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「嫌だ…ローをどこに連れてく、気だ……ロロノア頼む、ローを…」
「お前は動くな!死ぬぞ!!」

脇腹を貫通した弾丸はリバーから確実に生気を奪い取っていく。だというのに、彼はとてつもない力でゾロの腕を掴み必死に懇願してきた。灰色の瞳が次第に輝きを失ってもなお、全ての力をゾロに託して、ローを助けてくれと。

よろめくその身体を支えながら、ゾロは唇を噛み締めてリバーの視線を振り切った。悪いがそう簡単に望みを叶えてやれそうにない。ドフラミンゴと藤虎は今や宙に浮いて手が届かない位置にいる。かたや浮遊させた岩に乗って、かたやどういう理屈で浮いているのかも分からない。

「ロー殿!ロー殿ォ!息はあるのか!返事をなされい!」
「フッフッフ…!話は王宮でだ藤トラ!おれに協力すりゃ小僧共の首はくれてやる」
「…話は聞きやすが天夜叉のォ…判断はそれからで」
「てめぇらァ…ローを離せ……!!」
「はっ、随分粋がるな役立たずが。飛べねえペガサスなんざ型落ちも良いとこだぜ…」

ドフラミンゴがにたりと笑みを深め、こちらを見下ろしてきた。──正しくは、ゾロと錦えもんの間で荒い呼吸を繰り返すリバーだけを見ている。その視線を遮るようにゾロはじりりと位置を変えてリバーを隠した。無性に嫌な予感がする。

「まァそう心配するな…お前もついてくりゃ良いだけの話だ。必ず高値をつけてやるさ」
「……ぐあッ…!!」
「さァ来い…暴れると大事な体に余計な傷がつくぜ…」
「!?なんだァ!おい…ッ」

ドフラミンゴが右手を掲げる。すると、リバーの身体が不自然に宙へ持ち上げられた。腕の関節と翼が不自然な形に吊りあがって、まるで操り人形のようにゾロと錦えもんの間をすり抜けていく。手招きするドフラミンゴの元へ運ばれていくリバーから流れた血がぼたぼたと地面に跡を残した。

「リバー殿!」
「クソ、させるか…ッ!!一刀流!厄港鳥!!」
「あァ!?」

もはやただの勘だった。頭上でリバーを操るそれに向かって斬撃を飛ばすと、身体がふつりと解き放たれた。すかさず下に飛び込んで腕にリバーを抱き止める。
ドフラミンゴが苛立たしげに再度手を持ち上げたので、ゾロは錦えもんと咄嗟に顔を合わせ頷きあった。

「ひとまず逃げるぞ!!」
「承知!!」
「……ッ!待、て!おれは置いてけ…!ローが、ロー…ッ!」
「んな身体で二人とも連れてかれてどうする馬鹿!」
「~~~嫌だぁ…!ロー!ロー……ッ」

辺りにいた海軍がゾロ達の正体に気づいて一斉に銃口を向けてきた。どう考えても長居するべきではない。リバーはゾロの肩越しにローに向かって叫び続けている。飛び立とうとしたのか背中の翼が何度か持ち上げられ、やがて力無く垂れ下がった。彼の脇腹から流れる血がゾロの服まで濡らし始めたのでますます焦りがつのる。

『おいマリモ、錦えもん!どうなったんだ!?ローは、リバーは!?』
「すまぬ、ロー殿を連れ去られた…!」
「リバーは死にかけだ!とりあえずこいつだけ連れて逃げる!!」
『なにィ!?おいリバー聞こえっか!返事しろ!』
「…ッ……」

もはや声を出す気力も無くして、ゾロの肩の上にリバーの頭が力無くもたれかかった。伸ばされていた翼が縮み、やがて見えなくなる。さっきまで荒かった呼吸が不気味なほど静かになって、ゾロはその薄い身体を焦る思いで抱きこんだ。

「本格的にまずいぞこいつ…!おい!ルフィ!!」
コロシアムに向かって走り、海楼石の柵越しにルフィに向かって叫ぶ。
「ゾ、ゾロ!トラ男が…!おっおい、ウマ男!!大丈夫か!?」
「こいつァもう飛べねェ!お前は自力で出口探せ!」
「わ、分かった!」
「ゾロ殿はリバー殿を治療できる場所を探してくれ!拙者はここらで逃げ回りながらルフィ殿と合流する!」
「ああ急ごう!トラ男の声もウマ男の声も、まだ消えてねェ!」

頷きあって、ゾロはルフィ達の元を離れた。とにかく医者だ。チョッパーはサニー号にいて、ローは連れ去られた。船医に頼れないなら、そこらの町医者を頼るしかない。海軍の追跡を振り切り、石畳の上を全力疾走しながら建物の看板に目を走らせる。ルフィが“声”は消えていないと言った通りリバーはゾロの腕の中でか細い息を繰り返しているが、時間の問題であることは明白だ。

『ギィヤァ~~!!』
「ああ!?ブルック!?」

リバーのパーカーのフードに入っていた電伝虫から、ブルックの叫び声が響いた。サニー号でまた何かあったらしい。

『ビッグ・マムの!海賊船だァ!!』
『四皇の船が何でこんな所にィ~~~!?』
「───……なんだってんだ、おい…!」

四皇だァ?訳が分からずこんがらがった脳は、しかし目ざとく“DOCTOR“と書かれた建物を見つけた。慌てて脚に急ブレーキをかける。閉ざされたドアを勢いよく開ければ、中にいた初老の男が目を丸くしてこちらを振り向いた。腰に3本の刀を差して、さらに血まみれの人間を抱きかかえた男。大騒ぎになってもおかしくないが、丁度昼の時分だからか他に患者はいなかった。

「すまねェ!何の医者かは知らねェが、こいつを診てやってくれねェか!」
「え、ええ?困るよあんちゃん、予約も無しに」
「頼む…!もう死にかけだ!」
「死にかけ?その子だな…んん…こりゃまずいな」

リバーの顔を見せると男は唸り、その様子を見てカウンターにいた女が慌てて飛び出してきた。
「先生、急患ですか」
「急患も急患だ全く」
どうやらこの男が医者で間違いないらしい。ゾロは懐に入れていたベリーの入った巾着を出して受付に勢いよく置いた。

「大してねェが金なら出す。頼めるか」
「見捨てるわけにもいかん。診察室に運んでくれ」
「恩に着る」

リバーを奥の部屋にあったベッドに横たえると、医者は何やら色々な器具で目やら口やらを調べ始めた。受付にいた女は助手でもあるらしく、手際良く診療の準備を進め出す。

「貴方、この子の服を捲ってくれる?」
「ああ」

言われた通りパーカーを胸元までたくし上げて、ゾロは思わず眉をしかめた。真っ赤に染まった脇腹とドフラミンゴにやられたらしい筋状の傷に加えて、リバーの身体にはいくつもの傷跡が生々しく残っていた。ゾロも人の事を言える身体では無いが、これはなんというか、痛めつけられてできた傷跡ではないのか。

「…随分苦労してきたらしいな。で、何があった?」
「銃で撃たれた。やべェ所は逸れてるように見えたが」
「銃だと?表の騒ぎと関係あるのか?」
「…彼ら、海賊ですよ。手配書を見たことがあるわ。そうよね?」
「──そうだ。悪ィが嫌でも治療はしてもらうぜ」

これだけ至近距離にいれば、気づかれても無理は無い。脅しもやむ得しと腹を括ったが、医者はひらひらと手を振った。

「いらんいらん。診かけたもんを放り出しはせん。確かに内臓は傷ついていなさそうだ、運が良かったな。君はそこの椅子で待っとれ」
「……すまねェな」

どうやらかなり当たりの医者を引いたらしい。自分の強運に感謝しつつ、診察室の椅子に腰掛けた。こちらは一息つけた。次はサニー号だ。ゾロは助手が血に塗れていたリバーの口元を拭うのを眺めながら、電伝虫を取り出した。受話器越しには変わらず喧噪が続いている中、かき消されないよう声を張る。

「おい、どうなった?四皇の船は?」
『ゾロ!ウマ男はどうなった!?あっ、ビッグ・マムはシーザー狙って来たんだってよ!』

真っ先に応対したのはリバーのことを間近で見た分気に揉んでいたらしいルフィだった。

「ガス野郎を?あいつとんだ疫病神じゃねェか……あー、こっちは医者を見つけた。リバーは今治療中だ」
『ほんとか!よかったあ』
『おおうこちらフランキー!おいサンジ!四皇なんてこの国に引っ張ってくんなよ!?国中パニックになって兵隊達の作戦が狂っちまう!!』

どうやらサニー号に残った連中とビッグ・マムは未だ交戦中らしい。砲弾が海に落ちる音や、チョッパーやブルック、ナミの叫び声がこっちにまで聞こえてくる。

『つーかシーザーが何でサニー号にいんだっけ?あっ、ウマ男が交渉決裂したって言ってたな』
「じゃなきゃトラ男もこいつもこんな目にあうかよ…」

顔についた血が拭われ、青白いリバーの顔が顕になった。華やかに輝いていた男が死んだように横たわる姿にゾロの足元がひんやりと冷える。見知った顔が傷ついているのを見るのは、いくら経験しても慣れないものだ。

『リバーにシーザーを次の島へ運べと言われたから乗せてんだ。おいマリモ…リバーは生きてんのか?』
「…ギリギリな」
『──…っサンジ君!私達戻らない方が良いと思う!戻るのが怖くて言うんじゃないの、ルフィ聞いて!』

勢い良く響いたナミの声には固い意思が篭っていた。ルフィもゾロも、何も言わず彼女の声に耳を澄ます。

『ドフラミンゴと奪い合うカードは3つよ。「シーザー」、「SMILE工場」、そしてなぜか「モモの助」。工場はまだ破壊できてないから向こうの物…だけど残り二つのカードはここにいる2人よ!トラ男がドフラミンゴと戦ってたのはこのカードを守るための囮!あのウマ男がトラ男と別れてまでそっちへ行ったのも、最後のカードである工場破壊を進めるため…あのウマ男がよ!?』

ひっそりと瞼を閉じて横たわるリバーの薄い腹の上を針と糸が往復していく。こんな所で立ち止まっている場合じゃないと、こいつ自身が一番思ってるはずだ。サニー号での会話が脳裏をよぎる。「ローのためなら何処までだって飛ぶ」と言った、あの静かな横顔も鮮明に焼き付いている。

『2人がそこまで必死に守ったカード…私達が差し出すような真似したら、あいつら報われないじゃない!』
『…そうだな、分かった!!よしゾロ!ウマ男が起きたらすぐ合流しよう!』
「あァ、そのつもりだ」
『トラ男はおれ達が取り返す!サンジ、ナミ、チョッパー、ブルック!お前ら先にゾウに向かってくれ!』

おう、とクルー達の声が揃う。一味が島単位で分断するのは初めてのことだ。だが何も不安は無い。こっちには戦い上手が、あちらには航海上手がうまい具合に分かれたような気もした。

『…おい、マリモ』
「なんだ」

銃弾が貫通した痕を縫い終え、弾が掠めた足首に包帯を巻いていく医者の手さばきを眺めながら、サンジの声に応える。口に出しやしないが、この男がいればゾウまでの旅路もなんとかなるだろう。

『…リバーを頼むぜ。てめェに言うのも癪だが、おれァここを離れるからな。ローに何かあったら、あいつどうなっちまうか分からねェ』
「ああ?お前…もしそうなった時のあいつを、おれが止められると思うか?誰にも止めらんねェだろあんなもん…」

現にコロシアムの前にローが落ちてきた時だって、引き留めるゾロの手なんかあっという間に振りほどいてリバーは飛んでいってしまった。サンジもその通りだと思ったらしく、電伝虫の向こうに苦し気な沈黙が落ちる。

「お前の方が知ってんだろ、こいつのことは」
『——あァ…』
「リバーは良い奴だ。腕もある。同盟相手としては上々だが、仲間じゃねェ。飛んでくってんならおれァ止められねェ」
『…そこにいるのがおれでも、そうなるだろうな』
「逆の立場なら、リバーだっておれ達に何も言わねェだろ」

例えばルフィに何かあったとして、自分の命を顧みずに走り出すサンジやゾロを、リバーは警告こそすれ決して引きとめないだろう。その確信があった。

『あーあ、ったくマリモが知ったような口聞きやがって』
「ああ。もうてめェより分かり合えたな」
『は!?おいカマバッカでのおれらの友情をなァ———』

サンジの叫びが響いていたが、ゾロは電伝虫を切って立ち上がった。リバーの元へ歩いて身体を見れば、縫合を終えた傷跡には未だ血が滲んでいる。本当なら塞がるまで安静にしていなければならない。ゾロはリバーの顔を覗き込み、皺の寄った眉間を指で弾いた。助手が慌てて「ちょっと!」と悲鳴をあげたが、無視して口を開く。

「おいリバー起きろ。お前のキャプテン、取り戻しに行くぞ」

どんなに傷だらけでも、この男は今立ち上がらなければならない。少しでも早く。そんなベッドなぞ抜け出して、キャプテンの元へ飛んでいかなければならない。

「おい…縫っただけだぞ。輸血もできてない。動いたらすぐに血が足りなくなる」
「ああ分かってる。だが時間がねェんだ。…そうだろ?リバー」

ゾロの声が聞こえたのか長い睫毛が一瞬震えて、やがてゆっくりと持ち上げられた。現れた明るいグレーの瞳がゆらゆらと揺れる。その動きを黙って見守っていれば、辺りを見渡してから最後にゾロに焦点が合わせられた。

「……ロロノア…」
「おう、目ェ覚めたか?」
「———…どんくらい経った?」
「安心しろ、そんなに経ってねェ」
「…そうか……」

意識を失う前の様子からしてもう少し混乱するかと思ったが、リバーは至って冷静に状況を把握したらしかった。視界に天井を映して、細い息が吐かれる。何かを耐えるようにキツく目が閉じられるのをゾロは黙って見つめた。ローが連れ去られていく光景がその瞼の裏に過ぎっているであろうことはすぐに分かった。

数秒してからリバーは上半身を起こした。途端に顔が歪み脇腹に手が伸ばされかけたが、触れる直前で下ろされる。そして汗の滲む顔をゾロに向けて、彼は静かに口を開いた。今にも倒れそうなほど真白い顔で、しかしその目だけは爛々と強い光を湛えていた。


「……ロロノア。付き合わせて悪ィ。行こう…麦わらんとこに」

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