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続けてローが言うには、この子供たちは世界政府が推進する“人の巨大化”に関する研究と、同様の目的を持った実験体らしい。情報を咀嚼しつつ、ロビンは疑問を呈する。

「政府が?何の為にそんなこと…」
「兵士だろうな。好きなだけ巨大な兵士を増産できりゃ政府に敵は無くなる。シーザーはこれを成功させてベガパンクや政府の鼻を明かしてぇんだろう……おい、それでも本気で助けてェのか?どこの誰だかもわからねェ曰く付きのガキ共だぞ」
「……ええ。泣いて“助けて”と頼まれたんだもの」

真剣な瞳でナミに見据えられてローは理解不能といった表情になり、リバーはサンジと過ごした日々で何かを学んでいたのか心底呆れたように息を吐いた。

ロビンには、彼ら2人の気持ちも分かる。この生存競争の激しい新世界において、少数派はナミの方だろう。そんな仲間達を好いているからこそ、その希少さも身に染みて分かる。

やがてリバーは何かを耐えるように眉間に皺をよせ、すやすやと眠る子供達を見ながら口を開いた。

「……苦しむ子供を見んのが辛いのは、分かる。だがヤク中になった奴が薬断つのがどんなに過酷か知らねェだろ。クスリをくれって喚いて、叫んで、泣いて……さっきの大暴れの比じゃねえ。入れ込んで手ェ出したらお前まで引っ張られるぞ」

まるで実際にその光景を見たことのあるような口振りだった。ゆらゆらと揺れる瞳を見てロビンは彼の過去を思わずにはいられなかった。確か彼の故郷は酷く貧乏で資源に乏しく、民衆の暮らしぶりは目も当てられない状況だったとか。

──でも今は。彼には安心できる居場所がある。

すぐ隣に立っていたローが、言葉を聞き終えるやいなやぱっとリバーを見下ろし、力強く自らの方へ引き寄せた。よろめいた青年は己のキャプテンのコートに半分顔をうずめて、ほっと安心したように目を閉じる。

長身のローの腕の中にすぽりと収まる線の細いリバーの姿を見て、ロビンは人知れず胸を撫で下ろす。どうにも彼を他人事とは思えない自分がいた。

ローは俯いた部下の頭を抱えながら、冷めた目をナミへと戻した。

「……だそうだが?」
「…でも、それでも。ここでずっと家族と離れ離れになりながら薬を飲まされ続ける方が酷よ。だってこの子達、“帰りたい”って言ったんだもの……帰りを待ってる家族がいるんだもの。この子達の安全を確認できるまでは、私は絶対にこの島を出ない…!」
「……じゃあお前一人残るつもりか?」
「仲間置いてきゃしねェよ。ナミやチョッパーがそうしてェんならおれもそうする」

当たり前、という顔をしてルフィが言い切ったのにロビンはにこりと微笑んだが、ローはまた苦虫を噛み潰したような表情をした。

「あとサンジが侍の身体くっつけたがってた。お前おれ達と同盟組むんなら協力しろよ!?」
「あァ!?」
「……あ~お前言っとくが、ルフィの思う同盟とお前の言う同盟って多分少しズレてるぞ。主導権握ろうと考えてんならそれも甘い。こいつは自分勝手さでは既に四皇クラスといえる!」

ウソップが勝手知ったるといった風にルフィの頬をつつき、対するローは冷静な表情をすっかり崩して戸惑いを隠せない様子だった。こうした人間くさい反応をみると案外話しやすい人間なのかもしれない。

やがて一連の流れをローの腕の中で静かに聞いていたリバーが、大きなため息をついて宥めるようにローの服を握り引っぱった。

「……ロー、駄目だ。何言っても聞きゃしねぇよ、サンジもこうだった…究極のお節介焼きなんだ。おれ達には理解できねェが受け入れるしかねえ……こいつらの力が必要なことは確かだ」
「だが同盟に全く関係が……ああ、いや分かった時間もねェ。…… リバー、お前は侍の方を手伝え」
「えっ?」

思わず、と言った風にリバーの口から不満げな声が漏れて、そしてすぐに手の甲で塞がれた。片手で口を覆いながら、グレーの瞳が気まずそうに逸らされる。

「りょ、りょーかい……」

しかしすぐに異変に気が付いた彼のキャプテンは、逃げることを許さず覗き込んでその視線を縫い止めた。刺青の彫られた大きな手が、青年の薄い肩をがしりと掴む。

「どうした」
「いや、何も。分かった」
「言え」
「……う…あんたとは、別行動だよな」
「あァ。ガキ共に投与された薬を調べる必要がある。……それがどうした」

麦わらの一味がなんとなく黙ってことの成り行きを見守っていれば、口を隠していた手を外したリバーが真っ赤になった顔でローを見上げた。さっきまでのクールな表情が嘘のように茹でダコさながらになったその様を見て、ウソップが「誰!?」と叫ぶ。照れからか潤んだ瞳が、ローを映してじわりと大きくなった。

「……っは、離れたくなかっただけ……なァ、ちゃんと行くから、だ、抱きついて良いか…?」

あら。ロビンは思わず口角を上げた。ナミが「えっ!?なんて!?」と奇声を出しているのも無理は無い。これは、かなりのギャップ。そして破壊力だ。

その威力はテキメンだった。リバーから抱きつくまでもなく、黙って両手を伸ばしたローが覆い被さるようにして青年を抱きしめた。ぎゅうう、とこちらにまで音が伝わるほど力強い両腕に包まれて、長い髪から覗く耳たぶが燃えるように赤くなる。

そろそろと持ち上げられた手が大きなコートを掴み、背伸びをしたリバーの鼻先がローの首元で深く息を吸うのを見てロビンはほっこりと顔を綻ばせる。

「お前ら仲良いんだなァ」というルフィの気楽な声と「なんなんだこの無駄にアツい空間は……」というウソップの戸惑いを隠せない声が殆ど同時にして、フランキーはと言えばチョッパーの目を両手で塞いでいた。

「なんだ?どうしたんだよフランキー」
「お前にはまだ早ェ……へっ、スーパーな極寒にいるってのに熱くて適わねェぜ」

自分の胸元に埋もれるように抱え込んだリバーの頭を大きな手でわしわしと撫でながら、ローは至って冷静に顔を上げた。

「…麦わら屋。シーザーのことはこいつに聞いたか」
「ああ。ロギアなんだろ」
「そうだ。奴は4年前の大事件で犯罪者になり下がった元政府の科学者──…立入禁止のこの島に誰かがいるという事実が漏れれば、あいつはこの絶好の隠れ家を失うことになる。だからお前らを全力で殺しに来る。覇気を纏えない者は決して近づくな」
「こっちで覇気使えんのはおれとゾロとサンジ……あとお前にウマ男だろ」
「…………だからそのウマ男ってのァこいつには似合わな……はあ…いやもういい。まァ充分だ」
「で、そいつをおれ達とお前らで“誘拐”すりゃいいんだな?」
「そういう事だ。……おいリバー、いけるか」
「……ああ。悪ィ」

堪能するように深く抱きついていたリバーが顔を上げて、ローと目を合わせて柔らかく微笑む。

それを見たフランキーはひゅう、と口笛を吹いて、ロビンも頬に手を添え驚いた。それ程に、ここに来てから初めて見た彼の心からの笑顔は年相応に明るいものだったのだ。

見つめられたローは目を細め、最後にもう一度リバーの髪に手を置いた。

「…侍の身体を探しに行った連中を連れて、必ず戻ってこい。戦力は多いほど良いからな」
「分かった。待ってて」

ぶわ、と風と共に翼が広がる。青年がそれを一度仰げば長い足が宙へ浮いた。額から生えた角がその大きさを増し、絹のような毛皮が肌を覆い始める。

リバーの白い肌に黒い毛並みが広がっていく様を、ロビンは美しい自然現象を見るような心地で見守った。手が蹄に変わり、耳が消えて馬の耳がひょこりと生える。柔らかそうな黒髪が長く雄々しいたてがみになって、青年の横顔は美しい馬の横顔に。グレーの瞳だけはその色を変えずに、睫毛はさらに長く伸びて瞼を覆った。

リバーはもう一度大きく翼を仰いで出口の方へと振り返り、そして次に翼を仰いだ時にはもう、雪山へと飛翔する黒い天馬の後ろ姿が小さくなろうとしていた。

「くううペガサスかっけー!」
「スーパーロマンだぜ……」
「す、すげー!綺麗だなー!」
「……これで侍の方は大丈夫だ。まずはこいつらの薬だな…」

ローがこちらに振り向く寸前、腕の中から飛び立って行った天馬の姿を食い入るように見つめていたことに、恐らくロビンだけが気づいていた。

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