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同盟相手達に背中を押され、猛スピードで檻に囚われた空を飛ぶ。
ドレスローザのタイムリミットは近い。ドフラミンゴを殺さなければ、あの鳥カゴが止まることは無い。おれ達が戦う理由はこの国のためってわけじゃないが、それでも、助けてくれた医者達やヴァイオレットがあの糸に切り刻まれるのはごめんだと思った。

台地の中腹には幹部との戦いで疲れ切った連中がいて、そして地上は海軍の参入によって落ち着きを取り戻している箇所も増えた。
工場の方はおれは全くタッチできてないけど、あのダルい金髪男が言っていた通りなら工場に捕まえられていたオモチャは無事に解放されていて、破壊も完了できたとみて良いだろう。

恐らく、ドンキホーテファミリーとの衝突は決着を迎えつつある。

当初の計画に沿うなら工場破壊を終えればこの島を去るべきだが、もちろんローの目的は違う。麦わらも今やドフラミンゴを倒すことを第一としている。そしてこの国の未来も、あの男を制圧できるかどうかにかかってる。

文字通り最後の決戦の舞台となった王宮が目前に見える。そこはもはや戦場と成り果て、今も正に幾本もの斬れ筋が入った石壁が崩れ落ちようとしていた。おれはあそこへ──ローの傍にいく。あいつの傍にいれるように、そのためだけに強くなった。

「………!ローがいる」

王宮のてっぺんを大きく広がった“ROOM”が包み込むのが見えた。そして四隅の塔の1つが斜めに斬られて、“タクト”によって浮き上がり方向を変える。轟音を立てて瓦礫が落とされるその先にドフラミンゴの姿が見えて、撃たれた脇腹が怒りを掘り起こすようにその痛みを訴える。まるで流した血の量を思い出せと叫んでるみたいな激痛だった。

「フン……蜘蛛の巣がき!!」

ドフラミンゴと間合いを取った位置にはローがいた。
あァ……もう傷だらけじゃないか。でも手錠は取れてて良かった。更に翼を仰いでスピードを増しながら胸に焦燥と安堵が広がるのを感じた。オペオペの実──使えば使うほど能力者の体力を削るというそれを、あんたは今日で一体何回使っちまったんだろう?

おれの心配なんかよそにローは糸によって格子状に切り別れた瓦礫を再び“ROOM”で覆い、まるで砲弾のように、ドフラミンゴに向かってその全てを飛ばした。

だが瓦礫に糸を伝わせたドフラミンゴは宙に浮かんでそれを避ける。相変わらず曲芸じみた野郎だ。ただの細っこい糸の能力をあそこまで強力に使いこなすその強さは疑いようが無い。

「シャンブルズ──メス!!」
「……おいおい無駄な攻撃を繰り返すんじゃねェよ……すっかり根性丸出しの熱い男になっちまいやがって」
「……!!う…ッ!」

ドフラミンゴがローの腕を捻り上げる。
為す術なく吊り下げられたローを見下ろし酷薄な笑みを浮かべるドフラミンゴに、フツリと血管が切れる感覚がした。あいつ、一体どれだけの命を引き裂いた手でローに触れてやがる?

「お前がもし本気でおれを殺したかったのなら、カイドウとおれをぶつける作戦だけに終始すべきだった。適わねェ敵を消す方法はいくらでもある……だがコラソンへの思いで感情を顕にし、おれに直接一泡吹かせようと思った瞬間、お前の死は確定した!」

風を切る音が耳元でうるさい。怒りからか、何からか。とにかくあの男の言葉をローに聞かせたくない。それだけで頭がいっぱいだった。

「いいや違う…!!ローの勝ちは最初っから決まってる!てめェは──!適わねェ敵じゃねぇからだ……!!」
「!一角天馬だァ!ドフィ!避けろ!!」
「………!?」
「───!リバー…ッ!?」

ローの腕を掴むドフラミンゴの手首に、飛んだ勢いを原動力にしながら角を抉り刺した。そのまま手を引きちぎるつもりだったがすんでの所で武装色で硬化されたせいで貫通できず、すぐさま角を引っこ抜いて衝撃で離されたローの手を掴み王宮の屋上へ降り立つ。

内臓が傷ついているのかせき込むローを背に翼で庇いながら、ひとまず周囲の状況を確認した。

石でできた王宮は激しい戦闘の舞台となっているせいであちこちが崩壊し、既に見る影も無い。ドフラミンゴは手首に出来た傷を忌々しげに見ながら舌打ちをしていて、そしてあの奥にいる汚ねェのがトレーボルだろうか。確かファミリーの最高幹部のはずだ。あんな不潔なのがローに近づくだけでも虫唾が走る。

2人の敵を睥睨していると、息を整えたローが後ろからとてつもない力でおれの肩を引っ張った。振り向くとローは酷く苦しげな表情を浮かべていて、血だらけのその顔に胸が痛んだ。よく見れば腹から何まで血塗れだ。オペオペの実は、能力者本人の傷は治せない──その事実に打ちのめされる。なんだって、いつもあんたばっかりがこんなにも傷つかなくちゃならないんだ?

ひとまず安心してほしくて微笑みを向けると、ローはショックを受けたように顔を青くした。え…あれ、今なんかミスった?

「こんな時までどっか行っちまいそうに笑うな」
「え、」
「…ニコ屋から藤虎に襲われたと聞いた…またおれは、お前を置いて──」
「いや襲われたっつーより巻き込まれただけで……とにかくおれの事ならいい。手錠、解けて良かった。ほんとはおれが鍵届けたかったけど…こうしてまた会えたから結果オーライって感じ?」

手錠が取れて自由になっていたローの手にそっと触れると、その顔にようやく、微かにだが笑みが浮かんだ。長い指の先が、存在を確かめるみたいにおれの指に絡む。荒い呼吸は変わらないし随分苦しそうに見えるが、ちょっとは気が晴れてくれたみたいで良かった。ここまで来てつっぱねられたら流石にへこんじまうとこだった。

「…本当に、こんなとこまで来やがって。傍にいろとは言ったが、ここにこうしてお前が立ってるのを見ると──ッ、」
「ロー!!血が……!」
「フッフッフ…もう限界だろう、ロー…!役立たずの馬が増えたところでお前の絶望的状況に変わりはない…チェンバーズ、ここに来るってことは心底天竜人のペットになりてェらしいなァ!」
「ぎゃははは!もう身体洗ってきてんじゃねェか!?」

ふらりとよろめいたローの口から血が溢れ出た。おれが来るまでにかなりキツい戦いを強いられていたらしい。身体を抱きよせてその血を手のひらに受けとめ、歯を食いしばる。
ローは肩で息をしながらも、おれの腕の中からドフラミンゴとトレーボルを射殺すような目で睨みつけた。

「トレー、ボル…!てめェ!!おれの部下を侮辱するな…!!」
「ロー、おれは気にしてない。あんた以外の言葉はどうでもいい。だからあんま喋んないで。つーか、麦わらは?あいつどこ行ったんだよ…おい麦わらァ!」
「フッフッ…麦わらなら下でベラミーとやり合ってる。さぞ面白ェことになってるだろうが…見れなくて残念だ。おれはとにかくロー…お前を殺さなきゃならねェしな」

翼を広げ、奴の視界からローを覆い隠す。ドフラミンゴはにたりと笑みを深めてこちらを見下ろした。

「安心しろ。てめェは勿論生かしてやる…せいぜい地面に這い蹲る練習でもしとくんだな」
「はっ、お前こそ地獄へ行く予行演習でもしてろ」
「口の減らねェガキだ──つくづく気に入らねェ!五色糸!!」
「ッ!!」

襲いかかってきた糸を避け、空中で回転しながらドフラミンゴの頭上へ飛び上がる。逆さまになった王宮を見ながら脳を高速で回転させる。どうやってこいつを殺すか。
1番手っ取り早く済ませるならやっぱり水だ。すかさず足先から天馬へと姿を変えて奴の頭上へ蹄を食い込ませようとしたが、一瞬で向きを変えた糸が盾のように目の前に張り巡らされ、舌打ちが漏れる。そう簡単にいくわけないことは分かってたけど、やはりこいつの強さは別格だ。

「……てめェのその水を呼ぶ能力だけは厄介だな…幻獣種ってのはつくづくふざけてやがる」
「この……ッ!」
「鬱陶しい馬が──ちったァ大人しくしやがれ」
「ぐ、うッ!!」
「リバー……!!」

首を捕まれ外壁塔に投げつけられた。後頭部をしたたかに打ち付けて脳が揺れ、叫ぶローと不機嫌そうなドフラミンゴの姿が二重にぶれた。全く、息せき切って来たは良いが情けねェことに身体はとっくに限界だ。

あれだけ血を失ってなんで動けてるか自分でも不思議なくらいだが、今ここで踏ん張らなけりゃ弟に顔向けできない。
おれがこんな実を食っちまったせいで死んだクリス、あいつの方がおれよりも余程外の世界に憧れていたのに。おれだけが運良く生き延びて島を出て、一生分の幸せをローにもらってしまった。弟の分まで、おれは最後までこの命を全うしなきゃならない。

「こ、の、うざってえ鳥野郎が…とっととローの前から消えろ…!!」

身体を起こし猛スピードで飛び、ドフラミンゴ目掛けて硬化させた翼を振りぬいた。首を狙った攻撃は腕に弾かれたが、その回転に合わせて翳した脚は奴の鳩尾に深くめりこんだ。ドフラミンゴ一発食らわせた達成感はしかし、凄まじい強さで角の根本を掴まれて一気に失せた。ミシミシと音を立てて、引き攣った額が焼けるように熱くなる。

「う…あ…」
「…調子に乗るなよ家畜風情が…」
「ッ!!」

翼を振りかぶって身体を捩じり、拘束から抜け出す。青筋を走らせたドフラミンゴの縦に伸びた糸を、回転しながら寸前で避ける。強固な糸は頬の肉を掠めて後ろへと消え、何本かの血の筋を顔に残した。
何かの動作が一瞬でも遅れていたら首が飛んでた——どうやらおれを生きて天竜人に渡す計画は、こいつの怒りの前では吹いて消える程度のものらしい。

「一角天馬…悪魔の実の操り人形が…」
「はっ……その話はとっくに終わってんだよ……!ローのおかげでな…!」
「いいや、天竜人の元へ行けば嫌でも思い出すだろう──お前は生来、人に踏みつけられて生きる運命ってことをな…」
「!……っ」
「リバー……!!」

急速に伸びた糸が束になり、翼もろとも身体を締め上げた。身動きが取れないまま荒々しく糸を引き寄せられ、眼前にドフラミンゴの顔が近づく。空虚な笑みを隠すサングラスに血の気の失せた自分の顔が映って、舌打ちが漏れた。脇腹に食いこんだ糸が癒えない傷口を抉る。一瞬遠のきかけた意識を意地で保って、偉そうに宙に浮かぶ男を睨み上げた。

「ああ、そういや撃ってやったんだったか?てめェには鉛玉は勿体なかったがな」
「こ、の」
「愛しのキャプテンが死ぬ様をそうやって指咥えて見てろ。フッフッ…これから始まる奴隷生活に比べりゃ故郷での日々なんざマシなもんだろうな…てめェの地下牢での様子を聞いた時の連中ときたら、大層興奮してたって話だ。せいぜい楽しませてやれ…!」
「──っ、」

しまい込んだ記憶を懲りずに踏みにじられるのも腹立つし、いつまでもあの地下牢の話で胸が薄ら寒くなってる自分にも腹が立つ。

「てめェ、ドフラミンゴ……!!薄汚れた糸でリバーに触れてんじゃねェ……っ!!」
「ああロー、ペットがやられたくらいでキレてんじゃねェよ……冷静で優秀なお前はどこに行った?」
「黙れ!リバーはおれの仲間だ……!!」
「ハッ、仲間だァ?お前はさっきおれを殺すためだけに生きてきたっつってたなァ……ならこいつは本当に仲間といえるのか?お前のくだらねェ復讐のためにここまで着いてきて、こうやって傷だらけになってる──本当に哀れな野郎だ」

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