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地形の変動とドフラミンゴの悪趣味なゲームがもたらした混乱で、ドレスローザは騒然としていた。“SOP作戦”を終えたロビンはその混乱の最中に地下交易港から地上に出て、コロシアムを伝って王の台地に到着したところだった。

争いが続き騒然とする地上を見れば台地の手前に何故か巨大な池が出現していて、人々が必死に水から這い出てきているところだった。一瞬でこんなに水を生み出すことができる能力なんて、ロビンが知る中では一人しかいない。リバーとはグリーンビットで別れてしまってから会えていないが、どうしているだろうか。あの水没した場所で何があったのかは分からないが、彼のことだからきっとキャプテンの傍にいることだろう。

しかし、その予想はものの数分で外れることとなった。ハナハナの能力で崖沿いにネットを作りトンタッタ族やレベッカを引き上げていると、黒い羽根がひらひらと舞い降りて肩に落ちたのだ。

ロビンは柔らかい感触に気づいて肩に目をやり、艶やかに輝く羽毛に目を瞠った。この美しい羽根には見覚えがある。はっと息を飲んで空を見上げると、思った通り翼を大きく広げたリバーが一人台地へ降りてこようとしているところだった。

「リバー君!」
「…!ロビン、着いてたのか」

ロビンに気づいたリバーは翼と角を仕舞い、かなり高い位置から軽やかに着地した。随分久しぶりに会うように感じる青年は乱れた髪を実に優雅にかきあげながら、ロビンと同じ感想を抱いたらしく「なんか久々」と言って肩をすくめた。

「グリーンビット以来?時間でいやァそんな経ってねェのにな」
「ええ本当に…こっちも色々あったけど、あなたもよね?とにかく無事で良かったわ」

そう言ってから、近づいてきたリバーの白い肌が輪をかけて色を無くしていることに気がついた。それにパーカーから覗く首元にも痛々しい傷痕が何本も走っている。

「…ごめんなさい。とても無事とは言えないわね」
「ん?お互い様だろ。おれはロロノアが医者に連れてってくれたから」
「そうだったわね…助かって良かったわ」
「あァ助かった。あいつ、方向音痴だったけど」

リバーは軽い口調で言って、切れ長の瞳をいたずらに細めた。一気に幼い印象になる魅力的な笑みに、ロビンもつられて微笑みを返す。いつの間にかサンジだけではなくゾロとも親交を深めていたらしい。無骨だが世話焼きな面のあるゾロと、クールに見えるが放っておけない不安定さがあるリバーは相性が良いように思えた。リバーは続々と台地へ登る人に気付いてひょいと崖下を覗き込み、それから感心したようにロビンの手を見た。

「この網、お前の手で出来てんの?」
「ええ。トンタッタ族とレベッカ達を下から連れてきたの……あなた、1人?トラ男くんはどうしたの?」
「ローなら麦わらに任せてきた」
「あら…雨が降るわね」
「あーまじで降るかも。超苦渋の決断。ローの手錠の鍵とっとと探さねェとだから」

苦々しい顔になったリバーに納得した。なるほど、ローと離れるのもローのため。どこまでも彼らしい行動に思わず笑みを漏らすと、リバーは怪訝そうな表情をした。警戒心の強い猫のような反応にますます笑みを深めると、「お前の笑いのツボどこにあんだよ」と戸惑った声が返ってくる。

こんなにもいじらしく自分を慕う部下を見送ったなんて、ローの方も苦渋の決断だったに違いない。パンクハザードからロビンがことある事に観察している限り、ローはリバーに対して、彼の中では最大限に甘い対応をしているように見えた。甘い、というのは甘やかすという意味でなく、纏う空気が優しいという意味で。不意に触れる指先だったり、相手に向ける視線だったり。その全てが彼らがただのキャプテンと部下でないことを物語っていた。……だから、このドレスローザにかける彼らへの並々ならぬ思いもロビンには伝わってきた。こちらも全力で手助けしたいと思うほどに。

「あれ!?そこにいんのウマ男か!?聞いてけおれの勇姿を!」

トンタッタ族に引き上げられてきたウソップが、台地に着くなりリバーを見つけて叫んだ。辺りを見れば帯同してきた殆どはもう台地に上がり終えているようだった。

「あーなんか主犯格らしいなお前。そんなことより手錠の鍵見てねぇか?」
「そんなこととは何だオイ!」
「あんれ~!?ルフィ先輩かいねェべ~~!」

リバーはどうでもよさそうにウソップに返答して、きょろきょろと辺りを見渡した。小さな鍵ひとつをこの崩れた地形で探すのは骨が折れるだろう。手伝いを申し出ようとしたところで、崖を登り終えたバルトロメオの大声が響いた。

「ルフィは同じ場所に5分とじっとしてねェからな」
「フリーダム!海賊王!さすかだべ……………ん?ちょーっと待て…おいおいそこのお前!なァにロビン先輩のお隣に立っちゃってくれてんだ!」

ズカズカと大股で近付いてきたバルトロメオを見て、リバーの眉間に一気にシワが寄る。ロビンが間に入ろうとする間もなくバルトロメオが目の前に迫り、リバーは大きな舌打ちを漏らした。

これもロビンの観察結果のひとつだが、恐らく彼はパーソナルスペースがかなり広い。本人は無意識かもしれないが、ドレスローザの街中を共に歩いた時も人とぶつからないよう気を張っていたように見えた。キャップを深く被って顔を隠していたのも、きっと人と関わらないために身につけた癖だ。

リバーの前髪をかき分けて、威嚇するように額からめきめきと角が生える。そして彼の身体の倍以上は大きな黒い翼が瞬時に広がった。デニムのポケットに手を入れた姿勢でストリートギャングよろしく眼光を鋭くした羽根と角の生えた青年に、バルトロメオは目を見開いて足を止めた。

「な、なんだべ気味悪ィ…」
「それ以上汚ねェツラおれに近づけんな」
「ああん!?なんだと!?」
「トサカ君よして…彼は私たちの同盟相手よ」
「ど、どどど同盟相手!?てことはハートの海賊団の!?くそぉずるいべぇぇぇ」
「———……」

一気に挙動不審になったバルトロメオに一瞥もくれず、リバーは翼を翻して歩き出してしまった。長く伸びた翼が地面に擦れていくつか羽根を落としているのを眺めつつ、騒がしい人間が苦手そうなのもイメージ通りだとロビンは一人頷いた。

「ロビンさん!下からまだ追手が!」
「あら…皆登り終わったらネットは外さなきゃね…失礼」

崖を登り終えたレベッカの声を聞いてロビンは能力を解いた。するとほっとした様子の彼女が、一転不思議そうな表情になって去りゆくリバーの後ろ姿を手で指した。

「あれ…あの人?は、誰?味方?」
「味方よ。ハートの海賊団のチェンバーズ・リバー。そもそも私達がこの国に来たのは、彼らと同盟を組んだことがきっかけなの」
「そうなんだ…ならルーシーやロビンさん達に出会えたのはその人達のおかげね。後でお礼を言わなきゃ。それで…あの黒い翼は何!?あの人から生えてるの?」

少女らしい好奇心を隠さず問いかけてくるレベッカに、ロビンは微笑んで「悪魔の実の能力よ」と答えた。ロビンも初めて見た時は生きた芸術品のようなあの美しい翼に感動を覚えたから、今の彼女の気持ちがよく分かる。
近くにいた女性の傍で立ち止まったリバーがこちらを振り向く。その額に生えた角と彼の相貌が目に入ったレベッカは驚いて息をのんだ。

「わ、凄い綺麗な人……あ!あの人の隣にいるのヴィオラさんだ!おーいヴィオラさーん!!」

駆け出したレベッカの後に続いてロビンもリバーの元へ向かった。先程ゾロと共有していた情報から推測するにあの女性はこの国の王女ヴィオラで、隣に座っているのがリク王だ。リバーはロー救出の過程で彼女と接点ができていたらしく、既に慣れた様子で会話を交わしていた。

「麦わらに連れてかれたせいでローの鍵探せなくてさァ…お前、見てねぇ?」
「それなら朗報よ。ほら」
「え」
王女が差し出したのは小さな鍵だった。リバーの表情がかつて無い程パァッと輝く。
「うわ最高…ッ!もしかして探してくれてた?」
「ええ。あんなに必死なあなたを見てたもの」
「ヴァイオレット…!ああ、なんて礼を言や良いか……」

リバーはいつもの澄ました態度からは想像できないほど感極まった様子で天を仰ぎ、ヴァイオレットの両手をひしと掴んだ。顔を覗き込みながら、明るいグレーの瞳が少し潤んで彼女を見つめる。ヴァイオレットの隣からその表情を見たレベッカが「わあキレイ」と素直な感嘆の声を上げた。

「ありがとう…!この恩は一生忘れねェ」
「え、ええ…あなた、そういう顔あんまり見せちゃ駄目よ…死人がでそう」
「そんな。ローの鍵を見つけてくれた大恩人に礼を言いてェだけだ」
「大丈夫よ。わたしはあなたの眼中にトラファルガーしか無いことを分かってるから。ただ、それを知らない人は勘違いしちゃうんだから──」

ヴァイオレットがまるで弟を心配する姉のように注意し始めたのを、リバーは叱られる子犬に似た面持ちで神妙に聞いている。手錠の鍵を見つけたことで、リバーの中で彼女の株がとんでもなく急上昇したのは伝わってきた。

ただ彼がこんな表情を見せるとしたら、“困っているトラファルガー・ローをリバーより先に助ける”という高いハードルを超えた時だけだから、きっと心配は杞憂だろう。

「オホン!!おい、娘に何を──」
「ああ、お父様…彼なら大丈夫よ。私、彼らに賭けたの。だからこうして、トラファルガーを自由にするための鍵も見つけた」
「待てヴィオラ……こいつらが何だと言うんだ。海賊だぞ」
「そうよ。彼らこそこの国の見せかけの平和を壊してくれる無法者達。世界政府が称号を与えた海賊ドフラミンゴに私達はこれだけの傷を負わせたのに……今更“正義”を掲げた海軍や政府なんかに助けて欲しくない!」

感情の籠ったヴァイオレットの言葉を聞き、ロビンとリバーは自然と目を合わせた。政府嫌いでいえば2人とも筋金入りだ。

「彼らには聞こえないのよ自ら出した犠牲者の声が……この国の怒りの声が!権力者の耳は都合よく出来ているから…少なくとも麦わら達の言葉には血が通い、彼らの行動は心と共にある!!」
「………」
「リク王!彼を見てください!!」
「!君は五ツ星の……」
「ゴッドウソップことウソランドれす!」

トンタッタ族達がウソップの勇姿をリク王に語りだしリク王もそれに聞き入り始めたところで、リバーがヴァイオレットから手を離し大きく翼を広げた。

「─じゃあ、ヴァイオレット。おれはローんとこ戻る」
「ええ、気をつけてね」
「お前も。無茶すんなよ」
「ま、待って…!その鍵を届けに行くの…私も手伝いたい」
「レベッカ……!あなたにも懸賞金がかかってる。街に降りたらただじゃ済まないのよ」
「どの道じっとしてられないの」

リバーはレベッカをちらりとも見ずに翼を仰いだ。もはやローのことしか頭にない彼に、他人の声なぞ聞こえないだろう。ばさ、と音を立てて羽根が巻い、彼の足が地面から離れたところでロビンはその足元に駆け寄った。

「……リバー君!」
「──ロビン、おれもう行くから」
「ええ分かってる。私達もすぐ追いかけるわ。ドフラミンゴとその配下の幹部達と相見えるなら、味方が多い方が良いはず」

みるみるうちに上へと飛翔していくリバーに向かって声を張り上げると、一応ロビンに対しては誠実に対応しようと努めてくれているらしく、至って真面目な返答が返ってきた。風に揺れる黒髪が微笑む彼の輪郭を柔らかく撫でる。
「あァ、分かった。なんつーか……ありがとな」
黒い翼が大きく広がり、一気に高度を上げる。飛翔するその姿はまるで一枚の絵画のように美しく───。

「……え、」

ロビンは信じられない光景に息を飲んだ。突然、下から何かに引っ張られるようにリバーが墜落を始めたのだ。

「~~~~~!!!!ロビン!!!」
「リバー君!?一体何が──」
「鍵ッ」

ビュン、と放り投げられたのはローの手錠の鍵だ。今のリバーにとって命よりも大切なはずのそれを手放すだなんて。飛んでくる鍵を手をいくつか繋いで受け取ったロビンを見届けてから、為す術なく落ちゆくリバーは憤怒の表情で眼下の街を見下ろした。

「ぶ……っっっ殺してやる……藤虎ぁぁぁぁ!!!!」

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