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島は観光業で栄えているらしく、とにかく人が多かった。石畳の道には色とりどりの屋根の出店が並び、土産の袋を抱えた人達が常に行き交っている。

おれははぐれないように大きなベポの後ろにぴったり着いて、きょろきょろと辺りを見渡しながら進んだ。目立つベポの前は人々も驚きながら道を開けてくれるので、移動はスムーズだった。おかげでおれには思う存分に初めての島を観察する余裕があった。活気のある人々の表情も賑やかな声も、何もかもが新鮮だった。

そして珍しいものを目にしては、隣を歩いているローの服をちょいと引っ張った。
「なぁ、あれなんだ」
「見世物小屋だ。中で曲芸してんのは手長族だ。関節が二本ある」
「すげェな…あれは?」
「ダイヤルとかいう貝だ。どっかの空島が産地らしい。本当か知らねェが」

ローはおれの矢継ぎ早な質問に律儀に答えてくれた。この男は大変な博識で、おれの疑問は浮かんだそばから悉く解消されていく。
しばらく歩くと、ベポの隣にいるシャチとペンギンの更に向こうに人だかりが出来ているのが見えた。何かを演説する男とそれを取り巻く人々が囃し立てたり歓声をあげたりと一際目立っている。

「…あれは何やってんだ」
「賞金首を捕まえた奴がマヌケな自慢話をしてる。…あの足元で伸びてるのが札付きらしいな。双方大した奴じゃねェ、忘れろ」

感情の全くこもっていないローの言葉に頷きながらも初めて見る手配書に興味が湧いて、おれはふんぞり返る男が掲げた手配書に目を凝らした。

「…1000万ベリー」

これってどうなんだ?いまいち懸賞金の相場が分からないおれと違って、前にいたベポがえェ?と素っ頓狂な声を出した。
「こんなグランドラインのど真ん中で海賊やってて?よく今まで生きてたなー」
つまり、結構小物ってことか。ローはぴくりとも反応せずに淀みなく前を見て歩き続けている。そしてふと疑問に思った。

「…あんたの懸賞金っていくらなんだ」
「さァな。覚えてねェ」
「おいリバー、それァ常識だろ!我らが船長はなんと、2億の首だぜ!」

自分の首にかかった懸賞金にまるで興味の無さそうなローの代わりに、シャチが誇らしげに指を2本立てて言った。におく、におく。
「…におくね」
数字が急に跳ね上がりすぎてそのやばさにピンと来ない。しかしもし2億ベリーがこの手にあったら、弟と2人一生平和に暮らせただろうかとありもしない未来を思い描いておれはぼんやりとローを見上げた。

…そんな理想を夢見るのは、おれだけでは無いだろう。勿論おれが夢見るのは2億ベリーという大金のことだけで、ローの首を取ろうなんて微塵も思わない。しかし、あわよくばとローを討ちとろうとする敵がこの海に一体どれほどいるのか想像も出来ない。その中には勿論海軍だって政府だって権力者だって沢山いるんだろう。

「…………」
「いてっ」

はあ、とため息を吐いたローがおれの頭を小突いて立ち止まった。急になんだ。頭を抑えて恨めしく見上げると、帽子の影の中にある目は呆れ返ったように細められていた。

「一丁前に人の心配なんざするな。餓鬼に気遣われるほど落ちぶれちゃいねェぞ」
「はァ?なんの話しだ!」
「……おい、おれはここから別行動する。こいつの子守りしとけよ」
「アイアイ!」
「なにがアイアイだ、子守りってどういう事だよ!おい!」

あっという間に人混みに消えていく、スタイルの良すぎるその後ろ姿でさえ様になっていて腹立たしい。ぶつくさ文句を垂れていると、そういうとこだよリバー君、と諭すような口調で言ったペンギンに首根っこを捕まれる。おれはそのままずるずると無様に連行される羽目になった。

さて、連れていかれた先は仕立て屋だった。いつまでもペンギンのつなぎを借りている訳にはいかないので、何か適当に見繕えとのことらしい。

皆と同じ白のつなぎで良かったのだが、何故かシャチとペンギンに黒の服にしろとせがまれた。どうやらおれが黒いペガサスに変身したことが、知らぬ間に彼らの夢見る少年心に熱い火を灯していたらしい。二人曰く、黒のペガサスに変身するんだから、普段から黒で決めていないと駄目らしい。なんのこだわりだ。

「そういやさ、お前のあれってただのペガサスじゃねえよな?」
ふと思い出したようにペンギンに問われて、おれは思わず自分の額をさすった。ここから角が生える感覚にはもうすっかり慣れた。
「ああ、まァペガサスに角は無ェからな。おれのはユニコーンに翼が生えたやつ。アリコーンとかなんたらって言うって本には書いてあったけど」

思いがけず悪魔の実を食ってしまったおれがそれに変身するのを見て、弟が大はしゃぎで街の図書館に忍び込んでその名前を調べてくれた。
「ほえー、かっけー、ずりぃー」とシャチが気の抜けた声を漏らす。おれはそれに、「そうでもねェよ」とだけ返した。この能力のせいで弟は殺されたのかもしれない。そう思うと、この額から角を抉り出したいような感覚に襲われる。
黙りこくったおれに気づいたのか気付かないのか、シャチとペンギンはまた服の装飾のことであれやこれやと騒ぎ始めた。

結局、故郷でも着慣れていた黒のタートルネックに左胸と背中にハートの海賊団のジョリーロジャーが入った黒いパーカーと、皆と同じ白いズボンを誂えてもらった。

手際のいい店主のおかげで日が沈む前に服を受け取ることが出来た。
それからは真新しい服を着て、ベポのために新鮮な魚を物色したりシャチの女談義を聞き流したりしているうちに辺りが暗くなり始めた。

街の空に張り巡らされた線にこれからが本番と言うように鮮やかなランプが灯り始め、客引きの声がそこかしこで響きわたりだす。

凍えそうな寒さとの戦いだった故郷の夜とはまるで違う。初めて見る活気で溢れた夜の街におれが気を取られていると、前を歩いていたシャチとペンギンがふと立ち止まって此方を振り向いた。二人顔を見合わせ、口をもごもごさせている。

「えーっと、おれらこれから飲み屋でも行こうと思ってるんだけど」
「ベポはいつも夜は船に戻ってるけど、お前はどうする?」

頬をかきながらそう言ったシャチとペンギンに、ああ女をひやかしにでも行くのか、とすぐ思い至った。メスのクマはいないしな、とぼやいたベポの言葉でそれは決定的になる。ずっと潜水生活じゃそりゃあ気分も鬱屈するだろう。まあ理屈は分かる。
「おれはいいよ。女だろ?興味ねェ」
あっさり言うと、シャチがえェ!?と叫んだ。
「……お前、まじかー…ッ!勿体ねえ…」
「おれ他の島来んの初めてだし、宿に泊まってみてもいいか?」

大袈裟に嘆くシャチを無視してそう言うと、ペンギンが頷いて財布を取り出した。
「お前服以外なんも買おうとしないし、金余ってるくらいだよ。…ほら、こんくらいで釣りがくるだろ」
「悪ィな」
札を数枚受け取って、連れ立って人混みへと消えていくシャチとペンギンを見送った。そのまま船に戻るベポとも別れ、おれは一人真昼のように明るい夜の街を歩き始めた。

常に薄暗かった故郷とあまりにかけ離れた光景に何度目か分からない驚きを覚える。煌々と光る明かり、酔った人の豪快な笑い声、グラス同士が子気味よく鳴る音、肉が焼ける匂い。全てが新鮮に映った。

すると物珍しく辺りを物色するおれが夜に慣れない初心な少年にでも見えたのか、露出した服を来た女がするすると寄ってきた。

「美人のお兄さん、一杯寄ってかない?美食の町プッチから良いお酒仕入れたのよ」
「プッチ…確か、海列車ってので繋がってる町だったか」
「あら、物知りなのね」

本で読んだだけだ、と言うのも面倒で腕に絡まる女の手を払った。残念また来てね、とあっさり言って女は次の瞬間にはもう後ろの男の方へひらひらと寄っていった。
街の風景はまるで違えど夜の女はどこも変わらないな、と思う。いつも飢えていてそして強かだ。

タートルネックを引きあげて賑やかな通りを口元を隠して進んだ。それでもまだ寄ってくる客引きをかわしながら、そういえばローは何処にいるのだろう、とふと思った。

ベポと同じように船に戻っているのか、はたまたシャチ達のように歓楽街へ消えたのか。ローが女の機嫌をとる姿などあまりに想像がつかなくて、おれは一人笑みを浮かべた。凄く面白い絵なのに多分一生見られないのだろう。
短い付き合いなのにローという男の他者を寄せ付けないオーラと冷たい気高さはおれにもしかと伝わっていた。

ふと、つんと鼻に染みる潮の匂いがして、顔を上げた。歩き続けていつの間にか飲み屋街から外れ、宿屋や閉まった土産屋が並ぶ静かな通りに出ていた。海の近いその一帯は明かりも少なくなり切れかけの街灯がいくつかあるだけだった。
丁度よく今夜の宿を見つけられそうだ。

ペンギンは結構な金を渡してくれたが、豪勢な宿屋に泊まるつもりは毛頭ない。おれは通りの一番端に追いやられたような古びた宿屋のドアを開けた。

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