悪魔の実の能力ってのは、案外扱いが難しい。自分の身体が殆ど別物になっちまうわけだから当たり前っちゃ当たり前だ。おれも最初に天馬になった時はパニックで中々人間に戻れなかったし、空を飛ぶのに慣れるのも結構時間がかかった。
そして、多分だけどロギアの扱いはゾオン系よりも難しいはずだ。肉体そのものが自然現象になるなんざ、想像もできない。しかしサボは実に器用にメラメラの実を扱っているように見えた。とてもついさっき食ったばかりとは思えない。ほら今だって足先を炎に変えてその力で空を飛び、空中にいるおれの隣に並んでいる。
サボが生み出した巨大な火の球が地面に落ちると同時に、翼で暴風を仰ぎその勢いを加速させる。瓦礫が散乱した周囲はあっという間に炎で埋め尽くされた。
「熱さとか感じねェの、それ」
「全く。不思議な感じだ…炎の意志が分かる。自分の手足みたいにこいつが動く。君もこんな感じだったか?」
「いや、最初は中々飛べなかった」
「へェ?ま、今は嫌でも慣れないとけねェ状況だからな」
「それだけ動けりゃ上々だろ。…食ったのがお前で、多分その実も喜んでる」
「はは!そうだったら良いな…なんせエースの実だ」
“お前に食われてその実も嘆いてる”とまで言われた自分の実を思い、らしくもないことを言ってしまった。どうせ食われるならこういう奴の方がいいだろうな。ま、食っちまったもんはどうしようもないから、知ったこっちゃねえけど。ローのおかげでこんな風に思えるようになった。おかげでこれから先も、おれはこの実とつきあっていける。
下に視線を移すと激しい炎に巻かれて瓦礫が焼け落ち、大勢いた海兵も散り散りになっていた。たった一人、藤虎だけが焼野原の真ん中に平然と仁王立ちしている。
「参ったな……あっしゃあ盲目ですよ…少しくらいは同情してもらわねェと」
「おれは差別はしねェんだ!」
「怖ェなァ革命軍のNo.2は伊達じゃねェ様で……」
「同情してほしいんならとっとと消えろ反吐野郎」
「あんたさんは口の悪ィことで」
おれもサボも酷く固い声をしていた。確かな怒りが自分たちに共通しているのが分かる。サボはびゅん、と炎を推進力に飛んできて、おれの隣に並び肩に手を乗せてきた。
「…なァ、あいつ本気だと思うか?」
「いや…あれから隕石落としてこねぇのおかしいだろ」
小声で問いかけられて否定を返せば、サボは「だよな」と静かに首肯した。翼を縮めながら地面に降り立ち、藤虎と相対する。サボも後に続いておれの隣に立って、余裕そうに鉄パイプをカンと鳴らした。
こいつは強い。それは明白だ。さすが革命軍のナンバー2と言うべきか、元々手練れの上に更にロギアの力も加わって正直化け物じみてる。
ただ海軍大将の強さはこの海でも相当上だ。おれ達2人とも大して傷のついていないこの状況は異常だと断言できる。舐めてかかられる程落ちぶれちゃいないつもりだが、それとも他に何か理由でもあるのか。
散々邪魔してくれた苛立ちの方が勝って聞き流してきた今までの藤虎の言葉を振り返る。
「──……」
一番最初にやり合った時あいつは言ってた。“七武海なんぞ好きじゃねェ”とか、そのような事を。根っこにずっとその気持ちがあるなら、もしかして。
「…やっと仕事する気になったんじゃねェのか、あいつ」
「え?そりゃどういう…」
「もしそうだとしたら──そんな半端に付き合ってやる筋合いねェ」
「リバー君、何……──のわっ!」
サボの腕を掴み、一直線に藤虎の元へ飛んだ。間髪入れず振りかざされた刀を武装色で硬化した翼で食い止め、舞い散る羽根越しに藤虎を睨みつける。
「──答えろ。ドフラミンゴはお前の敵か」
「……これまでのあっしらの所業を思えば、敵なんざとても名乗れねェ。“海軍”はこの国じゃ英雄になれねェんですよ……筋合いだ……!」
されるがままおれに引っ張られてきたサボが息をのみ、鉄パイプで藤虎の刀を弾いた。呆気なく下げられたその切っ先と奴の言葉で疑惑が確信に変わる。つまりこいつはドフラミンゴを敵と定めたいが、その立場のせいで大っぴらには言えない。そして今ローと麦わらがドフラミンゴを討つために王宮へ向かっている。今ここでおれ達とやり合うポーズを取ることで海軍の動きを止め、ロー達のための時間稼ぎをしているともいえる。おれと同じ考えに至ったらしいサボが眉をひそめながら口を開く。
「おい……そんな考え、誰かにバレたら」
「…お前はおれらに阻まれたせいでロー達を捕まえられなかった。そうとでも言うつもりだったんだろバカバカしい」
「こりゃ手痛い。その通りで」
息を吐いたサボが帽子を被り直し、少し口元に笑みを浮かべた。何笑ってんだよ、おれらとんだ無駄骨だったじゃねェか。時間稼ぎって意味では無駄じゃなかったかもしんねェけど。おれらが止めなきゃこいつは結局ロー達に追いついてしまっていただろう。いやそれにしたってムカつく。まんまと利用されたやり場の無い怒りから舌打ちをして翼を大きく広げた。
「あー…クソッタレの賭けに付き合わされなきゃローんとこ行けたのに…!」
「──あァ…本当に、まるで博打だな」
「へへ…運は良い方で」
緊迫感が失せた空気から一刻も早く抜け出そうと、おれは黙って翼を仰いだ。藤虎とこれ以上顔を突き合わせるのは御免だ。ひとまずローに連絡を取ろうと電伝虫を取り出しつつ一気に空へと飛翔すると、慌てた声で名前を呼ばれた。
「おいおいリバー君!別れの挨拶くらいしてけ!」
「じゃ」
「短ェな!今からルフィのとこ行くんだろ?あいつのことよろしくなー!」
「は?ちげェよおれァローんとこ行くんだよ。麦わらもいるかもだけど」
「ははっ、そうだったな……なァ、一緒に戦ってくれてありがとな!また会えたら、イワンコフ達とゆっくり話でもしよう!」
振り返り、手を振るサボを見下ろす。おれとこいつがまた会えるなんて滅多なことが無い限りあり得ないが、カマバッカでイワンコフと出会ったことも、きっと数えきれない偶然が積み重なった結果だった。この海はきっとそういう場所なんだろう。
「——ああ」
だから頷きを返して、再び空へと舞い上がる。そういえばサンジも別れ際に「またな」っつってたっけ。全くおれには到底言えないような言葉がぽんぽん出てくる連中が多い。
鳥カゴの近くまで上昇し、電伝虫を手に取った。本当だったらおれが鍵を届ける約束だったのにロビンに託してしまった。あれから結構長い間藤虎とやり合ってた体感があるが、どれくらい経っただろう?頭のキレるロビンのことだから手早く届けてくれてると思いたいが、まだドンキホーテファミリーの幹部が残ってる。そう簡単にはいかないだろう。受話器を手に真っ先にローにかけたが向こうは沈黙を貫いたまま、まるで出る気配が無い。
まだ手錠が架せられてるのか?それとも錠は外れたけど交戦中で出られないのか。
「……くそ、ならロビン……」
鳥カゴは前に見た時よりも確実に中心に向かって狭まっていた。ドレスローザの街は今や火薬の匂いが充満しあちこちから煙の立ち上る激しい戦場と化している。とにもかくにも王宮の方角へ飛び始めると、受話器がガチャリと音を立てた。
「ッ、ロビン!?」
『リバー君……!!無事だったのね?海軍大将は?』
「あいつはもうどうでもいい!それで、ローの鍵届けてくれたか!?」
『ええ、レベッカが!トラ男君達はドフラミンゴの元へ向かったわ!』
「!ああ…ありがとうロビン…それでお前は今どこだ?」
『私は今ひまわり畑で、キュロスと共にディアマンテと戦ってる……!恐らくもうすぐ決着が着くわ…あなたは早くトラ男君の元へ!』
「……!分かった。電伝虫出てくれてありがとう、鍵も、ありがとう……無事を祈ってる」
『ええ、あなたも!』
レベッカ…あの麦わらの恩人と言葉を交わしたことは無かったが、また会えるような事がもしあったら礼を言わなければならない。今それぞれの意志は違えど同じ方向を見て戦っている人々に表しようのない思いを抱く。仲間でも同盟相手でも無いのに、見定める敵が同じというだけで烏合の衆の勢いが増していく。おれにとっちゃ“味方”がこんなにもいるというのは初めての経験で、不思議な感覚でもあった。強大ななにかに踏みつけられてきた人生が、ローと出会って、そして麦わらの一味と出会って確実に変化している。
王宮に向かって全速力で飛ぶと、真っ先に目に入ってきたのは台地の中腹に立ちはだかる巨大な壁――もとい石人間ピーカだった。泉に沈めてやったがあれも単なる気休めに過ぎなかったということだろう。相変わらず大きすぎる拳が地上を薙ぎ払い、惨憺たる光景が広がっている。そして台地の麓で瓦礫をいとも簡単に切り崩している人影には、思った通り三本の刀の鞘がついていた。
ロー達は王宮に向かうために確実にあそこを通ったはずで、ロロノアが立ちふさがったピーカを逃がすはずが無い。そして今、ロロノアは上にいるピーカの元へ行く方法を探しているように見えた。声をかけるか迷ったのは一瞬で、おれはすぐに天馬へと姿を変えて奴の元へ急降下した。
ローが最優先なのは変わらない、けどあいつの傍にふさわしい部下ってのはさ、こういう時にちゃんとやるべき事が分かるおれみたいな奴じゃねェと務まんねーからな。
「ロロノア!!」
「んあ?…おおリバー!!丁度良いところに!」
「はっ、だろ?ほら、乗れ!」
地上へ降下すると、数秒の接近を見逃さずロロノアがおれの背に飛び乗った。地面に一度だけ蹄を鳴らし、すぐに急上昇してまだこちらに気づいていないピーカの頭上へ飛ぶ。ロロノアは実に楽し気に笑い声をあげ、おれのたてがみを何度か撫でた。
「はっ、空飛べりゃいいのにって思ってたらお前が来やがった。おれの運もいよいよ最高潮だな」
「これで医者に連れてってくれた借りはチャラな。後そんなに長くは手伝えねェぞ」
「分かってる。一分だけで良い──お目当てのトラ男ならあの上だ」
ロロノアが刀で台地の上を指した。見れば、姿は見えないが既にローと麦わらがドフラミンゴとやり合っているようで頂上は建物が崩れ粉塵で覆われていた。
絶対に、そこに行くから。そう決意して眼下を見下ろすと、台地の3段目に見慣れた人影が見えた。ロビンとレベッカ、それに元オモチャの兵隊のキュロス。「もうすぐ決着が着く」とさっきロビンが言っていた通り、彼らの傍にはディアマンテと見られる男が無惨な姿で転がっていた。
「ロビン…」
「……!!リバー君!?そこで何を──まさか、トラ男君の前にこちらに来てくれたの!?」
「借りっぱなしだったこいつへの貸しを返さねェとだから!それから、レベッカ!!ローに鍵届けてくれてありがとう!」
「──!うん!」
花畑に座り込んでいたレベッカがおれを見上げて笑みを浮かべた。思ったより早く礼を言う機会が訪れて良かった。そして、隣に佇んでいたキュロスが慌てたように口を開いた。
「ウマ男君!ピーカがリク王を狙って動き出した……!」
「ああそうだ、おいリバー。おれァあいつを止めるために空を飛ぶ方法を探してたんだ」
「リク王……は、あっちの台地にいるんだな。だからあいつこっちに背向けてんのか」
振り返り、ピーカの後ろ姿を睥睨する。リク王はかつてのドレスローザの象徴ともいえる存在。もし殺されるようなことになれば、こちら側の士気が格段に落ちることは想像に難くない。
「王は1人で良いとかなんとか言ってやがったが……リバー、頼めるか」
「あァ。ちゃっちゃと終わらせようぜ」
「トラ男んとこ行かなきゃだしな?」
「そのとーり」
翼を翻しデカブツ目掛けて飛ぶ。ロロノアが静かに刀を抜く音が2人きりの空に響いた。