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だだっ広い青空の下、岩壁に覆われた島が眼前に現れる。奴の、ドフラミンゴの国。

甲板へ伸びる手すりに背を預けて目を閉じる。近づいてくる切り立った岩を見ていられなかった。電伝虫越しにかけられた言葉を思い出し吐き気がこみ上げるのを無理やり抑えた。自分の心の真ん中を暴かれた痛みが、未だこびり付いている。

──…この軟弱野郎。気にしてねェんだろ?ロー以外になんて思われようがどうでもいいんだからさ。

これはローの戦いなんだ。おれがこんな調子でどうする。入り江に船が泊まったので、何度か深呼吸して息を整えた。ローといりゃ忘れられてたってのに、余計なもん掘り起こしてくれやがって。

「リバー」
「……ん?」

頭上から柔らかい声がかけられて、目を開けた。太陽を背にローがおれを覗きこんでいて、少し顰められた眉を見たら心配してくれてることがすぐに分かった。

「いけるか」
「いける。あんたは前だけ見てて。……とっくに見てるだろうけど、一応」
「ふ、言うようになったな?」
「まーな。ずっとあんたといたから」

くしゃくしゃとおれの頭を撫でて、ローは甲板の中央に移動した。辺りを見渡すと既に船員が集まっていた。ドレスローザでの行動班を振り分けるらしい。

「ウマ男あんた顔色悪いわよ?大丈夫?」
「あァ…元々。気にすんな」

航海士が心配そうに声をかけてきたのにひらひらと手を振った。トナカイもロビンも遠目にこちらを気にしている。同盟相手の前であんだけパニクっちまったのはどう考えたって失敗だった。目線に耐えきれず、さっさとローの背後に隠れた。お節介なここの連中は隙あらばこちらを気遣ってきて、居心地悪いことこの上ない。…いや、お節介でいえばハートの海賊団も似たようなもんだったか。ああ、あいつらに会いてえな。

「全員聞け。目的毎に3チームに振り分けるぞ」
ローの声で我に返り、視線をその背中に移す。
「工場破壊兼侍救出チームが麦わら屋、ロロノア屋、ロボ屋、錦えもん。この船の安全確保が黒足屋、ナミ屋、トニー屋にホネ屋…」

ローはてきぱきと一味に指示を出す。全員が文句も言わずすんなり受け入れているのをみるに、この同盟は中々上手く機能しているように思えた。

「最後にシーザー受け渡し班だ。遠方からの援護が得意な奴に任せる。鼻屋にニコ屋……それから、リバー」

くるりとこちらを向いたローと目が合う。任せろ、の意を込めて頷いた。遠方からの援護なんて、空を飛べるおれの面目躍如ってやつだ。

「奴と顔を合わす可能性が高ェ。無理はするな」
「——何言ってんだよ、あんたの方がよっぽど…」

会いたくねェはずだろ、と言いかけて言葉を切った。目ざといサンジあたりはもう感づいてるだろうが、ローとドフラミンゴの因縁は麦わらの一味にわざわざ教えなくてもいい。

「甘えてるわけにいかねェよ。大丈夫」
「──頼んだぞ」

とん、と肩を叩かれて笑みを返す。頼られるのはいつだって嬉しい。この信頼に全力で応えなきゃ、これから先ハートの海賊団を名乗れないだろう。キャプテンに頼られて嬉しくねェクルーなんかウチにはいない。

「まとまったな?んじゃさっさと町へ行こう。錦えもん、変装服はどうなった?」
「そうでござった!ドレスローザは皆この様な衣装になるでござるゆえ、町に溶け込めるようお主ら変身させてしんぜる!」

ロボに問われた錦えもんが見せてきた絵は、裸同然の女と襟シャツの男。途端にサンジが大喜びで歓声をあげる。

「最高じゃねェかドレスローザ!」
「キモ」
「右に同じ!ウソをつけェ!」

おれの率直な感想に同意した航海士に、サンジと錦えもんがもろとも殴り飛ばされる。割と筋の通った奴らなのに、なんでこうも気持ちの悪ィ一面があるんだ?つーか想像してた堅実な侍像がこいつのせいでみるみる崩れていくの、勘弁してくんねぇかな。

「…おい、お前にこいつを渡しておく」
「?ビブルカード?」
「さっき話したゾウという島を指す。おれ達に何かあったらここへ行け」

ローが航海士に手渡したのはベポのビブルカードだった。何かあったらっていうのは、言うまでもなくってやつで。麦わらの一味と違っておれ達の山場は今まさに、この瞬間から始まってる。骨ばった自分の掌を開いては閉じ、神経が通っていることを確認する。良かった。引いていた血の気は戻ってきたみたいだ。そしておれとは逆に、会話を聞いていた長鼻は心底怯えていた顔をますます青ざめさせた。

「おい!何もねェよな!?」
必死な形相で肩を掴まれ、冷ややかな視線を返す。
「何もねェかなんて行ってみねェと分かんねーだろ?お前もそうやってここまで来たんじゃねえの」
おれよりも分厚い身体をしているくせに長鼻はかなりの臆病者だった。からかい半分で言えば、期待通りの表情が返ってきた。
「ウマ男ぉぉ!こえェこと言うなよぉぉ」
「事実だ」
「あ、久しぶりの島に入ったら死んでしまう病が」
「…ははっ、んだそれ」
「──おい、計画を話すぞ。これは仲間の描いた地図だ。見ろ」
「あっ、これベポが?」

ローが広げた地図の右下にべたりと押されたクマの手形を見て心が浮き立つ。歪な線のうねりすら愛おしく、今すぐあの白い毛皮に抱きつければどんなに良いかと思わずにはいられない。

「…会いてぇな……」
「自分の翼でも抱いてろ。ちょっとは紛れる」
笑い混じりに言われて、衝撃半分でローを見返した。
「え、あんたベポの代わりにおれを撫でて気紛らわせてたわけ…?おれ、あいつの代わり?」
「ああ?なワケねェだろ。ベポはもこもこもふもふ、お前はさらさらふわふわ。ジャンルがちげェ」
「…ねえあんた達なんの話してんの?この下手な地図がなに?」

戸惑った様子の航海士が地図を指さし続きを催促し、ローも我に返ったようにおれから目をそらした。さらさらふわふわ。さらさらふわふわだって。そんな風に思ってたのかよ?へー?ふーん。仕方ねえ、もっとブラッシングに力入れるか。

「ウーマー男ー、お前にやけてるけど話聞いてたかぁ?」
「たりめーだろ長鼻。グリーンビットまでのルートも頭に入った」
「器用な耳だなおい…」
「ウチのクルーだぞ。当然だ」
「こっちはすげーどや顔だ…」
「つーか、ロー」

地図に描かれた長い橋を指さす。ドラスローザの海岸からグリーンビットに向かって伸びたそれは海を横断する長さで、歩けば大層な距離になることは明白だった。しかも船では行けない僻地だという。

「おれがシーザー抱えてグリーンビットまで飛ぶってのは?」
割とアリな案だと思ったがローは即時に首を振った。
「いや、何を仕掛けられるか分からねェ以上シーザーはぎりぎりまで手元に置いておきたい。それにお前の体力も温存してェ。あとお前にこんな野郎運ばせんのは嫌だ」
「……う、わ、分かった。絶対乗せねー」

強い力の籠った瞳で見つめられて、ぎこちなく頷いた。嫌だ、だって。ローが時たまこういう表情をするたび、鼓動が急速に速くなる。隣にいたサンジが「真っ赤じゃねェか」と言って耳たぶを引っ張ってきたのでその顔を突っぱねておいた。

「おい誰がデカブツだ!!得体の知れねェ馬に運ばれるなんざこっちから願い下げ、ッ!いてえ!!」

喚くシーザーを蹴っ飛ばしてローは地図を懐にしまった。ドフラミンゴが七武海を辞したという報道もでたし、計画自体はあまりに滞りなく進んでいて妙な胸騒ぎを覚えるくらいだ。だが同時に、ローの悲願達成がすぐ目の前に迫っていることに確かな喜びもあった。
錦えもんがそれぞれの頭に葉っぱを乗せて、全員がドレスローザに溶け込む衣装になる。ローはサングラスと付け髭を装着して殆ど表情が見えなくなってしまった。顔が見えないのは寂しいけど、こいつはなんでも着こなしてしまうので様になってる。

「んじゃ、行くか。おいシーザ……」
「いやいやいや待て待てウマ男!おい錦えもん!なんでウマ男の変装が女もんのカツラなんだ!!ほんでお前はなんで全く違和感ねーんだ!!」
何やら大声で叫び出した長鼻に勢いよく指を指され、錦えもんが頭をかいた。どうやらおれの変装に文句があるらしい。
「いや…似合うと思ったら思いの外しっくり来たでござる…」
「ござるじゃねェよ!!おおい良いのかウマ男!お前今さらさらロングヘアだぞ!」
「別になんでもいい」
「いいんかい!」

胸元まである髪は確かに鬱陶しいが、変装という名目なら最適だろう。試しに髪を耳にかけて長鼻にウインクして見せてみた。至近距離でウインクを浴びた長鼻は「勘弁してくれえ」と叫んで、おれを指さし笑うロロノアの後ろに逃げてしまった。

「前髪がぱっつんな所に妙な癖を感じてやだわ〜めちゃくちゃ似合ってるけど」
「お前のそういうの懐かしいぜ…相変わらず完成度高ェんだよなァ」

航海士とサンジが何とも言い表しがたい表情で見てきたので自分の格好を見下ろした。頭には大きめのキャップ、そして黒いパーカーにスキニーパンツ。さっきから騒がしいホネ曰く「麗しいギャル」に見事変装できているらしい。ドレスローザらしいかと問われれば微妙な気もするけど。

「ナミさんとロビンちゃんと並んでてもまあまあ違和感ねェな…お前ほんとなんなんだ」
「知らねえよ」
「うーむ、己のセンスが恐ろしいでござる」

そんなことよりとっとと船降りてェんだけど。麦わらなんかもういなくなってるし。場を離れようとしたが、いつの間にか隣に立っていたロビンが、妙にうわついた様子で顔を覗き込んできた。

「……何?」
「リバー君。嫌ではないのよね?」
「あァ、服とかどうでもいいから」
「なら言わせて。とても可愛いわ」
「え?はァ…」
「ほーんと、こんな状況じゃなかったら一緒にショッピングでも行きたいくらいよ!」
「なんだそりゃ…」
航海士とロビンに両脇を挟まれ、メイクしたいだとか髪を結んでみたいだとか矢継ぎ早に言われて懐かしきカマバッカを思い出した。勢いならこの2人もあそこの連中に負けてない。
「くっ…!リバーてめェ両手に花かこんちくしょう!!」
「ぱっと見じゃ全員花ですよサンジさん」

麦わらの一味は一度騒ぎ出すと止まらないらしい。おれは妙な騒ぎになり始めた輪を抜け出し、心底逃げ出したそうにしていたシーザーの首根っこを掴んでローの傍に近寄った。早いとこ町に行って状況を確認した方がいい。王が突然退位したんだから相当混乱しているはずだ。

「ロー、行こうぜ。こいつを引き渡す時間まで町を見とかねェと」
「——あァ」
「…?どうした」

船を降りようと踏み出したローが不自然な間を置いて立ち止まったのでつられて足を止める。後ろのシーザーが勢いよくぶつかってきて「急に止まんな!」と叫んできたが無視。目を合わせ立ち尽くしているとおもむろに伸びてきたローの手が頬を撫で、胸元まであるウィッグの束を指に拾った。

「お前の髪が見えねェのは気に入らねェが、似合ってる。“カワイイ”、な?」
「……………え」

悪戯に笑っておれと目を合わせてから、ローはウィッグから手を離して颯爽と踵を返した。思考が火花を散らして動きを止める。ド級の衝撃に耐えるおれを、痺れを切らしたシーザーがせっついた。

「なんなんだてめェら!どういう関係だ!興味はねェが!」
「ろろ、ロー、何どういう事。こういう女がタイプなわけ?」

“カワイイ”なんて言葉で女を形容するローを見たことが無い。少なくともおれが知る限りでは。どうしよう、いつかこんな格好した女が現れてローがそいつの髪撫でながら“カワイイ”なんて言い出したら。おれはどうなっちまうんだろう。別に誰に何を言おうがローの勝手だけど、もしかしたら、いや絶対どん底まで落ちる気がする。

自分でも訳の分からないまま必死に腕を掴み引き寄せると、ローはさらりと振り返って楽し気に笑みを浮かべた。

「馬鹿。お前だから良いだけだ」

横顔がまた前を向く。お前だから。おれ、だから?

「…わ……ちょ…わわ…きゃー!」
「きゃーじゃねェだろ一角天馬おめェキャラ変わってんぞ!っいて、いてェ!飛び跳ねるなァ!」

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