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コロシアムの裏口に回り、妙な着ぐるみ姿で3人並んで突っ立っていると、麦わらはあっさりと建物の中から出てきた。一緒にいたやたらと傷だらけの男と二言三言言葉を交わしてから、そいつに背を向けてすぐおれ達に目をとめ駆け寄ってきたところを見るに、どうやら着ぐるみの中身に一瞬で気づいたようだった。多分、ロロノアの入った猫の着ぐるみが刀3本ちゃっかり腰に差しているからだろう。着ぐるみもだが刀も大概目立つ気がすんだけど、海軍はすっかりコロシアムの中に気を取られているようだった。「ルフィ!」と名前を呼んだロロノアの隣でおれも馬の口を持ち上げて顔を出し、手を上げた。

「ああ〜〜ウマ男〜〜〜!お前怪我はもう良いのか!?」
「あァロロノアのおかげでな。麦わら、悪ィなローのために——……え、どうした?お前泣いてる?」
「あ?なんかあったのかルフィ」

覚束ない足取りでこちらに向かってきた麦わらの顔は涙で濡れていた。そのままふらりとしゃがみ込み肩を震わせ嗚咽を漏らし始めた麦わらを、ロロノアと一緒に覗き込む。海軍の目を気にした錦えもんがしゃくりあげるその頭に慌てて葉っぱを乗せて、麦わらも大きな魚の着ぐるみの中に収まった。

「う、ううう〜〜」
「…号泣じゃねえか、こいつ」
「んだこりゃ珍しいな。おーい、ルフィ?」

出会ってからずっと陽気で明るい印象だった男が、わき目も振らず涙を流している。メラメラの実のことや大会のことを色々と聞きたかったが、とても話せる雰囲気ではない。つき合いの長いロロノアも戸惑っているからどうやらこの状況は尋常ではないらしかった。

「うーむ、とにかくここは目立つ。離れた方が良かろう」
「おいルフィ!とりあえず立て!」
「走れるか、麦わら」

ロロノアに腕を掴まれ麦わらはべそをかきながらも立ち上がった。その背中を押して、海軍のうようよいるコロシアム前を走り抜ける。

「うむ、海軍もすっかり拙者達を町のオモチャと勘違いしてござる!」
「ギリギリだぞお前…!動物チョイスおかしいからな!」
「ん?ポピラーでござろう、特にコイなど」
「麦わらのそれコイっつーの?初めて見た」
「コイにちょんまげは生えてねえよ!お前の着ぐるみも、ふんどし履いた馬なんかいねえだろ!」
「ふんどし?」

ロロノアに言われて、自分の着ぐるみがふんどしとやらを履いていることを初めて知った。どんな形だろうとどうでもいいが、ローが見たら笑ってくれるかもしれないなと思った。

「──で、ローが連れ去られたのはどこか分かってるか?」
「あァ。ドフラミンゴが王宮っつってたからな」
「向こうに見えるあからさまな城がそうであろう」
「うえええ~~ん!!ゲホ、エホ、ぐす……っ」
「──でうるせェよお前!トラ男を救う気あんのか!?」
「なァまじで何があったんだよ」

痺れを切らしたロロノアが叫び、おれは走り続けながらもずっと泣いている麦わらの顔を覗き込んだ。本当に一体何があったのか、真っ赤になってしまった目尻をなおも涙が伝っている。4億もの賞金首がこんなにも取り乱すなんて、あのコロシアムでよっぽど悲しいことでもあったか?大会はまだ続いているのを見るに、兄の形見はこの男の手元には無い。それどころか、手に入れる機会を自ら逃してしまった状況だ。

「あー…もう終わったこと言うのもなんだけどさァ、本当に出てきて良かったのか?お前メラメラの実は……」
「うう、心配すんなウマ男!トラ男は助ける…!ミンゴもブッ飛ばす!メラメラの実も…もう大丈夫だ!!」
「大丈夫の根拠は?」
「い…生きでると思わながったんだ!」
「…ああ?」
「あ…あのどき、あの時死んだと思ってだんだ!」

要領を得ない返事にロロノアと2人してもどかしくなり、「誰がだよ」「何の話だ」と問いかけを重ねた。しかし麦わらはおれ達に向かって話しているというより、自分の感情に折り合いをつけるために言葉を選んでいるようでもあった。何度もしゃくりあげ、嗚咽を漏らし、そしてやがて子供のように輝く瞳に喜びの色がのった。

「…っおれの、もう一人の兄弟……!!」
「ん?…ハア!?兄弟!?ルフィ、お前の兄弟ってエースだけじゃなかったのか?」
「ああ、サボってんだ!」
「その御方があのコロシアムにいたでござるか!?」
「いた!そんでおれの代わりに戦ってくれるってよ!」
「……サボって…」

その名前には聞き覚えがあった。新聞や街角に貼られた手配書で幾度も見たものと同じだ。たった2文字だけど、他にこんな名前の奴は聞いたことが無い。

「そいつ、革命軍の幹部じゃねェか?ドラゴンんとこの…」

自分で口にしながらなんとも突拍子もない話だと思ったが、火拳と並ぶこいつの兄弟だってんならそのくらいの大物でもおかしくない。

「さあ、何やってんのかは知らねェ。でも今はおれの代わりに大会に出て、そんで優勝してくれる!メラメラの実はサボのもんだ…!」

ロロノアも錦えもんも世相に興味がないのかピンときていないようだったが、本当にあのサボだとしたら新聞を流し読みする程度のおれでも知ってる革命軍の大幹部だ。結構な衝撃だろうに、ロロノアはそれ以上何も聞かないと決めたようだった。勝ちを確信して豪快に笑う麦わらにただ頷きを返したロロノアに変わって、麦わらの顔を覗き込む。

「──なんにせよ、兄弟生きてて良かったな」
「……!ああ!」

麦わらはおれと顔を合わせ、喜色満面の表情を浮かべた。死んだと思っていた兄弟が生きていた。生きて、自分のピンチに駆けつけてくれた。一体どんな気分になるのか、おれには想像もできない。泣く?喜ぶ?…いや、きっと真っ先に「ごめんな」って言っちまうだろうな。そしたら多分あいつは、「兄ちゃん何気にしてるの」って怒ってくれて───。

妙な妄想をした自分に気づいて、思わず笑ってしまった。死んだと思ってた、という言い回しからして麦わらはもう1人の兄の死に際を間近で見たわけじゃなかったんだろう。弟は、クリスはおれの目の前で撃たれて死んだ。この海がひっくり返ったって生き返りやしない。行き場のない虚無感に襲われ黙って走り続けていると、今度は麦わらが伺い見てきた。

「…ウマ男、ミンゴはおれが絶対ぶっとばす」

真剣な声色でそう言われて、隣を走る麦わらを息を詰めて見下ろした。大きなコイの口の中から、爛々と光る眼差しがおれを見据える。この男から出る言葉は全て決まりきった未来なのだと思わされるような、強い目だった。

「だからお前は、トラ男のことだけ考えてろ」
「……そりゃ、そのつもりだけど…良いのかよ?同盟の目的はドフラミンゴの野郎を生かしてカイドウの餌にすることだった。ぶっ飛ばしちまったら狙いがお前に変わるってことだ。四皇に、命狙われんだぜ」
「そんときゃそん時だ!しし!」

ぱん、と背中を叩かれつんのめる。その勢いで燻っていた迷いが吹き飛んでいったような気がした。妙な男だ。自分の利益のためなんかの為じゃなく、こいつはこいつの中の譲れないもんの為に戦おうとしてる。

「…悪ィな、麦わら」
「なーに気にすんな!」
「でもあの鳥野郎はローがやるから」
「何ィ!?やるのはおれだ!」
「おいルフィ、ドフラミンゴの目的はトラ男だけじゃねェ。リバーも連れ去ろうとしてた」
「え?そうなのか?」
「うむ、ゾロ殿のおかげで事無きを得たものの…あれはなんだったのだ?」

朧げにだが、撃たれた後ドフラミンゴの糸で吊り上げられた感覚はあった。本当に間一髪だったらしい。

「ドフラミンゴはイトイトの実の能力者だ。多分、ロロノアが糸を斬ってくれたから助かった」
「なるほどねェ、ありゃ糸だったか」
「ローを殺さずに連れ去った理由は正直分かんねェ。昔は部下だったらしいから色々あんだろうけど。おれが狙われてる理由は単純だ…いつかの電伝虫でもあいつが言ってたろ?結構良い値段で売れるらしい…天竜人のペットとしてな」
「──ペットって、リバーお前…」
「天竜人ってシャボンディにいたムカつく連中か!ウマ男あんなのに狙われてんのか〜サイアクだな!」

麦わらは心底気の毒そうな声でどんまい!と慰めてきた。一応憐みの感情は持ち合わせているらしい。そしてロロノアは真剣な面持ちでこちらに向き直ったきた。

「…お前のその能力のせいか?」
「まァな」
「そうか。なんつーか、お前にゃ酷だがそういう事になっちまうのも分かる見てくれではあるな」
「別に酷でもねェ。そりゃ思うところはある。あるけど、おかげでローに会えた」
「…うむ。そういえば拙者もリバー殿の変身する一角天馬を初めて見た時はあまりに神聖な姿に驚いた」
「最初馬妖怪とか言ってやがったのに?」
「ぬあ~~あれは致し方なく…ッ」

途端に慌てはじめた錦えもんは、パンクハザード以来もうすっかりおれ達を信用しきっているようだった。少し意地の悪いことを言った。大きなカエルの着ぐるみが挙動不審な動きをし始めたのを笑って見上げる。

「嘘、全然気にしてねえよ。おれにとっちゃずっとついて回る呪いみてえなもんだし」
「いやいや呪いなんて言葉は似合わぬ……」
「気にすんなって。麦わら、おれのことはいい。自分の身は自分でなんとかすっから。お前もドフラミンゴに集中しろ」
「ん、分かった!」
「工場の方は、ロボ達がなんとかすんだよな?」
「ああ、小人とおもちゃの兵隊とな!」

おれが撃たれる前に言っていた通り、ロボと長鼻、それにロビンはこの島に住む小人達やおもちゃの兵隊と徒党を組んだらしい。そっちは有難く任せることにしよう。

おれは、何がなんでもローを取り戻す。着ぐるみの口を閉じ、薄暗い視界から王宮を睨みつけた。とっととそのガラクタみてえな玉座から引きずり下ろしてやる。


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