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「やっぱりそうだ。その帽子、お前んとこのキャプテンのだろ?」

案外早くまた会ったな、と隣に降りてきた男が朗らかに笑った。足先の炎がかき消える。革命軍のサボ。麦わらの兄貴。回転の鈍い頭を動かして頷きだけを返す。
サボは騒々しい周囲をものともせず溌剌としていたが、声もろくに出ないおれの様子に目をとめて瞬時に笑みを消した。

「随分消耗してるな。その姿……戻せねェのか。どこまで行く気だ?この先は戦場だぞ」

関係の無い海賊にまで親切な奴、とぼんやり思う。移動していたのか戦っていたのか知らないが、わざわざ足を止めて忠告してくるなんて。
状況を知りたくて口を開くと、木枯らしのような息が漏れた。サボはすかさず身をかがめて、顔をおれに寄せてきた。兄弟揃って距離がちけェ。

「……言われ、なくても、分かってる。あっちはどうなってる?ローは……」
「ルフィが体力切れ起こしてな。トラファルガー・ローはドフラミンゴを足止めしてるところだ」
「……そうか。お前は麦わらんとこ、行かねェの」

麦わらのことを聞くとサボの顔に華やぐような笑みが戻った。

「ルフィとはもう会えた!ジーザス・バージェスがほら…向こうから追ってくるところでな。あいつをルフィから引き離すのが兄貴の務めだ」

サボが余裕そうに鉄パイプで指した道の先で、巨体がこちらへと向かってきていた。
バージェス? ……新聞で見た事ある気がするけどどこのどいつだったか。今の使えねぇ思考回路では思い出せそうにない。

いやそんなことよりも、今ローが一人でドフラミンゴを足止めしてるって?撃たれた傷だってまだ癒えていないだろうに。
目を凝らすと、誰かに背負われて遠ざかっていく麦わらと、ドフラミンゴがそちらへ行かないように鬼哭で糸を食い止めているローが小さくとだが見えた。別れた時よりも血が流れている。だがその目はドフラミンゴを見据えて動かず、好戦的にぎらぎらとしていた。
———何度だって思う。おれのキャプテンはこの海で一番かっこいい。

「すげェよな。ルフィも、お前のキャプテンも。何があっても諦めねェ」

朗らかに言ったサボは片手を腰に回してきたかと思えば、おれを抱えて建物の影に移動した。
身体ごと炎に変わるようになったというのに、服越しに感じるサボの体温は至って平温だった。世界政府に喧嘩を売るような奴は、こんな時でも冷静さを失わないのかもしれない。
されるがまま手近にあった木箱に座らされて、一気に安堵が押し寄せる。ドフラミンゴに見つかれば余計な火種になりかねなかったので有難かった。

「…世話かけた……」
「いや」
「………なに?早く行けよ……」

サボはその場を動かずじっとこちらを見つめてくる。眉間に皺を寄せる気力も無く見上げると、思いのほか真剣な表情をしていた。

「実はイワンコフにさ、おまえの話を結構聞いてたんだ。おれ達の組織とも関連があるしさ。ほら、昔天竜人に狙われていたとか……あァいや、今もか」

それで同情でもしたってか?憐れまれようがどうでもいいが、こいつはそんな事を思うようには見えない。案の定同情なんかちっとも感じさせない笑顔で、サボはおれの肩を優しく叩いた。

「そんな境遇だろうが一人で修行して、またキャプテンんとこ戻って…強い奴だと思った。会えて嬉しかったよ。だから、なァ、最後まで生き延びろ。お前が死ぬとルフィが悲しむ」
「——言われなくても、死なねえ。ローと約束したから」
「そうか。ならいいんだ。今からここも危険になるが、なんとか凌いでくれ!」

サボが振り返るのと殆ど同時に上からバージェスが降ってきた。文字通り、降ってきたように見えた。建物を崩しながら飛び越えてジャンプしてきたらしい。おれの頭上に迫った瓦礫を焼き飛ばしたサボ越しに、悪趣味な出で立ちの大男と目が合う。

「……おお!ウィーハッハ!そのツラは一角天馬じゃねェか!この島にいるのは知ってたが、こりゃ運が良い!ウマウマの実幻獣種、有翼のユニコーン!水を生み出す驚異的な力…てめェの見てくれを抜きにしても最上位の能力だ!寄越せェ!」

強烈な不快感を覚えて目を逸らした。嫌悪から深いため息がでる。殺気とも違う、薄気味悪い高揚をあいつから感じる。人としてではなくモノとして見られていることが如実に分かった。
動けないおれの方へ向かってきたバージェスをサボの火球が弾き飛ばす。視線を断ち切るようにおれの横に立って、サボは煩わしそうに肩をすくめた。

「悪趣味だろ?こいつらがやってるのは能力者狩りだ。悪ィな、おれが構ったせいで目ェつけられた。指一本触れさせないから安心してくれ」
「……いや…ふらふらこんなとこまで来たのはおれの責任だ。で、能力者狩りって……?」
「仕組みはまだ不明だが、悪魔の実の能力を奪って回ってるらしい。既に何人も犠牲になってる。おれが食ったメラメラの実もだが、君の幻獣種の実も連中は喉から手が出る程欲しいだろうな」

能力者狩り。それが事実なら確かにとんでもねェ力を得れるだろうが、嫌な響きだ。
悪魔の実は一生物の呪いだ。それを無理やり奪ったら持ち主は一体どうなるのか、考えかけてやめた。ろくな答えが出てこねぇ。
おれの食った実が奴らにとって魅力的に映るってんなら、不老不死の秘術が備わっているオペオペの実も凄まじい価値があるだろう。秘術の存在が漏れていないとしても、あの実はそこらのパラミシアとは格が違う。

「……絶対、ローには近づけんな」
「ははっ了解了解。じゃ、お互い生きてまた会おう!」

返事をするのも億劫で、緩慢に手を上げた。サボは微笑みながら帽子の鍔を持ち上げて瞬時に足先を炎に変えた。轟音と共にバージェスを覆った火球が彼方へ飛んでいく。
ロビンもサボも、「また」と言って去って行った。本心からそう思って言ってるんだろう。やっぱり変な奴らだ。でも、そんな奴らに支えられてここまできた。
壁に持たれて地面を見つめる。やれることはやった。もう十分だ。……本当に?本当に、おれはここまでなのか。

『──……さァ皆さん!もう少しの辛抱だ!!“スター”は蘇る!』

サボが見えなくなってすぐ、拡声電伝虫から声が響いた。
着実に狭まる糸に恐慄いていた人間達が、声のする方を見あげて途方に暮れたように立ち止まる。その声は精一杯に自分を奮い立たせながらも、張り詰めた緊張を隠しきれていないように聞こえた。

『みなお忘れか!?いや忘れるわけがない……!!本日コリーダコロシアムの闘技会にキラ星の如く現れた、愉快で大胆不敵なあのスターを!!……私は忘れない……ッ!!』

どうやら麦わらのことを言っているらしい。ぐらぐらと痛む頭には大きすぎる音声が辛くあまり鮮明には聞き取れない。けど、周囲の人間達が高揚しだしたことは伝わってきた。

『ルーシー……またの名を麦わらのルフィ!!そして今まさにドフラミンゴと対峙しているのは、死の外科医トラファルガー・ロー!!!海賊に騙され支配され続けた我々が!海賊を信じることは困難かもしれない──だが!真の王リク王様をもってして希望と言わしめた男達!』

ローの名前が出て、項垂れていた自分の頭がぴくりと跳ねた。
限界をとうに超えているローたった一人では、ドフラミンゴを完全に倒しきることは難しい。麦わらの戻りが早ければ早いほど、この戦いの終わりも早くなる。

……こうして動かないまま、この戦いの終わりを迎えるつもりか?自問自答して小さく首を振った。子供ひとり親元に届けられたことはおれからすれば一大事だけど、やっぱり何もせずあいつを待つのは性に合わねえ。
足りない血が視界を白くする。弾に肉を抉られた感覚が消えない、それでも藻掻こうと空を見上げると、なにかふわふわとしたものが宙を漂っているのが見えた。

『聞こえてるかドフラミンゴ!王を操り!世界を欺き!このドレスローザに居座った偽りの王!!』

綿毛、っつったっけ。弟が読んでいた植物図鑑にああいうのがあった気がする。あれを飛ばす花の名前はなんだったか。教えてくれたのに思い出せない。クリスと交わしたとりとめのない会話はこうして記憶から零れ落ちていく。でもあいつへの想いは、ローと共にいる時間が長くなるほどに大きくなる。

『──ここが貴様の処刑場だァァ!!』

落ちてきた綿毛はおれの頬に触れて、幻のように消えた。
途端、全身にとてつもない熱が迸る。

「……は?」

身体の芯から生気に突き動かされる。掠れていた視界が一気にクリアになって、おれは盛大に眉をしかめた。いやなんだこれ。絶対怪しいだろ。そう思いつつも冷え切っていた体温が戻ったので思わず立ち上がる。
脚も元気だ。温かくなった手を開いたり閉じたりしてみたが、不自然な回復以外に不調は無い。

こういうの、普段だったら絶対疑ってかかるんだけどさ。今は四の五の言ってらんねぇ。動けるチャンスがきたなら動くべきだ。
騒がしい通りを見ながら、突然活性化した脳みそで考える。第一希望、ローの元へ行く。行きてぇ、まじで行きたい。でもこの回復が制限付きのものだとしたら?ドフラミンゴの目の前で動けなくなればローはきっとおれを守る。自惚れじゃなくて経験則だ。

「ああくっそ、あんたんとこ行きてぇ…!でも駄目だ!」

とりあえず叫んで第一希望を泣く泣く不採用にした。足手まといになんのは御免だ。
となると、第二希望。麦わらんとこに行く。
決断してすぐに翼を大きく広げると折れた角がめきめきと元に戻った。これって復活すんのか。角は大事な武器のひとつだ。今の回復が一時的なものだとしても、戻るという事実を知れて良かった。

小回りの効く人獣型に留めて、一息に飛翔して建物の壁に足をつけた。思い切り踏み込み、空へ飛び立つ。今出来うる最高速度で、ざわめきの聞こえる方へ。

『ルーシーは蘇る!その瞬間まで──あと十秒!!』

──九秒、八秒。人々の見上げる方へ飛ぶと麦わらの元へはすぐにたどり着いた。麦わらはボロボロで未だへばってはいるけど、もう自分の脚で立っていた。突然現れたおれに周囲の人間がどよめく中、背後から麦わらの身体に両腕を回した。拡声器を握りしめていた男と目が合い浅く頷くと、目を見開いた男も慌てて頷きを返してくる。

『っなんと、一角天馬だァ!ハートの海賊団、チェンバーズ・リバーが現れた!!見よ、あの神々しい姿を!輝くユニコーンの角と美しいペガサスの翼を生やした男がルーシーを抱えて、ドフラミンゴの元へ一直線に飛んでいく!天はルーシーに味方しているぞ!!』

七秒、六秒、五秒──突然身体に漲っていたエネルギーが消えた。途端に悲鳴をあげた身体を、唇を噛み締めて叱咤した。クソ、やっぱ制限つきだった。だけどこんなとこからお前を落とす訳にはいかねェよな、麦わら。
眼下の群衆が狂ったように「ルーシー」を呼んでいる。抱えていた麦わらが一瞬動いた。後ろから羽交い締めにしていたおれの腕に、ゆらりと手が添えられる。

「いけ、るか、麦わら……!」

呼応するように腕を握り返される。そして、こちらを見上げた麦わらが力強く頷いた。それに笑みを返して一気に降下する。四秒、三秒──。

「───フッフッフ!!さァいい加減終わりにしろロー……!麦わらは来やしねェ!お前はこの衆目の中!無様に切り刻まれて死ぬ!!」

二秒、一秒。がくんと力の抜けたおれの腕から麦わらが飛び降りた。地面を切り裂くドフラミンゴの糸がローに襲いかかる。やめろ、と掠れた声を漏らすと下からしゅるしゅると伸びてきた手に乱暴に頭を撫でられた。

「ウマ男、後は任せろ……!!」

ローとドフラミンゴの間に麦わらが降り立って、糸の刃を弾き飛ばす。目を見開いたローが勢いよく上を見あげてきた。
あ、やば。砂埃の中、視線が合う寸前に力を振り絞って方向転換した。
だって、こんなくたびれた顔見せたくねーし。建物の影になってローの姿が見えなくなった瞬間に翼が動かなくなって、糸の切れた凧のように落下した。

近場にあった石造りの建物の屋上に身体を打ち付ける。あー、今度こそもう動けねぇ。達成感を覚えながらだらんと腕を投げ出して、仰向けに寝転がった。

「頼んだ、麦わら………」

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