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「ウゥ………アァ……」
「!にゃろ!!」
「待て麦わら……!」

吹き飛ばされてなお呻くドフラミンゴに麦わらが飛びかかろうとするのを、声を張り上げて制した。まだあいつが死ぬか分からないけど、もし…もしこれが最後になるなら、ここは譲ってもらわなきゃ困る。なァ、そうだろ?おれを抱きかかえたローの腕を強く掴んで、その顔を見上げた。
噛み締められた唇に、傷だらけの身体。でもその瞳だけはあらゆる感情が迸って、爛々と滾りながらドフラミンゴを睨んでいた。

「──……頼む、あいつだけはローに…!」

軋む翼を仰いでローの腕から這い出し、その肩を押した。はっとしたようにこちらを見てきたローに頷きを返して左足だけでなんとか立ち上がる。するとすぐに麦わらがきて、肩を支えられた。助かることには違いないので、その服を掴んでありがたく凭れることにした。

「大丈夫かウマ男、お前動けんのか?」
「……リバー」
「おれのことはいい。ロー、ほら」
「──ああ……」

歯を噛み締めたローが鬼哭を引きずりながらドフラミンゴの元へ歩き始め、背中に書かれた“corazon”の文字が段々と遠ざかっていく。

──ローにとってのコラさんは、おれにとってのロー。

おれのような欲まみれの感情とは種類が違うにせよ、その存在がどれだけ大きかったかは分かる。家族と故郷を失った自分を救いあげてくれた人が、どれだけ輝いて見えるか。

もしコラさんのようにローが何か意志を遺して死んでいったら……おれはどうするだろう?ローのいない世界で一秒だって生きていたくないけど、でも、おれも残りの命をその意志を果たすために生きようと思うだろうか。

「……考えなくねェな、んなこと……」
「おいウマ男、大丈夫なのか?もうボロボロじゃねェか」
「麦わら……約束、してくれるか」
「ん?約束って?」
「この戦いが終わるまで、おれのことは勘定に加えなくていい。何があっても前だけ見て先へ進むって」

おれの折れた角に、失った右足に、麦わらの視線が刺さるのが分かる。肩に回した手に力を込めて、いつもの幼さがかき消えた四億の賞金首の目を流し見る。“奇跡”を起こしてきた男。パンクハザードからずっと一緒にやって来た今、おれもローもいざという時のこいつのことを何ひとつ疑っちゃいない。

「できるよな、お前なら。おれァこの島にたった一人しかいねェハートの海賊団のクルーだ。キャプテンの道を切り開くのが部下の務め……しくじるわけにはいかねぇ」
「死ぬ気か?」
「違う。生きて海に出るってローと約束した。でもたとえローに怒られようが、おれはあいつのためならいくらでも血ィ流すって話」
「ふーん……難しいことは分かんねェけど、おれはおれのやりたいようにすっからよ。悪ィけど助けてェ時は助けるぞ」

…ま、こういう奴だよな。
あっけからんと返された言葉に鼻を鳴らして目を逸らす。素直に言うことを聞くわけねェのはローと一緒だ。やっぱりキャプテンってのはこういう生きもんらしい。だがおれも言いたいことは言った。

「…そーかよ」
「ああ。お前はもう仲間みてェなもんだからな!」
「仲間じゃねェよ」

身体に回された手を振り払って、翼を頼りに一人で石造りの床を踏みしめる。ローのところへ行くために肩を鳴らすと、麦わらは笑いながら翼をぽんぽんと叩いてきた。馴れ馴れしい仕草にさほど腹が立たなくなったのはいつからだろう。出会ってからさほど日にちも経っていないのに、つくづく奇妙な男だ。


「…“ROOM”」


数メートル先でローの円がドフラミンゴを包む。おれはゆっくりと後を追って移動して、ローとの距離を縮めた。

「ドフラミンゴ…お前は……もう助からねェ。ガンマナイフは外傷なく内臓を破壊する…医者が言うんだ間違いない…」
「…!!ロ〜〜!おのれドフィに何をしたァ〜!!」

背後から突然迫ってきた声を無視して前へと進み続ける。後ろにはあいつがいるんだから、そう簡単にここまで来れるわけがない。案の定「邪魔すんな!」と叫んだ麦わらによってトレーボルが吹き飛ばされた気配がした。
とっとと右足をあの野郎から取り返す必要があるが、今はこっちに集中しねェと。ゆらりとよろめきながらドフラミンゴを見下ろすローの背後に立って、いつでも守れるように翼を武装色の覇気で覆った。

“ガンマナイフ”の効力でドフラミンゴはじき死ぬ。そのはずだが、万が一に備えとくのがきっとできる部下ってやつだと思う。

「てめェに都合のいい集団をお前は家族と呼び!お前の暴走を止めようとした実の弟コラさんを射殺した…!」
「……ああ…裏切られ…残念だった…おれに銃口も向けるとは」
「コラさんが引き金を引かないことをお前は知ってた…」
「…フフ」
「おれなら引けた」
「!…フッフッフッフ…だろうな…お前はおれと同類だ」
「…ああそれで結構だ」

おれは、ぎり、と唇を噛みしめてローの肩を掴んだ。聞き捨てならねェ。誰と誰が同類だって?そんな事嘘でも許せるわけが無い。

「———な訳ねェだろ、ロー…!あんたは…ッ!」
「…良いんだ、リバー」

後ろ手に伸びてきた手が、おれの手をゆっくりと下ろした。ドフラミンゴは明らかな執着をローに向けている。ハートを模した椅子にローを拘束していたことも、“コラさん”と同じように銃で殺そうとしたことも、今の発言も。幼かったローにドフラミンゴが何を期待していたのか、その断片は言葉のあちこちから滲み出ていた。

………だからさ、ロー。こいつと同類っていうならおれの方だ。

心優しいローや“コラさん”とは似ても似つかない。依存と執着で自分を成り立たせる意地汚い人間。

ただひとつ決定的に違うのは、おれにとってのローがドフラミンゴにはいないってことだ。ローに出会ったおかげでおれには光が差した。———この男には、それがない。あるいは“コラさん”を選んでいれば何か変わっただろうに、光となったはずの人を自らの手で消した。それがおれとこいつの、一番決定的な分かれ道だ。

「あの日死ぬべきなのはお前だった…!」
「…お前の聞きてェセリフを言ってやろうかロー…おれにとってコラソンは足手まといで目障りだった…!あの日ブチ殺してせいせい……」

背中だけでローの怒りが頂点に達したことが伝わってきた。“ROOM”のギリギリ外側まで飛び退いて、しゃがみ込んだローの挙動を見守る。

「“カウンターショック”!!……くたばれ悪魔野郎…!!」
「ウグ!!!」

迸る感情が電流になってドフラミンゴに流れ込む。わざと煽るような言葉にまんまと乗るなんて、らしくない。きっとローもそんなこと分かってる。でも、分かってても感情が乱される。それくらいおれにも分かるよ。ローに関わる事だと、本当に自分が分かんなくなるから。

なあ、“コラさん”。

こんなにもあなたのことを想っている人をおいて、なんで死んじまったんだ。もしあなたが生きてたら、おれはきっとローに出会えないまま天竜人のペットになっていた。でも、それでも構わないって思っちまうほど、あの流れる電流から遣る瀬無い悲しさが伝わってくるんだ。おれの大事な人は、あなたのために必死に生きてきたんだ。

思わず滲んだ涙を拭って、倒れ込んだローの元へ翼を仰いで飛んだ。ローはこの島へ来てからもう限界を超えてオペオペの能力を使ってる。その中には、おれの治療に使った分も入ってる。荒い呼吸で上下する身体に触れて唇を噛みしめた。


「ロー…?ロー……ッ!?」


───突然、ゆらり、と視界に影が差した。緩みかけていた身体に硬直が走る。麦わらとトレーボルはもっと遠くにいる。背後から照りつける日光を遮る奴なんて、この場に一人しかいない。
…でも、何故。ローの技は確実に効いたはずだ。それなのに──何故、お前が立ち上がれる。

「ドフラミンゴ……!!」
「流石だ我らが王!!」

翼を広げてローを守りながら背後を振り仰げば、空を覆い隠す長身がこちらを見下ろしていた。全身に傷を負いながらも確かに二本の脚で立っている。

「時間さえくれりゃあ…おれは自分で応急処置できる。おれの体内では今糸による内臓の修復作業が進んでいる」
「……は、あ……?──ッ!!」
「邪魔だ、チェンバーズ・リバー……」
「!リバー…!離、れ…ッ」

ぬっと伸びた手に首を掴まれ、ローから引きはがされる。ロギアじゃあるまいし、体内の修復なんてそんな芸当可能なのか。──いやきっと、たかが糸の能力をここまで高め上げた執念がこの男を七武海にまで押し上げたんだ。

「能力は使いようだ…回復とは少し違うがな…自爆ご苦労…!息の根くらい止めてやるよ!!」
「させるわけ、ねェだろ!!!」

ローに向けて振り下ろされようとした足を伸ばした翼で払いのける。同時に首を掴んだ巨大な手が捩じ切る勢いで締め上げてきて、首の骨がギシリと嫌な音を立てた。足先が浮き上がり、木枯らしのような息が口から漏れる。そして片手でおれを掴み上げたドフラミンゴはまたしてもローの頭を踏みつぶそうと足を振り挙げた。

「ぎ、わら……!ロ、を…!!」
「っああ!!」
「…待、て、リバー…!」

麦わらが倒れ伏したローの身体を掴んでドフラミンゴの間合いから外れたのを確認してから、全身を武装色で覆って勢いよく翼を旋回する。羽の先がドフラミンゴの身体を掠め、掴まれていた首が解放された。
咳き込みながら床に着地してよろめいたおれを、不気味に笑い続けるドフラミンゴが見下ろす。出血のせいで霞んだ視界はドフラミンゴの表情を更に見えづらくした。

「チェンバーズ……薄汚ェ家畜がいつまでもローの傍をうろちょろと…!」
「お、前こそ、いつまでローに、執着してやがる…!」
「執着?違うな…いつまでも過去にしがみついてんのはあいつの方だ。お前も本心では妬ましくて仕方ねェだろう?いつまでもコラソンの幻影を追いかけるローが…!」
「ぐあ…!!」

刃先のように連なった糸が脇腹に叩きつけられ、地面に伏す。傷ついた体内からせり上がった血が口からぼたぼたと零れた。そして羽ばたこうとした翼が巻き付いた糸によって地面に固定され、動きを封じられる。大股に近づいてきたドフラミンゴは日を光を遮っておれの側に立ち、長身を屈めて顔を覗き込んできた。


「本当に哀れな野郎だ……故郷ではボロ雑巾のように扱われ、ようやく出会えたローもお前など眼中に無ェ!!きっとこれまで何度も痛感してきただろう?お前ごとき、あいつにとってはただの部下でしかない!汚れきった馬が一人前の人間のふりしやがって…...苛立たしいことこの上ねェ!たかが家畜風情が——いくらローの側にいようが、てめェはコラソンの代わりにはなれねェ!!」


頭上に足が振り下ろされる光景が奇妙にゆっくりとした動きで視界に映った。

──うるせェ、そんくらいおれだって散々思ってきた。おれじゃ駄目なんだって何度も何度も痛感した。
でも、他でも無いローが「お前が大切だ」って言ってくれた。生きてこの島を出るって、おれと約束してくれた。ローの言葉ひとつひとつがおれの中でどれだけ輝いて生き続けているか、ドフラミンゴ、お前はそんな事ひとつも知らないだろ。お前になんて言われようとちっとも痛くねェ。チェンバーズ・リバーは、トラファルガー・ローに大切だと思われてる。それだけでもう何にも怖くないんだ。

例えお前に足蹴にされたって、ちっとも───......。頭蓋骨が砕けるのを覚悟して目を閉じたが、訪れると思った衝撃はついぞおれの頭に降りかからなかった。

──薄らと瞼を上げると、ドフラミンゴの足裏はおれの目と鼻の先でピタリと食い止められていた。まず目に入ったのは麦わらの足だった。そしてその上には、見慣れたローの足先。

「…ロー、麦わら……」

二人は煌々とぎらつく目でドフラミンゴを睨み、おれを踏みつぶそうとしたその足を払い退けた。そして限界をとうに超えているだろうローは、よろめきながらも膝を着いておれに覆い被さった。

「なぜ止める…この哀れな男の頭を砕き割ろうとしただけだ」
「てめェ、が!リバーを語るな…!よくもおれの前で、ッコラさんを引き合いに!のうのうと…的外れにこいつの事を語れたな…!!!二度とこいつの名前を呼ぶな!!」
「フッフッフ…見ろよ麦わら……この地面に這いつくばった、みじめで情けのねェ奴らを……!!こいつらに同盟相手としての価値は───」
「おい、ミンゴ。トラ男とウマ男を馬鹿にすんな」

……瞬間、脳に電撃めいた衝撃がかけ巡った。

おれを拘束していた糸を鬼哭で切り外したローも、驚いた表情で手を止めた。覚えがある感覚だ。シャボンディのヒューマンショップで、冥王レイリーが放ってた妙な衝撃波。あの時はローに夢中でさして気にもとめてなかったけど、今麦わらが放ったのはそれと同じもんだ。

「麦わら屋…コイツもやっぱり……!!」
「……ロー、この覇気って──……」
「んな~~~!?覇王色の衝突~!?奴もそうなのかァ~~!?」

黒い稲妻めいた衝撃を放ちながら麦わらとがドフラミンゴへ攻撃を出し始め、おれはローに抱きかかえられながら二人の間合いを離れた。覇王色。限られた人間にしか使えないあの覇気を、麦わらが。

「……まァ、納得ではあるな……」
「リバー、おれはあいつらのところへ行く」
「分かってる。止めるわけねェだろ?限界なんか、おれもあんたもとっくに超えてんだから……」

肩に回ったローの手に力が籠った。それに甘えながら身体を起こして、笑みを向ける。何度も噛み締めたせいで血だらけになったローの唇に指を添えて、その張り詰めた顔を覗き込んだ。

「まだまだ動いてもらわなきゃ困る。全部終わったら、あったかい部屋であんたに抱きしめてもらうんだからさ……疲れきった後にするキスって絶対気持ちいーだろ?」

ローは虚をつかれたように数回瞬きしてから、ほどけたように笑みを零した。

「……ああ。楽しみにしとけ」

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