星の瞬きに祈る


ダリューンさんたちはどうやらこれから会議を行うらしい。まずは臣下である皆さんだけでの話し合いで、殿下は自室で休まれることになった。私は当然そこに居たって何の役にも立てないので待機側だ。殿下のお部屋に居させてもらっている。アルフリードは女子部屋の方でのんびりしているらしかった。

「殿下、喉は乾いていませんか?」
「大丈夫だ」
「ユウさんは…」
「私も大丈夫」

エラムくんも同じくその場に居て、さっきからせっせと殿下のお世話を焼いていた。私は王族のお世話のやり方なんて知らないので、その辺りはもはやプロのエラムくんにお任せだ。だから今の出来ることと言ったら、殿下のお話相手になることだろうか。
とりあえず途中ではぐれてからの話を聞かれたので私はここまでの道中のことを話す。…銀仮面の男のことは話さなかった。ヴァフリーズさんの仇だと言って、殿下の御心を無駄に煩わせたくはなかった。きっと後でナルサスさんから詳しく説明してくれるはずだし。

「そうか…私たちはユウ以外とは一度合流したのだが、おぬしの姿だけが無く、ダリューンが動揺していたよ」
「ダリューンさんが…」
「あぁ、よほどおぬしのことを大事に思っているのだろうな」

大事にされているのは自覚している。足を引っ張ると分かっていてここまで連れてきてくれたこともその証拠だ。ただ守られていることしか出来ないことが情けなくて、自分でももどかしくて仕方ないけれど。それでもそうやって心配してくれることは素直に嬉しい。
そう思って内心照れていれば、ふと窓の外に目を移した殿下が徐に立ち上がる。それを見て目を瞬いたエラムくんが不思議そうな表情で首を傾げた。

「殿下、どちらへ?」
「少し外の空気を吸ってくる」
「では私が護衛いたします」

たしかにずっと部屋の中じゃ息も詰まるだろう。軍議もまだかかりそうな様子らしいし、殿下が呼ばれるまできっとまだ時間はある。それなら散歩でもして、気分転換をされるのも良いのかもしれない。しかし殿下は護衛を申し出たエラムくんの言葉をあっさりと断って微笑む。

「大丈夫だよ、この城の中で危険なことなどあるはずがない」
「しかし…」
「一人で考えたいことがある。エラムも疲れているだろう?私に構わず休むといい」

そう言って一人で外に出ていかれた殿下の背中を見送りながら、ふと向けた視線の先にあった殿下の外套を見て思う。この時期になると、夜はグッと冷え込んでしまう。殿下も一応温かそうな格好をしていたとはいえ、あのままじゃ風邪をひいてしまうかもしれない。外套を届けて着せて差し上げたほうが良いだろう。そう思って立ち上がり、私は殿下の外套を手に取った。

「ユウさん?」
「エラムくん、私、殿下に外套を届けてくるね」
「!それなら私が…」
「届けるだけだから大丈夫だよ。私にも仕事ちょうだい」

そう言って手を振れば、さすがにエラムくんも強くは言わなかった。その優しさに感謝して、私は殿下の後を追う。石造りの廊下は足音が響きやすく、もう夜だからか行き来する人間も少ないおかげで雰囲気がちょっと怖い。お城なんて入る機会、ずっと無かったから何だか新鮮だ。ちなみにホディールさんのところは例外とする。あの時結構疲れていたので中をゆっくり見る暇なんて無かったしね。
早歩きが功を成したのだろう。しばらくすれば外に出る階段前で殿下に追いつくことが出来た。

「殿下」
「…ユウ?どうしたのだ」
「外は寒いと思って、外套を届けに来ました。風邪を引きますよ」
「すまない、ちょうど寒いと思っていたところだったのだ」

茶目っ気たっぷりに返されたその言葉に、思わず殿下と顔を見合わせて笑う。用は済んだので引き返そうかと思っていれば、しかしそこで何故か殿下本人に引き止められた。そのまま一緒に歩かないかと誘われる。

「…良いんですか?」
「一人で歩くのも味気ないであろうし…。それによくよく思い返してみれば、おぬしが口をきけるようになってからゆっくり話す機会は無かったと思ってな」
「…たしかにそうですね」

逃亡生活の中だと暇が無かったのだから仕方ないとは思うが、私も殿下とお話ししたいのは山々であったので、喜んで散歩の追従を引き受けた。二人して外に出てみると既に辺りは真っ暗で、篝火だけが闇夜を照らしている。

「星が綺麗ですね、殿下」
「あぁ、今日はやけにハッキリと見える」

私のいた国なんかと違って街灯やネオンの光なんて存在しないこの国では、空を見上げればすぐに美しい星の瞬きを仰ぐことができた。私がダリューンさんのお家に転がり込んだ当初、こうしてよく星を見上げたものだ。何せ、星の形だけはどこに行っても変わらなかったから。
瞬く星々が描いた馴染みのある形をいくつも見つけたとき、私がどれだけ嬉しくて仕方なかったかなんてきっと誰も知らないのだろう。たった一人で置き去りにされた私にとっては、そんな変わらない星の形が希望だった。

「…パルスの全てを取り戻す…できるだろうか、私に…」

ふとそこで、黙って並びながら星を見上げていた殿下がポツリと溢した言葉を耳が拾う。そちらに目を向ければ、殿下の瞳には僅かな不安が浮かんでいるように見えた。…たしかによく考えれば、殿下は王太子といってもまだ十四歳だ。まだ将来に希望や夢を描けるような、無垢な年頃の少年だ。
けれど殿下にはそれが許されない。殿下が王太子という立場である以上、いつか国王になると運命を定められた殿下は、自由に夢を抱けない。だから私はせめて元気づけようと殿下に向けて真っ直ぐな目を向けた。

「殿下なら、出来ると思っています」
「…ユウ」
「ダリューンさんもナルサスさんも、他の方々も。みんな殿下だからここまで着いて来たんだと思います。少なくとも私は、お優しい殿下の役に立ちたいと、無力ながらそう思っていますから」
「おぬしが無力など、そんな」

いいや、私は無力だ。どう足掻いてみたって、まだ殿下のお役になんて立てやしない。出来ることと言えばせいぜい死なないように逃げ回るか、殿下の盾になることくらいなのだ。…けれどこの優しい人はきっと、それを望まない。どんな場面であったとしても私たちに「生きろ」と言うのに違いないのだ。

「お役に立てるよう、頑張ります。とりあえずまずはキシュワードさんのところのアズライールに負けないように…」
「勝負相手は鷹なのだな」

冗談めかしてそう言えば、殿下はようやく笑ってくださった。そうだ、そんな風にして笑っていて欲しい。少なくともこんな、誰もいない場所くらい自分の本音を吐露して欲しかった。

「…私にはもったいないほどの有能で忠実な部下がいる。彼らが力を貸してくれる」
「はい」
「私に必ずや、王太子としての義務を果たさせてくれるだろう」

まるで自分に言い聞かせるような言い方だったけれど、その顔は先ほどよりも穏やかになっていたから安堵する。こんな風に話を聞いて差し上げることくらいならば、私にだって出来る。でも私でなくても良いから、殿下には信用出来る人に弱音を吐けるようになって欲しかった。そう言おうと思って口を開きかける。
…しかしそのとき、闇の中から聞こえてきた怨念じみた声に、背筋がぶわりと粟立った。


「王太子だと?」


反射的に殿下の腕を引いて背後に回す。どう見ても緊急事態なのだ、無礼は許して欲しい。そして私たちが歩いてきた入り口とは反対側から姿を表したらしいその男を見て、私は思わず絶句してしまった。何故、こいつが今、この城の中にいるの。

「…銀仮面の男…!」

ゆらり、と。私の心の奥底で鎮まっていた怒りの炎が揺らめいたような気がした。