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腕に抱いたリバーの身体は血を流しすぎたせいですっかり冷たくなっていた。二年前のリバーならきっと、これだけの傷を負えば命を失っていただろう。ローと離れていた間に強くなっていてくれたおかげで、今もこうしてローの傍で生きている。

リバーはもう何度もローを守って血を流している。糸に貫かれ、弾丸に貫かれ。オペオペで治せないロー自身よりも、自分が傷つく方がよっぽど良いと心底から思っているのだ、この部下は。抱きしめる力を強めれば、耳元で柔らかく笑う声がして背中をぽんと優しく撫でられた。

「ほら、早く。麦わらが一人で戦ってる」
「…何度でも言うが、無茶はするなよ。これ以上身体のどこかを持ってかれやがったら、もう二度と一緒の布団に入らねェからな」
「え?嘘、だろ…?」
「本気だ。嫌なら残った左脚と翼は死守しろ」
「わか、った……」

リバーは本気でショックを受けているが、口から出まかせで言っただけだ。パンクハザードでは毎日一緒のベッドで眠った。麦わらの一味の船の上でもリバーの翼に包まれて安眠を享受した。あのぬくもりを知ってしまったからには、今更リバー無しで眠るのはごめんだ。そう思ったことは伝えてやらず、血の流れた跡の残る頬に唇を押し当てた。「んう」と戦場には不釣り合いなとろけた声を漏らして、リバーもローの耳元にキスを返してくる。──せいぜい共に眠れない可能性を恐れて、自分の身を大事にすればいい。

途中で折れてしまった角を撫でてやってから、素早く立ち上がる。瓦礫に凭れたリバーは小さく頷いてローを見上げた。少し休めたおかげでかなり体力を回復できた。頷きを返して背後を振り返り、右手を掲げる。

「“ROOM”……タクト!!」
「ゴムゴムのォ!鷹銃乱打!!」

間近にあった巨大な塔の先端を持ち上げ、ドフラミンゴ目掛けて勢いよく落下させる。向こう側から迫っていたルフィの攻撃から身を守っていたドフラミンゴは、苛立たし気に片手をローに向けた。

「この死にぞこないが……!!死んだペットとの別れはもう終わりか?」
「さァな…!」

ドフラミンゴがリバーを殺したと思い込んでいるなら都合が良い。こちらから動きださない限りは、少なくともリバーがあれ以上傷つくことはない。

「二人がかりだろうと無駄だ…!荒波白糸!!」
「おわ!」
「…!シャンブルズ!」

巨大な渦になって襲い掛かってきた糸からルフィを救出し、二人で近くの瓦礫の上に着地する。ローが放った塔の瓦礫はトレーボルの粘液によって動きを阻まれ、下へと落下した。
久方ぶりに顔を合わせるような気がするが、ルフィはローやリバーほどの深手は負っていないようだった。下で戦っていたベラミーという男とはかなりの力量差があったのだろう。

「いって〜…悪ィトラ男、助かった」
「いい。あの野郎に集中しろ」
「わかっ……なァ、さっきミンゴの奴、誰かが死んだっつってなかったか?」
「……下を見ろ」
「下?……あ!!おい!ウマ男!!」

目にも止まらぬ速さで下へ飛び降りたルフィの後を追って、瓦礫に凭れて俯いたリバーの元に戻る。この男に真相を話すならできるだけドフラミンゴと離れていた方が都合が良い。ルフィはリバーの側へしゃがみこみ、動揺した様子でしなだれた翼に手を置いた。

「ウ…ウマ男、お前角は…足はどうした…!何だこの血の量…!おい、しっかりしろ!トラ男、どうなってんだ…!?」
「ローに聞いてやるな…見りゃわかるだろ?そいつのペットが死んじまったんだ…せっかく生きたまま売っぱらってやろうと思ったのに、全部台無しだ…」
「ウソだ…!!」
「だがロー、お前も薄情な野郎だなァ?ここまで必死について来た部下が死んだっつうのに、涙のひとつも流さねェなんてよ…!フッフッフ…!」
「黙れ!トラ男とウマ男がどんだけ仲良いか知らねェくせに…!!」
「上辺だけの仲だったってことさ。なァ、最期まで“もうすぐ麦わらが来る”と言って死んだぜその馬は…お前奇跡を見せてくれるんだって…?麦わら…戦っても強そうには感じなかったが…さァ来い…ゲームを終わらせよう」


ローは動かないリバーを見下ろしながら、ドフラミンゴとトレーボルに立ち向かおうとしたルフィの背中に鬼哭の鞘をコツンと当てた。

「…そのまま聞け、麦わら屋。リバーは生きてる」
「……え…?」
「こいつが本当に死んでたらおれはこんなに冷静でいられねェ」
「…そ、そりゃ確かにそうだ」
「このまま二人で攻撃を仕掛けるぞ。リバーの足がトレーボルの身体の中にある。もしお前が取り戻したらおれに渡せ。リバーが自ら動いたらそん時は…あいつを助けてやってくれ」

黙って頷いたルフィの隣に並び立つ。鬼哭を掲げて近づいて来た二人の敵に切っ先を向けると、同じように拳を構えたルフィが低く笑みを零した。

「ウマ男のことだから、ぜってー自分でなんとかするよ」
「……ああ、困ったことにな」
「そういうとこが好きなんだろ?」
「———は?」
「仲間として!」
「……っうるせェ」

ペースを狂わされて思わず舌打ちが漏れる。全くいちいち癪に障る男だ。ローは「何怒ってんだ?」と不思議そうに首をひねるルフィを追い越しながら空を見上げた。鳥カゴが明らかに収縮し始めている。早いところケリをつけなければ、どの道全員お陀仏になる。そうなれば、“二人でゾウに行く”というリバーとの約束も守れない。

「麦わら屋。空を覆う奴の鳥カゴは少しずつ収縮している」
「え!?それって……」
「フッフッフ……遅かれ早かれ全員死ぬということだ──まるでゆっくりと傘を閉じるように…やがてこの国の全てを切り刻むだろう…!時間にして約一時間ってとこか」

不気味な程に長い脚でこちらに歩を進めながら、ドフラミンゴの手の平から糸が伸びる。そして側にあった瓦礫を嘲笑うように真っ二つに切った。強靭な糸は人間などいとも容易く切り崩す。リバーの右脚を切ったように。ローは燃え滾る怒りを胸に押し込めながら、ルフィの影に隠れて息を潜めた。

「誰も助ける気はない……!国の秘密を知った者を生かしておくメリットがどこにある!町も人も動物も──お前らも全てだ!つまりロー、てめェのペットは一足先に死んだだけ……!なに心配には及ばねェ国はまた創る」
「ミンゴ!!お前をブッ殺せば済む話だろうが!!」
「フフフッ!それができねェっつう話をしたつもりだったが───」
「───シャンブルズ!」

拳を振りかざしたルフィと位置を変え、ドフラミンゴの真正面で鬼哭を構える。日光に反射したサングラスの中に、背後で動かないリバーが映った。何発も、何発も、大切な部下に銃弾を打ち込まれた。何度も抱きしめたあの背中に。ローの元へ飛んできてくれたあの翼に。そして、いつだって傍に駆け寄ってきてくれた足に。

「──このオペはお前を体内から破壊する」
「トラ男!いけ!!」
「リバーと同じ苦しみを味わえ……!!ガンマナイフ!!」
「ぐおあァァッ!!!」

ドフラミンゴがここまで叫ぶのは初めてのことだった。内臓から攻撃されれは、いくら強力な覇気の使い手だろうと耐えられない。ルフィが上がってきた混沌の最中に“ROOM”を最大限にまで広げて網を張っていた甲斐があった。

―――だが、急所は外した。能力を発動し続けていたせいで消耗した身体を無理くり立ち上がらせ、再び“ROOM”を広げる。そして首を逸らして激痛に叫ぶドフラミンゴへ追撃を加えようと、もう一度地面を蹴って宿敵の眼前に鬼哭を振りかざした。

「ドフィ~!!王たる者が膝をつくなァ!」
「……!!やってくれたなァ…ロォー!!」

牙も向いた獣のように叫んだドフラミンゴの巨大な手のひらが、ローの頭を掴まんと勢いよく迫る。ルフィが背後で加勢しようと拳を構えるのが分かった。だがそれよりも早く―――聞きなれた翼の羽音がローの鼓膜を揺らした。血の滲んだ口角がゆっくりと持ち上がる。


────ドフラミンゴ。お前にはおれを殺せない。約束したからだ。お前を越えて必ずまた海に出ると。


「…てめェ!ローに触んじゃねェ!!!!」


上空から舞い降りたリバーの前足の蹄がドフラミンゴの額に食い込む。黒い羽根が辺りに散り、翼を広げる獣型のリバーを幻想的に際立たせた。久方ぶりに見る天馬の黒い毛並みは血で汚れながらも艶々と輝いている。

「……!!ガフッ!」
「っ何ィ!?い、一角天馬だと!?お前なんで生きてやがんだ〜!?」

きっとトレーボルから右脚を取り返す隙を伺っていただろうに、耐えきれず飛び出してきてしまったらしい。荒々しい咆哮をあげた一角天馬は一度床に着地したが、欠けた後ろ足のせいで数歩よろめいた。ふつふつと湧き出た水が頭から流れ、ドフラミンゴが大の字になって倒れ込む。

「ウマ男〜!!」
「…ッハア…ハア…これ以上ローを傷つけられてたまるか…さっさと沈め…!!」
「ガ、ゲホッ、……あ、あああ…なんてことしてくれやがんだチェンバーズ・リバー…!」

頭上に振りかざされたリバーの前足を、血管の浮き出たドフラミンゴの手が寸前で掴んだ。頭から水を被ってなおあの腕力とは。勢いよく引き寄せられて倒れ込んだリバーを救うため、ローとルフィは同時にその場から動いた。

「シャンブルズ!」
「ゴムゴムのJET・スタンプ!!」

ローの腕の中に人獣型に戻ったリバーが降ってきて、それと同時にルフィの強力な蹴りがドフラミンゴを吹き飛ばす。「ドフィ!!」とトレーボルが叫ぶのを尻目に荒い息を繰り返すリバーの顔を覗き込むと、うっすらとした微笑みが返ってきた。

相変わらず青白い肌だ。どう考えても戦うべきではないと、医者である自分が告げている。だが、立ち上がると決めたリバーの意志を他の何よりも守りたいと思うのもまた、ロー自身だった。

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