とある午下りの話


ダリューンさんの後ろをついて回るちんちくりん。きっと今ここまですれ違った人たちからすれば私はそんな風に見えているのだろう。そんなことを思いながら私は早足でダリューンさんの後ろをついて歩いていく。
突然だが今、私は何故か王宮に居るのだ。理由はよく分からないのだが、ダリューンさんが仕えていてよく交流があるというこの国の王子様が私に興味を持ったらしい。何故私なのだろう?と思ったのだけれど、原因はどうやらダリューンさん。あれから時々遊びにいらっしゃるヴァフリーズさん曰く「面白い娘がいる」と王子様に話していたらしい。そうなの。

『俺とは違いおぬしは殿下と歳が近い。少なくとも俺よりは話し相手が務まるのではないかと思ったのだ』

まぁ、いうても殿下は十二歳、私は十九歳とそんなに近い訳でも無いのだが、大方ダリューンさんのことだから私の見た目にまだ引き摺られているのだろう。物申したいのは山々なのだけれど、ダリューンさんやヴァフリーズさんの頼みとなれば行かない訳にもいくまい。お二人曰く、王子様は気立ての良い優しい方だと聞いているので、失礼をやらかしてしまっても不敬罪で罰せられることはそうそう無さそうだった。

「ここが殿下の居られる部屋だ。失礼の無いように頼むぞ」

その言葉に緊張混じりに頷く。何せ王族になんて生まれて初めて会うのだ。私の国にだって尊い身分の人は居るけれど、姿を見るのはテレビ越しばかりで実際に目にすることなんて全然無い。だからダリューンさんが中に声をかけて返事が帰ってきたとき、私は強張りそうな顔を懸命に堪えて、背中を押されるまま部屋の中に足を踏み入れた。

「おぬしが、ダリューンの言っていたユウか」

中の豪華な椅子に腰掛けていたのは、少しだけ気弱そうな少年だった。可愛らしい顔立ちだな、なんて思ったものの相手は年下でも立場は王子。礼儀をしっかりしなくては。
とりあえず家の方でダリューンさんに教わったように膝をついて頭を下げる。言葉が出ない分、私は態度でしっかり示さなくちゃいけないのが辛いところだ。しかし殿下は困ったような顔で首を横に振り、私の礼儀正しい態度を窘めた。

「固くならずとも良い。こちらから招いたのだ。力を抜いておくれ」

そう言われても、と思ったのだが、ダリューンさんが背後から「大丈夫だ」と言ってくれたので、私は小さく礼をして立ち上がる。そのまま目の前の椅子を勧められたため、ダリューンさんが頷くのを確認してから私は腰を下ろした。改めて向き合うと、優しそうなお顔立ちをしているなぁと思う。人の性格は顔に現れるというが、それは案外本当なのかもしれないとさえ思った。

「改めて名乗ろう。私はアルスラーン、この国の王太子だ」
(ユウです)

口パクで名乗り頭を下げる。アルスラーン殿下はどうやら既に私の名前は知っていたようだし、筆談で名前を語らなくても構わないだろう。殿下もそれで構わなかったらしく、女官の方が運んできたお茶を勧めてくださった。口をつけてみると、今まで飲んできたお茶よりもだいぶお高い味がする。さすが王宮、さすが王太子殿下。

「今日は無理を言ってすまない。ダリューンから、おぬしは遠い国からやって来たと聞いて、話が聞きたかったんだ」

何でも、殿下は少し前から他国の話について興味があるらしく、この国の常識に囚われることなく広い目で世の中を見てみたいらしい。それは将来この国の国王になる立場としては素晴らしいことだと思うし、私の居た国は恐らくこの世界には存在しないと思うのだが、私はせっかくなので詳しく話すことにした。
ニホンという島国で生まれ育ったこと。
国の在り方やその豊かさ、政治に商売に娯楽まで。
私も久しぶりに自分の国の話を出来たのが嬉しくてしょうがなくて、筆談のせいで会話が遅いのだが、ついつい殿下に熱く語ってしまった。

「十五以下の子供には無償の教育を…ユウの国は文明が発達しているのだな」
(将来、子供たちは自分が何者になるのかを自由に選ぶことが出来ます)
「商人の子は商人にならぬのか!?」

やはり文明も常識も違うからか、私の話す何もかもが殿下にとっては新鮮らしく、どの話にも楽しそうに食いついていた。ついでに何故か、隣に座るダリューンさんも興味深そうな顔で頷いている。後でその訳を聞いたところ、どうやら友人に凄く賢い人が居るらしく、私の話を聞きたがるのだろうなと思っていたらしい。

(私の国は、ずっと昔に戦争を放棄しました。もう二度と武器を取り、人を殺さないと定めているのです)
「…ユウの世界は、平和なのだな」

この国では難しいが、とボヤく殿下。たしかにそうだろう。何せ隣にいるダリューンさんもいわゆる軍人だし、殿下もいずれは大軍を率いる国王陛下だ。まだまだ他国と領土争いやら何やらをしているうちは、戦争の二文字も消えないのに違いない。
そう考えていたとき、ふと殿下が私に向けて口を開く。少しだけ神妙な、それでいて窺うような顔をして放たれたそれを聞いて、私は思わず目を見開くことになった。

「この国は、兵士も多い。…戦いの経験など無いであろうおぬしは、それが怖くはないのか?」

それは、この国の人間が、ダリューンさんが、殿下が。戦争を当たり前とする人々が怖くはないのかと暗に殿下は尋ねられているのだ。ダリューンさんも思わず目を見開いてこちらを見ている。けれど私はその問いに対してゆっくりと首を横に振って否定した。私は決して、皆さんを怖いとは思わない。
だって良い人ばかりだ。ダリューンさんもヴァフリーズさんも殿下も。たとえその手がこれまで数多の人を闘いの名の下に殺したことがあったとしても、それはこの国を守った誉高い武人の手なのだ。あくまで守られる立場である私がそれを否定することなんて出来ないし、絶対にしない。

(それにここだけの話、ダリューンさんは割と可愛いところが多いです。ヴァフリーズさんには絶対に頭が上がらないところとか)
「こら!おぬし、殿下に何を話している!」

ちょっとした仕返しである。ダリューンさんだって私のことを勝手に話していたらしいし、これくらいの報復は許されたって良いだろう。そういう意味で微笑んで見せれば、ダリューンさんは口元を引き攣らせ、ため息をつきながら軽く私の頭を叩いた。そんな私たちの様子をジッと見ていたアルスラーン殿下がふとポツリと呟く。

「…二人は仲が良いのだな」

そう言われて二人してポカンとしていれば、殿下は苦笑混じりに「見ていれば分かる」と呟く。それを聞いて嬉しくなった。実際、言葉にはしなくとも私はダリューンさんを兄のように頼りにしている。現実での関係が主人と使用人、もしくは家主と居候であれ、側から見てそう思われるのは正直言って浮かれそうだ。

(失礼かもしれませんが、私としては兄のように思っています)
「ダリューンがおぬしの兄か!」
「…だとすれば、随分と手のかかる妹ですな」

何も言い返せない。普段から細々と気にかけてもらっている自覚がある分、私は黙って肩を竦めた。それを見て殿下が可笑しそうに笑う。穏やかな午後の風が吹き抜ける、そんな午下りの話だった。

「また、話を聞かせておくれ。おぬしの話は面白かった」

帰り際に言われたその言葉に、私は深々とした礼をもって答えた。殿下がそう言うのならば、私だって大歓迎なのだ。ダリューンさんも「また来ないか」と言ってくれたし、それなら今度は私も何かお菓子を作って差し上げよう。毒味やらアレルギーやらも聞かなきゃいけない気がするけれど、殿下ならきっと笑って食べてくださる。そう思ったのだ。