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「……!!“鳥カゴ”を……!?」
「っロー?」

ドフラミンゴの放った言葉を聞いて、ローの声色に恐怖の色が走った。珍しい、というかローがここまではっきり何かに怯えるなんておれの知る限り初めてかもしれない。鳥カゴとかいうソレが何を指すのかおれには分からないけど、今は何においてもとにかく鍵だ。ローを脅かすものがあるならますますあの拘束を解いとかねぇと。

「早急な……対応が必要だ…」
「ッ気味が悪い…!なぜまだ生きてる…!」

キュロスが駆け出してドフラミンゴに狙いを定める。おれは麦わらの腕から抜け出しキュロスの背後を走って鍵を探そうとしたが、間髪入れずローがおれの名前を叫んだ。

「リバー!一旦戻ってこい状況が悪すぎる!」
「はあ!?状況ってなんだよ、それ外さなきゃあんた動けねェだろ!」

いつの間にか追いついていたらしいグラディウスの攻撃を避けて、背後に向かって答える。振り返ればローはらしくなく焦った表情をしてこちらを見ていた。あんたにそんか顔させるなんて、鳥カゴっつーのはまじでなんなんだよ。それに状況が悪すぎるつったって、ドレスローザに来てからこっち状況が良かったことなんて1秒たりともねーじゃねぇか。ここでその手錠を外さなきゃ、ますます最悪だ。

しかし未だ波打つ部屋で小さな鍵を見つけるのは至難の業だった。降り掛かってくる拳やら弾丸やらを翼で弾きながらひたすらに目を凝らす。胃の底に響く低い声がしたのは、その時だった。

「……首の切り方を教えてやろうか」
「ッ兵隊!!」
「キュロス兄様!」
「こう……やるんだ!!!」

キュロスの名を呼ぶ麦わらとヴァイオレットの尋常でない叫び声に、意識を弾かれたような感覚がして後ろを振り向く。

「……は?いい加減にしろよ……」

ドフラミンゴを前にしたキュロスの後ろに、もう1人ドフラミンゴがいた。キュロスの首に狙いを定めて振りかぶった指の先に伸びた糸。身体に残った傷跡がキンと傷んだ。アレの強度なら、身をもって知ってる。

「ッ避けろ!!」

あの元オモチャの兵隊がここで死ぬのは、ローの未来にとって良くないと直感で思った。この国の反乱の意志を灯し続けなければ、明確な勝利は見えない。だから鍵を探すよりもそこへ向かうことを優先した。そう判断したことに驚いてる自分がどこかに遠くにいた。

全速力で地面を蹴り、翼を仰いで推進する。おれがドフラミンゴの股下をくぐり抜けてキュロスの後頭部を抑えると同時に、パチンコの要領で飛んできた麦わらが右肩を抑えた。こいつはおれと違って、勝利なんかじゃなくただ目の前の男を救おうと駆けつけたに違いない。研ぎ澄まされた黒い瞳と一瞬だけ目を合わせ、2人揃って全力でキュロスを床に押さえつける。
1秒後かそれよりもっと早くか、おれと麦わらの頭のギリギリをドフラミンゴの糸が掠めた。

「どけ麦わら!一角天馬ァ!!」

キュロスの首を逸れた糸によって王宮の壁が真っ二つに崩れ落ち、さっきまで天井があった場所に青空が覗いた。隕石を切るほどの糸ならこんな石壁ごときむしろ柔らかいもんだろう。何よりも先に苛立ちが募って舌打ちが漏れる。クソ分身野郎め、頭斬られたんなら死んどけよ!

「てめェ、ムカつく面ァ並べてんじゃねェよ…!!」

気味の悪い笑みを浮かべた2人のドフラミンゴが腕を振りかぶってくる様を睥睨しながら、麦わらがキュロスの肩を掴み後退するのを援護する。避けきれなかった糸が翼を掠めて羽根と血が宙に飛んだ。

「すまん!油断を!!」
「うん!ありがとうウマ男、いけるか!?」
「いやお前いるならローの鍵探してぇ!」
「おいリバー言ってる場合か…!とっとと離れろ!」

椅子に拘束されたままのローがもどかしげに遠くから叫んでいる。言ってる場合だろ、おれあんたを助けるためにここまで来たのに。しかし癪なことに、2人に増えたドフラミンゴの間合いから逃れるのはそう簡単ではなかった。

「ゴムゴムのォ……!」

拳を振りかぶった麦わらの背後にもう1人の奴が迫る。また、考えるよりも先に身体が動いた。

「JET銃乱打!!」

残像が見えるほど素早い拳が武装したドフラミンゴに弾かれる。顔を歪めた麦わらの背後に滑り込み、片方の翼を丸めて盾にした。舞い飛ぶ自分の羽根の合間から、長い指の先に伸びた5本の糸が見える。

「ッリバー!!!」
「っ、ウマ男!?」

張り裂けそうなローの声がおれを呼ぶのが聞こえると同時に、追いつかなかった半端な武装色で覆った翼に糸が食いこんだ。刃物さながらに肉を抉りとりながら糸は横へと流れていく。

「……ッ!」
「ウマ男……!ごめん!助かった!」
「馬ッ鹿、もう1人来る!前見ろ!」
「やべェそうだったなんでこいつ2人いんだァ!」

振り返った麦わらの目と鼻の先に、ドフラミンゴの拳が既に迫っていた。あー、これは間に合わねぇ。おれは咄嗟に両腕を広げ、受け身の体勢を取った。
「あう……!!」
「ッ…」
パンチを顔面で受けて吹っ飛んだ麦わらを抱きとめ、反動で壁に激突した。翼をクッションにしたおかげで衝撃はマシだけど、結局はおれの身体の一部だから痛みは直に襲ってくる。モロに攻撃を食らった麦わらは脳天がグラついてるようでおれの腕の中で頭を抱えた。荒い呼吸を繰り返しなが点滅する視界の奥で、ローが必死におれの名前を叫び続けているのが分かった。

心配させてごめん、の意を込めてローに向かって手を上げて未だ無傷のトブラミンゴを見上げた。あっちも実質2人だとはいえ、麦わらと2人がかりでこのザマか。苛立ちを込めて睨みつけた先でドフラミンゴは吊りあがった笑みを浮かべ、息の荒いおれ達を見下ろしている。

「麦わら、立てるか…!」
「ウマ男ごめん~~…!」
「もうヘマすんじゃねぇぞ…で、どうする?この部屋自体あいつらの手中にある以上、この状況は不利だ」
「んぐぐぐ……!くそ、ミンゴの野郎…!」
「フッフッフ…」

ドフラミンゴはおれ達が動けないでいるのを高見から見下ろし、仰々しい仕草で後ろを振り返った。

「リク王!!10年前のあの夜の気分を憶えているか?愛する国民を斬り平穏な町を焼いた日!」
「……!未だ夜な夜なうなされるわ…憶えていたら何だと言うんだ……!」
「これから起きる惨劇はあんな小規模なものじゃない……」
「!?馬鹿な事を!何をする気だ!?あんな悲劇はもう二度と……!」
「逃がしてやるよお前ら!ピーカ邪魔者どもを外へ!!」

ぐわん、と部屋が波立つ。床がバネのような動きで下がっては大きく盛り上がりはじめところで、嫌な予感がしてとっとと麦わらを放り投げた。急いで翼を仰ぎ宙へ飛んだが、顔の傍に迫った床に身体ごと弾かれてしまった。無風の屋内に残ったドフラミンゴの凶悪な笑みが脳裏に焼き付く。

「っくそ、ロー!」

床がうねった勢いで窓の外へ放り出され、麦わらやヴァイオレット達が下へと落ちていく。その中を掻い潜って一直線にローの元へ向かった。椅子から離れたローの下へ飛び込み、腕に抱きとめる。空の上、翼を広げたおれの腕の中に収まったローがぐしゃりと頭を撫でてきたので、背中に回した手に力を込めた。

「てめェ無茶ばっかしやがって…!」
「ごめ…つーか鍵取れなかった…どうする、上戻る?」
「いや良い。恐らく下に落ちてる。翼を斬られてんのに無理に戻らなくていい。それにお前、傷が開いて……」

おれのパーカーの胸元に指をかけて中を覗き込み、ローは盛大に眉をしかめた。血の滲んだ包帯がどういう惨状になってるのか想像すんのも嫌だ。

「え、と……見かけよりはまァ、大丈夫だから」
「……そうは見えねェ」
「あんたも撃たれてたろ」
「おれァ大分休めた。お前はこんなとこまで飛んで、あんな派手にやられて……ああくそこの海楼石さえなけりゃ…!おい、早く降りるぞ。ただし絶対無茶はするな……!」

ローの剣幕に押されて頷きを返し、ゆっくり降下を始めた。周りのことを全く見ていなかったが、ヴァイオレット達は大きく膨らんだ麦わらの腹の上に上手い具合に着地したようだった。
早く、とは言っても大事な大事なローを抱えているので丁寧に大きく翼を広げて、最新の注意を払って地面に降り立つ。

「くそ~良いな~ウマ男は飛べて~」
「あなた達随分と優雅に降りてきたわね……」

腹をさする麦わらと呆れたようなヴァイオレットを無視して、翼を引っ込めてローの肩に腕を回して思いきり抱きついた。手錠は解けないままだけどとにかくローは助けられた。生きて戻ってきてくれた。

ローは拘束されたままの長い腕におれの頭にくぐらせて、腰に回した手で抱き返してきてくれた。そしてそのまま何も言わず体を屈めて、おれの首元に顔をうずめて深く息を吸った。

「……ロー?」

なんだか縋りつかれているような気になって、思わず手を伸ばして跳ねた黒髪を撫でた。ひく、と少し動いたローはおれに回した腕に一度ぎゅっと力を入れてから、ゆっくりと体を離した。見上げた先にある顔は、未だ青ざめている。その視線がおれを通り越して何やら空を見上げたのに気づいたけど、おれにはローの方が重要だった。

「──どうした?らしくねぇ顔してる」
「…始まった、鳥カゴだ……」
「それ、さっきあいつが言ってたやつか」
「あァ…この国の真実が漏れる前に今この島にいる奴らを皆殺しにするつもりだ……!」
「皆殺し、って…」

絶望的な表情をするローの手を握り、空を見た。青空を切り裂くように、白い筋が一点から筒状に四方へ降りていく。まさに島全体を覆う鳥籠そのものだ。

「おれは…」
「…え?」

か細い声がしたからローに向き直った。いつの間にか握り返されていた手は力が籠って白くなっている。帽子はどこかで飛ばされたのか、前髪に見え隠れする薄灰の瞳が辛そうに歪んでおれを見下ろしていた。

「パンクハザードで…夢に見たことがある。あの檻の中にお前がいるのを。正夢にしねェと誓ったつもりだったが、結果がこれか…」
「いいよおれは。あんたと一緒なら」
「…夢ん中のお前もそう言ってやがった」

夢、なんてまた珍しい事を言い出した。ドフラミンゴと共にいた子供時代にきっと何かあったんだろう。おれもあんたも、子供の頃の嫌な記憶ってのはどうして根深く頭に居座っちまうんだろうな。ローがいつもおれにしてくれるように、握った手の上にさらに手のひらを乗せて、しっかりと目を合わせる。

「怖い?おれはこんな珍しいあんた見れんのが嬉しい」
「………馬鹿リバーめ…」
「慰めてあげるから、もっかい腕ん中くる?」
「………」

両腕を広げて冗談混じりに小首をかしげてみると、なんとローは素直に吸い寄せられてきた。無言で覆いかぶさってきた高身長にすっぽり身体を囲われて、慌てて背中に腕を回す。やばい、予想外だ。だけど動揺よりも、ローが頼ってくれた喜びの方が勝る。胸元に顔をうずめて脈打つ鼓動に耳を澄ませた。

「大丈夫。おれはずっとあんたの傍にいる」
「———お前がいるから、余計に…」
「え…余計に、なに?」
「…死なせたくねェ。大切なもんを、失いたくねェ。今すぐあのカゴん中から逃がしてやりたいのに、離してやれそうにもねェ。お前もあいつらと一緒にゾウにいてくれたらどんなに安心できるかと思うのに、今ここにお前がいて良かったと心底思う。こうも矛盾した感情は初めてだ」
「………ちょ…ちょ、ちょっと待って…」

破壊力のある言葉が次から次に降ってきて、主導権を握っていたはずなのに二の句が継げなくなってしまった。ローの胸に額を押し付けたまま言われた事を咀嚼していると、耳に頬が擦り寄せられた。

「…熱いな」

あーもう、誰のせいだと思ってんだよ。自分でも火照っていると自覚したまま顔を上げて睨みつけると、ローは驚いた顔をして、ついには肩を震わせて笑い出した。

「お前、ははっ…頭のてっぺんまで赤ェぞ」
「仕方ねェだろあんたのせいだ」
「動悸もすげェし…あー…」

ローはおれの頭に頬を寄せて深く息を吐いた。強張っていたその身体がほぐれているのが分かって安堵する。

「…まァ…おれはあんたの大切なもん…っだからあ…ご要望通り離れねェし、ここにいるし、あんな糸ごときで死ぬ気もねェし、安心しろ」
「ふ、ようやく自覚したか」
「ま、前からちゃんと分かってたって。分かってたけど言葉にされると、その…」
「お前が大切だ、リバー」
「っわ、ちょ…!」

耳元で囁かれ慌ててローの手首を掴んだ拍子に海楼石に触れてしまって、勢いよく尻もちをついた。耳が焼け落ちそうだ。はくはくと声にならないまま口を開閉させるおれを見下ろして、ローはまたゆるやかに微笑んだ。

その光景が眩しくて息をのむ。

ローの背後には幾筋もの白い糸が空を覆っている。でも、それでも。おれは目の前のこの男がこうして笑ってさえいてくれれば、それだけで良いと思ってしまった。


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