子供達の検査を初めたトナカイの近くの瓦礫に腰掛け、麦わら達を観察する。身の振り方を考えよう、と言いだしたのが心配性な様子の長鼻で、それに対して一刻も早くロボの身体から出たいと騒ぐ航海士。
「ほんっっと、あんたの船長のせいで…!!」
「…おれにはどうしようもねェっつったろ。ローの邪魔したお前らが100パー悪い。以上」
「は~?あんたなんなのよ!ムカつくー!」
ぎゃーぎゃー騒ぐ奴は苦手だ。ふん、と息を吐き身体ごとそっぽを向いて、組んだ膝に肘をついて黙り込んでいれば誰かが隣に腰掛けてきた。次から次へとなんなんだ。胡乱な目を隠さず横を見れば凪いだように静かな女がそこにいた。──ニコ・ロビン。
「久しぶりね…この二年で貴方に関する記事をたくさん読んだわ。随分世間の注目を集めていたわよ」
「へぇ?ろくな記事無かったろ」
「ええ。貴族に見初められて船を下りたとか、とある島で鑑賞用のカゴに入れられたとか。デタラメだって分かってはいたけど、貴方とはシャボンディでの縁があったから少し気になって」
「真実はご覧の通りだ。で?何の用?」
ニコ・ロビンは少し息を潜め、理知的な眼差しでおれを見すえた。
「貴方もあの日、バーソロミュー・くまに飛ばされたんでしょう。心当たりは……」
「天竜人」
簡潔に、だが憎しみを込めてその名を吐き出す。目の前の女にはそれだけで全てが通じたらしかった。
「……そう。やっぱり…じゃあ彼は私たちだけじゃなくて貴方も逃がそうと……」
クルー全員飛ばされた麦わらの一味は、その元凶である七武海の真意を図りたいことだろう。だがおれだって大した答えを持ち合わせているわけじゃない。
「言っとくがおれは何も知らねェぞ。興味もねェ。あんなに長い間ローと離されたことに腹立つだけだ」
「ふふ、まぁあなたはそうでしょうね?」
知ったような顔で笑ったニコ・ロビンは顎に手をあて何やら考え込みだしたが、それは一人の子供の尋常ではない呻き声によってかき消された。
「……うう……!!」
「シンド!どうしたの!?」
一際大きな子供が地面に這いつくばるようにして倒れ込んだかと思えば、それからすぐにでかい奴から順番に苦しみ出して倒れていく。…なんだ?こいつらは一体なんの実験体だったんだ?試験管に入った薬品を神妙に見ていたトナカイが、さっと青ざめて口を開く。
「お前達……今欲しい物はないか?いつもこの時間何してる?」
「検査の時間があって…その後キャンディを貰うんだ…アレ食べたらいつも幸せな気分になって……!!」
最初に苦しみ出した子供が呻きながら答えた。口から泡を吐くそのザマを見ていられなくなって思わず俯いた。
…スラムで同じように苦しむ奴を見たことがある。飲めば気分が良くなって、でもすぐにキレて発狂して。……それをこんな、年端もいかないガキに。
床を見つめたまま、もう既に答えを得ているであろうトナカイに賛同するため口を開いた。
「……ヤク中の症状だ…そうだろ?」
「…っああ…!!病気なんかじゃない、治療なんかじゃない!この子達の体内から出てきたのは、覚醒剤だよ!!」
怒りに震えた声がこだまする。
……なあロー。きっかけってのは、きっと今日だよな。あんたもそう思ってるはずだ。
シーザー・クラウン。ろくでもねェ奴なんだってことは分かってたが、そうか、ここまでか。ああ本当に、子供が苦しんでるのを見るのは嫌いだ。
あの極寒のスラムで、昨日笑いあってた奴が殴られて死んだり、飢えて死んだり、毎日毎日そんな光景ばっかで。明日は弟がこうなるかもって想像したら気が狂いそうだった。
麦わらの一味は、これでもうシーザーを許さないだろう。だったらチャンスだ。それに乗っかって、あんたは目的を果たす。おれも今はこいつらを手伝う事があんたのためになる。
息を吐いて、怒りに震えるトナカイの傍に立った。
「……聞けトナカイ。こいつらは、ここの研究所を牛耳ってる“M”…シーザー・クラウンの実験体だ」
「じ、実験体だって!?」
「ああ。なァお前ら、その大きさは元々か?」
「ち、違うよ!!ここに来た時は皆普通の大きさで……!」
「僕ら大きくなる病気なんじゃないの!?それ以外どこも悪くないよ!」
「そんな!!巨人になる病気なんてないよ!!本当に実験されてたんだ…!!」
トナカイが歯を噛み締めている間にも、子供達は次々に異様な剛力で暴れだしている。コンクリートの壁が壊されるのを目の当たりにして、急ぎ前に出る。
「おい!!おれが抑えるから誰か気絶させろ!」
「ま、まっかせろい!!必殺!爆睡星!」
武装色を纏わせた翼を最大限に広げて、子供達を纏めて押さえつける。そこに長鼻が何やら打ち込んで、煙が辺りを覆い尽くした。睡眠ガスか何かだろう。
「……っクソが……おい麦わら!お前これからどうする気だ」
大人しく寝入った子供達を見下ろしながら、おれは傍らに立った麦わらへと問いかけた。連れ出した命に対する責任が、こいつの肩にはかかっている。船員の判断だとしてもこいつが船長である限り、その責任からは逃げることは許されない。
「うーん、とりあえずそのシーザーって野郎に会わなきゃな。チョッパーがそいつら助けてェってんならまずそいつんとこ行かねェと」
「うん……こいつら家に帰りたがってた……!親に会いたがってた!……助けてやろうよ!!」
「そうね。でもまだ全ては予想でしか無いから……やっぱり元凶に尋ねなきゃ」
立ち上がり、息を吐く。白い息は雲散して空へと登った。
助ける、か。やっぱりサンジの仲間だな。おれにはそのご立派な志を理解することは恐らく永劫ない。
いつだったか、あの故郷でヤク切れで苦しむ同じスラムの子供に手を差し伸べて、暴れた彼女にナイフで斬りつけられた時の傷は未だおれの腹に残っている。
差し伸べた手を振り払われる覚悟が、おれにはもうない。
「…麦わら…ここに来る前ローに会ったっつってたよな。あいつ何か言ってなかったか」
「トラ男?なんか言ってたっけ?」
「……また会うだろうと言ってたわ。取り返すべきものがあるとも」
ニコ・ロビンが代わりに答えた。思った通りだ。ローはこいつらと手を組もうとしている。そうだ、やっと……やっと、あんたの心臓を取り返す時がきたんだ。
ぎゅ、と人知れず拳を握りしめ麦わらの正面に立つ。鮮やかなその麦わら帽子がいっそ痛いほど眩しく見えた。
「…決めた。おれもてめェらに付き合う」
「え、ほんとか!助かるよありがとう!」
「………」
あまりにも早い返答に思わず言葉を失う。やっぱ変だ、こいつ。
「ルフィ~~こんな何処の馬の骨ともしれねェ奴をお前なぁ~~馬だけに…」
殆ど初対面の奴が言うことをあっという間に受け入れる麦わらに思い切り眉をひそめていれば、隣にいた長鼻がやれやれと言った風に額を抑えた。いつものことらしい。
「…まぁいい。これから色々動いてもらわないといけねェ。まずは情報提供だ。シーザー・クラウンの懸賞金は3億、能力はロギアのガスガスの実。かつては世界政府にいた科学者で、この島に潜伏しクソみてぇな薬を作ってる……おれが知ってんのはこれだけだが」
「…!十分だ、ありがとう」
真っ直ぐに礼を言われて、おれは頷き目を伏せた。利用し合う関係だってこと分かってんのか?いや分かってんねえんだろうな。
「ルフィ、おれはここで待つよ。子供達が心配だ」
「そうね!そ…そう!じゃ私も残る!」
こっちに残るのがトナカイと航海士で、研究所の方へ向かうのが麦わらとホネ、長鼻にニコ・ロビン。戦力にかなり差があるな。
「ならおれはこっちに残る。用心棒くれェにはなんだろ」
「あんた……!良い奴ね…!!」
「お前ええありがとううう」
「くっつくな、うぜェ」
腰にすがりついて来たトナカイと航海士を即座に引き剥がして麦わらに向き直る。シャボンディで初めて会って、それからカマバッカではサンジとダチになって。本当に、妙に縁のある一味だ。…こいつを助けることがきっとローのためになる。この直感が正しいと今は信じるしかない。
「ありがとう!ナミとチョッパーと、そいつらを頼む!」
「……あァ」
大して話した訳でもないのに、麦わらは信用しきった満面の笑みをおれに向けて去って行った。
慣れない眩しさに瞬きを繰り返す。無性に、ローの纏う静かな空気が恋しかった。