「さァ一角天馬、てめェの脚をもう一本貰ってやろう…」
「べっへへ!あいつまだ生きてる!んねー往生際悪くない!?」
止血してくれたおかげでまだ動けそうだ。それにおれには、限界なんか吹っ飛ばしてくれる存在がいるんだから。肺いっぱいに酸素を送り込んで、翼に血液が回るように意識する。あんたのために、いつでも飛べるように。
「お前らの相手はおれだ…!!リバーには触れさせねェ!」
「フッフッフ…その馬はここに来た時にはとっくにフラフラだったぜ?お前の能力で傷は塞げても、血までは作れねェ。くだらねェ過去の未練につき合わせてそんなになるまで追い詰めたのはお前の責任だ」
「リバーは自分の意志でここにいる。ドフラミンゴ、お前には一生理解し得ない強い意志でな……!」
「たかが家畜の意志なんざ、理解する必要もねェ!五色糸!!」
鋭く張り巡らされた糸がローを襲う。トレーボルも戦いに加わって、おれを背後に守りながら戦うローは防戦一方だ。大好きな背中が強靭な糸に抉られて傷ついていく。
オペオペの身は能力者自身を治癒することはできない。ROOMはいつだっておれを温かく包んでくれるのに、ローのことは治してくれない。あんなにも優しいのになんて残酷な能力なんだろう。標高が高いせいで薄い空気を精一杯吸い込みながら、左脚に力を込めた。
──まだいけるよな?おれの身体も、翼も脚も、ローの傍に飛んでくためにあるんだから。
「もう休めロー……おれ一人にも適わねェお前が、なぜおれ達二人に挑む?哀れな部下は角も脚も失くして瀕死だ。麦わらもそう簡単には来ない。あいつに“友達”を殺す気概がありゃあここに来れたかもしれねェが……つくづく不憫な奴だ」
血を吐き頭を石壁に打ち付けたローが呻きながら座り込み、ドフラミンゴとトレーボルがその前に立ちはだかった。銃に撃たれた傷が癒えてる訳も無い。オペオペで治してもらったおれよりもよっぽど、ローの方が満身創痍だ。
「……“白い町”という地獄に生まれ、未来などただの暗闇だった幼少期……コラソンに出会い寿命を引き延ばされるも、まるで奴の亡霊かのように.....!おれを恨み、復讐のために生きてきた。実に意味のない十三年間.....同情するよ」
「───お……前に、ローの人生の意味が、分かるわけ、ねェ」
軋む翼を仰いで推進力で移動し、ローの額に突きつけられた銃口を血に濡れた手で掴む。ドフラミンゴは地を這うような息を吐き、鋭く舌打ちをした。
「嘆かわしいほどに生き汚ねェ野郎だ、一角天馬……もう息してるのもやっとだろう」
「………リバー、」
身体を支え切れなかった左足は崩れたが、大きく広げた翼でなんとかローを覆い隠した。
今にも火を吹きそうな銃を自分の額に擦りつけ、眼前に迫ったドフラミンゴに向かって口角を上げる。血が入った片目が使い物にならないせいでサングラスの向こうの表情はもう何も分からない。だが目の前の男が滾る怒りを湛えているであろうことは容易に想像できた。
「お前はおれを殺せない。愛玩動物は生きたまま天竜人に届けてェだろ?」
「そうだ。だからその口を閉じろ。これ以上おれを怒らせてくれるな」
「——ローを殺すことだってできないはずだ。ローが死んだら、不老不死の秘術を受ける道筋が無くなっちまう」
「よく分かってるじゃねェか……必ずその技を使わさせてから殺す。なあ、ロー…」
「……っ、」
ドフラミンゴは音も無く伸ばした糸でおれの翼を締め上げて、開いた隙間からローに笑みを向けた。
「今から間違いなくお前は死ぬ。救いようのねェ犬死にだ……だがどうせ死ぬんだ。利のある最期にしないか?究極の技をおれに施せば……お前の望みを何でも叶えよう……!!」
「……!!う……!」
肌を這った糸が腕ごと身体を締め付ける。ドフラミンゴは人形を操るようにおれの身体を反転させ、ローの目の前に跪かせた。首元を伝った糸に無理やり顔を上げさせられて、荒い息を繰り返すローと目が合う。
「こいつを天竜人のペットにされたくないというなら、勿論叶えよう。売っぱらうのはやめてお前と一緒にあの世に送ってやる!ここで頷けば、愛しの部下は慰み者にならずに済む。なあ、お前にとっても悪い話じゃねェだろうチェンバーズ……?あの雪の降る故郷で、地下牢で!その身体に刻まれたおぞましい記憶をもう二度と繰り返さなくていいんだ──」
───……大丈夫。空は晴れてる。おれはどこまでだってあんたについてく。
心からの笑みをローに向ける。あんたさえいればおれはそれで良いんだ。この身体がいくら傷ついたって、あんたが傍にいてくれたら何も怖くない。
視線が絡み合い、ローも柔らかく微笑みを返してきた。そうこなくっちゃ。おれ達はハートの海賊団。この海の、何にも縛られやしない。
「──はっ、それが本心なら名案だな。互いに利がある──よし、のった……!」
「べっへへ!物わかりがいいんねー!ドフィに永遠の命が~!?」
「………だが、お前にリバーのことは願わねェ。おれが死ねばそいつは舌を噛んで死ぬ。いくら止めようがそうする奴だ。リバーが天竜人の元へ行くことは無ェ……!!」
「………」
背後のドフラミンゴから怒気が溢れ、身体に巻きついた糸が力を増した。切れた皮膚から垂れた血がローの足元に落ちる。石壁から背中を離したローは、おれの血を膝で受け止めながら笑い混じりにドフラミンゴを見上げた。
煌々と輝く瞳は、初めて地下牢で会った日のまんまだ。格好よくて、真っ直ぐな、おれの大好きなロー。
「──望みならある。今すぐコラさんを蘇らせてくれ……!!──そしてこの国全員のケツを舐めて来い……!」
「っはは!最高だなァそれ……ちゃんと這いつくばれよドフラミンゴ……立ったままじゃ舐めらんねェからなァ.....!」
横目に振り向いて舌を出し、中指を立てる。
途端に左脚の付け根に糸が巻き付く。怒りに震えたその一本一本が今にも弾けそうだ。もし切れちまったら、左足はさっさとローに捧げよう。それから右足も取り返して全部ローにあげるんだ。
早くくっつけてって、飛びきり可愛い子ぶって言ってやる。思わず零れたおれの笑いに呼応するように、ローもゆっくりと中指を突き立てた。
「状況を分かってねェのはてめェだドフラミンゴ。麦わらの一味はこれまであらゆる奇跡を起こしてきた奴らだ……!お前には倒せねェ…!シーザーも取り返せねェ…!てめェの未来こそ既に……!」
あらん限りの力を振り絞って武装色を纏い、天馬に変身した。身体を拘束した糸を引きちぎり、火を拭いた銃口を翼で覆い隠す。予想通りに飛び出した銃弾はおれの翼を貫通し、辺りに羽根を散らした。
力が保てずまた人獣型に戻った腕の隙間からドフラミンゴはローに向けて一発発砲した。ぎりぎりでその手元を蹴り上げたが、逸れた弾丸はローの肩を抉って壁に跳ねた。
「……ッ、」
「ロー!」
「忌々しい──その背中の文字……コラソン!何への当てつけだ……?そもそもてめェのハートの海賊団の何は!何への当てつけだ!ハートの座に座らねェお前が!!なぜハートを背負ってんだロー!」
倒れ込んだローの背中に銃口が突きつけられる。──させるか。軋む身体を奮い立たせて翼を広げ、倒れ込んだローの身体の上に覆いかぶさった。
「そこをどけ一角天馬ァ!!!てめェもすぐ地獄へ送ってやる!」
「どかねェ……!てめェの元を去った部下一人にいつまでも執着しやがって……不老不死なんてくだらねェ望み!そんな馬鹿げたもんが……ッローの恩人の──てめェの弟の命に見合うってのか!?」
別に世の中の兄弟がみんな仲良しこよしだなんて思ってない。でもおれにとっての弟は、可愛くって可愛くって、守ってやりたい宝そのものだった。それを手にかけるなんて──想像もできない。したくない。それをこいつはやってのけた。
「生きる価値も無ェ家畜が、何をほざいてやがる……?」
おれとローの言葉への怒り、そして“弟”に言及された怒り。全てが渦巻くドフラミンゴの口元に笑みは無い。ゆらりと揺れた銃口が真っ直ぐにおれの左脚に狙いを定め、火を吹いた。
「……ッ!!」
「リバー!それ以上血を流すな!これはおれの──」
「ッ今、は……!おれの戦いだ!…っ下が静かになったのが、さっき天馬になった時に分かった。もうじき麦わらがくる…!そしたら…っあんたが、その手で全部終わらせるんだ……!っう…」
ローの頭を胸に抱き込み、最大限に伸ばした翼で長身を覆う。背中に、腕に、腹に、銃弾が何発も撃ち込まれていく。怒りに我を忘れたその凶弾は、おれを天竜人への供物にすることなどもはや気にもとめていないようだった。
「ハァ…忌々しい…!ロー、コラソン…!てめェらの呪縛も…ここまでだ!!さあ失せろ薄汚ェ馬野郎が!ローをおれに差し出せ…!」
「ど…かねえ…お前の弾は、ローには届かねェ……!」
ああ、クリス。お前もこの痛みを味わったんだな。身体の下のローが叫びながらもがくのをあらん限りの力で抑えながら、鉛玉が骨を砕き肉を抉るのを感じる。あの日、弟に打ち込まれた銃弾の行方が脳裏をよぎった。
「一発、だって………」
「……血、が…ッリバー!!」
あん時、お前も痛かったよな。迫る死が怖くてたまらなかったはずなのに、お前はおれに笑いかけてくれた。ずっとさ、なんでだろって思ってた。でも今なら…ほんの少しだけだけど、分かる気がする。安心してほしくて、この先もずっと笑っててほしくて。お前は、そんなこと考えてたのかな。
身体を少し持ち上げて、抱え込んだローの顔を覗き込んだ。無理に口角を上げてへたな笑みを浮かべると、ローは目を見開いて酷く恐ろしいものを見るような表情になった。ああ、きっとあん時のおれと一緒の顔だ。伸びて来た震える手がおれの頬を覆ったのに、笑みを深める。
「──……だい、じょうぶ…」
「…リバー……?」
「おれは死なねェ……絶対に、あんたを置いてかないから——」
支えきれなくなった腕の力が抜けて、ローの上に倒れ込んだ。張り裂けるようにおれの名を呼ぶローの声にも今は答えられない。一時の静寂が訪れ、残弾の無くなった銃をしまい込んだドフラミンゴが背後で高笑いする。
「フッフッフ…!ようやく死んだか一角天馬!全く計画を滅茶苦茶にしてくれやがって…!あーあー、お前が死んだせいで四億がパアになっちまったじゃねェか!空っぽの家畜でも、剥製にして売りつけたらちったァ金になるか?フッフ……!」
うるせー、まだ死んでねェっつの。ただちょっと喋る気力が無いだけで。おれの身体を抱きしめて起き上がったローには、まだ動いてる鼓動がちゃんと伝わってるはずだ。顔に張り付いた髪がかき分けられて、上がったままのおれの口角が目に入ったらしいローが静かに息を飲むのが伝わってくる。
その時、下の階から空気を震わすような叫び声が響いてきた。──麦わらだ。ようやく、停滞していた海の歯車が動きだす音が聞こえたような気がした。
「───ドフラミンゴォォォ!!!」
「…猛獣が吠えてやがる…さっさと上がって来るがいい。驚くだろうなァチェンバーズ…あいつがお前の死体を見ちまったら──ああ、安心しろロー。お前もすぐに部下の元へ送ってやる!!」
けたたましい笑い声に紛れるようにして、ローが耳元に顔を寄せてきた。唇が耳に触れてくすぐったい。でも、まだその感触を感じられることが嬉しい。おれはドフラミンゴとトレーボルに見えないよう、身体に回された腕にそっと顔を預けた。
「………麦わら屋が来たらお前の傷を治す。それまで耐えろ………絶対に死ぬな。おれを置いて逝ったら、あの世で口を利いてやらねェからな」
うわ、それ最悪。さすがロー、何が一番おれに効くかよく分かってる。額にすり寄せられた頬に伝わるように小さく頷きを返すと同時に、塔の床が下からの衝撃で轟音を立てて崩れ始めた。
たちまち辺りを覆った砂塵の中から、残像を纏った拳が突き出る。そして軽々と飛び上がってきた男が塔の上に着地し、燃えるような瞳でドフラミンゴを睨み上げた。
「…フッフッフ…遅かったな麦わら…!おれはベラミーを解放してやったから、あいつは自由になれたろ?」
「とぼけるなお前は知ってたんだ!!あいつが逃げねェことを!!」
武装色で覆った拳を膨らませた麦わらがドフラミンゴに殴りかかり始める。ベラミー…ってのが誰かは知らないが、あいつの怒りはこっちにまで伝わってくる。…きっと、ローの力になってくれる。
「リバー、こっち向け」
応戦したドフラミンゴと麦わらの戦闘によって辺りに立ち込めた砂埃にまぎれて、ローがおれの頬に手を添えた。抱きかかえられたまま、その胸元に頭を預けて笑みを向ける。唇を噛みしめたローは小さくROOMを広げ、おれの体中に空いた傷跡を手をかざして塞ぎ始めた。この円の中は手術台とはよく言ったもんだけど、きっとローの医術がなきゃこんな繊細な芸当はできやしない。
ほんと、あんたのためにあるような悪魔の実だ。これであんた自身のことも治してくれたら完璧なのに。
「……穴は塞いだ。後は脚だ…」
「…………ついでで良い、っつったら怒る?」
「分かってるなら聞くんじゃねェよ」
「ん…でも、おれはおれで頑張るから。あんたも今は、ドフラミンゴに集中してて」
「…何する気だ?これ以上無茶は許さねェぞ」
「大丈夫、おれにはまだ翼がある。自分の脚くらい自分で取り返す。そんであんたにくっつけてもらうんだからさ」
腕を持ち上げて、ローの肩に手を回した。まだふらつく頭を起こそうとしたらローの方が顔を近づけてきてくれたから、唇の端にそっと吸い付いた。
戦いの真っ最中だってのに、衝動って止めらんねぇもんだな。思わず笑みを零しながら顔を離すと、ローは目深に帽子を被りなおし、痛いほどの力でおれの身体を抱きしめた。
「……死ぬんじゃねェ」
「うん、分かってる。約束しただろ.....?」
不思議な感じだ。こうも必死に抱き締められるとローに甘えられてるような気分になる。後ろに回した手のひらで優しくその背中を撫でる。大きくて頼れる背中が今は無性に可愛く思えるんだから、人間の感情ってやつは奥が深い。
大丈夫。あんたを置いていったりしない。あの世で口を利いてくれないのは困るし———明日が待ち遠しくなったのも、全部あんたのおかげだから。