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可能な限り上空へと飛翔して、侍を探しに飛び出したサンジ達がいないか目を凝らした。相変わらず吹雪の止まないこの視界では正直見つけるのに骨が折れると思っていたのだが、幸か不幸か、その姿は思いの外早く見つかった。

「しっかりしろ!走るんだ!あの湖から離れろ!!」
「“怪物”が向こう岸に現れたァ~!」

不幸、というのは遠くに見える山のような、明らかに異様な黒い塊が蠢いているのが見えたからだ。ローが動物の下半身をくっつけたらしい元囚人の集団が叫びながらその塊から逃げていて、サンジ達はその近くにいた。

未だ航海士の身体に入ったままのサンジ、その手に掴まれた頭と下半身だけの侍、そしてロロノアとホネ。呆けたように謎の山を見て動かない連中の前に、おれは上空から勢いよく着地した。

「……おいサンジ、何ちんたらしてる」
「おわっ!?リバー!?」
「ぬおお!貴様は馬妖怪!何故ここに!」
「何しにきやがった?」
「ペガサスさん、あちらで何か問題でも?」

突然目の前に現れた真っ黒の天馬に驚いた面々から矢継ぎ早に疑問が投げかけられる。当然の反応だが、その全部をスルーすることにした。
舞い散る雪を頭を降って飛ばし、航海士の中にいるサンジを見据えた。

「簡潔に言っちまえば、ハートの海賊団と麦わらの一味が同盟を組むことになった。仔細は後で話すが……ローが持ちかけて、麦わらがそれを受け入れた。だからお前らを助けにきた。以上」

とりあえず事の結末を話せば、ホネとサンジはぽかんと口を開け、ロロノアは面白そうににやりと微笑んだ。人間の時よりも長い馬の睫毛に、あっという間に雪が積もる。目を瞬かせながら連中が情報を咀嚼するのを待っていれば、数秒して我に返ったホネとサンジがこちらに詰め寄ってきた。

「ど、同盟ですって!?貴方の船長そう仰ったんです?」
「ああ」
「まじかよ!ルフィも良いっつったのか!?」
「ああ」
「ま、あいつならそう言う」

あっという間に納得したらしいロロノアに続いて、二人もころりと表情を変えて「まあルフィなら仕方ねえかァ…」「ルフィさんですしねえ」と頷く。あの船長にこの船員あり、だな。結局この場で目を白黒させているのは侍だけになった。

「とりあえずローに言われたからその侍の身体探しを手伝う。何処にある?」
「誰も頼んどらん!!信用できるか!」

サンジに掴まれたままの侍に即座に拒絶される。文字通り手の出せない状況のそいつをちらりと見下ろせば、怒りの籠った目で睨みつけられる。どうでもいいが、まあ事の発端を考えれば当然か。そもそもこいつを3等分に切ったのはローだ。だがいくら拒否されようが、ローに頼まれた以上おれはこいつを手伝わなきゃなんねえ。

無視して進もうとしたが、憤る侍の顔を押さえ込んだサンジがぱっと顔を明るくしてこちらを見た。

「手伝ってくれんのか!?こいつ胴体が水中にあるみてェなんだ」

カマバッカでの一年半、苦楽を共にした信頼が確かにそこにあった。あっさりとおれを信じたサンジに、ロロノアとホネも少し驚いたように見える。

思わず笑ってしまったが、今は馬の顔だからバレてやしないだろう、多分。

「…ああ。おれに出来る範囲でな」
「助かるぜリバー!ここいらで水中っつったら湖だから、そこを目指してたんだが」
「湖?それなら上から見えたけど、だがあっちは……」
「…あァ…妙な山ができてやがる」

ロロノアがおれの言葉を引き継ぐように湖のある方を指さした。もぞもぞと動く山。どう見たってろくなもんじゃないことは確かだ。出来れば近寄りたくない、が。

「行くしかねェな…おいサンジその腕じゃ重いだろ。侍はおれが運ぶ。寄越せ」
「ん?あァ、任せた」
「なっ……!!」

蹄を下半身の帯に引っ掛けて少し舞い上がる。背中に乗せるのはごめんだからこれで妥協。侍は何やらワーワーと叫んでいたが無視して飛び続け、サンジ達は下を走って湖を目指す。

「ええい!降ろさんか!貴様なんぞに運ばれる謂れは無い!」
「……なんだありゃ」
「おい聞いて…ん?どうした?」
「見ろ。あの山動いてるとは思ったが…だいぶ厄介だな」
「厄介、だと?」

湖畔までたどり着き侍を地面に下ろす。脱力するように人獣型へと戻り、二人して山を見つめ呆然としていれば息を切らしたサンジ達が追いついた。そして湖の向こう岸にいるその異様なブツを見て、皆一様に顔を青ざめさせた。

「生き物か!?コレ……」
「わからねェ…見た事ねェものだ」

ドロドロと蠢くその山は、生きているようにも見えた。周囲には瘴気のようなものが立ち込め、どう考えたって無害には見えない。そして山の表面から飛び出たタコの口に似た形の突起から何やら小さな泥玉を吐き出し続けている。
呆然と立ちすくむ中、一番に我に返ったのはやけに張り切ったホネだった。

「……っ皆さん、私に覚えがあります。以前読んだ本にも出てきました!あの怪物の名前は確か…スライム!!女性を好んで襲いその体液で女性の服のみを溶かしてしまうハレンチモンスター…!」
「ええ!?なんだその都合の良い怪物!そ…その本今度貸してくれ!」
「拙者も!!」

んな気持ち悪ィ生き物が存在してたまるか。馬鹿丸出しに叫ぶ三人を当然スルーして、おれは同じように真顔で佇む緑頭の肩を叩いた。

「………おいロロノア」
「あん?」
「見ろ」
「……あれは…おい、バカ共よく見ろ」

ロロノアが顎でしゃくった先には、スライムとやらの吐き出した泥玉の近くで、力無く水面に浮かぶ数匹の魚の死骸があった。

「え!?」
「服が溶けるかは知らねェが…触れりゃアウトかもな」
「…完全毒だな。このままじゃ湖が侵食される。……おい、サンジどうする?手伝うっつっといて悪ィがおれは泳げねェし…」

答える代わりに、サンジは威勢よくコートを脱ぎ捨てた。この極寒だというのに航海士は随分薄着だったようで、下着のような服一枚だけしか身につけていなかった。

「……なんだ、その服。つか服なのか?」
「ばっかリバー知らねェのか…これァなあ男のロマン……ビキニだよッ!!」

冬島の故郷では存在すらしなかったその服は、ビキニというらしかった。なるほど、水着ってやつなのか。で?それをなんでこの陸地で着てやがったんだ。全く麦わらの一味の考えることは理解できない。

「い、行くんですか……!?サンジさん!」
「行かいでか!てめェの問題だ!男サンジやらねばならぬ!すまんナミさん!!」

相変わらずお節介で優しい男は、吹き付ける吹雪に震えながらそれでも勇ましく岸に立った。

「…分かった。湖の上のどろどろはおれが水だして出来るだけ弾き飛ばす。見た感じ水に触れたら形を崩すみてェだし」
「なに?水が出せるでござるか?」
「リバーは蹄から湖を湧かせられるんだよ……ペガサスの伝説だとか何とかで。よしっお前ら周りは任せたぜ!!」

サンジはそう言い残し華麗なフォームで極寒の湖に飛び込んだ。鮮やかなオレンジ色が極寒の水中へと消えていく。きっと想像を絶するほどの冷たさだろう。ケジメだかなんだか本当に理解しがたいが、ダチとしては手伝いくらいは真剣にやらねえと。息を吸い、天馬へと姿を変える。

ホネとロロノアが地上のスライムを斬ろうと試みてはいるが、刀では破裂した毒素が増すだけだ。

「どけ、おれがやる」

侍に迫っていたスライムに思いきり前脚の蹄を弾けば、触れ合った所から湧き出た水で蒸発するように雲散していく。

「おお!凄いです天馬さん!」
「…か、かたじけない……」

また近づいてきたスライムに蹄を食い込まし、周りにはさとられないよう顔を歪めた。少し触れただけなのに蹄がただれるように熱い。いや、正しくは蹄自体に痛覚は無いから飛び散ったスライムのかかった前脚自体が熱いのだが、とにかくとんでもない殺傷能力だ。

「……おい、いけんのか」

バレていないと思ったのに、顔を寄せてきたロロノアにぼそりと問われて驚いた。ただでさえ全身真っ黒の馬の表情なんて分かりづれェのに、些細な緊張に気付くなんて。こいつ、野生の勘働きすぎだろ。

「おれは良いからサンジの方に集中してろ」
「あいつこそ気にしなくても大丈夫だ。……悪ィが頼んだぞ」

……意外だ。労るような声に戸惑いつつ頷きを返して舞い上がる。サンジが散々言うからもっと無愛想な奴かと思ってたけど、やっぱ片方の意見だけで判断すんのって良くねえな。

次々に吐き出されるスライムの塊は既に、向こう岸にいる奴よりこちら側に飛んできた奴の方が体積が大きくなってきている。湖へと落ちていくそれに勢いよく蹴りを入れていく。水に触れれば萎むようになるが、それでも毒ガスの煙が脚へと触れて正直キツい。武装色を纏わせてるってのにそれすらも侵食しかねない程の猛毒だ。

「……おおお……!!がふっ、」
「わー!吐血した!」

岸の上で侍がもがき苦しんでいる。湖の中は見えないが、胴体に何かあったらしい。またひとつスライムを蹄を弾き飛ばし、荒い呼吸を整える。早く戻って、ローにこの火傷したようになった脚を治してもらわないと。

「ッまだか、サンジ……!!」

もう大分長い時間潜りっぱなしだ。サンジ本人はまだしも、あの航海士の身体が限界を迎えてしまうだろう。

迫りくるスライムにまた水をぶちまけたその時、水中から飛沫をあげて人影が跳び上がってきた。

「っはあ、はあ……!!」

サンジだ。腕に抱えているのは大きな刀を携えた男の胴体……やりやがった!
に、と思わず笑みが漏れる。全速力でサンジの元まで飛びその身体を翼でキャッチした。

「おい!生きてっかサンジ!」
「リバー…!ぎりぎり、だ!!」

岸まで運び地面に下ろせば、もう既に涙を流していた侍がうわ言のように礼を言いながらそのバラバラだったパーツを繋ぎ合わせる。その間、ホネが震えるサンジにコートを手渡し、おれは更にその上から翼で包み込んでやった。

「おお……もふもふ…」
「サンジ身体拭け。雪ん中で冷えるのはやべェから」
「そ、そうだな…ナミさんの身体だから……」

かたかたと震えながらしゃがみ込むその様子を見て、いつだっておれのことを心配してくれていたカマバッカでのサンジを思い出してしまった。他人のためにここまで命張れるなんて本当、こいつの騎士道ってやつは本物なんだろうな。

「……変わらねェなあ」
「ん?なんか言ったかリバー」
「いや、何も」
「相変わらず馬鹿だってよ」
「んだとクソマリモ!!」

途端に罵倒し合うロロノアとサンジ。なるほど、こうしていつもじゃれ合ってるわけ。カマバッカで散々聞いた愚痴の数々がアホらしくなる。

そうこうしている内に、合体し終えたらしい侍がすっくと立ち上がった。

頭、胴体、脚、全部が揃うと侍の身長は、天馬になったおれでも見上げなければいけない程高くなった。

「何とも…!!ただ生まれ持った体があることを、こんなにも嬉しく思ったことはない!!拙者!名を錦えもんと申す!生国と発しますはワノ国九里にござんす!」

涙を流しながら名乗った侍は、地面に頭をつけてサンジへと礼を言った。その顔を掴みあげ、男が簡単に土下座なんかすんじゃねえとサンジが怒りだす。こだわりの強いこいつらしい、おれには無い価値観だ。

「馬妖怪のそなたも…!散々言ったが、よくぞ手助けをしてくれた!かたじけない……!」
「おれに礼はいらねェ。ローに言われたから手伝っただけだ」
「それでも、礼を言わせてくれ!」

頭を下げ続ける侍…錦えもんのその向こう側に、いよいよスライムが迫ってきているのが見えた。
こちら側に来る気なのかもしれない。

さてどう切り抜けるか。自分の脚に目を走らせ思考を巡らせていれば、緑の頭がするりと翼の内側に入り込んできた。筋骨隆々の男が突然距離を詰めて来たことに警戒したが、サンジの仲間だという事実が緊張を緩めてくれた。

「おいお前なんつったっけ……リバー?」
「……?なに?」
「脚、結構限界だろ」
「──野生の勘的な?」
「はっ、見りゃ分かる」

ロロノアの鋭い眼光に見つめられると、ジャングルの獣でも相手にしているかのような錯覚に襲われる。右目を細めてにやりと笑ったその表情は、ローとはまた違った雰囲気の悪い笑み。
その実、前脚は毒素を浴びて毛が抜け落ち酷い火傷状態になっていた。ローに見せれば治してもらえるとは思うけど、この状況は割とまずい。

「取り込み中なんですがサンジさん、とうとう逃げ場が無くなりました」
「おォい!リバーこれどうにかなんねェか!湖の周りのお前が全部蹴っ飛ばしてくれたんだろ!」
「いや、こいつァ……」

サンジにバレると余計な心配をかけるから隠していたのだが、ロロノアはなんとなくそれを察したようだった。自然な動きで前に立たれてまた戸惑う。なにこいつ、優しくねえか?サンジから獣だマリモだと聞かされていた分、感じるギャップが凄い。

「燃やしてみるというのはどうでござろうか」

一連の流れを聞き終え立ち上がった侍がすらりと刀を抜いた。スライムに向かって歩き出した侍に、全員が注目する。

「人呼んで“狐火の錦えもん”……拙者の剣は敵を焼き切る剣!アレを燃焼させ活路を開こう!」

燃焼?見た感じ普通の刀だけど。しかし雄叫びをあげた侍が刀を振り仰ぎスライムを断ち切ると、どこからともなく炎が湧き上がり塊が燃え盛る。やがてスライムはフツフツと泡を登らせ光り、そして。


ドン、という大きな音と爆発の衝撃が辺りを襲った。



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