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できるだけ目立たないよう獣型から人獣型になって、グリーンビットを飛び立ってドレスローザへと向かった。角と翼の生えた人間がバサバサ飛んでれば目につきかねないと思ったが、肌を撫ぜる生ぬるい風を浴びながら下を見て考えを改めた。

「…誰も空なんか見てねェな」

外にいる連中はどいつもこいつも大会の中継に熱中していた。できる限り雲の上を飛び、円形の巨大な建物が見えた辺りで降下する。思った通りそこがコロシアムだったらしく、周辺のドレスローザ市民も野外に設置された中継モニターに夢中な様子だった。そしてサンジが言っていた通り周囲にはコロシアムの中の犯罪者を捕らえるべく海軍が大勢待機している。

海兵の死角となる石造りの建物の屋根に飛び降り、人影の中からロロノアを探した。まずコロシアムで何の大会が行われてるのか、麦わらがどういう状況なのか、工場破壊の進捗等々……把握できていない事が多すぎる。麦わらを連れ出すにしてもまず奴が何の目的であの中に入ったかが重要だ。あの野郎、作戦を放り出してまで参加してるんだ。何が訳があるに違いねえ。

「……いた、ロロノア……隣は錦えもんか」

閉ざされたコロシアムの入口の目の前で変装したロロノアと錦えもんが立ち尽くしていた。あ、つーか変装用のカツラもキャップも全部捨ててきちまった。このままノコノコ出ていくのは流石にまずい。

咄嗟に腕につけていたヘアゴムで後ろ髪を全てまとめ、高い位置で一つにくくった。白いゴムはパンクハザードでローがくれたものだ。あーくそ、ローがいたら本当のポニーテールだなとか言って笑ってくれんのに。
降り立った民家のテラスにあったガーデンテーブルにサングラスが置いてあったので有難く頂戴し、視界が暗くなるのはごめんなので額にかける。大した変装じゃないが無いよりはマシだろう。

路地に飛び降りて、着地と同時に角と翼をしまった。コロシアムで行われているらしい試合の中継に湧く民衆と海軍の間を抜け、ロロノアと錦えもんの元へ走った。気配を感じたのか、声をかけるよりも前にロロノアがこちらを振り向いて目を丸くした。

「その派手なツラは…リバーか!?お前それで変装したつもりか?一番目立つとこ丸出しだぞ」
「あ?てめェも緑頭丸出しじゃねえか」

呆れた表情で覗き込まれて、負けじと睨み返した。一番特徴的な部分隠してない奴に言われたくねえ。

「リバー殿!交渉が決裂したとは真でござるか!」
「あァ…今、ローが1人でドフラミンゴを相手取ってる。とっとと工場破壊して助けに戻りてェ。状況を教えてくれ…麦わらはこん中か?中で何が起こってる」

ロロノアと錦えもんの間に入り、鉄格子で閉ざされたコロシアムを指さした。

「武闘大会だ。優勝賞品がメラメラの実らしい。ったく、あいつこんなのに参加すんならおれを誘えっつーんだよ」
「メラメラ…って、ああ火拳のエースの?そうか、それで麦わらは……」

合点がいった。麦わらとその兄のことは、カマバッカでサンジに聞かされた話だ。なるほどドフラミンゴはつくづく用意周到らしい。麦わらをここに閉じ込めるためにそんな面倒臭い真似を。だがそれだけ奴が麦わらを警戒してるってことだ。やっぱりあいつには出てきてもらわねェと。

「工場は今誰が向かってる?」
「フランキー達が今小人と話進めてるとこだ」
「…は?何…こびと?」
「ああ。おれの刀を盗みやがってな。こんなちっせェんだ」

ロロノアが大真面目な顔をしておれの目の前に小さく指を広げたので、思わず頭を抱えてしまう。なんなんだおい、動くオモチャの次は小人?おれの知る世界は狭く、この海は広い。分かっちゃいたがここまでとは。

「……あーわけ分かんねえけど、なんにせよ計画が進んでんならなんでも良い。おい、このコロシアム空からなら入れるよな?」
「ぬ!?と、飛んで入る気か!?待つでござる!そんな目立つ真似をすればとっ捕まるのが関の山。それで良ければこんな鉄ごときとっくに切りふせている!」
「さっき中にいたトサカ頭の男に、ルフィを呼んでくるよう伝えた。妙に従順だったから真っ直ぐ連れてくると思うんだが…」
「──……従順、ねェ…」

どうする、先に工場の方に加勢しに行くか?いや、麦わらを連れ出せる可能性があるならそっちに賭けるべきだ。──…こうしてる間にも、ローがたった1人だってのに?藤虎だってもう戦闘に復帰してるかもしれない。そうなりゃ2対1だ。……くそ、駄目だ思考がまとまらない。どうする、どうする?

「……おい、落ち着け。深呼吸しろ」
「あ…?あァ…」

無意識にふらついていたらしい身体をロロノアの手が支えた。肩を掴まれて我に返り、つけ髭姿の男を緩慢に見上げた。色の濃いサングラス越しに凪いだ瞳にひたと見据えられて徐々に呼吸が落ち着いていく。

「…リバー。グリーンビットで何があった?その怪我ドフラミンゴか?」

近づいたことでパーカーの首元から覗く肌が見えたらしい。赤黒く走る何本もの傷跡を眉を顰めて眺めながらロロノアが問いかけてきた。ドフラミンゴの糸を引きちぎった痕だ。

「…大したことねェ。海軍大将も相手取んなきゃいけなくて、おれが弱かっただけ。沈めてやったけどあんくらいすぐ切り抜けて来やがるはずだ」
「大将だと?…お前よくここまで来たなァおい」
「とんだ大事になってきたでござるな…」
「……つーかお前らはここで麦わらに何の話するつもり?」
「海軍に囲まれてるこの状況の話だ。あいつが一番なんも知らねェからな」
「ルフィ殿が来たら全員と電伝虫を繋ぐようサンジ殿に言付かっておる」

錦えもんが手のひらに乗せた電伝虫を見せてきた。なるほど情報共有。悪くねえしむしろするべきだと思うが、後数十秒して麦わらが来なかったらこいつら置いてコロシアムの屋根から侵入しよう。止められようが知ったこっちゃねェ。しかし、そう決心した傍からコロシアムの窓から聞き覚えのある声が聞こえてきた。

「あーっゾロ~~~!キンえもーん!それに……ウマ男か!?お前なんでここに!」
「ルフィ!声がでけェよバカ!」
「麦わら……!!」

鉄格子の向こう側から明るい笑顔が覗く。妙な兜に白い口髭をつけて、つい先程まで大会に出ていたからか少し高揚した様子でもあった。そして麦わらが合流したので、錦えもんが電伝虫の受話器を持ち上げた。これで麦わらの一味と会話が繋がる。
おれはロロノアが話し出すより早く、コロシアムに歩み寄り麦わらに向かって口を開いた。

「麦わら!ドフラミンゴは七武海をやめてなかった!交渉は決裂だ…とっととそこを出て工場破壊に回ってくれ!」
「え?そりゃほんとか!?トラ男はどうした?」
「ローは今1人でドフラミンゴを相手にしてる。時間を稼いでるんだ…頼む麦わら、出てきてくれ。……ずっと分かってた。おれ1人じゃ駄目なんだ。おれだけじゃローを…」

他船の人間にこんな風に懇願する事になるなんて思ってもみなかった。でも、自分の力を慢心するつもりはない。こいつの力を借りないと状況は動かない。そんくらい分かってる。必死に詰め寄れば、麦わらも幾分か真剣な顔つきになった。

「ウマ男………あァ、分かった。ただ悪ィ、おれこっからどう出たら良いのか──」
「あ?その柵は?……まさか…」

せり出た段差に飛び上がり、麦わらとの間をへだてた柵に触れる。途端、身体中の力が抜けて地面に膝を着いた。相も変わらず嫌な感覚だ。思わず舌打ちをすると同時に、後ろからロロノアの驚いた声がする。

「おいどうした!?」
「……海楼石。あーもう目立とうが知るか…!麦わらそこで待ってろ。おれが空から突っ込んで…」
「おいおい待て待て…!」
「ッ離せロロノア!」
『ルフィ!!聞こえるかこちらサンジ!』
『こちらウソッープ!!』

錦えもんがかけた電伝虫に麦わらの一味が応答したらしく、電話口から賑やかな声が聞こえてきた。おれはと言えば、翼を出そうとした所をロロノアに後ろから羽交い締めにされてそれどころじゃない。まじでビクともしねぇんだけど、こいつの筋肉どうなってんだよ。

『こちらフランキーだが…今ウソップとロビンが一緒だ。おれ達は今この国の反ドフラミンゴ体制、リク王軍と一緒にいる』
「軍隊!?」
『小人のな』
「小人!?」
『ルフィ、おれ達コロシアムの前で妙な兵隊に会ったよな?』
「うん、小人って!?」
『あいつはこの軍の隊長だった!まさに今日ドフラミンゴを倒そうってんだ!』

……ドフラミンゴを?そんな事を企てる勢力があるなら利用しない手は無い。戦力が多けりゃ分散して事に当たれる。おれとローは工場破壊だけで終わるわけにはいかねェんだから。暴れるのをやめたおれをロロノアが訝しげに覗き込んできたので、胸元に回された腕を振りほどいた。小人に興味津々だった麦わらが何か思い出したように「あっ!」と叫ぶ。

「それだオモチャの兵隊!レベッカが止めたがってたのそいつだ!おいフランキー、その軍隊止めろ!」
『アホ言え!おれが言いてェのはその逆だ!』

離れている間にどいつもこいつも妙な事態に巻き込まれていたらしい。知らない単語があちこちからポロポロ出てくる。ロボは妙に感極まった声色で、“オモチャの兵隊”と“小人”達の打倒ドフラミンゴに賭ける熱い決意を語って聞かせた。曰く、オモチャ達は元々人間で、ドフラミンゴの配下の能力のせいで家族の記憶からも消えてしまっている。そして、小人達はドフラミンゴに同族を500人も連れ去られた。

正直なとこその因果自体に興味はないが、両方とも動機は十分って訳だ。ローの悲願が叶うための、動機。動くオモチャはこの目でみたからまだしも小人っつーのがイマイチぴんとこねえけど。おれは錦えもんの元へ歩み寄り、電伝虫に向かって口を開いた。

「おい…そいつらに工場破壊の意思はあんのか?」
『おお、その声ウマ男か!?もちろんだ。工場にこいつらの仲間が囚われてるらしい!全員助けてからぶっ壊してやるよ!』

一体何があったのかは知らないがロボはその反ドフラミンゴ体制リク王軍にかなり肩入れしているようだった。電伝虫越しにも熱意が伝わってくる。つーか、泣いてねえ?麦わらもロボに感化されたのか、珍しく真剣な表情で聞き入っていた。

『ルフィ…!お前が何と言おうとおれはやるぞ!一見楽しげなこの国には深い深い闇があった!ウス汚く巨大な敵に挑むこの勇敢なるちっぽけな軍隊を、おれは見殺しにはできねェ!!』

揺るぎのない、混じりっけの無い声だ。仲間のそんな声を聞いた麦わらは案の定決意の籠った顔つきになった。

オモチャがどうとか小人がどうとかおれ達には関係の無い話だが、こちら側の戦力が増えるなら万々歳だ。この国の地理を知り尽くした頭数が出来るのも有難い。

「フランキー!!好きに暴れろ!おれ達もすぐに行く!!」
『アウッ!すまねェ!』
「よし、ウマ男!空からこの建物ん中入れるか!?今すぐ出てェ!」
「分かった。そこで待ってろ、すぐ───」


背中から翼を出した、その瞬間だった。突然何かが叩きつけられる音が辺りに響いて、衝撃で建物が何棟も崩れ落ちた。土煙が立ち込めて、いくつもの悲鳴が辺りに響く。

「何だ!?」
「おい、ありゃ…!!」

背後で麦わらとロロノアの驚く声がする。自分の息が酷く冷たくなったのが分かった。大好きな香りがした気がする。見たくない、見たくない。でも。

油の切れた機械みたいに、硬い動きで振り返った。徐々に砂塵が薄れていく。地面に倒れ伏した、その影は。



「…………ロー」



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