「…な、なんだおめえ!!」
「何しやがるッ!!」
突然の奇襲にすっかり硬直していた残りの二人が、慌てて腰にぶら下げた太い剣を抜いて構えた。おれはぐるりと顔を回して、男たちに向かって首を傾げた。素人目にも分かる。剣の構え方がなってねえ。
「背中見て分かんねェのかよ。勉強不足だな」
おれは歯を見せて笑ってやって、闇夜に紛れる黒いパーカーを指さした。背中には仕立て屋の店主に頼んで入れてもらった、ハートの海賊団のマークがでかでかとプリントされている。それを見て、男たちは一層青ざめた。
「そ、そりゃあ、死の外科医んとこの」
「ああ、ちょっと前から世話んなってるんだ。悪ィが、蝿に船長の周りを飛ばれちゃ困る。うざってェからな」
「は、蝿だとお!?……この餓鬼がッ!!」
大袈裟な動きで剣を振り上げた右の男に向かってニッと微笑んだ。昨日丸暗記した本の効果の程を試す、良い実験の機会だ。
まず高く跳び、てんで適当な太刀筋の剣をかわして、鳩尾に飛び蹴りを一発。ブーツの底がいい具合に男の胸元にのめり込んだ。そして、「ぐえっ」と唾を吐き散らして咳き込む汚い髭面の顎を、片方の手と組んで勢いをつけた肘で思い切り突いた。クリーンヒット。舌を噛んだのか、男が甲高い悲鳴をあげた。
喚きながらふらりとうつ伏せに倒れかける男の首の後ろ、神経の束がある頚椎に向かって踵を振り落として、地面に埋めてやる。ごん、と骨と地面がぶつかる良い音が響いた。
次いで、もう一人の男が叫びながら斬りかかってくるのをひょいと避ける。こいつらが賞金稼ぎを生業としているのかは知らないが、確実に向いてないから転職をおすすめしたい。
「額…肋骨、上腕、膝、脛……」
昨日覚えたばかりの人体の急所をぶつぶつ呟きながら、まず額に真っ直ぐ拳を打ち付けた。そしてぱっと地面にうつ伏せになると、手だけで身体を支え、両足を地面から持ち上げる。頭を抑えて呆気なくよろめいた男の両膝に向かって、勢いよく両足蹴り。
立っていられなくなって呻きながらどさりと倒れた男に反比例して、足を弾ませてひょいと立ち上がった。
地面に伏してすっかり沈黙した三人組を見渡し、ふう、と息をつきながら砂がついた手をパンパンとはたいた。
「まァ、付け焼き刃の知識にしちゃあ上出来だな」
満足感に頷いていると、ふとくつくつと笑う声が聞こえてきた。
「……野良犬みてェな動きだが、悪くない」
静まりかえった夜道に響いた声に驚いて顔を上げると、一体いつからいたのか、ローが向かいの宿屋の壁にゆるりともたれて立っていた。闇夜と帽子の影が重なって、いつも以上に目元の表情が伺えないが、街灯に照らされた口元は愉快そうに弧を描いていた。
一体どこから見てたんだ。ローに薦められた本そのままの、覚えたてほやほやの知識を披露したようで気はずかしい。少し照れくさくなりながら、ずっと被っていたパーカーのフードを脱いだ。
「…見てたのか」
「おれを追ってた奴が妙な動きしてたんで適当に刻もうかと思ったが、お前が出てきたんでやめた。……それより、どっかで体術でも習ってたのか」
「まさか」
おれは首を振って肩をすくめた。そんなことを教えてくれる大人なんて一人もいなかった。ただ弟のために、独学で適当に鍛えあげたに過ぎない。否定するおれに、ローは続きを促すように片眉をあげた。
「スラムでチンピラと縄張り争いしてるうちに、喧嘩慣れしちまっただけだ。……馬になって蹴散らすようになってからは、誰も寄り付かなくなったけどな」
「…なるほどな。その喧嘩戦法に医学の本の知識を加えたってとこか」
「……実験ついでにな。テンポ悪かったろ」
「いや?悪くねェと言ったはずだ」
ローは壁から背を離して、ゆっくりおれの方へ近付いてきた。途中、行方を塞いで転がり気絶している男を、すらりとした細い脚が蹴って転がした。
「…黒にしたのか」
目の前まで来たローは、おれのフードから伸びる紐をくるくる指で弄びながら言った。その骨ばった指の刺青をなんとなく目で追いながら、おれは素直に首肯した。
「ああ、黒いペガサスに変身するんだから黒を着てないと駄目だって、シャチとペンギンが」
「……あいつららしいな」
ローは薄く笑いながら、パーカーにある左胸のマークをぽんと叩いた。
「晴れて悪党の仲間入りってとこか」
「…はっ、悪党上等だ。キャプテン」
いつもは少し上の方にある顔が、今はおれを見下ろしているので、ふわふわした帽子のつばがぶつかりそうな程近い。そんなローを見上げてにやりと笑う。今度はよく見える隈を携えた目元も、珍しく楽しげに細められていた。
「ちょ、ちょっとお二人さん!良い感じのとこ悪いけど、危ないッ!!」
突然横から聞こえてきた、慌てた女の叫び声に二人して振り向いた。見ると女の前で、最初に倒した男が地面に伏し震える手で銃を構えていた。
「……ットラファルガー・ロー……!」
「……ちっ」
あからさまに面倒くさげなローと違って、おれは急激に冷や汗が湧き出るのを感じた。男の太い指が今にも引き金をひきそうで、心臓が嫌な音を立てる。黒々とぽっかりあいた銃口を見ると、腕が粟立ち、みるみる内臓が冷えていく。
脳裏にフラッシュバックしたのは、弟の死の場面だった。狂ったように笑う父親が携えた銃で、何発も撃たれて、その度に魚のように跳ねた弟の身体。為す術なく、ただ燃えるような怒りの中、見つめることしか出来なかった火を噴く銃口。
おれは震えながら、血が出そうなほど強く拳を握った。
「………おい、気色悪ィもんこいつに向けてんじゃねェよ」
「…リバー?」
訝しげなローの声色も、薄い膜のようなローの“円”が既に男を捉えていることも分かっている。しかし、銃をローに向けらていることの怒りで、我慢が出来なかった。血が沸騰するみたいだ。まるで経験のしたことのない、制御できない感情。
なんだこれ、なんだこれ。