藤虎は淡々とそう言って刀を振り仰いだ。攻撃が始まると思い翼を構えたが、それは鞘から抜かれることなくそのまま振り下ろされる。
「……なんだ?あいつの能力は確か──」
「…ウソだろ…ッリバー!上だ!」
「はっ?」
隣に立っていたローがおれの翼の根元を掴み、力いっぱい引き寄せた。勢いでローの足元にしゃがみ込みながら空を見る。さっきと変わらない青空…に見えたが、雲の割れ目になにやら妙な火球が見えた。
………火球?
「なんっだあれ…!!ローいける!?おれ分かんねえ!」
「さァな、斬ったことねェよあんなもん…!」
「だよな…つーか、まじで隕石…!?」
隕石としか言いようが無い、空から降ってくる巨大な火の玉。さっきおれを落っことしたみたいに、宇宙からアレを落っことしたってのか?冗談も大概にしろよどうなってんだこの海は!
「いくぞリバー!やるしかねェ…!」
「ああうん、そうだな、そうだよなやるしかねえ大丈夫…あんたのことは絶対守る」
「まずは自分の身を守れ馬鹿……“ROOM”!!」
隕石落下の前触れか辺りに熱風が吹きすさぶ。肌が熱い。ローが大きく“ROOM”を広げ間近に迫ってきた隕石を包み込むのを息を吐きながら見上げた。あの青白い膜を見ると、本当にほっとする。あの中はもうあいつの独壇場だ。
おれは天馬へと姿を変え、ローの頭上へ飛び上がった。勢いよく刀身を現した鬼哭が振りかざされ斬撃が空を走る。扇状に伸びたそれは隕石のど真ん中を突き抜け、真っ二つに切り崩した。
おれのキャプテン、隕石まで斬れちゃうわけ?どこまでかっこよけりゃ気が済むんだよ。見事な隕石斬りをやってのけたローを目掛け、半分に割れた隕石が迫る。その光景に舌打ちが漏れた。
「ローに近づいてんじゃねェよ…!!」
翼を最大限に伸ばして前に躍り出る。ごうごうと燃える岩肌にビビってる暇なんか無かった。1メートルでも1センチでも、とにかくローから離さなきゃなんねぇ。重力の圧に負けないよう武装色で覆った翼を思い切り振りかざす。生み出した暴風は隕石の割れ目に風を巻き起こして、軌道を大きく逸らさせた。やればできるじゃん、おれ。火事場の馬鹿力、つーか馬力?
左右にバラバラに分かれた火球が爆音と共にグリーンビットの海岸に落下する。おれは急いで着地してローを胸元に押し付け翼で包み込み、迫ってくる衝撃波から守った。
「おいリバー…!」
「大丈夫、案外大したことねえ!」
まあ大したことねぇ訳ねえんだけど、それはおれもローも百も承知だ。熱波を受けて翼がざわざわと揺れる。囲い込んだその中でローが心配そうに頬を撫でてきたので、耳をペロリと舐めて返した。馬の鼻って長ェからこういう時便利かも。
やがて衝撃が弱まったのでローを胸元の毛皮で守りつつ辺りの様子を見ると、隕石は辺りの地面を抉り取って落下したようだった。おれとローの周りの足場を残して、さっきまであった地面が断崖絶壁に変わり果てている。
そして当たり前だが、藤虎とドフラミンゴの足場も無傷のままそこにあった。隕石で吹っ飛んじまえば良かったのに。海岸に現れた巨大な空洞には細い柱状の足場が確かに3つ残っている。
翼をゆっくりと広げると胸元に埋もれていたローが「ぷはっ」と息を吐きながら出てきた。帽子に羽根を何枚か乗せたその体を囲うように傍らに立って、平然と立つ連中を睥睨する。さすがのドフラミンゴもこの事態は予想外だったらしく、その額に青筋が浮かんでいた。
「元帥の教育はどうなってんだ!野良犬がァ!!」
「…くそ、あの野郎目が見えるかどうかの次元じゃねェな」
「へえ、どうもほんの…腕試しで」
腕試しであんなもん落とす奴があるかよ…ローが斬ってくれなきゃお陀仏だった。シーザーと他の海兵はいつの間に逃げていたのか、空洞の外側であんぐりと口を開けておれ達を見ていた。
嫌になるほど規格外の能力だ。これだけ力が強けりゃ何か大きな弱点がありそうなもんだが、大将に抜擢される程の実力者ならそれも易々とは望めないだろう。またいつ隕石が降ってきてもおかしくない。
どうする?藤虎はローを狙いにくる。ドフラミンゴにシーザーを連れ帰らせるわけにも行かない。海軍大将に七武海。2人いっぺんに相手にするのは勘弁だが、タイマンならまだ時間稼ぎ程度にはなるか?
「…ロー。おれが藤虎を抑える」
「頼む。連中をドレスローザに持ち込むのは避けてェ」
「後はシーザーの野郎か。そっちもまァ任せろ」
「ふ、随分強気だな」
「口だけに決まってんだろ?自分が大して強くねェのなんて知ってる。でも、あんたのためならやれる。やるしかねェから」
「……あァ」
ローはおれの頬を珍しく荒い手つきで撫でた。いつもなら毛並みに沿って優しく撫でてくれるのに。それだけ、今この状況が読んで字のごとく崖っぷちだってことだ。
天馬の姿を解いて小回りの利く人獣型になると、ローがいつもの位置に戻ったおれの顔を覗き込んできた。頬を包む大きな手の平にひっそりと唇を寄せる。ちょっとの充電くらい、良いよな?
「──……リバー、死ぬなよ」
「分かってる」
薄っぺらな返事をしてから視線を断ち切って、地面を蹴り上げた。これ以上ローの顔を見てたら「全部置いて2人で逃げよう」とかなんとか、とにかく失望されそうなことしか言えない気がした。
足場を飛び越え、藤虎の元へ一直線に向かう。あの重力、それほど広い範囲に使えるわけでは無いように見える。つまり避けりゃあ良いってことだ。
「…おや、あんたさんが来ますか。どうぞ手加減は抜きってェことで」
「いらねェよそんなもん…生きるか死ぬかだろ?」
「いいえ、生きて監獄に送りまさァ…」
大将と対峙するのは青雉以来か。あの時は迫力に気圧されて歯向かう選択肢なんかなかった。でも今は違う。適わなくたって良い、とにかく歯向かって歯向かって、少しでも時間を稼いでやる。
翼を武装色で覆って真っ先に首元を狙う。体勢を崩せりゃ上等、ついでに死んでくれたら最高だ。
「その飛行能力は素晴らしいですが、あっしの能力と相性が悪すぎやしませんかねェ」
「……!!」
ズン、とのしかかってきた重力に押され藤虎のいる足場に倒れ伏す。避けようにも軌道が見えないんじゃそう上手くもいかねェか。まあいい、想定内だ。
「はっ、ただ空を飛べるだと思われてんなら心外だな…!」
地割れする程の重力で押さえつけられながら、翼を思いきり伸ばして藤虎の足元を払い落とした。翼が伸びるなんて想定外だったんだろう。藤虎がよろめいた反動で身体にかかっていた重力が外れる。その隙にすかさず飛び立ち、角をぶっ刺してやろうと武装色の範囲をさらに広げた。
視界の端に、高笑いするドフラミンゴと険しい表情で“ROOM”を広げるローが見える。ドフラミンゴはシーザーをかっさらう気は無さそうだ。きっとローが野郎の心臓を持ってると勘違いしてるんだろう。
隙を見て、シーザーをサニー号に連れていかなきゃならない。到底隙なんか見せてくれなさそうな相手に飛びかかり、角を勢いよく伸ばす。
「…やれやれ、とんだお転婆なお馬さんで…いや、この手は人間かい?人獣型ってやつかねェ…一目見てみたいもんだ」
「地獄に落ちたら会えるぜ?おれみたいなのがうじゃうじゃいるらしいから」
「あァ成程、悪魔…」
角を刀で弾かれたので身体を大きく捩じって翼を旋回させた。藤虎の太い首元目掛けて硬化させたその先端を振り下ろす。しかし、すんでのところでかざされた刀にまたしても動きを阻まれた。
「しかしえらく美しいと評判ですよあんたさんは…あっしの耳にまで入ってくるたァ相当だ。悪魔なんてもんじゃねェでしょう」
余裕の見え透いた声色に、経験値の差が伺えた。だが守りてェもんへの思いのでかさなら、この海の誰にも負けねえ。足で肩へのしかかって睨みつける。藤虎は、ほう、と感嘆めいた息を漏らした。
「なんて澄んだ殺気だ。あんたさん、今どんな顔してるんだい」
「ローの邪魔する奴ァ死んでも殺すって顔」
「…なるほど。道理でしぶとい訳だ…」
刀に弾かれた右の翼を戻し、即座にもう片方を首元に突きつける。奴の肌をかすめて血が飛んだ瞬間に、さっきの比ではない圧の重力が身体を襲った。翼が地面に押し付けられ、頬が足場にのめり込む。ああ畜生、この化け物じみた能力の前にやっぱ接近戦は不利だ。
だが負けてたまるか。押しつぶされようが翼がもげようが、いずれ状況を打破しなきゃならないのは変わらない。引き攣れそうな腕を無理やり持ち上げ、手のひらを地面に食い込ませる。立て、甘ったれのクソ野郎。立ってあのムカつく海兵をぶん殴れ……!
「………おまえらが…ッドフラミンゴに尻尾振ってるせいで…!子供が何人薬漬けになったと思ってんだ…あァ!?」
「……」
「おれには関係ねェ話だがなァ…薄っぺらくて腹立つんだよ…その背中の文字が…!!」
スモーカーの“正義”はあんなにも真っ直ぐに見えたのに。内蔵が圧迫されて口から血が湧き出た。あのヤク中で苦しむ子供たちの姿が自分の中に思いのほか鮮烈に焼き付いていたことに、今気が付いた。睥睨する先で、藤虎は刀の柄を握る力を強めた。かかる重力がさらに重くなる。
「──仰る通りで。七武海なんぞあっしも好きじゃねェ……だがそう言うあんたも海賊でしょう」
藤虎に初めて感情の起伏があったように思えた。見えていないのであろう目が苛立たし気に細まって眉間に皺が寄る。何が琴線に触れたのか知らないが、海賊に妙な権力与えたのはてめェらだろうが。どっちつかずの人間をぶん殴ってやりたいという意思だけで、重力に抗い続けて血の滲む足を無理くり動かし両足でなんとか立ち上がれた。
「…おや。一角天馬ってのァここまで頑丈なもんですか。それなら、まずあちらを狙った方があんたさんには効くでしょうねェ…」
「あ…?──!っロー!!!避けろ!!ッう…!」
あらん限りの声で叫んだ瞬間、更に強い重力がかけられ骨がめきめきと軋む音がする。ああくそ、虫みてェに潰しゃ済むと思いやがって。
ぎりぎり開いた視界の先で、ローが弾かれたようにおれを見る。しかし、飛び上がって避けようとしたローの動きよりもドフラミンゴが糸で身体を拘束する方が早かった。
「…ぐ…ッ」
「ロー…!」
ローが重力に押され地面に跪き、おれにかけられていた能力が解ける。すぐさま飛んで駆けつけようとしたが、ドフラミンゴとの戦いで既に傷ついていたローが血を流しながらも強い眼差しでこちらを見てきた。反射で翼が止まる。何か、伝えようとしてる?
今、おれにできること……。
「…!!」
藤虎が意識をローに移した隙に、フードに入れていた電伝虫を手に取った。今にも七武海と大将の2人と相対しそうなローを前に気が焦って、受話器を持つ手が震える。ガチャ、と音がするまでの数秒が無限に思えた。
『もしもしおれだぞ!誰だ!?おれ達今大ピンチなんだ助けてくれ~!』
出たかと思えばあっちも何やら緊急事態らしい。だが構ってる暇はない。
「トナカイ!時間がねェ手短に話す!」
『ウマ男〜〜〜!!』
『えっ!?ウマ男!?助けてー!こっちは今…』
「航海士か!?悪ィ…シーザーをお前らんとこに連れてく!船をグリーンビットに近づけろ!」
『は、はあ!?あいつは引き渡したんじゃ…』
「できるだけ早く飛んで行く。行ったら助けてやれるかもしんねェけど期待はするな!」
『ちょ、ちょっとウマ男あんたねえ───』
航海士が何やら悲痛な声を上げていたが容赦なく受話器を下ろした。目を潤ませていた電伝虫が一瞬で瞼を下したのを確認してフードに戻した。シーザーは海岸で未だ呆然と戦局を眺めている。どうする?いや、答えなんか決まってる。
こんなとこにローを1人置いてはいけない。動くなら2人一緒にだ。
今まさにめり込む程地面に押さえつけられているローの姿。噛み締めた歯からぎりりと音が鳴る。辺りに渦を巻き起こしながら翼を大きく広げた。
「てめェら…おれの前で!ローに手ェ出してんじゃねェ!!」
全速力で飛翔して、翼を360度旋回する。武装色を纏わせ刃さながらになったそれを藤虎目掛けて振り下ろした。分厚い海軍の隊服が引き裂かれ血が吹き出る。ああ、やっとお前に傷をつけれたよクソ大将。重力から解放されたローを背に、飛沫を散らしながら地面に着地する。
「…こいつァ手厳しい」
「フッフ…フッフッフ……!!大将がこんなガキに一杯食わされやがって…!情けねえったらありゃしねェ…!」
ドフラミンゴは鋭く尖った三日月のように歯を見せて、おれに笑みを向けた。全身が粟立つ。咳き込むローを後ろ手に庇い、翼を盾のように広げてその姿をドフラミンゴから隠した。
「なァおれと少し話をしようじゃないかチェンバーズ…」
「はっ、お前と話すよりその辺の石ころと話してた方が有意義だろうな」
自分の声なのに他人が話しているみたいに聞こえた。嫌悪感。そして、胸の奥底で叫ぶ恐怖。この男が怖いんじゃない。おれは、おれが怖いのは。
「…なに、大したことじゃねェさ。お前の話だ。お前が一番嫌いな、お前自身の話だ──……」