サウザントサニー号、というのが麦わらの一味の船の名前らしい。緑豊かな芝生の生えた甲板を踏みしめ、あまりにも連中らしい船を見渡す。
「…明るい船だな。お前ららしい」
「おう!スーパーに輝いてんだろ!!」
「あんたがサニー号にいるのは変な感じねー、ウマ男」
「自分でも思う」
「リバー!ようこそおれ達の船へ!飯食ってけよ」
ロボと航海士の言葉に頷いていれば、後ろからサンジに勢いよく肩を組まれた。やけに嬉しそうなその笑顔を見て久しぶりに目を瞬かせる。雪景色に慣れていたおれには明るすぎる。
「散々お前の話に出てきた船に乗る日がくるなんてな」
「本当にな?お前がサニー号にいるの妙な感じだぜ」
「あぁ…この船見てると目がちかちかする」
鮮やかなオレンジのライオン船首、麦わらを被ったジョリーロジャー、青々とした芝生の甲板、どこもかしこもカラフルな船。
なんだか居心地の悪ィ気もするけど、よくよく考えればポーラータング号だって結構派手な色をしてるし、ハートの海賊団だって陽気な奴が殆どだ。だから多分、おれとローだけが静かっつーか、暗いっつーか?そういうことなんだろう。ここ数ヶ月はずっとローと2人きりだったから、今日で一気に視界に色が増えたような心地がした。
「……お前に似てるな、この船」
「はっ?おれに?」
「お前だけじゃなくて、一味全員に似てんのかも。見てっとなんか…目ェ痛くなる」
「おいおい…お前おれ見る度そんなこと思ってたってのか?」
「──たまにな」
「…リバー、」
話が妙な方に進みそうだったのでサンジにひらりと手を振り、輪から外れて何やら電伝虫と会話を始めたローの背中を目指した。その足元には海楼石の手錠に繋がれたシーザーが不服そうな顔をして座り込んでいる。
そして船の手すりの上に置かれた電伝虫が奇抜な形のサングラスをかけているのを見て、自然早足になった。
ドンキホーテ・ドフラミンゴ!
ローの後ろ姿は少し緊張してるように見えた。いや緊張というより、渦巻く感情を爆発寸前のギリギリのとこで抑えているみたいだ。
「……余計な質問はするな、取引をしよう」
『フッ……おいロー頭を冷やせ、ガキが大人の真似事をするんじゃない!今どこにいるんだ!?おれを怒らせるな……!!』
初めて聞く軽薄な声。だが間違えようもない、これが奴の声だ。
「怒らせる?お前にとって今1番大切な取引相手は「四皇」の1人…大海賊“百獣のカイドウ”。お前の方こそこの男だけは怒らせる訳にはいかねェはずだ。“SMILE”をもう作れないと奴に知られれば…激しい戦いになるだろう。お前は消される!」
『おい冗談が過ぎるぞロー……!どうすりゃシーザーを返す、条件を言え!!』
ドフラミンゴの、本気で怒りを湛えた声色。電伝虫に音が入らないよう静かにローの傍らに立ったおれを、地面に転がっていたシーザーが焦った表情で振り仰いだ。
「お、おいウマ野郎!!てめェ自分のキャプテンの暴走を止めなくて良いのか!!」
盛大に舌打ちが漏れる。こいつ、余計なことしかしやがらねぇな。
「……てめーでけェ声出すんじゃねェよ……」
『ウマ野郎?チェンバーズ・リバーか!!フッフッフッ……出来ればそのツラを拝みたいもんだなァ、麗しの一角天馬殿…どうだ、お前からローに言ってやってくれないか。シーザーを返せば、人買い市場でのお前の値段を下げるよう掛け合ってやってもいい!』
「……!!この…ッ」
「…ロー、いい。大丈夫」
酷薄な笑い声が響く。値段、か。散々言われまくった戯言だ。しかしモノとして扱われるのに慣れたおれとは違い、ローの怒りが途端に膨れ上がるのが隣にいて分かる。むしろ嬉しいくらいだ。あんたがそんなにも怒ってくれて。
「……いらねェよ」
毅然として前を見る。ローの傍に立つ人間として、恥ずかしくないように。
「おれは何があってもローの傍を離れねぇ。傍で、ローのために生きる。そのためにもお前にそこにいてもらっちゃ困るんだよ、クソ野郎」
『……フッフッ…!今のが最大の譲歩だったんだがなァ、チェンバーズ。その威勢いつまで持つか…』
見下ろしてきた灰色の瞳と視線を合わせ、静かに頷いた。ローはぐしゃりとおれの頭を撫で、電伝虫に向き直る。
「……話す時間も無駄だ。条件はひとつ。“王下七武海”を辞めろ」
『……!!』
向こう側で微かに息を飲む音が響く。ようやくドフラミンゴの仮面に傷をつけられたような気がした。すう、とローが息を吸ったのが触れ合った肩越しに伝わる。
「10年で築き上げた地位を全て捨て、一海賊に戻るだけだ…ただしそうなれば、今度は海軍本部の大将達がお前を逃がさない。リミットは明日の朝刊──お前の王下七武海脱退が報じられていればこっちからまた連絡する。何も無ければ交渉は決裂だ。……じゃあな」
『おい待てロー!』
受話器が戻され、電伝虫が目を閉じる。おれは深く息を吐くローの背中をさすりつつ、「馬鹿」やら「阿呆」やら叫び続けるシーザーの頭を思い切り蹴飛ばした。
「…お疲れ。これで後は、明日の新聞に託すしかねェな」
「あァ…思い通りにいけば良いが…」
「後はもう、慣れねえけどさ?祈るって行為するしかねェな」
「は…そうだな」
欄干に手をつき、ローが乾いた笑いを漏らす。仇と話すなんざ、電伝虫越しだろうが気力が奪われるに決まってる。そうでなくてもおれが眠りこけてる間にヴェルゴとやり合ったり脱出したりシーザー捕まえたり、大忙しだったはずだ。
手すりに手をついて眉間を抑えたローを覗きこんで、精一杯の勇気を振り絞って口を開いた。
「な、ちょっと休まねぇ?」
「ああ、そうだな…」
「……おれの、膝とか、どう」
「……ひざ?」
「ひ、膝」
首を傾げたローをマストの根元のベンチに引っ張っていき、無理やり座らせた。自分もその隣に腰掛けて、ぱんと膝を叩く。膝枕ってやつローにできたら最高だなっていう、個人的な願望丸出しなのはどうか見逃してほしい。
熱の集まった顔のまま見つめれば、ずっと険しかった表情が少し緩んだ。真っ赤になった頬をローの指の背に優しくくすぐられる。
「自分で言っといて照れてんじゃねェよ」
「は!?照れてねぇよ!あ、熱いだけだ」
「……ふ、悪ィが後で借りる。まずは麦わら屋達に計画を共有しねェといけねェ」
「─…絶対だからな」
「ああ」
ローはおれの肩をぽんと叩いて、それから航海士の元へ歩いていった。次に行く島…ドレスローザへの航路の話だろう。出した勇気が宙ぶらりんになって、2人がログポースを見ながら真剣に話しだしたのを立てた膝に顎を乗せてぼんやりと眺める。
女とあんな風にちゃんと顔を会わせて話すローを見るのは、イッカクを除けば数える程度しかない。航海士が「トラ男君」なんてふざけた言い方でローを呼ぶのが聞こえて小さくため息を吐いた。こういう気持ちになる資格も意味もないって、もう死ぬ程言い聞かせてるはずなのに。
「…ねえ。あなたのこと、なんて呼べばいいかしら?」
2人を睨んでいた視界に影が差す。声の方に目を向けると、にこやかに微笑んだ女が芝生にしゃがみながらおれを覗き込んできた。ニコ・ロビン。眉をしかめて見返したがその涼やかな笑顔は変わらない。
どちらかといえばローやおれと同じ空気を纏った奴に思えていたが、こうして見るとこいつもこの船がよく似合っていた。
「……何でもいい」
「あら、ウマ男君でもいいの?」
「あー…気ィ抜けるけど、ロー以外になんて呼ばれようがどうでもいいから」
「……ふふ、本当に好きなのね」
「…………」
「踏み込みすぎたかしら?ごめんなさい。…なら私はリバー君って呼ばせてもらおうかしら。ずっと綺麗な名前だと思ってたから」
本心からそう思っている声色で、彫刻めいた顔が微笑を浮かべる。麦わらの一味には珍しい、落ち着いた空気を纏った奴なことには違いなかった。
「…勝手にしろよ」
「そう。よろしくリバー君」
「ロビンちゃーん!淹れたてのダージリンです。どうぞ」
「あら、ありがとうサンジ」
どこからとも無く現れくるくると華麗なターンを決めたサンジが、湯気の立つカップをニコ・ロビンに差し出した。それを受け取って、彼女は本格的におれの隣に腰掛けた。興味を持たれてる、とはシャボンディで初めて会った時にも思ったが、多分間違ってない。
2年前に新聞で読んだ麦わらの一味が起こした大騒動を思い出す。司法の島エニエス・ロビーから、この女を奪還せんとサンジもこいつらも世界政府に喧嘩を売った。
世界政府に狙われる自分を受け入れてくれる居場所、か。
ああ…もしかしたら。自分とおれとを少し重ねてるのだろうか、この女は。たかだか天竜人のペット候補のおれとニコ・ロビンでは境遇に差がありすぎるような気もするが、“本当に好きなのね”とおれの気持ちを言い当てたあの優しげな声色を思い出せば、あながち間違いで無いと思った。
「……あんたのことは?」
「え?」
「同盟相手になったよしみ。あんたのことはなんて呼べば良い」
少し驚いた顔を見せたのは一瞬で、ニコ・ロビンは嬉しそうに深い青色の目を細めた。
「ふふ。ロビンで良いわ、リバー君」
「ロビン。……なんつーかあんたも、この船に乗れて良かったな」
「───ええ。あなたも、あの船長に出会えて良かったわね」
優しい人に出会えたから、自分も人に優しいことが言えるようになったのだろうか。多少なりとも、だけど。ああ我ながら柄にも無いことを言った。どんな顔をすれば良いか分からず首をかいて俯いていると、楽しげに笑ったロビンが手を差し出してきた。汚れなんて知らなさそうな、滑らかで繊細なつくりの手。でもきっと数えきれない苦渋を経験してきたであろうその手を見下ろし、それからまたロビンを見る。
「……何、これ」
「握手よ。同盟相手のよしみ」
「…握手…したことねェかも、おれ」
「なら初めてね?」
「あァ…あー、ヨロシク?」
「ふふ、よろしくね?」
「おいおいおいおい、なーにおてて繋いでんだ!いくらお前でもロビンちゃんを口説くことは許さんぞリバー!!!」
繋がった手がすかさず引き剥がされて、狭量な男を睨んだ。基本いい奴なのに女が絡むとなんでこうも面倒くせェんだこいつは。
「馬鹿、ただの握手だろ」
「ただの握手でも!だ!」
「つーかおれが女口説くわけねェってお前が一番知ってんだろが」
「知ってるが!それとこれとは話が違う!良いから飲んどけ!」
憤った様子のサンジが、ずいと紅茶の入ったカップを差し出してきた。ロビンが楽しそうに微笑んでいるのを横目にそれを受け取る。口に含めば案の定、今まで飲んだことの無いほど美味い紅茶だったので黙って親指を立てた。サンジもにっと口角を上げて、次は航海士の元へと去っていく。
「えええ!?サンジが男に茶出してる!!」
「なんだって!た、大変だー!雨が降るぞー!」
「ええ?雨ぇ?」
そういえば、トレイの上にはカップが3つしか無かった。ロビンのと航海士のと、おれのってことか。カマバッカで築いた友情はサンジの中でも結構大きなものだったらしい。長鼻と船医が大袈裟に驚いたもんだから、船首にあぐらをかいていた麦わらが甲板に飛んできた。
「雨なんか……あれ、なんか坂道になってねぇか?この海!」
「“海坂”だ。よくある」
「ねェよ!」
航海士と話を終えたらしいローが戻ってきて、おれの隣に腰を下ろした。
「ナミー!どこだっけ今から行く場所」
「ドレスローザって場所。この指針を真っ直ぐ進まず遠回りに辿れってトラ男君が」
「ド……ドレスローザ!?」
途端、驚愕の表情を浮かべたのは錦えもんとモモの助の侍親子だった。どうやらこいつらの目的もドレスローザにあるらしい。これも縁ってやつか、なんて思いつつおれは紅茶を飲み干した。
「おぬしらもそこに用が?」
「うん多分な!トラ男にウマ男、さっき誰と喋ってたんだ?」
「ドフラミンゴだ」
「ドフラミンゴー!?七武海の!?1番やべェ奴だろ、それ!!」
「あァ。ローの作戦はもうとっくに始まってる。お前にも協力してもらうからな長鼻ァ……」
「や、やめろおウマ男君!なんでおれをピンポイントで指さすのかね!」
「何だ、作戦て」
すっかり腰を抜かした長鼻の傍らから、ロロノアが淡々と問いかけてくる。
「そうだ、作戦教えろ!よしみんな集まれーっ!」
船に響いた麦わらの号令によって、甲板には一味とシーザー、それから侍親子が揃いかなりの大人数になった。全員が揃ったのを確認して、ローが口を開く。
「パンクハザードでお前らに頼んだのはシーザーの誘拐。そしておれ達は“SAD”という薬品を作る装置を壊した…」
正確にはおれはただ殴られてただけで何の役にも立っちゃいないが、口を出す場面でもないので黙っておく。あれはほんのきっかけに過ぎない。ローの目的は“コラさん”の悲願を叶えることだけだ。
「──……新世界にいる大海賊達は大概海の何処かにナワバリを持ち、複数の部下を率いて巨大な犯罪シンジケートの様に君臨している。海軍に目をつけられねェように必要な取引は闇の中でも行われる……その中で最も信頼と力を持っている男がドフラミンゴだ」
ドフラミンゴ、またの名をジョーカー。そして奴の最も巨大な取引相手、四皇“百獣のカイドウ”。この四皇を引きずり下ろすのが今回の同盟の目的。人造の動物系悪魔の実「SMILE」、その元を作っていたシーザーは捕らえた。次に目指すのは「SMILE」の製造工場があるドレスローザ──。
ローが話を進める度、航海士と長鼻とトナカイは半泣きで異を唱えまくっていた。そして、侍親子がなぜかカイドウの名に過剰に反応した。気づいた麦わらが「お前の行きてェのもここか?キン!」と尋ねる。ぎくりと体を強張らせた錦えもんは、やがて神妙な面持ちになって居住まいを正した。
「…いかにも!!同心が1人……捕まってござる!!」