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着ぐるみっつーやつに初めて入ったけど、とにかく動きにくい。止まってる分にはともかく、全速力で走るのに全く適していない格好だ。飛んだ方がずっと早いのにそうできないのがもどかしい。
着ぐるみの中をまさぐり服の上から腹にそっと触れてみると、包帯を侵食した血でパーカーが濡れていた。銃弾が貫通した傷がこんな早く癒えるはずもないから当然だ。

「リバー」
「…なに?」

隣りを走るロロノアのくぐもった声がして振り向くと、おれが入った馬の着ぐるみの口がロロノアの入った猫の頭にぶつかってふにゃりと曲がった。思いのほか近い距離で走っていたことに気づいて、少し驚く。サンジ以外の麦わらの一味にこれほど気を許すことになるなんて予想外だった。

「血、止まんねェか?」
「──…」

図星を刺されて一瞬返答できなかった。なんなんだまじで、こいつの野生の勘は。

「…まァ…でもなんとかなってるから。お前が腕の良い医者見つけてくれたおかげ」
「たまたまだ」
「あと、起こしてくれて助かった」
「あァ。だがお前、そう簡単に死ぬなよ」

なんてこと無いように、ロロノアはごく自然にそう言った。だからこそその言葉がすんなりと心に入ってくる。おれとこいつには一つ強烈な共通項がある。キャプテンのためなら全部をなげうつ覚悟があるっていう、それだけなんだけど他の何にも変えがたい、頭のてっぺんから足の先まで真っ直ぐぶっ刺さった芯。出会ってから大した時間は経ってないのにお互いに同じものがあることをもう見抜いてた。生半可な覚悟じゃないってことも、勿論。

「──……分かってる。簡単には、な」
「ゾロランド~~~~!!!!」
「…ああ!?」

それは突然の出来事だった。空から妙な声が近づいてきたかと思えば、ロロノアの刀の柄に何かが降り立った。小鳥か何かが降ってきたのかと思ったが、どうやら違うらしい。それは確かに人の形をしていた。着ぐるみの口を開けてまじまじと見つめれば、おれよりも先に麦わらが驚きの声をあげた。

「なんだァお前!?……まさか小人か!?」
「ゾロランドれすね!?この刀、間違いないれす!」
「お前か!何しにきやがった?」
「え…ロロノア、知り合い?」
「おれの刀を盗んだ小人だ。トンタッタ族とかいったけな」
「盗んだなんて心外れすー!」

不服そうに叫ぶ小さな生き物は、麦わらが差し出した手のひらにひょいと飛び乗った。ベポと出会った時点で慣れたつもりだったけど、世の中色んな種族がいるもんだな。思わずまじまじと観察していると、おれを見上げたそいつは一転怯えた顔つきになった。

「ゾ、ゾロランド、この人達は仲間れすか!?」
「んあ、まァそうだ。チョンマゲランドはさっき会ったよな……あーこいつがルフィランドで、こいつはリバーランド。今からドフラミンゴに囚われた仲間を助けに行くんだよ」
「なら目的は同じれすね!ホントは私達王家の大人間にしか姿は見せないのれすけど……麦わらの一味ことウソランダーズは別れす!私はウィッカ!あなた達も“SOP作戦”に協力してくらさい!」

ウィッカと名乗った小人は小さな身体で堂々と言い放ち、麦わらの手の上で拳を握った。つぶらな瞳がきらきらと輝いておれ達を見上げてくる。なんかおれもその“ウソランダーズ”とかいう訳の分かんねえ組織の一員にされてんのが不快だけど、ここで突っかかってても無意味だな多分。

「……つーかランドって何?」
「こまけェこた気にすんな。大体ウソップのせいだ」

ロロノアは一切説明する気はないらしく、ヒラヒラと手を振った。おれとローがドフラミンゴとかち合う前にロビンと長鼻は森へ姿を消していたが、多分その時にこの小人達と一悶着あったんだろう。

「で?SOP作戦てのはなんの略?」
「この国の住人をおもちゃに変えている元凶…ドンキホーテファミリー、トレーボル軍特別幹部シュガー!そのホビホビの能力を解除するため彼女の意識を奪う!“シュガー・おったまげ・パニック作戦”れす!!」
「──…なるほど。ロボの言ってたオモチャの兵隊率いる反ドフラミンゴ軍の作戦がそれか。ま、協力して悪いようにはならねぇだろ」
「リバー殿、飲みこみが早すぎではござらんか!?」

正直言って、小人やらオモチャやらとドフラミンゴの因縁はおれには関係のないことだ。この国の行く先がどうなろうが、ドフラミンゴさえ消えてくれれば後はどうでもいい。ただ、ローの本懐を遂げるためにはおれ一人じゃどうしようもできない事が多すぎる。

麦わらの一味に件の反乱軍、全部の力を借りねえことには奴を倒すことはできない。侍とロロノア、そして麦わらを盗み見て拳を握る。仲間でもなんでもないただの同盟相手だけど、そのお人好しな性分に甘えて勝手に一蓮托生ってことにさせてもらうぜ。

「…なんにせよ、おれ達は全員最終的な目的は同じだ。そうだろ麦わら?」
「ああ!おれァドフラミンゴをぶっ飛ばす!!」
「隊長達の作戦ももう始まってるれす!ほら見えたれすよ!!」

街の喧騒の先に見えたのは、聳え立つ城壁だった。妙な着ぐるみ4人組にいぶかしげな顔をする人々の頭上に、巨大な城が見える。焦りからか一気に鼓動が早くなった。あそこに、ローがいる。

「あれが王宮の玄関に続くリフトれす!あれに乗るには番人に通行証を見せなきゃなのれすが……」
「いらねェ。おれが全員乗せて上まで飛ぶ」
「えっウマ男の背中乗れんのか!?」
「お、落ち着くでござる!何のためにここまで変装して来たと……!」
「ささ、騒ぎになると敵がどんどん来るれすよー!」

ならどうする?錦えもんの能力で城の内部の人間の服でも真似るか?城壁が近づくにつれ焦りが募るなか、「え~~乗れねェのかあ?」と嘆いていた麦わらがアッと声をあげた。

「誰かいるぞ!あれも敵か?」

リフトの手前に、マントで顔を隠した女がいた。もし敵なら払い倒すだけだ。額から角を伸ばしかけたが、おれ達の姿を認めたその女が妙に真剣な表情をして口を開くのが先だった。

「麦わらのルフィね……!」
「え?」
「待ってたわ。王宮へ入れてあげる!」
「…てめェ何もんだ?」
「近付くんじゃねぇよ」

足早にこちらに駆けてきた女の前に、ロロノアと2人で立ち塞がった。何故この着ぐるみの中が麦わらだと分かったのか。口ぶりからしてこちらに協力しようとしているが、怪しいことには違いない。しかし、おれと同じく臨戦態勢だったロロノアからはすぐに殺気が消えた。

「お前、ウチのコック連れてった奴だろ」
「あ?ああ……もしかしてあいつが言ってた“ヴァイオレットちゃん”?」

サニー号でサンジが口走っていた名前を言えば、女は首肯した。

「彼ならあなた達の船を救いに行ったわ。一角天馬、貴方が船にいたのも見えた」
「あァその先は知ってる」
「……そう。通行証は私が持ってる。ここから伸びるリフトで王宮へは行けるけど、ばれてリフトを止められたら終わりよ。やめた方が良いわ。何より怪しすぎる」
「む、心外でござる」

サンジの口から出る女の話は信用に値しないのであの時は遮ってしまったが、この女は本当におれ達に協力しようとしているらしかった。だが、簡単に信用してその妙な能力で内通でもされてはたまらない。

「……で?質問に応えろよ。お前は何もんだ?」
「ヴィオラ様は!ドフラミンゴの部下のふりをしているのれす!!」
「……!ウィッカ!」
「お、覚えててくれたんれすか!?」

おれの着ぐるみの頭から突然飛び出してきたウィッカが必死な表情で叫んだ。ヴィオラ、と呼ばれた女は小人を見て破顔し、自らの瞳を指さした。

「私の能力を忘れた?あなた達の行動はずっと見てた!死んだ姉に代わってレベッカを育ててくれた片足の兵隊さんと一緒にあなた達が戦い始めていることも、全部見てたわ───父を、リク王を信じてくれてありがとう」
「う、うええんヴィオラ様ああ」

なんか妙な空気になってきたな。おれは感傷的な空気になり始めた2人から1歩引いて、ロロノアの肩を叩いた。

「なァ、おれ先行っていい?空飛んでいきゃすぐ……」
「駄目だろバカ!お前トラ男絡むと後先考えなくなんのやめろ」
「ちっ……おい、おれ急いでてさァ…王の娘ってことはお前はこの国の元王女ってわけで?こっち側に与する理由が十分ってことはまァ分かった。ならさっさと……」
「ええ!?王女!?じゃあレベッカが王の孫だから…母ちゃん!?」
「姉に代わって育ててくれてたっつってたろ」
「ふふ……」

すっとぼけた事を抜かす麦わらに笑いながら、ヴァイオレットはリフトの前を横切って城壁の外れへと向かい始めた。レベッカ、てのは確か麦わらがコロシアムで言ってた名前だ。飯をくれた恩があるとか何とかって話だったが、思いがけずこの国の重要人物と絡んでいたらしいことにこの男の持つ強運を思わずにはいられなかった。

「レベッカは姪よ。私の姉の子……」
「……そいつのこと、今まで見てることしかできなかったけど今日はちげェってわけ?小人たちの作戦の経過を見たからか?」
「ええ。そして彼らに火をつけたのは、あなた達が原因で書かれたあの新聞記事よ」
「あー嘘っぱちの七武海脱退な。は、ぬか喜びしたのはおれらだけじゃなかったってことか」

この国を強奪した男の部下のふりなんて、屈辱という言葉でも収まらないような時間をこの女は過ごしてきたんだろう。ヴァイオレットはこちらを振り向いて深く頷いた。マントから覗く意志の強そうな大きな目が真っ直ぐにおれを見る。ローが仕掛けた罠はドフラミンゴに掻い潜られてしまったけど、こうして色んな連中の心に火を点けることができた。それだけで無駄ではなかったのだと思える。

「尚更トチる訳にはいかねェな。案内頼む。おれの大事な奴が今あいつに捕まってる」
「トラファルガー・ローね」
「……お前のその目、麦わらの船にいたおれの事まで見えてたんだよな?あの王宮の中は見えんの?ローは今……」
「彼なら大丈夫。拘束はされてるけど気を失ってるだけよ」
「……そうか」

ヴァイオレットが城壁近くの塀を操作すると、一箇所が外へと倒れ地下へと続く通路が現れた。リク王家に代々伝わる緊急通路だという。彼女が正真正銘本物の王女だったことに安堵しつつ、中へ足を踏み入れる。

とにかくドフラミンゴはローをすぐに殺すつもりは無いらしい。生かしている理由が分からないのが不気味だが、今の時点ではその方が有難い。とっとと助けちまえば良いだけの話だ。

「ここはドフラミンゴも知らない場所よ。荷物用の滑車もあるし、階段で王宮までいける」

通路は城壁の中の塔に続いていて、上が見えないほどの螺旋階段がその壁沿いに続いていた。

「……いちいち階段なんか登ってられるか。おれが全員連れて飛ぶ」
「リバー、お前まだ血足りてねェだろうが。体力はとっとけ」

着ぐるみの中から伸ばしかけた額の角を、ロロノアの手が抑えた。その指の隙間から恨めしく睨みつけたが、ロロノアは素知らぬ顔で麦わらを振り返った。

「おいルフィ!お前この岩持って上まで行って、それから戻ってこい!」
「なるほど、鎖を掴んだままルフィ殿が戻ってきてくれれば我々も上へいけると」
「貴方たち、そんなムチャな……」
「わかった行ってくる!!」
「おい、お前ら……」

何かったるいこと抜かしてやがる、と言いかけたが、麦わらは指を伸ばして大岩を掴み意気揚々と壁を走り登っていってしまった。

役目の無かった翼をするすると元に戻し、あっという間に見えなくなってしまった麦わらを半ば呆れながら見上げる。

つくづく眩しい奴だとは思っていたが、太陽も顔負けの登りっぷりだった。リフトの上に乗り込みながら、その残滓を反芻する。あの男が同じ方向を向いて同じ敵を見据えている事実に、心強さを感じずにはいられなかった。

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