「キャプテーン!リバー!」
手招くベポの方へローと二人連れ立って向かった。島の外れも外れ、辺りには店どころか家も無くぽつぽつと枯れ草の生える以外には何も無い土地だった。こんな華やかな島にも、あの宿屋みたいな無法地帯やこんな枯れた土地があるんだな。
栄養の欠片も無さそうな土をほろりと蹴っている間に、ローはおれを置いてすたすたと行ってしまう。
別に良いんだけど基本はドライだよな。でも、なのに、たまに変に優しいところがあるからよく分からない。長い刀を携えるその後ろ姿を見て、常なら絶対しないだろう質問をしたくなって、すぅと息を吸い込んだ。
「なあ」
呼び止めるとローは怪訝そうに振り返った。なんで立ち止まってんだって、あからさまに面倒くさそうな顔。
「…さっきの、本当か」
「さっき?」
「おれの、馬の見てくれが気に入ってるって」
手汗がじわりと滲んだ。外見の話は、一番嫌いだ。生まれてから今まで、この顔のせいで良いことなんかひとつも無かった。屑の両親から受け継いだ顔。弟とおれに不幸しかもたらさなかった顔。天馬になっても、結局狙われて弟は殺された。
何もかもの元凶がこの見てくれにある気がしてならなかった。大嫌いだこんな顔。………でも。
「…黒いたてがみとか、でけェ角とか翼とか。お前のその目の色も、嫌いじゃねェ」
なんて事の無い顔でローは言う。でも、心に乗っていた重しが一息に無くなって羽根のように軽くなるくらいの破壊力があった。おれはぐっと手を握ってその衝撃に少しふらついた。外見への賞賛が、こんなに嬉しいと感じる日がくるなんて。
グレーの目が良いなァいくらで売れるだろう、とか。角を抜いて飾ろう、とか。黒い天馬なんざどいつも喉から手が出るほど欲しがる、とか。散々言われてきた呪いの言葉がローの言葉で一気に吹き飛んでいった気がした。
怪訝そうに此方を見るローに少し泣きそうになりながら、まあ絶対泣かないけど、おれは下手な笑みを返した。
「結構、嬉しいもんだな。…ありがとう」
「…別に思ったことを言っただけだ。……とっとと行くぞ」
「ん」
淡々とした口調だけど今度はおれが追いつくのを待ってくれている。のしかかってた枷をたった今ひとつ外したことなんて、全然気付いてないんだろうな。なんだかこの顔もあの黒い馬のことも、ちょっと好きになれそうな気すらしてくるんだから人間の感情って分からない。
おれは軽い足取りでローの元へ駆け寄った。隣に追いついたのを見届けてからローがまた歩き出す。廃屋の方でベポが「早くー!」とやきもきしていた。「悪ィ」と返して、ちらりとローを見上げる。
帽子の影を落とした目元は相変わらず隈がひどくて冷たい印象を受ける。でも、おれの視線を受けて面倒臭そうに額を小突いてくる仕草がどうしても優しく感じてしまって、おれはまた笑ってしまった。
少ししてたどり着いた廃屋にはベポとシャチにペンギン、あと五人ほどのクルーがいた。他の面々は船を隠す方に回っているんだろう。
クルー達は朽ちたフローリングに各々直接座り込んで暇を持て余しているようだった。恐らく今日は一日ここに缶詰めだろうから、気も滅入るってもんだろう。
ローが奥の壁際に寝そべったべポにもたれて腰を落ち着けたので、おれも入り口近くの壁に身を預けた。ベポの毛皮さぞかし気持ち良いんだろうな。
いつかおれにも触らせてくれるだろうか、とかまたらしくも無いことを考えてしまう。甘えるのは性分じゃないってのに最近少し変だ。ぼんやり考えながらベポを枕にするローを眺めていると、シャチがそういえば、と口を開いた。
「海軍の奴ら、ウチをご指名でこの島に来たっぽいですね」
「あァ」
「なんでまた」
シャチが不思議そうに首をひねる。おれは一気に罪悪感に襲われ、慌てて背筋を伸ばした。
「悪ィ、おれだ」
「リバー?」
「船長を狙った賞金稼ぎを殴り倒したは良いが、半端で放り出してきちまった。腹いせに通報された。おれの責任だ」
「なーんだ、そんなことか」
役に立つどころか迷惑しかかけていない自分が情けなく、おれはどんよりと頭を下げた。しかしすぐにペンギンのあっけからんとした声がかけられる。そんなことかってこの状況がそんなことなのか?
困惑して顔を上げると、神妙な表情をしたペンギンと目が合った。
「こんなん慣れっこだからどうでもいいよ。……それよりさァ、昨日の店の女の子の話聞いてくんない?超~~~~可愛くてさあ!」
「………………聞きたくねェ」
「なんでッ!!」
頭下げて損した。拒否したおれと違って興味津々らしい他のクルーが、ペンギンに話の続きを催促し始めた。
女談議がすっかり盛り上がり始めおれは完全に蚊帳の外だ。追われる身だってのにこんな呑気でいいのか。顎を立てた膝小僧に乗せて剣呑な目で脳内ピンク一色のペンギン達を睨んだ。すると奥から、はん、と鼻で笑う声がした。
「ウチに馴染みたかったら、どうでもいいことを気にすんのはやめることだ」
ふてくされて丸まったおれを帽子で隠れて口元しか見えないローが笑った。何か反論しようとしたけど、何を言ってもドツボな気がしてむっすりと口をつぐんだ。
ローはベポの上でごろりと寝返りをうって本格的に寝に入ったらしい。狭い小屋の中は男達の楽しげな話し声だけが響いて、とても逃亡中の海賊が潜伏しているとは思えない空気だ。
ちらりと窓を見ると太陽がすっかり天高く登っている。もう昼時か。あと一日もすればログが溜まってこの島を出航できる。それまで海軍に見つからなきゃいいけど。
ふああ、と大きな欠伸が漏れた。遠目にベポの呼吸の動きに合わせて浮き沈みするローが見える。大きな刀を片手に抱えて、ベポに身体を預けて寝入っている。警戒心の強そうな男なのにベポにはすっかり気を許しているようだ。
その光景を見ていたら、なんとなく、天馬になったおれの身体にローがもたれて眠る場面を想像してしまった。おれの翼をローの上にかざしてやったら、影になって眠りやすいかもしれない。そのくらい信頼してもらえる日が来たりするのだろうか。……来たら、良い。
なんて考えて、慌ててふるふると頭を振った。柄でもないことを。頭をぎゅっと膝に埋める。耳が少し熱くなるのを感じた。
こんな妄想、甘えた餓鬼みたいで嫌だ。嫌だけど、こうなったら良いなと思うことを止められない。ローに出会ってからおれはやっぱり変だ。
自分勝手な妄想の羞恥に耐えて縮こまってるうちに段々と眠くなってきた。まどろみ始める意識の中、おれはずっと、見目を嫌いじゃないと言ってくれたローの言葉を脳に焼き付けるように繰り返し再生し続けた。