モニターに映っていた長鼻の顔が消えてドフラミンゴに切り替わった。心底腹立つ顔なのに、さっきから後ろのローがおれの腹に手を回して抱きしめてくれてるおかげで全く怒りが湧いてこない。どうやらドフラミンゴがおれに三ツ星をつけたのがローの苛立ちを募らせたらしかった。あの野郎がつけた値段なんかどうでもいい。でもローがこうして怒ってくれるのが正直途方もなく嬉しい。
大事にしてくれてる。大切に思ってくれてる。もし仮に、本当に万が一、ローに蔑ろにされたとして。それでもおれはこいつの傍から絶対離れない自信がある。いややっぱ嘘絶対は言いすぎた。多分。でもこうして痛いほど抱きしめられて思いが伝わってくると、嬉しくって叫びたくなる。
やがて中継が終わり、遠くから聞こえてくる喧騒が更に大きくなった。賞金目当ての連中が動き出したのだろう。
『──ゾロ!?』
「あァ」
『今どこ?』
「ロビンか。今ルフィ達と一緒にいる。王の台地ってとこらしいが…面倒なことになってきたな」
ロロノアの電伝虫に連絡を寄越したのはロビンだった。確か長鼻と一緒にいたはずだけど、例のSOP作戦が上手くいった結果があの五ツ星なんだろう。
「ロビン!見たか今のムカつくなァミンゴ!ウソップはなんか大爆笑だしよ」
『もしかしてリバー君もそこに?』
「あァいるぜ。トラ男につかまってる」
『そう。良かった…酷いこと言われてたから』
「ほんっとムカつくよなァ!あ、レベッカもリストに入っちまってたけどあいつ大丈夫かな」
『私ここにいるよルーシー!!』
「おおちょうど良かった!今兵隊がここに……あれ!?兵隊どこ行った!?」
「……兵隊ならさっき飛び出してったけど」
「ええ!?ウマ男なんで言わねェんだ!」
「あ?あいつのこと知らねェし」
片足とは思えないとんでもないスピードで去っていった後ろ姿を思い出し、首を振った。ただならない意志を持って動いたことは分かりきっていたし、ああいう奴が突っ走ってくれた方が士気もあかるだろう。
兵隊、と聞いて受話器の向こう側にいるレベッカという女が息を飲んだ。その名前は聞き覚えがある。確かヴァイオレットの姪で、麦わらに飯を与えた奴だ。
『兵隊さんも人間に戻ったんでしょ!?ねぇルーシー、どんな人!?』
「ん!?どんな人ってお前…何言ってんだ、あの片足の兵隊がお前の父ちゃんだったんだよ!コロシアムの銅像のおっさんだった!」
「……!」
少しの沈黙の後、電伝虫の向こう側から嗚咽が漏れ聞こえてきた。話はなんとなく分かった。父親の記憶すら奪われて、人間の尊厳とかそういうの、あったもんじゃねぇな。ドフラミンゴはどれだけ多くの人間を踏みにじってきたのか、関係の無いことと知りつつ思いを馳せずにはいられなかった。そしてその多くの怒りがきっと、ローにとって強い追い風になる。
「まだ泣くなよ!兵隊は死なせねェ、お前も無事でいろ!お前が食いたがってたメラメラの実やれなくて悪かったけど、その代わり!おれが必ずドフラミンゴぶっ飛ばしてやるから!おれの仲間のそば離れんな!!こんなゲームすぐ終わらせるから生き残れ!いいな!」
麦わらは力強く言い切った。この男には多分、嘘っていう概念が無い。全部の言葉が混じりっけなく相手に届く。おれの腹に置かれた手が力の入れすぎで白くなっているのが見えて、ローにもあいつの声が響いていることが分かった。
『…っ、うん…!!』
『──ルフィ、そっちのメンバーを教えて。こっちは今…』
ロビンと情報共有を終えて、電伝虫が目を閉じる。麦わらはますます覚悟を決めて全身の力がふつふつと燃え滾っているようだった。
「…分かってんのか?麦わら屋…ドフラミンゴを生かす事でカイドウと衝突させるのが目的だった…今ドフラミンゴを討てば、SMILEを失うカイドウの怒りは全ておれ達に向けられる。怒れる四皇と直接戦うことになるんだぞ…!」
ローはおれから手を離して、真っ直ぐに麦わらと向かい合った。おれは立ち上がってその後ろに控え、同じように麦わらを見つめた。そう、絶対に確認しとかなきゃなんねぇ話だ。…ああでもこいつは未来のことなんか、きっと。
「そんな先の話後でいい。この国よく見てみろ!!今おれか止まってどうすんだ!!」
「……!」
「……は、やっぱ変な奴」
殆ど予想していた通りの言葉が返ってきて思わず笑いが漏れる。今日初めて会った他人のために命をかけてまで動く人間って、この海に一体何人いるんだろう。ふと、パンクハザードで子供のために必死になっていた航海士とそれを当然のように支えていた麦わらの一味のことを思い出した。少なくともこの男の仲間は全員そうらしい。
こうなりたい、なんて思わない。おれとこいつらは違う。立ち上がろうとしたローの腕を掴んで手助けし、背中に手を添えて長身を支えた。おれはおれの大切なもののために生きる。その道の途中で今、運良く変わった奴らと同じ方向を向いている。それだけで、おれにとってこの同盟は計り知れない程意味のあるものになっている。
「…同盟継続だな、麦わら。こうなりゃ最後まで付き合ってもらうぜ」
「おう!ウマ男、さっきはいっぱい助けてくれてありがとう!もうあいつにはぶっ飛ばされねェ!」
「ああ。じゃ、おれはまずはローの鍵を……」
「待ってろドフラミンゴーー!!」
「…は?」
ぎゅるぎゅる、と伸びてきた麦わらの腕がおれとローをまとめて引き寄せた。もう片方の手は突っ立っていたロロノアを抱き寄せて、3人の男が麦わらに抱えられる有様になる。脚が宙に浮いて、困惑に頭が支配された。なんなんだこいつ、何する気だ。おれは珍獣を見る気分で麦わらを見上げた。
「…おい麦わら?」
「てめェ…!おれは手錠を外してからだ…!」
「そのうち外れるよ」
「外れるか!!」
あーあー慌てちまって。こんなローを見れるのは貴重だからちょっと嬉しいかも。ローが為す術なく振り回されるなんて、こいつ相手の時くらいなんじゃねぇの。麦わらはおれ達の声に全く耳を貸さず、全速力で走り出した。振り払う暇もなく景色があっという間に通り過ぎていく。おれは間違ってもローが落ちないように、鬼哭と一緒に後ろから羽交い締めにした。
「ルフィ、どういうルートで行くんだ」
「まっすぐ!!」
「ま…っすぐって、お前…!」
「まさか飛び降りるの!?」
麦わらの突飛な行動に慣れているのかロロノアだけが冷静で、もう小さくなりつつあるヴァイオレットが背後で驚きの声をあげた。止める余地なんかもう無い。麦わらは盛り上がった外壁の崖に足をかけて、勢いよく飛び降りた。他人に力強く抱えられたまま襲ってきた浮遊感に、経験のない恐怖を覚える。
「麦わら!おれは自分で飛ぶから離せ!つかまじで、鍵探さねェと──」
「待てリバー!傷が余計開くから無茶するな!」
「っえ…?ならどうすんだよ…」
「まァ心配すんな。ルフィは膨らむ」
ロロノアの言葉通り、大きく息を吸い込んだ麦わらの身体がみるみる膨らんで巨大な風船さながらに変貌した。人体がこうも変形する様を間近で見ると心底奇妙だ。
「うわ…まじで変な能力」
「お前のキャプテンも大概だろ」
「は?喧嘩売ってんのかローのは最高に格好良いだろ」
「へいへい」
ふよふよと浮かぶ人間風船は緩やかに下降を続け、その大きすぎる体積のせいで多くの目撃者を生み出した。コロシアムから出てきたらしいガラの悪い連中と、それから大量の海軍が集まるど真ん中に麦わらは派手にバウンドしながら着地した。それと同時に剣先と銃口が一斉におれ達に向かって突きつけられる。
「麦わらのルフィ!トラファルガー・ロー!一角天馬!海賊狩り!!」
「三ツ星3人!二ツ星1人!」
ローを背中におぶったおれを守るように、麦わらとロロノアが前に立った。
「えれェ所に落っこちた!!」
「…麦わら屋…錠が外れたらまずお前から殺してやる…!」
「言っとくがどこに落ちてもえれェ所だ。この国中が敵なんだからよ!とにかく走るぞ!」
「おいロロノアそっちじゃねェよ!」
「何!?」
とんでもない方向に走り出したロロノアを呼び止めて、群衆の中を突っ切ろうと試みる。つーか麦わらに掴まれた勢いで降りてきちまったけど、おれは戻ってローの鍵を探さねぇと。おぶったローを肩越しに振り返ると、気づいたのか顔が近づいてきた。そんな場合じゃねーけど、耳元にローの息を感じられて結構良い距離感だ。
「ロー」
「どうした」
「おれさっきいたとこ戻って鍵探す。すげぇ嫌だけど、不本意だけど、麦わらにあんたを任せるかそれか…」
「!話は後だリバー、下から来る!!」
「ッ!?」
反射で翼を出して飛び上がると、地面から生えてきた手がさっきまでおれの足首があった場所を掴もうとして空振りするところだった。続けて手の持ち主が顔を現す。赤子じみた格好をした妙な男だった。
「なんだこいつ」
「ファミリーの幹部だ!スイスイの実の能力者…!」
「ウマ男!上にも変なのいるぞ!」
「!あいつは超体重人間だ!」
「は?んだそりゃ…!!」
翼を翻して宙に浮かんだ大男の下から逃げ出す。そしてその先には、下卑た笑みを浮かべた角の生えた男が待ち構えていた。妙なハイヒールがますます男を奇妙に見せている。つーか、ろくな奴がいねェ。
「どけ!」
「わっ!!」
ロロノアに蹴り飛ばされたハイヒール男の上に、超体重人間が良い具合に落下してくれた。次から次へと、ドンキホーテ・ファミリーってのは見世物小屋かなんかなんだろう。
襲いかかってきた囚人だか海軍だかの剣を翼で弾き飛ばしながら、背後に迫っていた銃口を蹴り落とす。
「──しかし斬って良いのか!?一般人混じってんぞ!」
「良いに決まってんだろ!こいつら全員殺される覚悟があるからおれらを殺しに来てんだろうが!!」
「ヒィ……!!」
生ぬるいことを言うロロノアに向かって引き金を引こうとしていた男の腕を武装色で覆った角で刺して捻じ飛ばす。手首から先を失った男は恐怖に染まった目でおれを見た。それに笑みを返して、顎を蹴り上げる。四肢を失う覚悟もねェ奴はハナから賞金なんざ狙うべきじゃなかったな。背中のローの安全が第一だからそんなに派手には動けないが、襲ってくるなら容赦はしない。
「待てウマ男!おれが覇気で……」
「──おやめなさい…下手なテッポウ数撃っても当たりゃあしやせん…」
「……!!」
突然重たい足音がして、辺りに群がっていた海兵の波が一気に引いた。ああくそ、連中の大将が姿を現したからだ。ふつふつと胸に怒りが湧いてくる。本当に今、お前の敵はおれ達なのか?
「またてめェか…何回ローの前に立ちはだかりゃ気が済むんだ…藤虎ァ!!」
「賭博のおっさん…!」