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結果的に言えば、スライムと火の相性は致命的なまでに悪かった。引火して燃え上がったその威力は凄まじく、炎を斬ることが出来るという侍の能力がなければ爆発で全員お陀仏だっただろう。一瞬の内に爆煙を切り伏せ道を開いた侍は、「モモの助」とかいう子供を探すためにこのパンクハザードにいたらしい。

何故ワノ国から出た?とか不可解な点はあったがおれには関係のないことだから追求はしなかった。ローに関わること以外全部が些事でしかない。

「ではモモの助を探しに研究所へ参る!」
「待て、侍の戦闘に興味がわいた……息子救出、おれもつき合うぜ」
「えぇ!?ゾロさん!」

噴煙を纏った刀を鞘に戻し、侍が湖にくるりと背を向ける。するとロロノアがやけに楽しげに笑みを浮かべた。好戦的なのは見た目通りらしい。ホネは戸惑っているが、素直にローがいるところに向かってくれるならおれにとっちゃ僥倖だ。子ども達の病状を確認した後は目的である研究所の方に戻ってるはず。

「ガキのことは知らねェが研究所ならちょうどいい。ローもそこにいる。合流すんぞ」
「おいおいリバーまで…」

しかし侍の後に続いて研究所の方へ足を進めようとしたロロノアは、何故かその道を逸れてあらぬ方向へ向かい始めた。つき合うっつった口で早速離脱?何考えてやがんだ?

「……おい、ロロノア?」
「あんだリバー」
「そっち研究所と逆」
「なに?」
「また迷子かアホ剣士!!え!?つか今リバーっつったか!?何があったこの短時間で!!」

やけに焦ったようなサンジがもふもふと翼を揺すってくる。別に何があった訳でも無いが、くるりと振り返った緑頭はおれの方を見てにやりと口角を上げ、「ドーメー組んだんだから名前でくらい呼ぶよな?」と述べた。

その悪人面を見てなんとなく察したが、わざわざ親しげに呼んだのは無茶をしたサンジへの当てつけなのかもしれない。随分と面倒なコミュニケーションを築いているようだが、まァおれには関係ねぇ。
「別になんもねェよ。おいそれよりお前らとっとと歩け。スライムの様子がおかしい」

湖の向こう側から此方へと徐々に体積を移動させていたスライムは、侍に斬られその末端が爆発した後、何やら嵐の前のような静けさで蠢いていた。

「本当ですね……何か、始めようとしている…?」
「早く離れた方が良いな。おいサンジ、走りづれェならおれに乗れ」
「えっ!?いいのか!?」
「あ?お前なら良いよ」

やけに食いつきよく叫んで、きらきら、と大きな瞳が輝く。その勢いに若干引きながら未だ震える細っこい身体の前に膝を曲げてしゃがんだ。そういえば、カマバッカでサンジを乗せて飛んだことは無かった。遊覧飛行をしている心境じゃなかったってのが一番の理由だけど、一回くらいあの華やかな島の空を一緒に飛んでやっても良かったかもしれない。

「ふおおお…!」
おれの背に跨ったサンジは、たてがみを掴み感嘆の声をあげた。
「気持ち悪ィ声出すなよ…」
「ナミさんの美しい声だろが!いやでもこれ、翼もっふもふ!たてがみサラサラ!たまんねえなァ」
「……そうかよ」
「しっかしお前、馬になってもイケメンだよなァ。このクソ長睫毛どうなってんだほんと」

小さな女の手が身体を撫でるのを大人しく受け入れる。サラサラとたてがみを梳くサンジの手つきは優しさに満ちていた。その感触だけで、相も変わらないこの男の愛情深さが如実に伝わってくる。

「…身体戻ったらまた乗っけてやるよ」
「マジか?トラファルガーがキレねェか?」
「あん?ローが?なんで?」
「…お前…ほんとあの男のこととなると頭パーになるな」
「はあ?」

呆れ返ったようなサンジは、苦笑いしながら背中を撫でてきた。よく分かんねえが、いつまでも喋っている暇は無い。
あの島での日々を思い出し内心笑みを零して、スライムに背を向け足早に駆け出そうとした。背後ではホネの「羨ましい~~」という声が聞こえてきたが無視だ。大して知りもしない奴を乗せる気は無い。

「悪ィけど気に入ってる奴しか乗せねえから。おれとサンジは先に行ってる。とっととローに───ッ!?」

地響きが鳴る。雪山に、突然響いたとてつもない唸り声。轟く叫びにその場にいた全員がピシリと硬直した。聞いたことはないが怪獣ってやつが叫んだらこんな声なのかもしれない。
バオオオ、とがなるその声に振り向けば、巨大な塊になったスライムが大きく口を開けてこちらを威嚇しているような有様になっていた。

「なん……っだあれ」
「スライムが、怒ったあ!?」
「何だ?急に!」
「さっきのチビスライム達がみんな爆発しちまったからじゃねェか!?」
「親子の様なものか!?しかしああするしか……」

吠えるスライムからの振動で足元が揺れる。サンジが落ちないように蹄を踏ん張りながら、蠢くその塊を見上げる。
確かに怒っているようにも見えるスライムは、尚も大きく動き、次第にその姿を変容し始めた。

「あれは……何でござろうか……?」
「…カエル!?」
「トカゲじゃねェか?」
「いやどう見てもウーパールーパーだろ」
サンジとロロノアの意見を否定し、かつて弟が見ていた妙な生き物図鑑に載っていた両生類の名を挙げる。顔の横に生える触覚といい、ヒレといい、ありゃ完全にそうだろ。
「ちげえよ、あれァトカゲ……」
「ええい、何でもいいでござる!!それより彼奴、もしやあの毒素を吐き出そうとしているのではないか!?」

焦った侍が指さした先、確かに口のような部分が大きく膨らみ、今にも何を此方へ飛ばそうとしているようだった。爛れた前脚が痛みを思い出す。またあれを喰らう訳にはいかない。

「サンジ、掴まれ!!早いとこ飛ん、」

バオオ、と湖の向こう側でスライムが吠えて、大きな塊が飛んでくる。想像以上の大きさだ。あんなのが襲ってきたら逃げるのにどれだけ苦労するか想像するのも億劫だ。目下の脅威に辟易としている間にも、スライムは2個目、3個目と塊を此方に吐いて寄越してくる。

「ちょっとコレデカすぎますよ~~!」
「ぬおお!いくらでも分身が出てくるのか!?」
「あいつ、湖の向こう岸からこっちに移動しようとしてるんじゃ……!?」

背中で叫ぶサンジの言う通り、向こう側にいる個体はだんだんと小さくなり、吐き出されたスライムが結合してだんだんと体積を増やしている。

「あんなんに暴れられたらやべェな」
「ああ。斬ればガス、燃やせば爆発……」
「そうだリバー!お前の脚から湧く水は!?あいつ、水には弱かったろ!」
「…いや、悪ィが……」

散々スライムを蹴っ飛ばしたせいで、脚は限界だ。心配性のサンジは背中から降りると言い出しかねないので隠していたが、流石にこの状況では言った方が安牌か。

口を開きかけたが、すぐにそれどころでは無くなった。傍に飛んできた塊に飛び退いて後ろを振り向けば、細切れになっていたスライムはもはやひとつの生き物となってこちら側に動き出している。

「ッ駄目だ、水を湧かしても間に合わねェ!あっちの勢いが上だ!!逃げるぞ、ちゃんとたてがみ持っとけ!」
「ラ、ラジャー!」
サンジが背中にしがみついたのを確認して、全身に力を込める。思い切り翼を仰げば、スライムよりも遥か上空に飛翔できる。おれとサンジは、あの毒素にビビる必要は無い。

ただ全速力で空を飛んで、とっとと研究所でローと合流すればいい。……んだけどなァ。

「ぎゃああ!!溶けるぅ!私溶ける身体無いんですけど!」
「ぬう!雪に足が取られるでござる!」
「お前ら研究所はそっちじゃねェぞ?」
眼下でドタバタと走りながら、三者三様に叫ぶ連中。すぐ背後にはスライムが迫っていて、いつぶつかってもおかしくない状況だ。

背中のサンジは「クソ哀れな男ども」なんて言いながら三人を見下ろしているが、こいつの事だから内心では心配してそうだ。
…正直なとこ、普段のおれなら絶対見捨ててる。関係の無い人間にまで目を向ける性分じゃないから。だが、一人はサンジが身体張って助けた侍。後の二人はローが選んだ同盟相手の一味。


“…侍の身体を探しに行った連中を連れて戻ってこい。戦力は多いほど良いからな”


ここに来る前、そう言ったローの言葉を思い出す。あいつの命令に、おれは分かったと答えた。
絶対に違える訳にはいかない。

「……サンジ、前詰めろ」
「え?……良いのか?」
「お前しか乗せねェつもりだったけど、ローの命令守るためだ。一時撤回」
「ははっ、相変わらずだな。…恩に着るぜリバー」

グン、と高度を落として、妙なフォームでダバダバと走る三人の隣りに並走する。そして怪訝そうにこちらを見たロロノアの前に翼を伸ばした。

「お前らも乗れ。空から行った方が早ェ」
「あん!?良いのかよ!」
「とっととローと合流してェんだよ」
「…脚は?」
「気にすんな翼は無事だ」
声を潜め、ちら、と爛れた前脚を見下ろしたロロノアはおれの返答を聞いて頷き、背中に飛び乗ってきた。
「あのー、私は換算に入れないでも結構ですが、重量制限は大丈夫でしょうか?」
「散々鍛えてるから平気。ただ窮屈なのは覚悟しとけよ」
「なら、失礼いたします!」
サンジ、ロロノア、ホネがぎゅっと詰めて背に乗り、まだぎりぎり男一人分は乗れる余裕がある。カマバッカで丸太やらニューカマー拳法師範代やらを乗せて飛びまくった修行に比べれば、軽いもんだ。

「錦えもん、リバーの気が変わらねェうちに早く乗れ!」
「しかし、せ、拙者は……」
「お侍さん、早く!」

察するに、侍という生き物はプライドが山のように高いらしい。渋る侍の背後にスライムがまた塊を吐き落とす。
伸ばされたホネの手を前に逡巡するその表情は、葛藤に満ちていた。プライドっつーのは、厄介だよなァ。おれも高い方だから、誰かに頼んのが嫌なのは分かる。
「おい、侍ってのは、助けを求める奴がいんのにプライドの為に遠回りしやがんのか」
「な、なに…?」
「お前、ガキが待ってんだろうが」
確か、モモの助とかいったか。はっと目を見開いた錦えもんに向かって静かに瞬きを返す。
柄じゃねェけど、これも全部ローのためになるならなんだって言ってやる。

「……ッリバー殿!かたじけない!!」

ホネの手を取り、錦えもんが一番後ろに跨った。見上げるほどの大男が勢いよく飛び乗っても、鍛えた筋肉は易々とそれを受け止めた。サンキューカマバッカ、と人知れず呟く。
「拙者、さぞかし重かろうが…」
「別に良い。おいスピード上げっからしっかり掴まってろ!!」
4人を乗せ翼を大きく振り仰ぎ、空を駆ける。飛んでくるスライムの塊を避け、研究所まで一直線。

「わ、私達風になってますー!」
「まさか天馬に乗って空を飛ぶ日が来ようとは……!」
「ははっ、良い眺めだぜ」
「うおお、いけリバー!!」

やけに盛り上がっている男達を背に寒空を飛ぶ。気持は急いていた。早く、早くローに会いたい。
少しの間離れただけでもうこれだ。分かってたけどやっぱ、完全依存症だな。もう、断とうなんて思いやしないけど。


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