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海へ向けて進みながらガタガタと揺れる、大きなトロッコの上。サンジはその床で平然と胡座をかき、ぷかりと何回目かの煙を吐き出した。

「ウマ男、大分顔色良くなってきたな!」
「ん、あァ……チョッパー、お前はモチャのこと見ててやれ。リバーにはおれがついとく」
「うん分かった!なんかあったら呼んでくれ」
忙しなく駆けていくチョッパーを見送って、サンジは傍らに横たわるリバーに目を向けた。ただでさえ白いのに本物の雪のように色を失っていた友の顔には、ほんのりとだが赤味が戻ってきていた。彼の船長はどうやら正真正銘凄腕の医者らしい。

いくつもの戦いの舞台になったパンクハザードは今やあちこちで爆発が起き、トロッコの進行方向にも瓦礫が広がっていた。先端に立ったゾロと錦えもんが当然のようにそれを斬り崩して子供やら海兵やらの歓声が上がる。

「おーい、リバー…?」

しかし辺りのざわめきが嘘のように、リバーの周りだけは静けさに満ちていた。妙に冷えた空気は、この友人の色の無い寝顔が精巧な作り物めいているせいかもしれない。
「…お前、そうやって寝てっと本当に人形みたいだな?」
案外くるくると変わる表情が、今はしんと静まり返っている。グレーに煌めく大きな瞳も瞼に覆われ見えない。トラファルガー・ローが被せていった黒いコートが確かに上下しているので、息があることは間違いないが。大きなコートはリバーの顎まで被さり、彼の頭の下には枕代わりに置かれたローの帽子があった。まるで檻だ。所有者を声高に主張する、服の檻。 この状況、意識があればリバーは幸せの絶頂を迎えるに違いない。ローのこととなると途端にふにゃふにゃと表情を崩していた友人の姿を思い出し、苦笑い混じりに煙を吐き出す。

それにしても、ローが自分にリバーを託していったのには驚いた。散々煽った自覚はあるのでとんでもなく嫌われていると思っていたが、リバーが言っていた通り基本は冷静で視野の広い男らしい。リバーを囲むコートと帽子には確かな牽制をビシビシ感じるが、まァそれはそれだ。

「確かに良さそうな男だなァ、お前のキャプテン」

答えない友にぽつりと零す。突然現れたルフィに同盟を持ちかける大胆さ、そして判断力。男に興味のないサンジには見えない美点もまだあるんだろう。そも、麦わらの一味にとってはルフィの命の恩人である。あの男がいなければ、ルフィは頂上戦争で死んでいた。

「…お前の恩人がおれ達の恩人でもある。つくづく縁があるな、お前とは」

カマバッカでの夜、昔の夢を見て魘されていたリバーのことを思い出す。悪夢になる程の過去を、“ローといる間は忘れてられた”と彼は言ったのだ。一体どれほど依存しているのか心配していたが、2人が揃う所を初めて目の当たりにして、それがサンジの想像を遥かに上回る深度であることはすぐに分かった。リバーのローへの心酔っぷりは正に予想以上。ローを見つめる目も触れる手も何もかもがそれを雄弁に語っていた。

会えない時間が愛を育むなんて、ありがちな話だがその分真実味が増す。

ふう、と吐いた煙がリバーの頭上で雲散する。漢気のあるクールな友人がローの前ではあんなにデロデロになるなんて、いざ目の前にすると正直ショックだった。カマバッカでの話しぶりからある程度想像はしていたが、それ以上にリバーはうっとりと幸せそうで。自分に見せる顔とあまりにも違っていて、つまり、率直に言えば寂しさを覚えた。

苦楽を共にした友人の、知らない一面。

ローの帽子を枕にすよすよと眠るリバーをぼんやり見つめていれば、またトロッコに衝撃が走った。どうやら海に出たらしい。水しぶきからリバーをかばいつつ前を見れば、サニー号を守ってくれていたらしいフランキーと、それから妙な人影がふたつ。ドフラミンゴの放った刺客だろう。

「うお!!ちょー美人!!」
メイド服を来た美女に思わず飛び出していきそうになったが、リバーのことを思い出しグッと耐えた。クソ、あんな美女が敵だなんて世知辛い世の中だ。ウソップとナミが意気揚々とトロッコの先端に乗り出し、シーザーを捕まえると宣言した。やると言ったらやる2人だ。サンジの出る幕は無いだろう。2人を、正しくはナミだけを応援しつつサンジはリバーに視線を戻す。

カマバッカで伸びっぱなしだった長い黒髪はすっかり綺麗にカットされていた。さらさらと靡く髪が、伏せられた睫毛に引っかかったのを避けてやる。

「……おーい、起きねェのか?」

トロッコが揺れる度にふわふわとそよぐ黒い羽根。誘われるようにそれに手を伸ばし、リバーの翼を撫でた。しかし翼を戻さないまま眠るところを初めて見た。額からも角が生えたままだから戻す力も無かったのだろう。
「…クソ。どんだけ殴られたんだよ」
リバーが意識を失うまで暴力を振るわれる場面を想像して、思いきり肺に煙を送り込む。胸糞の悪い光景だ。労わりながらも気持ちのいい翼の手触りにサンジが夢中になっている内に、麦わらの一味とハートの海賊団同盟の作戦は、その第一歩を成功させた。ナミとウソップが見事にシーザーを捕縛し、シーザー・クラウンの誘拐という目的は無事果たされることとなったのだ。

トロッコに乗っていた連中はパンクハザードの岸辺に場所を変え、海軍は海賊と馴れ合わぬよう境界線を引いたりと忙しない。サンジもまだ目覚めないリバーを抱えてトロッコから降り、比較的暖かい板の上に移動した。

「……リバーは?」

そこに真っ先に現れたのは、やはりと言うべきかローだった。ローはリバーの隣にしゃがみ込み、大きな手でその頬を支えて覗き込んだ。

「いや、まだ目は……でも大分顔色は良くなったぜ」
「あァ、経過は良さそうだな……」

刺青だらけの指が壊れ物に触れるようにリバーの前髪をかき分け、額に小さく生えた角を撫でる。繊細なその接触がサンジの目に熱く焼き付いた。とても船長が一部下に向けるものでは無い、あまりにも感情に溢れた指先だと思った。今にも触れあいそうな程近くにある2人の男の顔を見ながら、サンジは迷うことなく口を開いた。

「──あの地獄でこいつからお前の話をウンザリするほどたくさん聞いたが…正直なとこ、こいつがお前に抱く感情のデカさは、お前のよりも何倍も大きいもんだと思ってた。まァつまり、片思いってやつかと」


ちら、と見上げた先、隈をこさえた男の瞳はサンジの方など見向きもせず一心にリバーに向けられている。その横顔を見て、自分のうちにあった地獄で支えてくれた友への心配が解消されていくのが分かる。

「でも違ったみてェだ。少なくともこいつの片思いじゃねェ……だろ?」

確信を持って言い、にやりと笑みを浮かべる。一瞬の沈黙。角を撫でていた手がゆっくりとリバーの顔をなぞり、親指が唇に触れた。サンジが黙って視線を離さずにいると、やがてローはため息を吐いて帽子を被り直そうとする仕草をした。しかしそれが今はリバーの枕になっていることを思い出したようで、手持ち無沙汰に頭を振る。

「てめェら一味は、どいつもこいつも……それをおれに聞いて何になる?」
「おれがスッキリする」
「くだらねェ……おい、おれはガキどもを見てくる。こいつが起きたら報告しろ」
「そりゃ勿論」

最後にリバーの髪を一束すくってから、立ち上がった長身が人目を縫って去っていく。ほら見ろ、否定しなかった。ふう、と煙を吐いてその後ろ姿を煙で隠した。そして随分と穏やかな寝顔になっていたリバーに「良かったな」と呟く。

あの島でのお前の涙は、一滴だって無駄じゃなかったんだ。

「……も、モモの助~~~!!」
「!?」

突然響いた錦えもんの大きな声に顔を上げれば、ほど近くで着物を着た少年と錦えもんがひしと抱き合っているところだった。傍で首を傾げているルフィに向かって口を開く。
「おーい、ルフィ!その子供がなんだって!?」
「ん?ああ、モモさっきまで龍だったんだけどさあ、なんかサムライの息子だったんだと!あ、ウマ男は調子どうだ?」
「あァ、ぼちぼち目覚ます頃だろ」
「う、うう……ひっくえぐ……」
言葉を交わした傍から、モモの助という少年が涙を拭う。どう見たって体力が尽きかけた様子に、サンジは思わず腰を上げた。

「ち、父上~~~~!!よくここが……わかっ、」
「モモの助!」

どさり、倒れたモモの助を錦えもんが支える。
「…!腹が減ってんだろ!待ってろ、すぐに作る!!」
「む…しかしサンジ殿……!」
「黙って待っとけ!」
またしてもリバーを抱き上げサンジは走った。この友にだって、目が覚めたらたらふく食わしてやりたい。ローが今治療している子供達だって、錦えもん達だって、いやここにいる全員!

海賊である前にコックであった男は、食材の元へ風よりも早く駆けるのだった。

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