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「あああああ助けてええええ」

目覚めたシュガーを気絶させ、栄光を背負い鼻高々になっていたのがつい数分前だというのに、ウソップはもう既にとてつもないピンチに襲われていた。王宮のある台地に陣取っていた超巨大石人間が何故かこちらに向かってきているのだ。

建物、人、全ての街を飲み込みながら迫るピーカにとにかく叫ぶことしかできない。アレ、もしかしておれがいるからか?いやー活躍しすぎちまったかな!それにリク王にヴァイオレット王女に、この国の重要人物がこちらの台地に集結しているような。逃れようのない事実がウソップの頭を過ぎったが、最早理由を考えている暇は無い。

「リク王……!お前は王じゃない……王の器でも無い……!!」

巨体から発せられているとは思えない程甲高い声でそう言いながら、ピーカはウソップ達のいる台地の上に手のひらを振りかざした。まるで一気に曇りになったかのように辺りが暗がりになる。

「あああ手のひらが街の広さだああ!街が落ちてくる~~!」
「リク王様!!お逃げ下さい!」
「ならん!民を置いて逃げるなど……!!」
「フン…10年の誤解が解け人望が回復したか?くだらねェ!貴様のような平和主義者では国は守れなかったという事実を忘れたか!国とは武力だ!敵を滅ぼせなかった奴が王になる資格も無い!!」
「……確かに国を護れなかった私は無能!二度と王座に着く気は無いさ──だが、人間であるための努力をした!!殺人を犯さなければ生きてはいかんと言うのなら私は進んで死を選ぶ!殺戮国家に未来など無い!!」

そう叫んだリク王の傍に感極まったドレスローザの国民達が集う。今まさに握りつぶされようとしている自分達の王に最後まで付き従うかのように。美しき光景だ、と思うべきなのかもしれないがそれどころでは無い。ウソップは最後の最後まで、もがいてでも生き延びなければならないからだ。しかし、どうする?叫ぶことしかできない群衆の頭上に、巨大な手のひらが襲い来る。

「ピッキャララ……だから善人は名を残せない。貴様のように死んでいくからだ!!!」
「──ならてめェの名も残らねぇなァ?でけェだけでクソ弱ェ石ころなんざ、覚えとくだけ無駄だから」
「はっ、言ってやるなリバー。図星さされちゃ気の毒だろ」
「───ッ!!ウマ男!?ゾロぉぉぉ!?」
「……!?一角天馬だと!?」

毅然として立つリク王と振り下ろされたピーカの手のひらの間に、一迅の風と共に黒い天馬が飛び込んできた。優雅に広がる大きな翼がウソップ達の頭上を覆い、そしてその背の上に頼りになりすぎる仲間の姿が見える。ウソップの目から流れ続けていた涙が更に勢いを増した。とてつもないスピードで飛ぶ天馬の上から飛び上がり、ゾロの三本の刀がぎらりと煌めいた。

「いけ、ロロノア!」
「三刀流……奥義!!一大・三千・大千・世界!!!」

ゾロの斬撃が飛び、途方もない大きさの石人間が真っ二つに斬れる。台地の上にいる者も地上にいる者も、皆が常軌を逸したゾロの刀さばきにあんぐりと口を開ける中、リバーだけが冷静に目を凝らして崩れ落ちるピーカの身体を見あげた。

「ロロノア!上半身!」
「あァ!」

宙を飛んだゾロが再びリバーの背中に飛び乗ったのに、ウソップは目を剥いた。打ち合わせでもしたのかと思うほどの離れ業だ。

「おいお前らいつの間にそんな曲芸じみたコンビネーションができるようになったんだ!?」
「うおお!お2人とも!!なんと美しき合わせ技か!!」

駆け寄ってきた錦えもんも拳を振りかざして彼らに声援を送った。強者2人の登場により命の危機を脱したことを確信したウソップは、安堵して更に泣き叫びながら、麦わらの一味とハートの海賊団それぞれのナンバーツーが空を翔けるのを見あげた。まるでゾロがどこに落ちてくるのか、リバーがどこに飛んでくるのか分かっているような動きっぷりだ。

一気にピーカの上まで飛んだリバーが勢いよく急降下する。その背でゾロが刀を振り抜き、ピーカの上半身が今度は真っ直ぐ半分に斬り崩された。

「空中なら逃げ込む地面はねェ……!」
「おれが溺れさせる!出てきたところを斬れ!」

ひらりと飛んだリバーが石人間の頭に蹄を食い込ませると、波打った石の表面から暴発するように水が溢れ出た。巨大な石が流れる水に覆われてピーカの本体がその中を逃げ惑い──やがてリバーとゾロの2人がピクリと片方の腕の先端に顔を向けた。

「ぐぬ……追い詰めて勝ったつもりか!?」

腕の表面から現れたのは、随分と小さくなったピーカの本体だった。

「もうてめェの水にはやられねェぞ一角天馬……!この姿になりゃその蹄からも逃げられる!」
「なら斬っちまえばいいよなァロロノア!」
「はっ、その通りだ……!」

リバーは自らの背中を振り向き、その雄々しく伸びる角をゾロに向けた。頷いたゾロが角に手をかけ、そして思い切り頭を振りかぶったリバーに押されて空へと飛び上がる。

「くだらんことを……!覇気を纏えば斬られやしねェ!!叩き落とせばお前の負けだろう!」
「──てめェの覇気がおれの覇気を上回ってたらな──九山八海…斬れぬ物なし……!!三・千・世・界!!!」
「……!!ゴブ……!!」
「堅気に迷惑かけてんじゃねェよ…!」

決着は呆気ないものだった。ピーカを覆っていた覇気が無惨に砕け散り、本体が数十メートル下の地上へと落ちていく。どんなもんだいおれの仲間は、という誇らしい気持ちがウソップの胸に広がったが、頭上に迫った巨岩を見てまたしても泣き叫ぶはめになった。

「残骸落ちてくる~~~!!助けてボロォォウマおォォ!!」
「お前ちったァしゃんとしろよ長鼻……!」

残像を残しながら猛スピードで台地へ戻ってきたのはリバーだった。みっともなく助けを乞うウソップを天馬になった彼のグレーの瞳が面倒くさそうに見下ろす。だが、こんな態度をとっていてもその実良い男だということをウソップはもう知っている。彼の美しく広がった翼が弧を描いて翻り、まるで竜巻のような暴風を生み出した。

風に呑まれた岩は台地を逸れて、地上へと落下を始めた。「か、彼あんな事もできるの!?」と驚愕したヴァイオレットの傍で、至近距離で全てを見ていたリク王も呆然と立ち尽くしている。やがて岩の落下を免れた台地は目の前で起きた2人の海賊とピーカとの戦いに騒然としはじめた。

「か……海賊狩りと一角天馬がピーカを落とした……!」
「お、おれ…奥さんがチェンバーズ・リバーのファンになっちまってからあいつのアンチやってたけど……今日でやめるわ」
「三刀流かっけー!最高幹部が沈んだぞ!」

コロシアムの囚人、海兵、あらゆる目撃者がざわめく中リバーは崖に掴まっていたゾロを拾い台地の上へと舞い戻った。

「おいリバー、あの岩落として大丈夫だったのか?」
「あァ──下に藤虎が来てるのが見えたから。市民を守るのはあいつらの仕事だろ」
「うおおおゾロぉぉ!!ウマ男ぉぉ!!ありがとうもうダメかと思ったァァァ!!」

リバーが台地に降り立ち、その背中からゾロが飛び降りる。ウソップは今まさに数百人の命を救った2人に泣きながら飛びついた。人獣型に戻りつつ顔を引き攣らせたリバーはゾロの背中に隠れてしまったため、結局抱きしめられたのはゾロだけだったが。

「ゾロ殿!リバー殿!天晴れでござった!」
「海賊!ありがとう!あんな巨像を沈めて斬るなんて目を疑ったァ!」
「待て待てお前ら!喜んで良いのはこの息がつまりそうなカゴが消えた時だろう!まだあるってことは肝心な男が倒せてねェ証拠……」
「──ドフラミンゴ……」

リバーが小さな声で呟いたのが近くにいたウソップには聞こえた。ゾロから手を離してリバーを見やると、端正な顔は獲物を見定める豹のように険しくなって王宮を見据えていた。

こうして改めて間近で見るとリバーという男は本当に、絵物語に出てきてもおかしくない出で立ちをしている。額から伸びた光沢のある角は日に照らされて煌々と輝き、翼は地面に着くほど大きくその存在感を殊更に強く見せている。人獣型でいると果たして天使か悪魔かと見紛う容貌だ。こんな男と出会い、同盟相手になり、ふざけたあだ名で呼べるようにまでなったことはグランドラインの為せる不思議な奇跡に違いないとウソップは思った。

「…… チェンバーズ、あそこへ行くつもり?」
「あァ。ヴァイオレット、ローは?」
「まだ無事よ。でも、正直ギリギリね」
「──そうか」

いつの間にか関係を築いていたらしいドレスローザの王女ヴァイオレットがリバーに近づき、心配そうに彼を覗き込んだ。

「あっちにはトレーボルもいる…もちろん、危険は承知の上でしょうけど」
「足手まといにはなんねェ。おれァローの傍にいるために強くなったんだ…今行かなきゃ意味が無くなっちまう」
「ええ。決して止めたりしないわ。無事を願ってる」
「──ああ」

心底から案じている声色でそう言ったヴァイオレットを、リバーは感じ入ったように見つめた。整った唇が何度か開いては閉じ、やがて決心したかのように強い眼差しがヴァイオレットを射抜く。

「おれは……その、こうやってお前らと縁ができたことが…良かったと思う。おれだけじゃローはここまで来られなかった。だから……ありがとう」

ヴァイオレット、ウソップ、錦えもん、そして最後にゾロを見て、リバーは花が綻ぶように微笑んだ。柔らかな黒髪が風に揺れ、笑みを形づくる輪郭をはらりと撫ぜる。こんなにも綺麗に笑う海賊がこの海にいるのか?初めて向けられた同盟相手の笑顔にウソップは何故だか胸に寂しさが広がって、慌てて頭を振った。隣のゾロも一瞬虚をつかれたような顔をしてから、リバーの肩にこつりと拳を当てた。

「バーカしみったれたこと言ってんじゃねェ。戻ったら酒に付き合えよ。おら、とっとと行け」
「そ、そうだぞウマ男!おれの武勇伝もまだ聞かせてやれてねェしな!!」
「ははっ、それちょっと聞きてーかも」

肩を震わせて笑ってから、リバーは翼を大きく広げた。台地にいる誰もがその光景に息を飲む。空に無数に伸びる鳥カゴを背後にして、黒い羽根を舞わせながら青年が空へと大きく羽ばたいた。

「──なんと、幻想的な」

思わずといった風に漏れたリク王の感嘆が辺りに響く。ばさ、と音を立てて飛翔するリバーは、本当に絵画か何かかと見紛うほどの美しさだった。

「……ええ、でもお父様、彼もまた大切な人のために戦う1人の人間。あの美しい姿の裏にどれほど深い傷を負っているか、私は見てしまった……皆、命懸けでドフラミンゴに挑もうとしているのよ」
「…彼らこそが、我々の希望なのだな──」

希望、か。そんなことをリバーに言えばきっとしかめっ面になってしまうに違いない。“柄じゃねー”とかなんとか言って。短い付き合いではあるが、彼が案外照れ屋なことはもう知っていた。

生きて帰れよ。そう心から思う。ウソップは空を見あげ、小さくなっていく同盟相手の後ろ姿をただ見送った。



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