「…それにしても無口ねェあんた…リバーっていったかしら?」
麦わら達が去って少ししか経っていないというのに、航海士──見かけはロボ──は既に退屈そうにしてこちらに絡んできた。最初に子供を救おうと言い出したのはこいつらしいから、麦わらの一味の例に漏れずお節介焼きなのだろう。ちらりと見上げ、すぐに目線を外す。
「話す理由もねェだろ」
「…スカした奴ってサンジ君が言ってたのは本当だったわね。さてはモテないでしょ?」
知ったような口で言われたので、垂れていた髪を耳にかけテーブル代わりにしていた廃材に頬杖をついて作り物の笑みを向けてやった。するとすぐに、うげ、という呻きと共にその顔がひそめられた。
「…私が悪かったわ前言撤回する……その顔だけでいっくらでも寄ってくるって訳ね」
「想像におまかせするけど?」
「は、腹立つ~~…………ッきゃ!?」
突然、ドォン……と派手な音がして研究所の跡地がぐらぐらと揺れたので、咄嗟に翼を広げて天井からパラパラと降ってきた瓦礫から子供達を守った。歪な屋根が不規則に揺れる中、奥で検査薬をしまっていたトナカイも慌ててすっ飛んでくる。
「皆大丈夫か!?」
「……な、なによこれ!?地震!?」
「いや、火薬の匂いだよ!地震じゃない!」
「騒ぐな、落ち着け」
途端に慌てる二人に手をかざし、落ち着くように促した。外見はサンジとロボだが、すっかり弱弱しく縮こまった二人はおれの翼の影に隠れた。
「…………攻撃されてる。お前らここから動くな」
天馬へと姿を変えて耳を澄ます。また近くの壁が狙撃されて衝撃がきて、その爆音と吹雪の音に紛れて大きな足音が二つ分こちらに近付いてくるのが分かった。
「二人来てる」
ぴく、と反応したのは縛り付けられていた茶ひげだった。
「二人……!?ああ、おれを助けに来てくれたんだ…!ここは雪山、きっと奴らだな……!?」
「ちょっと茶イロ!あんた何か知ってんの!?誰が何しに来たの!?」
茶ひげはポロポロと、もうそこまで来ている足音の正体を漏らした。毛で覆われた巨大な獣人、雪山の殺し屋、イエティだか何だか。
まァ何であろうとどうでもいい。ここまでくりゃ全部ぶっ倒すだけだ。ずん、と大きな足音が入口に迫る。
「奴らは巨大で強ェぞ!おれを助けに来てくれた!!お前らはもう殺しのリストに…………」
「………茶ひげだな?お前も殺しのリストに入っている」
まァ、なるほど確かに巨大だ。瓦礫の影に息を潜めて見上げれば、入口を覆い隠すように入り込んできたその影は、茶ひげだってかなりの大柄なのに軽くその数倍はある。状況を飲み込めないでいる茶ひげに向かって、その大男は何やら電伝虫の再生ボタンを押した。
『あいつ何て名前だったか__あのクソみてェなヒゲ顔の__ああそうだ“茶ひげ”…アレも足手まといだ…もういらねェ殺せ…』
多分、シーザー・クラウンの声。茶ひげがポロリと涙を流したのと殆ど同時に、おれは暗がりから大男の前に躍り出た。その巨大な猟銃が火を噴く間際に武装化した翼で銃の先端をもぎ落とす。寸前で弾かれた弾は爆風と共に茶ひげを掠め壁を突き抜け、近くの雪山を吹き飛ばした。
「……っなんだお前は?馬……っいや、角の生えたペガサス!?そんなもんリストには無かったぞ…!」
「へェ、じゃ初めましてだな。そんでサヨナラ」
もう使い物にならない猟銃を地面に落としたその腕に前脚でのしかかり、思い切り角で刺す。そして一気にフルスピードで角を長く太く伸ばせば、大男の腕は天馬の角で串刺しになった。
「っぎゃああああ!!腕が、腕が!!」
狭い屋内でこんな巨体に暴れられては子供達が一溜りも無い。角を腕に貫通させたまま、おれは出口を目指して飛び立った。こんなもん、カマバッカで大木を数十本担いで飛ばされた時のことを思えば屁でもねェ。
「……おい!!そいつら見とけよ!」
目だけで後ろを振り返り、呆然とこちらを見るトナカイと航海士に向かって叫んだ。
「わ、分かったわ!!やっちゃってー!」
「すげー!ペガサスかっけー!あんなでけェの刺したまま飛んでる…!!」
厄介なことにこいつらは二人組だ。流石にこのデカブツを一人で相手取るのはダリィな。廃屋から勢いよく飛び出れば、もう一人の大男が驚いたようにこちらを振り返った。
「おい!スコッチ!!なんだその馬は!お前まさかそんな小さいのにやられて……!?」
「っせえ、お前らがデカすぎんだよ、デカブツ!」
角で刺した腕をもぎ取る勢いで身体を捻り、硬化させた翼を旋回させてスコッチとやらの胴体を滅茶苦茶に抉り取る。
「ぎゃああッッ!!」
「スコッチ!!このクソ馬が……ッ!!」
散り飛ぶ血飛沫の中、もう一人の大男が眼前に銃口を構えた。肉と骨を断ち切った角をずるりと引きずり出してそれを弾き落とそうとした時、吹雪の向こうから何かが駆けてくるのが見えた。
「お~~~い!!ウマ男~~~!」
「ッああ!?」
おい麦わら、まさかそれはおれのことか?気ィ抜けるからやめろまじで!
爆煙を見て引き返してきたのだろう。ホネと長鼻、ニコ・ロビンも着いてきている。ここはほっといて研究所に行ってくれても良かったんだが。
「……麦わらが来やがった!!ックソ……あのサイボーグだけでも…!!」
「ッきゃああ!!何よ!離して!」
「ああ!?っおい、航海士!!」
「あいつナミを!!おいナミを離せーー!」
理由は分からんが、大男はロボの身体を連れ帰るように指示を受けていたらしかった。おれが動かなくなったもう片方を後脚で谷間へ蹴り飛ばす隙に、廃材の中に腕が伸ばされてロボの身体が摘みあげられた。
バカでかい手に握りしめられて暴れる航海士を助け出そうと、一気に舞い上がった時だった。爆煙で吹き上がる雪の向こう側に、うっすらと長身のシルエットが映る。その瞬間、ぶわ、と胸に歓喜が沸き起こった。
航海士をつまみ上げた大男も、そのシルエットの主を認めたようだった。
「…おォ!お前いい所に!今麦わらのルフィと妙な馬が……ッい!!」
空高くから急降下し、航海士を掴む腕に蹄を食い込ませる。衝撃で緩んだ手から解放されて落下するその首根っこに角を引っ掛けて、おれは巨体を踏み台に再び空へ舞い上がった。
「きゃああ……って、無事!あ、ありがとう!!」
おれと航海士が飛び立ったその瞬間、青く透き通った膜がバランスを崩した大男を包み込む。そして、鮮やかな一閃。その斬撃は巨大な胴体をズバンと真っ二つにぶった斬った。
「……!!てめェなんのつもりだァァ!」
均整の取れたスタイルの良すぎる身体がくるりと宙を翻って、構えられた鬼哭が足を失いうずくまる巨体を真っ直ぐに捉える。
「……カウンターショック」
「…………ッ!オ、オオ…!!」
バリバリッと電流が走ったような音がして、全身を震わした大男は雪山に大きな衝撃を与えながら倒れ伏した。積雪が舞い飛ぶ中、軽やかに着地して刀を鞘に戻すその仕草を全て目に焼きつける。
「あー……最高……」
「え?なんか言った!?」
「……何も。おい、降ろすぞ」
角にぶら下げていた航海士を雪の上に下ろし、人獣型へと戻る。久しぶりに血を吸った翼がやけに重く感じてため息を吐いた。…いやそんなことより。ぱ、と慌てて振り返ってその姿を視界に収める。それだけで心が軽くなるから不思議だ。
「あ、助けてくれてありが……」
「ロー!」
「聞きなさいよ!」
焼け焦げて動かなくなった大男を背に、ローがこちらに歩いてくる。その横を走ってくるのは、一足遅れて辿り着いたらしい麦わら達だ。
急く気持ちのままに翼を仰ぎ、その方向へと一直線に飛ぶ。
「ウマ男〜あいつら守ってくれてありがとう!トラ男もナミを助けてくれたのか?」
「っロー」
びゅん、と雪景色を突っ切って勢いそのままにローに抱き着く。麦わらが隣で何やら話していたけどもう何も聞こえなかった。無事だって分かってたけどやっぱ安心した。首元に鼻をうずめて目を閉じれば、翼からくたりと力が抜ける。
ローは全くよろめくことなくおれを抱きかかえ、そのまま歩き続けた。
「麦わら…お前に話があってきた。ついてこい」
「ん?ああわかった」
「…も、もしもーし、なんかくっついてますけど」
「その御方さっきのクールな天馬さんですよね?随分キャラ変わってません?」
覗き込んでくる長鼻とホネを無視して、巻き付けた腕に力をいれてローの耳に口を寄せる。顔についた大男の汚ェ血を絶対ローに付けないように、細心の注意を払うことも忘れずに。
「……こいつらと組むんだよな?」
ローが僅かに頷いたのを確認して、翼を戻しその腕の中から飛び降りた。海兵の前に出て行った時からもう諦めてたが、こいつらと行動を共にすることが確定したならいよいよ隠れる必要も無いな。まあどうせ、どっかで監視されてるんだろうが。
「…おーいウマ男。めちゃくちゃ血ついてるけどどっかやられたか?」
ざくざくと雪を踏みしめて歩幅を合わせてきた麦わらに問われ、肩をすくめた。
「ふん。全部返り血」
「……しし、そっか!」
べ、と舌を出してにやり笑えば、麦わらもニッと笑みを返してきた。獰猛な獣じみたその笑顔におれも思わず笑みを深める。能天気な野郎だと思ってたが、やっぱりこいつも海賊だ。無邪気なだけじゃない。
「おい、さっきからそのウマ男って呼び方はなんだ麦わら……」
心底嫌そうな声色で、ローがじとりと麦わらを睨みつけた。
「ん?ウマ男はウマ男だ」
「お前、よりにもよってこいつを捕まえてそんなダセェ…」
「……いいよ、ロー。このアホ聞きゃしねェ」
言っても無駄な相手とやり合うだけ時間の浪費だ。それよりおれのために怒ってくれて嬉しい。隣を歩くローの肩に寄り添うように身体をくっつければ、ため息を吐いたローに乱暴に頭を撫でられた。
「……まァいい。おい麦わら、聞け。リバーからもう話があったかもしれねェが、この島には新世界を引っ掻き回せる程のある重要な鍵が眠ってる」
元いた研究所跡地へと戻ると、ローは静かに麦わらへと向き直った。おれはその一歩後ろに立ち、事の行方を見守ることにした。
「……誰かの下につきてェってタマじゃねェよなお前」
「ああ!おれは船長がいい!」
「だったらウチと同盟を結べ」
「……同盟?」
ローが笑みを浮かべるのが後ろにいても分かった。何かが動き出すのが分かる。
これで、全てが変わるかもしれない。焼き付けるように、ローを見つめた。……そうなったらもう、あの暖かい場所に引き返すことは出来ない。