
「アトロパテネ開戦前以来ですね」

いつも使っているものよりも高級そうな櫛に慄きつつ、私は香油を髪に塗りながら後ろの方へ纏めていく。ダリューンさんはいつも前髪まで後ろに持っていっているので、すっかり癖がついてしまっているおかげで結いやすい。するとそれを見て、ふと私の悪戯心に火がつく。

「知ってますか、ダリューンさん」
「む、何がだ」
「髪って結び癖がつくと禿げやすいんですって」
「!?」

驚愕の面持ちをしたダリューンさんと鏡越しに目が合う。戦場では名前だけで相手を震え上がらせるほどの人にそんな顔をさせてみせたことが何だか愉快で、こみ上げてきた笑いを堪えていれば、そんな私の様子に揶揄われたのだと気がついたらしいダリューンさんが呆れたように口を開いた。

「ユウ…おぬし、喋ると存外愉快な性格をしていたのだな…」
「今頃気づいたんですか」
「…いや、確かに愉快なのは前からだったな」

それもまた失礼な気がするが、別に間違ってはいないので否定はしないでおく。…それにしても、こんな風に私が話せるようになってからゆっくり話すのは初めてかもしれない。王都を脱出してからはろくに二人で話も出来なかったし。

「…そういえば、さっき兵士の方に対して言っていた『今はもう万騎長ではない』ってどういうことですか?」
「あぁ、それはそのままの意味だ。実はアトロパテネ開戦前に陛下のご不興を買ってな。万騎長の任を解かれてしまったのだ」
「なるほど…」

私の世界でいうリストラというやつだろうか。軍隊の世界も厳しいものだな、と一人頷く。しかしそんなダリューンさんに温情を与えるように願い出てくれた人が居たらしい。それがヴァフリーズさんだった。思わぬ形で出てきた人の名前に思わず黙りこめば、ダリューンさんも静かな声で口を開いた。

「エクバターナで銀仮面の男と対峙したとき、おぬしは伯父上のために怒ってくれたな。…感謝する、伯父上もきっと、あの世で喜んでくださっておるだろう」
「…私は、また、ヴァフリーズさんと生きてお話ししたかったです」
「…俺もだ」

思わずしんみりしてしまった。しかしそんなヴァフリーズさんの仇を取るなら、その銀仮面の男を倒すのはもちろん、まずは王都を奪還しないといけないのだ。そう言って微笑んだダリューンさんが私を励まそうとしているのが分かって、私もわざとらしく明るい声で頷いた。…そうだ、こんなところで暗くなっている場合ではない。王都があのままなんてそんなのは嫌だ。だから私も良い加減に覚悟を決めなくては。そう思って一人頷けば、鏡越しに目の合ったダリューンさんは微笑ましげに私を見ていた。

「いつもの調子が出てきたな」
「はい。…ちなみに、さっきの禿げる話は本当なので気をつけてくださいね」
「な」

また面食らったような顔をされてしまった。引っ張りすぎなければ大丈夫だと言っておいたけれどその表情は暗い。不思議に思って訳を聞いたら「伯父上は…」と口籠もっていたので全てを察した。思わず遠い目になる。遺伝は怖いですもんね。

「ところでナルサスさんはいつまでお風呂に…」
「嫌な予感がする!」

浴場を覗き込み、まだ湯船に使っているナルサスさんの背中に声をかける。たしかにさっきアルフリードが綺麗な服にはしゃぎながら「ナルサスに見せるんだ!」って言ってたし、エラムくんは「あいつが勝手に部屋に入らないようここで見張っていなくては…!」って燃えていたから、あながちその予感は外れていないと思う。でもどちらにせよ、どっちもナルサスさんのことを純粋に慕っているのだから、逃げ続けてはいけないと思うのだが。

「ユウの言う通りだぞ、ナルサス」
「ダリューン…おぬし他人事だと思って…」
「まぁ実際他人事ですもんね」

あっけらかんとそう言ったら、ダリューンさんは声を上げて笑い、ナルサスさんはガックリと肩を落としていた。