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鍵を受け取ったロビンはすかさず能力を発動させておれを助けようとしてくれたが、間に合わなかった。身体を掴めたとしてもロビンの腕が重力にやられて折れちまうだろうから、それはそれで良いんだけど。良いんだけどさぁ…やっぱ最悪だ!

「ロビン、おれのことはいいからとにかく鍵!鍵頼む!!」
「…!!必ずトラ男君に届けるから!」

心配そうに崖の淵まで駆け寄ってきたロビンとヴァイオレットともども台地の光景がかき消えて、おれは身を翻して下を睨んだ。そういや別れ際ロロノアに「落っこちんなよ」とか言われたのに、ものの見事に落ちてんじゃねぇかクソ。

こうなったらこのスピードを利用してあの野郎を踏みつぶしてやる。角を伸ばし天馬へと姿を変え、段々と視認できる大きさになってきた憎き海軍大将に蹄の照準を合わせた。猛スピードで飛んでりゃ今頃錠の解けたローが抱きしめてくれてたかもしんねェのに!!

「あああくっそ!!死ね!!」

実にシンプルなこの叫びによりおれに気づいた藤虎は、地上でバツの悪そうな顔で頬をかいていた。

「こりゃあ予想外のお人が引っ掛かりやしたねェ」
「うわああ一角天馬が落ちてきたァ!!」
「撃て、撃てェ!」
「やめときなさい。その鉄砲じゃ天馬は狩れやせん…」
 
あの距離感からしておれを狙って能力を発動したわけじゃないのは分かってたが、改めて予想外とか言われるとまじで胸糞悪ィ。しかも脳天を蹄で叩き割ってやろうとした直後に重力を逆転されて勢いが殺された。結局藤虎を踏みつけること無くふわりと地面に着地する羽目になり、おれは盛大な舌打ちを漏らしながら人獣型に戻った。

「おい…なぁ頼むぜ隕石野郎……いい加減にしろよ何回顔合わせりゃ気が済むんだよてめェとよお…」
「えらく美しいと評判のあんさんに、あっしの刀が会いたがってんのかもしれやせん」
「ほざけ気色わりィ。あーあーおれがローの手錠外したかったのに、全部パアだ…!」

重力に襲われる前に地を蹴り、振り上げた脚を藤虎に振り下ろす。ローの手錠を外して、「よくやったな」とか言われて、自由になった腕で抱きしめてもらってあわよくばご褒美のキス。これ全部おれの夢と散ったわけだ。

どろっどろの憎しみを込めた足を刀で受け止められて次に来るであろう攻撃を防ごうとしたが、藤虎はただおれの身体を弾いただけで仕掛けてこなかった。なんだ。つーか、殺気とか闘争心とか、そういった類のものを抑え込もうとしてねぇか。

「……なんのつもりだ?」
「———……」

刀で払われた流れで宙で一回転して、地面に降り立つ。不審な態度は気になるが、今はそれよりも上空から聞こえ始めた轟音の方が問題だ。

おれを引きずり落としたあの重力は、十中八九その更に上にあるもんを落とすためのものだった。ドレスローザに来てからアレを見るのはもう3回めだ。

「……弱りやしたね…鳥カゴとやらが邪魔をして、ウチの隕石が切れちまってやいませんか…?」

辺りには小さい子供を連れた母親もいた。怯えながら空を見上げる彼女たちは、混沌とした喧噪の中逃げることもままならない様子だった。関係のない国の知ったこっちゃない光景のはずなのに、目の前の海兵への怒りが沸き立つ。だって、海兵なんだろ、こいつは。

「海賊もしょっぴけねェ、守るべき人間に隕石落とす…てめェとっととその軍服脱げよ。似合ってねェから」

翼を仰いで飛翔し、ドレスローザの空にある隕石の上まで飛んだ。ごうごうと燃え盛る火球が目前に迫り、肺が熱くなる。いっそこのままローの所へ行こうか。そう思ったけど、藤虎の好きにさせるのが癪だ。とにかくこれをぶっ潰してやる。

「ッあっちィな、くそ」

ふくらはぎから下だけを天馬の後ろ脚に変えて、隕石の上に降り立った。炎で覆われた表面に思い切り蹄を食い込ませてから次の隕石の破片へ飛ぶ。
おれが足で踏みつけた隕石は次々に湧き出た水で覆われて、急激な温度変化に耐えられずひび割れていく。高温で茹だる上空をひたすらに羽ばたき全ての破片を飛び交い終えた後にはもう、隕石は地面に落下する直前だった。

最後のひとつの表面から湧き出る水の上に立って共に落下しながら、息を吐く。鳥カゴの糸で切れて若干小さくなっていたことと、今日だけで三回も隕石を見てたおかげで出来た芸当だ。

「い、隕石がただの岩になったァ!?」
「どうなってんだあの水量!」
「あ、あれが幻獣種…!能力が桁違いだ」

燃える巨岩が落下するよりも、ただの巨岩が落下する方がまだマシだろ。とはいっても衝撃は免れないので眼下の人間は散り散りに逃げていき、おれも直前で飛び上がって離れた場所に着地した。

轟音と共にドレスローザに落下した隕石は、建物と地面を抉り砂埃を巻き上げ、やがて沈黙した。あのまま落ちてたら今頃辺り一面火の海だ。

「———感謝しろよ、役立たずの大将」

挑発と皮肉を込めて吐いたおれの言葉を、藤虎は黙って受け止めた。一体今何を考えているのか、知りたくもない。翼を震わせて砂埃を落としている間も、海兵たちは青い顔をして銃口を構えている。警戒のために翼を広げて間合いをはかっていると、突然後ろから見知らぬ声がした。


「いやーありがとな、助かったよ。まさか隕石が降ってくるとはなァ」
「……!誰だ」

穏やかな空気を纏っているのに、危うい鋭さを持った声色だった。まさか背後にも敵が?と振り向いて、その帽子の下に見えた顔にいささか驚く。同時に脳内で何枚かのピースが合わさった音がした。

「——……ああ…ここにいるってことはやっぱお前が麦わらの兄弟だったのか、革命軍」
断定すれば男の目がきょとりと丸くなった。
「おお!?ルフィの友達か!?」
「ただの同盟相手だ」

朗らかに笑う男は、海軍の服を着た仮面の男の頭を手に握りしめていた。今の混乱に乗じて一人伸していたらしい。
「バスティーユ中将…!!」
「中将殿ォ!!」
仮面が砕かれ、モノ同然に放り投げられた海兵の元に部下らしき連中ががわらわらと集まった。軽い足取りで近づいてきた男の晴れやかな空気と手元についた血がアンバランスで、随分印象のちぐはぐな奴だと思った。

「おい…あれは、ちゃんとお前が食えたのか?」
「ん?……あァ、これか?」

街中に貼られた手配書や新聞の一面で何度も見た顔が一瞬虚をつかれた表情になり、やがて得意げに微笑む。掲げられた指先から眩い炎がはじけたのを見て、ひとつ胸のつかえが取れた気がした。

「……良かった。麦わらの奴、ローとおれのためにあの試合から抜け出してきたから」
「ははっ、心配してくれてたのか?何があろうと意地でも食ったさ…エースの形見だ」

革命軍のサボ。海に知れ渡る悪名高い男は、顔を逸らしたおれを覗き込んで爽やかな笑みを浮かべた。…兄弟の形見。それがこんな風に自分の一部になるなんて、今どんな感情がこいつの中で渦巻いてるんだろう。おれには想像することしかできないけど、きっと喜びと、それと同じだけの寂しさで苦しくなっちまう。そう思ったら会って数秒の奴に言う必要のないことが零れ出てしまった。

「その炎を見る度、思い出すだろうな」
「……あァ、そうだな」
「──……あー、余計なこと言った」
「いや。お前も大事なもんを失ったことがあるんだな。でもおれは嬉しいよ。あいつと同じ景色をいつでも見ることができる」
「……そうか」

明るい男だ。麦わらによく似てる。思わず微笑んで目を合わせると、落ち着いた金の髪から覗くサボの丸い目がぱちりと見開かれた。

「…お前、ルフィの同盟相手ってことはハートの海賊団の…確かリバー・リバーって奴だよな。手配書で見た顔だ」

兄弟の同盟相手のことを調べるのは不自然なことではないので、おれの事を知ってるのは納得できた。

「ああ。それが何?」
「いや、イワンコフが言ってた通り綺麗なもんだと思って」
「え?あー……そうか、そういやお前ら同じ革命軍か、ッ!?」
「綺麗な角だな。ツヤツヤしてる」

突然伸びてきたサボの指の甲が、角の根元をするりと撫でた。思いがけない接触に慌てて頭を振り払い、数歩後ずさった。翼を丸めて睨みつけると爽やかな笑みが返ってきて気が抜ける。この兄弟、揃って距離感おかしくねぇか?

「触んじゃねェよ」
「悪ィ悪ィ。で?この状況どうする?共闘といくか?」
「ああ?共闘?…つーかそもそもお前はなんのためにここにいんの?麦わらのため?」
「そ、弟のためだ。ここは絶対通さねェ」
「ふうん…」

弟のため。その言葉に偽りのないことが、おれには分かった。おれもこいつと同じ“兄”だから。

海軍の銃口は依然としてこちらを捉えている。更にドレスローザ中に散らばっていた兵がここに集まってきているようだった。今、ロビン達がローの元へ鍵を届けに向かってる。こいつらを通したら、その進路に邪魔が入ることは想像に難くない。

せめて追手の足止めくらいはしないとハートの海賊団クルーとして立つ瀬がない。

「…おれも、ここは絶対通さねぇ。この先にローがいる」
「なら決まりだな」
「それに麦わらにあのコロシアムから出てきてくれた礼をしなきゃなんねェし。あの借りはお前に返しても良いよな?兄弟なんだから」
「ははっ!そうだな。ルフィの分までおれが受け取っとくよ…お互い気張ろうぜ、リバーくん」

隣に並び立ち、藤虎と向かい合った。口を真一文字に結んだ藤虎はぬらりと刀を抜いておれ達の前に仁王立ちした。

「そちらの話を聞く限り…火拳のエースと同じくお前さんも麦わらの義兄弟だと?」
「3人で盃を交わした。おれ達には切っても切れない絆がある」
「ハタ迷惑な三兄弟がいたもんだ…」
「覚えとけ…ルフィがもしおれに助けを求めたら、たとえ世界のどこにいてもおれは立場を押して駆けつける!もう、二度と……」

言葉を切り、帽子を深く被ったサボが強く唇を噛み締めた。カマバッカ王国でサンジと読んだ頂上戦争の記事に、この男の名前はなかった。あの時あそこに駆けつけられなかったことが、こいつの中に永遠に消えない後悔として残っているのかもしれない。

目の前にいてもどうしようもできなかったおれとは、また違う後悔。

「……おい、感傷に浸ってる場合じゃねぇぞ。前見ろ」
「!あァ」
「お前はその実の試運転でもしてりゃ良い。おれが勢いを増幅させる」
「勢い?…ああなるほど、おもしれェ!」

サボは腕と脚、更に持っていた鉄パイプを炎に変えて飛び出し、藤虎へ拳を振りかざした。おれは藤虎の刀がそれを受け止めたのを見計らって、大きく広げていた翼を後ろから前へ勢いよく振りかざした。

「…風が吹きゃあ火なんざあっという間に燃え広がる」
「───!!」

生み出した風がサボの炎もろとも藤虎へと襲いかかる。風にあおられれば点火した火が延焼するのは道理だ。その点でおれとこいつの相性は割と良い。

炎に巻かれた藤虎の動きが止まった隙に脚を武装色で覆い、さっきは失敗に終わった脳天への踵押しを試みる。しかし宙へ飛んで振りかざした脚は、火の中から現れた刀に止められた。

「ッばけもんが」
「リバーくん!そのまま抑えてろ!」
「!」

よく通るサボの声がして、反射的に藤虎の腕を掴み拘束した。炎の渦の中を掻い潜り、狙いを定めた獣のような表情をしたサボが指を妙な形に構えながら藤虎の鳩尾に食い込ませた。

「燃える龍爪拳!!」
「……!やってくれる…」

衝撃で吹き飛んだ藤虎がその体勢のまま刀を操り、おれとサボの上に浮かび上がっていた建物のがれきが大量に降り注いできた。重量を増した石壁が頭に直撃して、思わずしゃがみ込んだ。貧血の人間の脳に何してくれてんだ、とやるせない愚痴が思わず零れる。

ガラガラと体の上に積み重なったがれきの中でつかの間身動きを取れずにいると、「リバー君!」という声と共に光が差した。がれきが取り払われた隙間から腕が伸びてきて、力強く引き上げられる。

「……どーも…」
「“ハンサムボーイ”の顔に傷がついちまったな」
「……は?」

イワンコフから聞いたらしいふざけた呼び名を楽しそうに言って、サボはおれを地面に降ろした。頭から流れた血をコートの袖口で拭われたのを振り払うと、また爽やかな笑い声をあげられた。まったく本当に、つくづくよく似た笑い方をする兄弟だ。

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