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「……この国の住民は、もういねェぞ」
「…………あァ?」

ローは静かにそう言った。ぴくりと動いた青年は剣呑な目付きでローを睨み上げる。

「革命だ。予兆は無かったのか」
「…革命?……まさか、本当に決起されたのか」

流石に心当たりはあるのか、青年は大きく目を見開いた。血で汚れた唇がわなわなと震え出し消えそうな息が漏れる。

「今、この島にはお前しかいない。…ベポ」
「アイ!」

檻の外から飛んできた電伝虫を受け取って、受話器を青年に向けた。電伝虫が少し戸惑ったような声を真似て話し始めた。

『……キャプテン、こちらウニです。駄目です。街の中も、貴族が住んでたらしい屋敷の中も、人っ子一人いません。何処も彼処も争いの跡ばかりですよ……この感じじゃ島にいた人間は殆ど死んでますよ、多分。でも、死体がひとつも無いなんて、どうなってるんでしょう』
「……ああ。恐らく、政府が介入している」
『政府が?』
「表面的には王宮のSOSを受けて民衆の抑制のために兵力を送ったんだろうが……何がどうなったのか知らねェが、貴族も平民も、恐らくだが王族も。この島にいた国民全員に正義の殺しとやらを施行したようだな」

新聞には確か、政府は王宮の支援を決定し民衆を鎮圧することも検討している、と記されていた。決起された民衆の革命に武力を持って対応し、何の因果がか分からないがSOSを出した王宮側の人間を含む国民全員を排除する結果になったのだろう。
正義の名の元に殺人を犯す。そしてその事実を隠滅する。政府の十八番だ。嫌でも自らの故郷のことを思い出してしまいローは低く舌打ちをした。そして呆然と電伝虫を見つめる青年を冷たく見下ろしながら、口を開いた。

「…この城も、屋敷も、街も、人間はいねェ。この国で確認出来た人間は…一人だけだ。ウニ、城の前に集まれと周りの奴らに伝えとけ」
『アイアイ!』

ガチャ、と目を閉じた電伝虫とともに青年も唸りながらぎゅっと目をつむった。
「……本当なのか。この国に、人間は誰もいねェのか」
空虚な声が漏れる。青年の心中を思ったらしいシャチとペンギンが背後で重々しくため息をついた。

「間違いねェ。お前だけだ」
「弟に弾をぶち込んだあいつらも、」
「いねェ」
「死んだのか」
「分からねえが、政府が介入しているとすれば事実を知る人間を生かして逃がすとは思えない。……なんの偶然か、お前はそれを免れたようだが」
「は、…っはは…そうかよ……」

低く笑い始めた青年の、やせ細った身体がふるふると震えた。力なく手錠から垂れ下がっていた手が、真っ白になる程キツく握りしめられる。

「……冗談じゃねェぞ……ッ!っじゃあ、おれは!何のためにここで生きてたんだ!!!……クリスはッ……何のために死んだんだ……!!」

地に向かって咆哮した青年が、「畜生……!」と嘆きながらがくんと項垂れた。しかしローは左の手で青年の顎をすくい上げて、輝きを失い始めたその瞳を縫い止めた。震える睫毛の下、薄い色の瞳が戸惑ったように揺れる。

「……憎いか」
「…!!あァ、憎い……クリスを殺したあいつらが…おれ以外の手で死んじまったことがこんなにも憎い…!!」

やはり強い意志を消さない目に、ローは満足気に微笑んだ。

「はっ……上等だ。……おい、この城のどっかに錠の鍵が無いか見てこい」
背後に向かってそう言うとベポの能天気な返事と、「まじか~」というシャチの呆れた声が返ってきたが、二人は迷いなく階段を上がっていった。ペンギンはランプを抱えたままやれやれと肩をすくめている。

「…お前をここから出してやる」
「あァ?一体何の義理があって」
「おれはトラファルガー・ロー。海賊だ。気に入ったもんは頂いていく」
「…弟ももういない。おれにはもう生きる意味が無い!」
「憎いんだろう、今何もかも。…おれならお前の憎しみの手綱を引いてやれる。おれの船に乗れ」

探るようにローを見ていた青年の目が、感じ入るように見開かれた。大きな瞳に不敵に笑うローが映る。反射して煌めいていたその目がやがて次第に愉快げに細められていった。乾燥して割れ目のはいった薄い唇がいびつに歪む。

「…物好きだな」
「じゃなきゃ海賊なんてやってねェ」

ローは褒めるように青年の顎をするりと撫でて、手を離した。背後の階段をばたばたと掛け下りる音が近付いてくる。

「キャプテーン!あったよあった、割とすぐそこに!さすが海楼石、傷ひとつ無いや」
「ああ、嫌味なもんだ。……シャンブルズ」

ベポの手から入れ替えた鍵で、青年の手錠を解いた。支えを失い力なく崩れた青年を腕に抱きとめて、ローは彼の傷の位置を簡単に確認した。

「……びびるなよ」
「…あ?………うお」

突然痛みもなくすぱんと切れた自分の腫れ上がった額を、青年は呆然と見やる。「じっとしとけよー」という気の抜けたシャチの声が青年にかけられた。
青年は大人しくぴたりと動きを止めたまま、鬼哭を動かすローの手を目を見開いて見つめていた。

「……肥大した部分を切って、繋ぎ合わせた。痛みは無くなったはずだ」
「…あんた、一体……」
「立てるか」
「ああ………、っ、」

青年は一人で立ち上がろうとしたが、力が入らずに大きくよろめいた。ローは黙って青年の肩に腕を回してその身体を支えると、鬼哭で檻をすぱんと切った。
鉄が呆気なく両断される原理がさっぱり分からないのだろう。少し引いた顔でローを見上げる青年を無視して、引きずるように檻を出た。ローに捕まりながらもなおよろめく青年が居心地悪く俯いた。

「…悪ィ」
「黙って歩け」
「……街の様子が、見てェ。本当にもう、誰も…」

俯いて掠れた声でそう言う青年は、階段を上る足元もおぼつかない。何度もつまずく青年にため息をついたローは、「騒ぐなよ」と言って痩せた身体を持ち上げて横抱きにした。急に男の腕に抱かれた青年は驚いて息を詰めた。
ベポが代わるよ!と進言してきたが、ローは黙って首を振った。青年の背はローよりも10センチ以上は低い。栄養失調で痩せ細った体は軽すぎるくらいで抱える腕になんの支障も無かったからだ。
大人しくローの腕の中に収まった青年は、呆けたようにこちらを見上げてきた。

「………なんだ」
「…あんた、本当に海賊なのか」
「何が言いたい」
「いや…これまでおれが見てきた海賊は、大体が野蛮な猿みてェな奴らで……あんたとは、似ても似つかない」
「そこらの雑魚と一緒にするな」
「………悪ィ…」

縮こまって素直に謝った青年は、石のように動かなくなった。沈黙が続き、やがて階段が終わる。ロー達は元いた武器庫へと戻ってきた。

城の出口へと向かう途中、青年は変わり果てた城内を呆然と見渡しローの腕の中で身を固くした。壊れた家具、夥しい血痕、打ち捨てられた剣。全てがこの島で起きた事を如実に物語っている。
それら全てに目をやってからやがて両手で顔を覆い、青年は争いの跡から目を隠した。ちらりとその様を見下ろし、ローは足早に外へと向かった。

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