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「ちょっと、今動いたら本当に死んじゃうわよ!」

血の滲む腹を無視して立ち上がろうとすると、処置をしてくれたらしい医者が慌てて肩を押さえてきた。その隣ではロロノアが我関せずといった風に突っ立っている。無理やりにでも起こしてくれて感謝しかない。わざわざおれを抱えて医者を見つけてくれて、同盟相手としちゃ満点すぎるくらいだ。

ロロノアの腕の中から見た成すすべなく遠ざかっていった光景を思いだし、唇を噛む。ドフラミンゴに捕らえられて完全に意識を失っていたローの姿。目の前にいたのに助けることができなかった。後悔してる暇はない。少しでも早く、絶対に、助けにいく。

撃たれたからってなんだ。あの時弾丸はローにも当たってた。おれよりも遥かにタフとはいえ、きっと今頃苦しんでる。

「…これ、お前らがやってくれたんだよな。助かった」
「腹から血流しながら言われてもなァ…」
「早く行かなきゃなんねェんだ。恩に着る」
「そうやって起き上がれただけでも驚きだ全く。おい、海賊がどこで死のうが知ったこっちゃないが、せめて包帯を巻かせんか」

医者たちはぶつくさ言いながらも上半身に手際よく包帯を巻いてくれた。随分と人の良い医者を見つけてくれたロロノアの豪運に感謝しつつ、再びパーカーを着る。一つ結びにした髪を束ねていたゴムを外して手首に付け替えて、意を決して立ち上がった。これはお守りだ。錯覚だろうがなんだろうが、ローがくれたこのゴムが力をくれた気がした。

「どーも。おかげでもう痛くねェ」
「それは嘘でしょう。騙されないわよ」
「…そんな身体で一体何をするんだ?」
「大事なもん取り返しにいくだけ」

言いきると医者は呆れたようにヒラヒラと手を振った。海賊って分かったのに助けてくれた、妙な医者。彼らに頭を下げてから、おれは入口に凭れかかっていたロロノアに向かって頷いた。

「行こう」
「あァ」

病院を出ると、街はざわめきに満ちていた。コロシアムの試合への熱狂と、そして恐らくドフラミンゴが起こした騒動の余波。

「ロロノア、状況教えてくれ。麦わらはまだコロシアムの中か?」
「あいつにゃ自力で出るよう伝えてある。出てきたら錦えもんと合流することになってるはずだが…とりあえずコロシアムの近くに行くぞ」
「分かった。……あ?おい、どこ行くのお前」

喧噪が聞こえてくる方向と真逆へ走り出したロロノアの背中に慌てて声をかけると、緑の頭が訝し気に振り返った。

「どこって、コロシアムっつってんだろ」
「逆じゃねェ?」
「何?…ああ、確かにそっちだ」
「…お前、方向音痴ってやつ?」
「ちげェよ!」
「ちげェこたねえだろ…」

踵を返したロロノアと並んで走る。パンクハザードでも似たようなことがあったから、こいつ絶対方向音痴だ。こんなあからさまな奴本当にいるんだ。妙な感動を覚えながら、とりあえずロロノアの1歩前を行くことにした。

走っていくうちに人混みが増えてきて、あちこちから聞こえてくる声の中に「狐火の錦えもんを見失った」やら「海賊狩りと一角天馬もだ」やら海軍が騒いでいるのが聞こえてきた。堂々と出ていくのは下策だろう。コロシアムが視界に入った辺りで、走り続けようとするロロノアの腕を引き寄せて路地裏に身を潜める。フードに入っていた電伝虫を取り出し錦えもんにかけると、ワンコールもしない内に応答があった。

「錦えもん。おれだ、リバー」
『リバー殿!!目が覚めたか!傷は!?』
「ロロノアのおかげでなんとか。麦わらは来たか?」
『いや、それがまだでござる。そちらは今どこに?』
「コロシアム向かって右の花屋の裏。合流しようぜ」
『承知!』

ガチャ、と目を閉じた電伝虫をフードに戻し、ロロノアと2人建物の壁に背を預けて座り込む。血を流しすぎたせいか息切れが早く、額を抑えこむおれをロロノアがひょいと覗き込んできた。

「調子でねェか?そりゃそうだ」
「いや、動けるだけ良い…手間かけさせたな」
「目の前で死なれても目覚め悪ィからな」
「…死んでも死にきれねえよ、こんなとこじゃ」
「だろうな」
「…そういや、シーザーはどうなった…?船は…」

サンジ達のことを思い出し顔を上げると、ロロノアはあっさりと「サニー号なら出航した」と答えた。

「出航…?そりゃありがてェけど…何があった。麦わらが指示したのか?」
「ルフィはトラ男を助けに行くつもりだ。サニー号の連中も、お前らの意を汲んだ。ま、あんだけ必死なお前とトラ男見てたら絆されもする。 …そういう奴らだからな」
「———……」
「どうした?」
「……ありがとう…」
「はは!おい、また泣くか?」
「泣かねえよ馬鹿…」

思わず漏れた声は自分でも驚くほどか細く、ロロノアの笑いを誘ったらしい。逞しい腕が楽しげに肩を叩いてきて、おれは身体を丸めて顔を伏せた。本当馬鹿みてえだけど、涙がでそうで嫌だった。回された手の重みがあたたかくて頼もしい。たとえ一人でもローを助けに行くつもりだったけど、隣で同じ方向を向いてくれる奴がいることが途方もなく心強かった。

「…そーだ、サンジにも礼言わねェと…」

あの船にいるメンバーなら、多分サンジがキャプテン代理になってるはずだ。仲間と離れ離れになって新世界の海を進むなんて酷な決断をさせるはめになってしまった。電伝虫を取り出すためフードを探ろうとしたが、ロロノアが「あァ、いや」と口を開いた。

「あっちは多分出れる状況じゃねェ。ビッグ・マムの船と戦ってるはずだ」
「……は、なん、何?ビッグ・マム?」

いきなりなんだ?なんつった?降って湧いてきた四皇の名前を問い返すと、ロロノアはため息を吐きながら首肯した。

「シーザーを追ってきたらしい。あの野郎、あちこちで恨み買いまくってやがった」
「はっ?シーザーを?…え…つーかじゃあ、あいつら今四皇の船に追われながらゾウ目指してるわけ?」
「そうなるな。まァコックとナミがいりゃ大丈夫だろ」

なんてことなさそうな声色でとんでもないことを言うから、力が抜けた。いくら麦わらの一味がしぶといからって相手は四皇だろ?つーかおれ達、嘘でもカイドウを狙うとか言ってたのになんでビッグ・マムまででてくる?

「…まじで大丈夫なのかよ……くそ、なんか頭痛くなってきた…」
「へェ。撃たれた腹よりか?」
「腹より…」
「そいつァ重症だな。錦えもん来るまで休んでろ」

じんじんと響く頭をありがたくロロノアの肩に預けた。なんでか分からねェけどこいつの傍は妙に安心できる。静かに続く会話が、少しあいつと似ているからかもしれない。ロロノアは何も言わず、根を張る大木のようにおれを支えてくれた。

ロロノア、麦わら。本当に、一緒に戦ってくれるのか?

別に見捨てたって誰も文句なんか言わない。海賊の同盟なんてそんなもんで、ローの命を助けることはこいつらにとって何の益も無い。むしろ危険の中に身を投じるも同然だ。しかも、仲間がバラバラになるってのにシーザーを連れて出航してくれるなんざ、懐が広いにも程がある。

なあ、ロー。

あん時、麦わら達がパンクハザードに来た時。感じた予感は間違いじゃなかったな。こいつらと組んで良かった。別にまだ何も成し得ていないのに、心底からそう思う。麦わらの記事を楽し気に読んでいた2年前のローを思い出して笑みが漏れた。おれもずっとサンジの手配書を袋に入れてた。これ、縁ってやつなんじゃねえの?

「…今笑ったか?」
「あァ…早くロー助けて、一緒に笑いてえなって思った…」
「は、そうだなァ———お、錦えもん…か?あの変な着ぐるみ」

角を曲がってこちらに走ってくるカエルの着ぐるみがおれ達に向かって大きく手を振っている。余計に目立ってる気がするけど、顔が隠れるに越した事ねェか。駆け寄ってきたその中身はやはり錦えもんで、立ち上がって迎えるとぱかりと開いたカエルの口から笑顔が覗いた。

「リバー殿!ご無事で何より!」
「あァ、見苦しいとこ見せたな」
「何を言うか!決死の戦い見せてもらったでござる。こちらも気合いが入った」
「どうだ、ルフィとは会えそうか?」
「閉鎖されているが裏口らしきものはあった。そこへ参ろう。ささ、変装をば」

錦えもんはおれとロロノアの頭にそこらに落ちていた石ころを乗せて能力を発動させた。煙が晴れると、すぐ隣にいたロロノアが猫の着ぐるみに包まれて仏頂面で立ち尽くしていた。

「余計目立つだろうが、こんなん着てたら」
「まァ良いだろ隠れりゃなんでも。似合ってるぜ?んじゃ行くか」
「お前は良いのかその変な馬の着ぐるみで!安直すぎんだろ!」
「分かりやすくて良いんじゃねェの」
「ここまで海軍にバレなかったゆえ平気であろう!では、いざ!」

おれは大きな馬の口に顔を引っ込めてロロノアの肩を叩いた。ワノ国っぽいデザインの着ぐるみはドレスローザの町並みに全く馴染んでいないが、まあ何でもいい。渋々顔を引っ込めたロロノアと並んで、錦えもんの後ろに着いて走る。

海軍も民衆も妙な着ぐるみ三人組を怪しみこそすれど、話しかけてくる奴はいない。走る最中、人だかりの向こうに大会の中継映像がちらりと見えた。長い金髪の男が辺りの選手を次々に切り伏せていき、観客が声援を送っている。あの中から出てくる気らしい麦わらは、メラメラの実を諦めたんだろうか。兄の形見よりもおれ達に協力することを選んでくれたのだとしたら…それはとんでもなく重いことだ。

おれは弟の形見なんか何ひとつ持ってない。ローに初めて出会ったあの日、地下牢から出て真っ先に住んでいた小屋へと飛んだ。ボロボロだったけど確かにおれ達の家だったそこは、焼き払われて何一つ残っちゃいなかった。

もし今、あいつが大事にしていた本の一冊でも手元にあれば、どんなに嬉しく思えるか。麦わらは今、それが目と鼻の先にあるんだ。

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