一方その頃ニコ・ロビンは、檻の中にいた。それも大層珍妙な顔ぶれと共に。
研究所の玄関に突如現れたシーザー・クラウンの能力によってルフィ共々気を失い、気がつけば海楼石の手錠に囚われて身動きひとつ取れない状況になっていた…のだが。
「おいヴェルゴ!!外にいるのは全員G-5の海兵!お前の部下だぞ!!」
「ああ、そうだな……」
可憐な見目の海兵が荒々しい口調で叫ぶ。それに対して、檻の外の男が何の感情も無い声色でおざなりな同意を返した。
「…しかし、一つの檻に入るにはあまりに豪華な顔ぶれだな…いい眺めだ」
ロビンが横を向けば、妙に懐かしい顔ぶれが揃っていて顔が綻ぶ。こんな奇特なシチュエーションをまた見ることになるなんて。
「なんだか懐かしいわね、あなた達が同じ檻にいると…」
「そうそうおれとケムリン、アラバスタでお前らに捕まったことあったよなー!」
楽しそうに笑うルフィの隣にはトラファルガー・ロー。ロビンの膝の上には呑気に寝入ったフランキー。そして反対側にはたしぎとスモーカーがいた。ただでさえ奇妙な組み合わせなのに、海兵2人はローの能力によって中身が入れ替わってしまい、雄々しいたしぎと丁寧なスモーカーという余計にシュールな状態になっている。
元凶となった男は、同盟を持ちかけてきた時よりも幾分か疲労しているように見えた。荒い息を漏らしながら彼が睥睨する先にはヴェルゴという海兵がいる。
そのヴェルゴの手の中にあるのは真に信じ難い話だが、抜き取られたローの心臓なのだという。気まぐれに圧迫されてはローが呻き声を上げてのたうつのでどうやら真実らしい。
血反吐を吐くローを見て、彼の部下はその心臓を交わす契約とやらに異を唱えなかったのだろうか、と思う。あんなにもローに懐いている青年のことだから、身代わりを進言しそうなものだが。
「…ああ、あなたが許さなかったのかしら」
「………?」
呟き笑みを浮かべたロビンを、ローが訝しげに睨みあげる。たった少しの間顔を合わせただけでも彼らの関係性の深いことは分かった。それに、仲間を思う気持ちならロビンも負けない自負がある。やり取りを察することは容易だった。リバーが心臓を差し出すなんて事をローが許すとは到底思えない。
「マスター、映像の準備ができました」
「そうか、よし!映せ!」
モネと言葉を交わして、シーザーが得意げに壁に取り付けられたモニターを指さした。映ったのは巨大なスライムのような塊と、そして飴玉。スライムが飴玉を食べることで殺戮兵器「シノクニ」になるというそれが、ロビン達が見つめる中捕食を開始し、そして発生した煙が周囲にいた生き物を石のように固め始めた。
毒ガスによる殺戮。なんて趣味の悪いこと。ロビンは眉を顰め横目にシーザーを見た。大口を開けて笑う様からは酷薄な性格がありありとみてとれた。思いきり殴ってやりたい、と胸の内で思う。
「シュロロロ…ほら見ろ、お前らの仲間もじきに死ぬ!」
そう、確か外ではサンジ達が侍の身体を探しているはずだ。雪の舞う画面に目を凝らせば、空に何かの影が見えた。地上で苦しむ囚人をよそに空を悠々と飛ぶ影。得意げな表情をしていたシーザーがいの一番に目をむいて叫んだ。
「な、なんだァ!?あいつらもうスマイルからあんなに距離が!ていうかおい…なんだあの…角の生えたペガサスは!」
奥に渦巻く毒ガスの煙をものともせずその遥か上を羽ばたく黒い翼。浮世離れした光景を見て、ロビンは思わず感嘆の息を漏らした。
「…なんて美しいのかしら」
混沌とした景色の中を飛ぶ、漆黒の天馬。その額からは光沢のある大きな角が生え、背中から大きく広がった黒い翼はシルクのような輝きを放っている。ゾオン系の能力者の獣型には、その持ち主元来の特徴が大きく現れる。あの人目を引く容貌の青年が天馬になったのなら、なるほどあれ程の美しさも理解できる。
「……マスター、あれが先程報告したチェンバーズ・リバー。ハートの海賊団船員…ウマウマの実幻獣種、モデル・有翼のユニコーンの能力を持つ海賊です」
同盟の話をしていた時にモネは聞き耳を立てていたらしいから、リバーの存在もその時に確認していたのだろう。2回目の報告であろうシーザーは、しかし新鮮に驚いているようだった。そしてヴェルゴも表情こそ変わらないものの、立ち上がって前のめりにリバーを見つめている。
「あいつ…脚をどうした」
隣で気だるそうに壁にもたれていたローが身体を起こして苛立った声を出した。見れば確かに、宙を翔けるリバーの前足は爛れて血が流れているようだった。それも、黒い毛に紛れてかなり判断しづらいが。
「よく見てるのね?」
「見りゃわかる…ちっ、おい麦わら屋!お前の部下は運んでもらわなきゃ逃げれねェのか!」
4人——うち1人は骨だが——もの人間を乗せて、一角天馬は実に優雅に空を飛んでいた。蹄から血を垂らしてはいるものの、動じず澄ました表情は変わらず美しい。ゾロもブルックも侍も、一生に一度乗れるだけで奇跡であろう天馬の背を満喫しているようだった。そして一番前に跨るナミ、の姿をしたサンジはその豊かなたてがみに抱きついて随分気持ちよさそうだ。それを見たローがますます鋭い舌打ちをしてルフィを睨む。
「え〜?いいじゃねェかペガサス乗れて!おれも乗りて〜」
「あらお侍さん完成してるわね」
「クソ!戦力は多い程良いとは言ったが、あいつ背中にまで…」
七武海にまで上りつめた男が、人目も気にせず不機嫌にこぼす。リバーとローの酷く柔らかく危うい部分を見てしまったような心地がして、ロビンは微笑みながら目をそらした。
「…シーザー、あんな目立つもんが潜り込んでるのに全く気付かなかったのか?」
ヴェルゴに問われ、シーザーがぎくりと肩を揺らす。
「ぐう…おいロー、どういうことだ!」
「お前の目が節穴だってこと以外、理由があるか?」
「なにィ……!!てめェ言わせておけば!」
分かりやすく嘲笑したローに激高したシーザーがまた心臓を蹴りつけた。痛みに呻いたローが蹲る。
「は!!まァ良い、お前の大事なあのウマがどれだけ飛んで逃げても、どうせ助けには来られん!シノクニの前には4億の賞金首も、海軍中将も、王下七武海でさえも何もできないと!世界に証明してくれ!!」
ガコン、と大きな音と共に振動が襲ってくる。ロビン達を入れた檻はクレーンによって吊り上げられ研究所の外へと放り出された。目の前に広がる銀世界吹き付ける寒風に、しかし檻の中のほとんどの人物は動揺を見せない。寝こけていたフランキーは振動で目覚めたらしく、己を捕らえる周到な仕掛けの檻を興味深げに仰ぎ見た。
「ほー、しかしよくできた研究所だ」
「ええ。このクレーンなら大きな機材も運べそう」
感心した様子のフランキーに同意して、ルフィを見る。やはり、ロビンの船長は死ぬつもりなんかこれっぽっちも無さそうに「とにかく困ったな!」と眼下を睨みつけている。
そして、蹲っていたもう一人の船長がむくりと身体を起こす。さっきまで痛みに歪んでいた顔が嘘のように落ち着いた、覚悟の決まった表情がそこにあった。
「──ヴェルゴの登場は想定外だったが、麦わら屋。おれ達はこんなとこでつまづくわけにゃいかねェ。作戦は変わらず…今度はしくじるな。反撃に出るぞ」