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ロー、ロビン、長鼻、そしてシーザーと共に足を踏み入れたドレスローザは、一言で言ってしまえば妙な国だった。何が妙かって、まァ道行く人間は至って普通。ただその隣を平然と歩く連中がどう見たって“人形”にしか見えない。

母親、子供、そして犬の人形。踊り子と演奏者、そして太鼓を叩く猿の人形。石づくりの街並みとそこらに咲く花、それに料理の香りも相まって、一時の幻想の中にいる錯覚に襲われる。ロビンの足元を子供に連れられた猫の人形が通り過ぎていくのを胡乱な目で追いかけて、おれはため息を吐いた。

「気味悪ィな」
「まるでおもちゃの国ね」
「遊んだことねーから分かんねぇけど、あんな風に動く人形っていんの?」
「ゼンマイ仕掛けなら分かるけど…あれじゃ生き物だわ。どういう仕組みなのかしら」
「おっと、お姉さん達美人だねェ!どう、踊ってかない?」
「ごめんなさいね、先を急いでるから……」
「おれ男」
「エッ!?男!?」

陽気を絵に描いたような髭面の男は、激しい音楽に乗せて踊る女達の商売仲間か何かだろう。“愛と情熱の国”なんてもっともらしい名で呼ばれているらしいが、その王があのドフラミンゴだったってだけで空虚な風景に見える。ただおれが今までに行った島のどこよりも人が多くて活気があることは事実だった。そう、王が退位したばっかりだってのに、だ。
前を歩いていたローに小走りで追いつき、服を軽く引っ張った。長身が身体をかがめてくれたのでその耳に顔を寄せる。

「なあ、どっか店にでも入ろうぜ。どう見たっておかしい」
「お前もそう思うか」

ローは小声でやり取りをしながら、人混みに紛れないよう距離を詰めてきた。おかしな距離感で歩くおれ達に 「そこのお2人!お熱いねェ!」とどこかの屋台から野次が飛んでくる。ローと2人して無視しつつ揃って首を傾げる。やっぱりおかしいだろ、この明るさは。

「王が降りたってのに落ち着きすぎだろ…いやうるせェんだけど、それが逆に変」
「同感だ。くそ……どうなってやがる」
「お、おおい、お前ら何こそこそ喋ってんだよお。どうすんだこっから?」
「あー、とりあえずどっか店に入ろうぜ。まだ時間に余裕あるし」

長鼻の不安げな声を受けて、約束の場所に近いドレスローザ北東のカフェに腰を落ち着けることにした。

店外の丸テーブルをシーザーを含めた5人で囲み思い思いに注文をする。地図にあったグリーンビットまで伸びる長い橋がすぐそこに見えた。橋の入口には“KEEP OUT”やらドクロマークやらが記された看板が立っていて、正直言っちまえば近寄りたくはない雰囲気。

「なぁ、この橋の先のグリーンビットってどんなとこ?行きてェんだけど」
アイスコーヒーを受け取りながら強面の店員に尋ねると怪訝な表情が返ってきた。
「グリーンビットにかい?あまり勧められねェなァ……研究員か探検家かい?嬢ちゃん達。命かけて行くほどの用がねェんならやめた方がいい」
「あの橋は随分頑丈そうに見えるけど、何か訳が?」
ロビンが尋ねたのに、店員はゆっくりと首肯した。
「確かに鉄橋だよ。あのグリーンビットの周りには“闘魚”が棲みついててねェ……そいつらが現れるまでは人の往来もあったらしいが、200年も前の話らしい」
「シュ、シュロロ……主人、とうぎょとは?」

すっかり怖気付いたシーザーに答えた主人曰く“闘魚”とはツノがある凶暴な魚らしい。船で近づけばまず転覆間違いなしというそいつらが、あの橋を渡ろうとすれば襲ってくると。だから“KEEP OUT”だし、鉄橋なのか。ポーラータングでの航海の途中に、船窓から何度か海王類を見た。故郷にいたころは生きた海王類なんか見たことが無かったからその迫力に随分驚いたが、あれに角が生えて更に襲ってくるなんてどんだけ危険な海域に国が建ってるんだ。

「橋がどうなってるかは…行った奴しか知らねェし、帰ってきた奴も知らねェし…」
「はあ!?おいちょっと…!」

不穏な言葉を残して店員は去っていった。なるほどな、つまりあの橋の向こうは前人未踏の地ってわけか。これ以上ない取引場所だ。納得して居住まいを正したおれとローとロビンと違って途端に慌てだしたのは、やはりシーザーと長鼻だった。

「おいトラ男!引渡し場所を変えろ!」
「そうだぞ引き渡される身にもなれ!」

往生際の悪ィ連中だ。騒ぎ始めた2人がローに突っかかりはじめたので、頬杖をついてテーブルに身を乗り出しシーザーを指さした。

「変える必要はねェ。最悪おれが全員乗せてグリーンビットまで飛ぶ。そんで高度100メートルからてめェだけ落として取引完了」
「殺す気か!!おれは大切な交渉材料だろうが丁重に扱え!」
「リバーに乗んのは最終手段だ。嫌でも目立つからな」
「それもそうね…」

両隣のローとロビンに視線を向けられ、手持ち無沙汰にアイスコーヒーに口をつけた。まあ、わざわざあんな島の外れを取引場所に指定してんのに真っ黒い馬が空をバサバサ飛んで向かえば目立って仕方ないだろう。

「えええ~もうウマ男に乗ってこうぜ~」
「口を慎め鼻屋…こいつは都合の良い乗りもんじゃねェぞ」
「すんまっせん!!」
「ここまできてガタガタ騒ぐな。それよりおれが心配してんのはこの国の状況だ。王が突然辞めたのに何だこの平穏な町は…早くも完全に想定外だ…!」
「大丈夫かよ!!」

長鼻と問答をしながらローは大きく舌打ちをして街を見渡した。活気に満ちた人の姿には確かに焦燥を覚える。

「…大丈夫じゃねぇけど、おかげで心積りはできたよな?何が起こるか分かんねぇっていうさ」

笑いながら言えばローは少し驚いた様子でおれを見た。麦わらの船では情けない姿をたくさん見せてしまったから心配させていただろう。色の濃いサングラス越しにしか見えないその目を、少しでも安心させたくて覗き込む。

「なんとかなるよ」

我ながら、生まれてこの方口にしたことが無い、なんの展望も根拠も無い言葉だった。あるのは、ただ目の前の男の気持ちを少しでも上向かせたい一心だけ。空虚な励ましを、しかしローは微笑んで受け取ってくれた。とってつけた形のつけ髭が笑みに合わせて動く。

「馬鹿……誰に言ってやがる」
「びびってるおれのキャプテンに?」
「は、生意気な部下だ」
「おいおい呑気なこと言ってる場合かよお……」
「……!リバー君、帽子を深く被って」
「え、何?」
「…っリバー、目ェ伏せろ」

突然切羽詰まった声を出したロビンを疑問に思う間も無く、ローがおれのキャップを勢いよく下げた。その上から大きな手のひらに覆われて視界が一気に暗くなる。

「っ、ロー?」
「…そのままじっとしてろ」
「ん?お前らどうしたんだ?」

呑気な長鼻に、ロビンが口に人差し指を立ててジェスチャーを送る。続けざまにシーザーの「うげ!」といううめき声が聞こえてきた。

「CP-0……!何しにここへ…?」

キャップの下から伺い見ると、ローが人混みを見つめ不審そうにその名を言った。サイファーポール、といえば世界政府の諜報機関のはずだ。
胸がひんやりと冷えていく。そうか。あいつらの上には天竜人がいる。ロビンはもちろん、おれからしても出来れば会いたくねェ連中だ。

膝の上に置いた手が冷たくなっていくのをどこか遠くで感じていると、上からローの手が覆いかぶさってきた。大きな手のひらに強く握りこまれて身体の緊張がほどけていく。テコでも離れないように白く力の籠ったその甲に彫られたマークは、ハートの海賊団のことを思い出させてくれた。

ありがとう、ごめん。いつだっておれを見てくれるローに心で詫びて、優しい手の感触を噛み締めた。

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