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「おいキャベツ、まだおれ達を恨んでんのか?」
「ん?いやキミ達麦わらの一味はもう狙わない。なぜならキミの仲間ゴッド・ウソップにぼくは人生を救われたんだ…彼の勇姿は忘れない。見ちゃいないが」
「へえ、ウソップに!?いやー仲間ホメられると嬉しいなァ」

思う存分叫び倒した金髪男は満足したらしく落ち着いた様子で麦わらと話し始めた。曰くファミリーの術中に嵌ってオモチャにされていたところを長鼻の活躍によって解放されたらしい。ドフラミンゴがあんなに怒り狂っていた理由と、長鼻が五ツ星をつけられていた理由が分かった。例の作戦のMVPはどうやら奴らしい。ずっと何かにビビッていた割に闘魚を撃ち抜いた狙撃の腕前は卓越していた事を思い出し、ひとり納得する。

「あァそうだトラファルガー…これはキミの帽子だろう?コロシアム前に落ち着いたぞ…被せてやろう──さァ首を出せ!」
「首を取る気だろうが!」
「てめ、とっとと寄越せ…!」

イカれた金髪男ことキャベンディッシュの手から帽子をふんだくって、あるべき場所──ローの頭に戻す。そしてまたすぐにローの影に隠れた。こいつ普通に苦手だ。

「フン…チェンバーズ、本当は羨ましいんだろう自他ともに認める美しすぎる海賊の座が!お前が敗北を認めるなら、世界で2番目に美しすぎる海賊の座はくれてやろうじゃないか」
「………」
「さァ“チェンバーズ・リバーよりもキャベンディッシュ様の方が美しいです”と言ってみろ!」
「………」
「むーしーすーるーなー!」
「てめェもう二度とリバーに絡むな。後その言葉はおれが絶対に認めねェ」
「なんだと!?」

完全無視を決め込んで俯いたおれの頭にローがフードを被せた。目元まで覆ってくれたそれを有難く受け入れながらローの肩にこつんと頭を預ける。ちょっとの間充電させてくれても罰は当たらないだろ、と誰も聞いちゃいない言い訳をしながら。

くっついた身体越しにローの呼吸が伝わってくる。本当はずっとこうしてたい。いつまでもこうやって甘えられて、ローの手首には手錠なんかなくて、そうだったらどんなに良いか。そう願うことすら現実は許しちゃくれない。

「……ロー」
「どうした」
小さく呼んだ名前を聞き逃さないでくれたローの静かな声が、耳元のすぐ傍でした。
「おれはあの王宮があった場所まで戻る。あんたの鍵、探さねぇと」
「──頼めるか」
「うん。当たり前だろ」

ゆっくり顔を上げて、ローを見た。今にも触れそうな程近くにある険しいその表情が、抗いようもなく現実を物語っていた。いつまでもこのままでいられないと、誰よりもローが強く感じている。
その背後では麦わらとキャベンディッシュがどっちがドフラミンゴを倒すかで言い争いを始めていて、ロロノアは面倒臭そうにキャベンディッシュを睨みつけていた。

多分もう、今しかない。

そう思った瞬間には自然と首を伸ばして、ローの唇に自分の唇を押し当てていた。目を閉じて数秒、冷えていたお互いの皮膚が少し温まったのを感じてから顔を離す。少し細められた瞳と目を合わせながらローの手にそっと指を絡めると、海楼石の手錠なんか付いていないみたいに力強く握り返された。そして薄い唇がゆっくり開いて、少し笑みを含んだ声を出す。

「足りたか?」
「……足りねぇ。もっと、ぬくい所で…ちゃんと抱きしめてくんなきゃ全然足んねぇ…」

ああ甘ったれのクソ野郎。こんな事、言ってどうする。頭では分かってるのにずっと思っていた事が漏れ出てしまう。
島中から響くざわめきに紛れてしまうか細い願望だったのに、ローは全部聞き取って「そうだな」と柔らかな声色で返してくれた。

「ぬくい所、か…何処が良い?」
「ポーラータングのあんたのベッド。掛け布団一緒にかぶって、添い寝する…」
「ふ…ああ、悪くねェな」
「朝まででも良い?」
「寝ぼけて昼までになりそうだな」
「まじ?最高じゃん……あと枕もあんたの腕枕がいい…」

ローの肩に顎を乗せて、甘美な妄想に浸る。欲望ダダ漏れのおれの言葉にローが表情を緩めて笑いを漏らした。この島に入ってからお互いずっとしかめっ面をしていたから、こんなやりとりも久しぶりな気がした。

後ろでは麦わらとキャベンディッシュがまだ何やら言い合っていて、崩れた建物の向こうで名前も分からない人間の悲鳴があがって。

もう、行かねぇと。この海で一番大切な男の道筋を少しでも明るいもんにするために。理性を総動員して立ち上がろうとしたが、ローにぎゅっと手を握られ直されて心臓が跳ねた。

「──…リバー」
「……!」

少し掠れた声で名前を呼ばれて、額に唇が押し当てられた。ローからこういう事をされるのに全く慣れないせいで、一気に顔が熱くなる。少ししてから口を離しおれの赤面を覗き込んだローは、もう張り詰めた真剣な表情に戻っていた。

「…無茶はするな。絶対とは言わねェが、出来る限り傷つくな」
「ん…」
「頼むから、ちゃんと返事しろ」

切羽詰まった声でそう言われて繋ぎっぱなしだった手が強く握り直されたから、慌てて頷いた。頼む、なんてよっぽどじゃないと言わない男にこんな必死な顔をさせちまったら、部下失格だ。

「分かった…から、なァもっかいだけ—……っ、ん…」

言い終わる前に唇が塞がれた。近すぎてぼやけた瞳を目に焼き付けている内に、おれの唇を1度ゆっくりと食んでからローは離れていってしまった。その口を反射で追いかけると、「また後でだ」と囁かれてコツンと合わさった額に押し返された。後でって、それ……いつになる?

「ちぇ……おい麦わら!」
「ん?ウマ男どうした?」

麦わらが振り向くのと同時にローの顔は離れていった。次に触れられるのがいつになるか。そんな考えても仕方のないことが頭を過ぎって止まらない。

「おれはローの手錠の鍵探しに戻る。…その間、頼むぞ」
「──ああ、分かった」
「お、良いのか?他所の船の奴に船長任せて」
「馬鹿良いわけねーだろ」

軽口を叩いてきたロロノアを本気で睨みつけながら立ち上がり、背中から翼を出した。何度か羽ばたいてロー達の頭上まで飛ぶと、奥にいたキャベンディッシュがまた地団駄を踏みながら怒り出した。

「ぬああずるいぞチェンバーズ・リバー!!その翼と角をぼくに寄越せ!」
「他にどうしようもねェからお前らに任せんだよ。いいか、ローに傷1つ負わすなよ」
「だからぼくを無視するなァ!」
「とりあえずヴァイオレット達んとこに行く。見つけたら連絡するから──後は、任せる」
「あァトラ男は任せろ!ウマ男も気をつけてけよ!」
「落っこちんなよ」
「誰に言ってんだばーか」

麦わらとロロノアを払う仕草をして、最後にローと目を合わせてから大きく翼を仰いだ。舞い飛んだおれの羽根のひとつを掴まえながら、ローはただ静かに頷いた。それだけで胸が熱くなる。おれ、いつになったらあんたの格好良さに慣れるんだろ。この調子だと永遠に無理そうだな。

後ろ髪を引かれながらも視線を断ち切って空を見上げた。あーくそ、ずっと同じ島にいんのになんだってこうも離れ離れになんなきゃなんねぇんだ。

「一角天馬がいた!!三ツ星だぞ~~!」
「撃て撃てェ!」

高度を上げた途端に飛んできた弾を避けて、更に上へと羽ばたく。そこら辺の有象無象にやられる気なんて更々無いけど、どこに行っても狙われるのは鬱陶しいな。全く形だけはご立派な首取りゲーム初めてくれやがって。

上空に張り巡らされたドフラミンゴの糸が目に入り、舌打ちが漏れる。どうせ全員コレで切り刻むつもりのくせに何が賞金だ。新聞記事さえフェイクにしたあの狡猾な男が真実を知った人間を生かしておくはずがない。

一瞬この糸の隙間から出られやしないかと思ったが、更に上昇して間近で見るとおれが通れるような隙間は無かった。翼が細切れになる未来しか見えない。
再び舌打ちを漏らしつつ下に視線を移すと、王宮の手前を牛耳っているピーカが手のひらを地面に叩きつけて一帯に土埃が立ち込めていた。

「……あのデカブツ好き放題しやがって…」

王宮までの道筋に居座られてはローの行く手の邪魔になる。おれは天馬へと姿を変え、ピーカ目掛けて真っすぐに急降下した。風を切って降りていくにつれ街が近づき、悲壮に歪む人々の顔がよく見えた。

武力を持たない市民にとってみれば、あちこちで銃弾が飛び交い島の端から殺人兵器さながらの糸が迫るこの状況は地獄という他ないだろう。おれの治療をしてくれたあの医者達だって、今頃どうなっているか分からない。


おれ達が、来なければ。

裏側にどれだけの不幸があろうが、この国は形だけは平和なままだった。今流れている誰かの血が流れずに済んでいたかもしれない。

そこまで思い至ることはできるけど、やっぱりおれはローしか見えない。ローの本懐を遂げるため。少しでも、ローのために生きるため。他の誰がどうなろうがどうだっていい。


「……ロング・グットバイ」
「!?てめェは…!」


できるだけ羽音を立てずに降下して、ピーカの頭のてっぺんに蹄を鳴らした。すぐさま振りかざされてきた拳を避けて舞い上がり、その手の甲にも蹄を打ち付ける。やがて聞きなれた水音と共に石の表面から水が湧き起こった。頂上から溢れた清流は巨像を伝いながら下へと流れていく。

「なっ、なんだ!?水!?」
「あそこ!上だ!!一角天馬がいる!」
「あいつがやったのか!?」

空を飛びながらピーカの身体のあちこちに降りたって、どんどんと水を増やしていく。

「な……にをする……!」

怒りに満ちた声と共に動力を失った岩が倒れていく。ピーカの足元は流れる水と瓦礫に襲われた人間達で混沌とし始めた。巨大な石人間は水と一緒地上へ倒れ伏したが、その本体はいない。顔の中から出てくるもんだとばかり思っていたが、どうも違ったらしい。上空から観察して、ある考えに思い至る。

「……地面を伝って逃げたか?」

表面が水で覆われている間に、中を移動して逃げた。そう考えるのが自然だ。

「だせぇ真似しやがって……深追いはできねぇな。後はロロノアらへんがどうにかするだろ」

いずれロー達と一緒にここを通るであろうロロノアが、一度逃がした獲物を逃すとは思えない。その時少しでも倒す手間が省けていれば上々だ。

とっとと王宮があった場所へ行こうと翼を大きく広げた。その瞬間微かな発砲音と共に弾丸がおれに向かって放たれ、空まで到底届くはずも無く下へと落ちていった。人獣型へと姿を戻しながらその方向を見下ろすと、瓦礫の下で血を流した男が震えながら銃口をこちらに向けていた。その周りでは溢れた水に溺れた連中がもがきながらこちらを睨みつけている。

「化け物が降りてきやがれ!!」
「滅茶苦茶にしやがって……!」
「あなたのせいで!!」

憎しみの籠ったいくつもの目が向けられていたが、それら全部を受け止めて翼を翻した。ローが通る道にいたのがこいつらの運の尽きだ。翼を仰ぎ、延々と罵る声が続く場所を離れた。

とにかく鍵、ローの鍵だ。それ以外は今どうだって良い。

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