18


「おいなんで隠れるんだよ、ミンゴいたぞ!!」
「……この距離なら今すぐローを助けられる。ヴァイオレット…」
「ま、待って!落ち着いてお願い…!彼らの作戦を台無しにしないで……!」

ひく、と蠢くおれの手をヴァイオレットが強く引き止めた。窓ガラスの向こう側には悪趣味な椅子に拘束されたローが見える。傷だらけで、肩で呼吸している。すぐ目の前にいるんだ。今すぐこの硝子を割ってローだけ掴んで飛び立てばいい。

…分かってる。本当にドフラミンゴを討つためには、その小人の作戦とやらの成功が要になる。国中のオモチャになってる奴らを人間に戻せばドフラミンゴはたちまち権威を失う。

「くそ、ああ分かってる…分かってるよ…」
「──キミは、あそこにいる男の仲間なのか?」
「あァ。おれはあいつさえ救えりゃ後はどうでもいいから、お前は勝手にやりてェことをしろ。おれも好きにする」
「ああ勿論だ。ここまで運んでくれたこと礼を言う。ウマ男くん、といったかな」
「…兵隊さん、それは彼の名前じゃないわ」

部屋の中ではドフラミンゴとその部下達がローを尋問しているようだった。苛立たしげなドフラミンゴの問いかけを無視したらしいローの頭を、傍に立っていた女が叩いた。…叩いた。叩いた?

ぶつぶつと脳内で音が鳴る。アー、今ぜってーどっかしらの血管切れた。

「あの女、どこの骨から折ろう…」
「ウマ男顔やべェぞお前」
「ダメよ今は耐えて…!!麦わら、彼を抑えて!!」

もう作戦なんざ知るか。窓をぶち破ろうと拳を振りかざしたが、後ろから麦わらに羽交い締めされて未遂に終わった。小さい割にとんでもなく筋肉質な身体に押さえつけられながら、ただ怒りだけがふつふつと増幅していく。

「…あいつ、パンクハザードでローに首切られてた女じゃねェかくそ。あーありえねぇ、おい作戦はまだかもう待てねェよドフラミンゴもあの女も全員ローの邪魔だ殺してやる汚ェ手でローにべたべた触りやがって」
「やべーウマ男がなんか早口になってきた!」
「……ちょっと待って、あそこにいるのは…お父様!!なぜ王宮に!?」
「リク王!?」

ヴァイオレットは王女だったって話だから、その親父といえば元国王か。部屋の1番奥に捉えられている男がそうらしい。その傷だらけの様子を見て拳を震わせるヴァイオレットと兵隊を見る限り、ドフラミンゴはあちこちから相当恨みを買いまくってることは明らかだ。

「…麦わら、離せ」
「ん?もう暴れねェか?」
「お前と一緒にすんな…」
「え~?こんなに大人しく待ってるじゃんか」
「おい近ェんだよバカ──」
「──レオ達はまだか!私も含めドレスローザ中のオモチャ達が人間に戻る…その瞬間こそドフラミンゴを討つ大チャンス…!必ず仕留めてみせる…!!」

麦わらが馴れ馴れしく肩を組んできたので顔を掴み遠ざけたが、ただ首が伸びるだけで意味が無い。戻ってくる頭をまた追いやっては戻る、という無駄なやり取りをしていると、隣に座っていた兵隊が銃を手に怒りに震えた声を出した。おれ越しに兵隊を見た麦わらが同調するように「ああ!」と頷く。要するにここにいる全員、もう限界だってことだ。

「兵隊さん…あなた、一体…」
「ヴィオラ様、積もる話は作戦が成功してからにしましょう…!」
「──そうね…父は今日、コロシアムに出場していたのよ」
「え?そうなのか?」
「今朝のことでシビレが切れたのは皆同じ」

そう、ぬか喜びしちまったのはおれ達だけじゃない。そりゃそうだよな。やっと支配から解放されたと思ったら全くの嘘だった。抑圧されてきた年数の分、その落胆は想像にかたくない。

「…まァ、おれァとにかくローを助けてェだけだ。あの鳥野郎はお前らに任せる」
「まかせろ!お前が撃たれた分もぶん殴ってやる」
「何?撃たれたのか?どこを」

別に答える義理はないと思ったが話していた方が気が紛れるので、服をめくり兵隊に向かって腹を見せた。するとオモチャのはずのその顔が歪んだようにカタリと動き、後ろから覗き込んできたヴァイオレットもひゅうと息をのんで固まってしまった。その反応を見ているだけで自分で確認する気力があっという間に無くなり、服を戻した。想像以上にグロいことになってそうだ。

「キミ…もう傷が完全に開いているぞ。よく平気な顔をしてられるな…」
「嘘でしょ…?そんな状態で、私達を乗せて飛んでくれたの?」
「ローがすぐそこにいんのに倒れてらんねェよ。あいつだって一緒に撃たれたんだ」
「そーそー大丈夫、ウマ男つえーから!」

またしても肩を組んできた麦わらが覗き込んできて、陽気に微笑む。知ったような口を、と言いかけて、結局何も言わなかった。こいつが言うと本当に自分が強い人間になったような気がして悪くないと思ったから。出会って数日、何度思ったか数えてもいないがつくづく不思議な男だ。

人々がこいつに引きつけられるのが分かる。ローがあんなにこいつの記事を追っていた理由も、もう身をもって思い知った。おれだけは惑わされねーと思ってたけど、今この腕を振り払えていないのが答えなんだろう。

ドフラミンゴはこいつと兵隊に任せる。おれも恨みが無いわけじゃないが、あいつを討つのはローであっておれじゃない。

「…そういやお前、その片足ねェのは人間に戻ったら———」


ふと疑問に思ったことを尋ねようとして隣を振り向くと、逞しい男の脚が一本聳え立っていた。

「え、何…」

一瞬疑問が沸き起こったが数秒も経たないうちにその光景の理由に思い至る。殆ど脊髄反射でおれも大きく翼を広げ、“兵隊”と同じ方向を振り返る。

「……作戦成功だ」
「えっ?ウマ男翼広げてどうし…あれ、兵隊は!?」
「っトンタッタ族の作戦が成功したんだ…!…!!キュロス兄様…!私…彼の記憶も…!!」

キュロスという名らしいその男は、片脚とは思えない速度で窓枠を超え部屋へ踏み入った。負けてらんねー。思いきり翼を仰ぎ、おれも一拍置いて後に続いた。ヴァイオレットが嗚咽を漏らす声が一瞬で遠ざかる。

「ロー!!」
「っ、」

遠くで椅子に囚われたローが弾かれたように顔を上げておれを見た。噛み締められていた唇が震えて、おれの名前の形に動く。あの海岸で別れて以来、こうして目が合うのが随分久しぶりに感じた。奥で囚われていたリク王もキュロスを見つけて身を乗り出した。

「キュロスか!?」
「はい!!!10年間!お待たせして!申し訳ありませんっ!!」
「てめェらは…!」
「今助けに来ました…!!」

キュロスの一太刀がドフラミンゴの首を切り落とした。間違ってもその生首に当たらないよう、身を翻してローの元へ一直線に飛ぶ。

「リバー…!!」
「一角天馬!!いつの間にここまでッ」

さっきローの頭を叩いていた女が銃口を向けてきた。女の顔を見ると怒りやら何やら泥のような感情が渦巻いて、何も言葉を発せないままそのこめかみを武装色で覆った脚で殴り飛ばした。衝撃で浮いた身体を蹴り上げ、腹に思いきり足底を沈める。床に伏したその腕を苛立ちを込めて何度も踏みつけた。よしローを叩いた手首の骨は確実に砕いた。

「おいリバー、来い!そんな奴ほっとけ!!」
「ロー…!!」

張り詰めた声に呼ばれて、殺す間も惜しくローを振り返る。ああ、傷だらけだ。なんであんたがそんなに血を流さなきゃなんないんだろう。なんで、なんで。

言葉にならない思いを飲み込み翼を仰ぎ、一気にそのハートを形作った椅子の傍に着地して、ローの肩に勢いよく腕を回した。太ももに跨って顔を覗き込むと、両手を拘束されたローはおれの額に自分の額をすり寄せて応えてくれた。

「リバー、お前どうやって……」
「工場にはロボ達が向かってるから安心して。……勝手に助けに来てごめん。やっぱおれ、あんたを1人になんてできねェ」
「──顔色が悪ィ」
「あんたに言われたくねェよ」
「何処から出血した?……腹か?くそ最悪だ…またお前に傷が増えた…」

抱きついて密着しているせいか、血の滲んだ腹に気がついたらしい。いや普通それだけじゃ分かんねぇと思うけどやっぱローは誤魔化せない。背後ではキュロスがファミリー相手に大立ち回りしているってのに、どうしても離れがたかった。

「おい、早く診せろ。処置は…」
「ちょっと撃たれただけ。あんたの方がやばいとこ撃たれてたろ」
「……ああそうか…あん時意識が飛んじまってたが、お前も撃たれてたのか…!鉛玉は…鉛玉はどうした?まだ身体ん中か?」
「大丈夫。一応医者に処置はしてもらった」
「───医者?」
「町のな。ロロノアが連れてってくれて」

そうか、と呟いたローは何とも言い難い表情をして、それからすぐに頭を振った。喧騒に紛れて額に唇が押し当てられて、瞼に、頬に、労わるように唇が触れていった。最後に唇の薄皮に一瞬ローの唇が押し当てられて、すぐに離れていく。

とんでもない幸福を噛み締めるおれとは逆に切羽詰まった顔をしたローと、鼻先を触れ合わせながら至近距離で見つめ合う。

「……後でおれにも診せろ」
「え、診てくれんの?」
「お前の医者はおれだろうが」
「~~~っあー、なにそれ?そんな喜ばせんなって……お、おれの、おれの医者はあんた……ぐう…」
「事実を言っただけだ。あの野郎、またおれの目の前で撃ちやがった…今度はリバーを…!!!」
「…ロー?」

肌が引き攣るほど噛み締められたローの唇から血が流れ出る。伝わってくる尋常で無い怒りに肌が粟立った。垂れた血に指を這わせ拭い取り自分の舌で舐めとってから、ローの顔を覗き込んだ。

「…血、出てるぞ」
「…… リバー…この錠は外せるか。とっととあいつをやらねェと気が済まねェ…」
「あ…そうだ鍵無ェと駄目じゃん……」

肝心な物が手元に無いことに今更気がついた。どんだけテンパってたんだろう。海楼石で作られたこの手錠を解かなきゃ助けるも何も無い。そろりと指先で触れると、身体中の力が抜ける嫌な感覚に襲われた。

「……な、大丈夫だった?こんな動けねェ状態で…変なことされてねェよな?」

海楼石で捕らえられた感覚ならおれも身を持って知ってる。こんな四方八方敵に囲まれた状況にローが1人放り込まれてたなんて、本当にゾッとする。しかし予想外にローが息をついて笑う気配がして、額がコツンと合わさった。

「殆ど気失ってただけだ。だからそんな死にそうな顔すんじゃねェよ」
「なら良いけど…いや、良くはねぇけど…」
「トラ男ーーー!!助けに来た!!」
「チェンバーズ!鍵よ!」

背後から勢いよく近づいてきた声に、慌てて振り返った。やべーあいつらのこと忘れてた。麦わらはヴァイオレットを抱えて、キュロスがこれまたパンクハザードでローに生首にされていた妙な髪型の男と戦う傍を走り抜けてきた。

「麦わら屋!?」
「良かった生きてて~!」
「っお前は工場破壊班のはずだろ!リバー状況を詳しく教えろ……!!」
「分かったちょっと待って」

ヴァイオレットから鍵を受け取って、慎重に鍵穴に差し込む準備をした。今ここにいる味方は全員能力者で海楼石の手錠に触れられないから正直かなり難関だ。

「トンタッタ族っていう小人がこっち側についた。工場にはロボ達とそいつらが向かってる」
「小人だと……」
「あのオモチャが人間に戻ったのも連中の作戦だ。信用して良い。麦わらがなんであんたを助けに来たのかは…まァ、おれらには分かんねェ領域の話だから無視しといて良いと思、ッ!?」

突然床が蠢いたのはその時だった。大波が来たかのように身体が跳ね上がり、慎重に持っていた鍵が指から離れる。

「ッ鍵!!」
「!駄目だリバー戻れ!!」
「え、」

音を立てて跳ねる鍵を追いかけて駆け出した瞬間つんざくようなローの声がして、瞬く間に目の前の床が人間の拳の形をして襲いかかってきた。避ける間も無く、鳩尾に大きな拳が直撃する。癒えているはずも無い傷口が衝撃で更に開く気配がした。

「……ッあ……」
「リバー!!」
「ウマ男おおお!!」
「……か、は…」

素早く移動した麦わらに身体を受け止められ、点滅する視界で辺りを見渡した。見覚えのある巨体が部屋の中に現れて、舌打ちが漏れる。

「……くそ、あの…石の奴か…ロロノアの野郎逃がしてんじゃねェか…」
「お前血が!!」
「麦、わら…おれはいい…ローの鍵を……」
「だめだウマ男動くな、」

引き止める麦わらの腕から這い出ようとしたが、姿を現した石男の手のひらの上に乗るものを見て動けなくなった。……は?いや、そりゃ随分と呆気なく事切れたなとは思ったけど。なんつーかやっぱり、この海はそう簡単にはいかねェってことなのか?

「フッフッフ…想像以上にしてやられたな…」
「うわァ!ミンゴが生きてるーっ!!」
「これはマズイ事態だ……!“鳥カゴ”を使わざるを得ない……!!なァ、ロー……」

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