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「腹減ったなァ」という誰かの声で目が覚めた。いつの間にか床に寝転がっていたらしい。変に固まっていた骨が軋む。丸まったまま、ぱちぱちと瞬きをして窓の外を見やった。頂点にあった日がだんだんと落ちてきている。

「食料調達した奴らは昨日のうちに船に戻ってるしなあ」
「海軍の野郎かなりの人数で来てるしよ~~バレたらことだぜ」
「でも今日一日なんも食ってねェぞ」
「どっかから盗むか?」
「キャプテンに頼むか」
「でも騒ぎ起こすのも面倒臭ェよなあ」

寝ぼけ半分、だらだらと飯会議をするクルー達の声を聞いている内に、自分の腹が切ない音をあげた。そういやおれも、今日は何も食べてないな。スラムじゃこんなことしょっちゅうだったから空腹自体は慣れてるけど、ここ最近はたらふく食べていたからか少しキツい。

「うし、んじゃ誰か一人が飯の調達に行こう。んでもしバレたらそいつだけお縄ってことで!」
「ドライー!!」
「せめて二人!」
「バカヤロ!ヘマしたら自己責任に決まってんだろが!」

意気揚々と宣言したシャチに、ぶーぶーと、しかし明るい非難の声がかけられる。こういう修羅場には慣れているんだろう。大した危機感は感じられない。

「んじゃー勝った奴が行くってことで」
「やるかあ!うし、じゃーんけーん」
「………おれが行く」

ぽん、と皆が言い終わる前におれはむくりと立ち上がって片手を挙げた。視線が此方に集中して、忘れてた、と言いたげに全員の口がぽっかりと開く。そんなに気配消してたつもりは無いんだが。おれは思わずむっと口を尖らせた。

「そういや、お前いたんだった!…いやでもよ、行くってどうすんだ?買うにしても町は海軍がうようよいるし、リバーは結構目立つだろ」
「そーそ、別に良いんだぜ。お兄さん達に任せとけよ」

シャチとペンギンがおれの両肩に肘を乗せ、へらへらと笑った。大方おれに余計な騒ぎを起こされるのが面倒くさいんだろう。完全に舐められてる。おれは二人を鼻で笑って、手を払いのけた。

「大体ことの発端はおれだ。詫びに上等な食いもん届けてやる」
「ええ?大丈夫かー?別に一日くらい食わなくても良いんだぜ」
「言ってること違ェじゃねえか……ま、おれも腹減ったからついでだ。行ってくる」

無理すんなよーと投げかけられる声をやり過ごしながら、小屋をでる。間際にちらりと振り返った部屋の奥には、帽子を深くかぶったローが、未だベポを枕に眠っていた。すぐに視線を外して、踵を返す。たまには役に立ってみせるから、せいぜい眠りこけとけ。



…と、息巻いて飛び出したは良いものの。正直上等な食料のアテがあるはずもない。まあシャチ達だってそんなに期待しちゃいないだろう。
町の中心へと伸びる畑道を歩きながら、おれはとりあえずハートの海賊団のマークが描かれたパーカーを脱いで腰に巻いた。見られたら一巻の終わりだからな。

ハイネック一枚になった上半身を見下ろすと、薄い服が筋肉にぴったりとくっ付いて身体の線が浮き彫りになっている。まァ、上々だろう。

それから、畑の傍を流れていた川べりにかがみ込んで、水面に映る自分の顔をまじまじと眺めた。ちょっと寝ぼけちゃいるが、殆どいつもと変わらない顔だ。好き勝手にはねた寝癖を川の水で押さえつけ、顔を丁寧に洗う。

手ぐしで髪を後ろに撫でつければ、まあ大体完成だ。ぱん、と頬を叩いておれは町への道を急いだ。日はもう殆ど落ちかけている。皆の胃袋をとっとと満たしてやらないと。



足早に向かった先は、昨日客引きの女に絡まれた飲み屋街だった。まだ本格的に営業を開始している店は少ないが、それでも店先や街の明かりは煌々と光っていて、これから来る夜の時間を思わせる。人々の顔つきこそ違うものの、こういう盛り場の雰囲気は故郷とさして変わらない。

おれはそれとなく辺りを見渡して、一際細い路地に目をつけた。一人、疲れきったような目をした中年の親父がすっとその路地に消えていく。当たり、と呟いてその親父の後に着いてその道へ入った。

頼りなさげな背中を追いながら薄暗い路地を抜けると、サイドの飲み屋の高い建物に囲まれるように、ピンクの看板や毒々しい模様の暖簾がかかった店の並ぶ通りに出た。

店の前には掃き掃除をする若い女がいたり、鮮やかな服をきた男や、やけに筋肉のついたおっさんが手持ち無沙汰にうろついていた。背中が殆ど丸見えの服を着た女はこっちに気づいた瞬間ウインクを飛ばしてきた。まだ開店前だってのに盛りすぎだろ。しかし通りにいる奴が揃いも揃っていかにもな服装をしている。

後をつけた親父は、どぎついランプのついた店のひとつへと慣れた足取りで消えていった。その店の名前があまりにもあからさますぎて、いっそ笑える。
昨日シャチやペンギンが辿り着いたのも、もしかしてこの通りだったんだろうか。

いよいよ沈みかけた太陽に焦らされながら、風俗街の片隅にある一番建物の造りが豪華そうな店の前に座り込んだ。いかにもな風貌のおっさんがちらちらと此方を見てきたので、べ、と舌を出してそっぽを向いておいた。貧乏人はお呼びじゃない。

辺りはいよいよ暗くなり始めた。今まで何処に隠れていたのか、ってくらい風俗街にも人が増えてにわかに通りが騒がしくなってきた。
もう既に女をはべらしている奴や、おれと同じように隅に座りながら通行人を品定めしてる奴。観光客の多い島だって、こういう裏の顔はあるもんなんだな。

座り込んだ店は通りの中でも一層ライトが煌びやかで、壁も赤一色、扉は金色といういやらしさ全開の風貌をしていた。だが金のかかった造りに見合う様相の客が、次々と訪れては扉へと吸い込まれていく。

男女問わず幾人かが扉の横に座るおれに声を掛けてきたが、イマイチぴんと来ず全ての誘いを断った。もっと、もっと金を持ってそうな奴が良い。

さて、何でおれがこんな風俗街に座り込んでるかというと。上等なものを届けると息巻いたからには、おれはクルー達に相応の食事を用意しないといけないからだ。
これは別に義務じゃない。おれなりの詫びと、プライドの問題だ。ペンギンから貰った金じゃ大したものは買えないし、盗むのはリスクが高い。

そこでおれなりに考えた末、金持ちにしこたま食料を買わせてそれを届けるのが一番手っ取り早いんじゃないかという結論に至った。

今までは親から受け継いだこの顔を使って命を繋ぐのが嫌で、それ以外の方法で無理くり生きてきた。だけど、ローが褒めてくれたから。この見てくれが良いと言ってくれたから、あいつらのために使うのは悪くないと、なんとなくそう思った。

それはもしかしたら汚いことかもしれない。決して綺麗じゃないし、男らしくない……誇れることじゃない。でも、それでも良いからあいつの役に立ちたいって、これは本当におれのただの自己満足。

鮮やかな風俗街の明かりを薄目に眺めていると上等なスーツを着た中年の男がふと目に入った。傍には付き人らしき人間もいる。あ、こいつだ、と直感で分かった。男は真っ直ぐこの店に向かって歩いてきている。じっと見つめていると、ばちりと目が合った。

髪を耳にかけてゆっくり首を傾げてみると、男の鼻の穴が興奮するように膨らんだ。一本釣り成功。薄く微笑んでから立ち上がって壁にもたれ、足早に向かってくる男を待つ。

「き……君、この店の子かい?君のような子は見たことが無いような気がするんだが」

すっかり鼻息を荒くした男が早口に問いかけてきた。丁寧に揃えられた髭、高価な帽子に高そうな革靴。こりゃ大当たりだ。
うっかりにやけないよう気をつけながら、おれは上目に男を見つめた。男の顔がみるみるうちに赤くなる。

「…いや、実は店の人間じゃないんだ。……ねェ旦那、ぼくちょっと困っててさあ…」
「こ、困ってる?私で良ければ話を聞いてあげるよ」
「本当に……?」

つつ、とスーツの胸元を指でなぞれば、男がふるりと身震いした。食い入るように熱い目で此方を見つめて両手でがしりとおれの手を掴んでくる、


「本当だとも!……ただ、君、こんな場所にいるんだ。相応の心構えはしてるんだろうね?」
「もちろん。お願い聞いてくれたら、ぼく何でもするよ」
「なッ!何でもッ!!??」

ふ、と男が一瞬白目を剥いた。握られた手が汗で湿って気持ち悪い。しかし、致し方ない。おれが選んだことだ。内心反吐を吐きつつ、おれは男の耳元に顔を近づけた。

「……実はさ、島の外れ…畑の跡がある所の小屋に、おれの兄弟がいるんだ。もう何日も、なーんにも食ってないんだよ。…玉には豪勢なもんを食わせてやりたくて」
「なに、兄弟が?…それは可哀想に」

男の目に確かに同情が走った。兄弟のために我が身を売るいたいけな少年。そんな悲劇の人物かのようにおれを見ているんだろう。好都合だから別にいいけど。

「うん…ぼく、兄弟に良いものを食べてほしいんだよ……」
「おお、おお、なんと気の毒な。おい、急ぎ食料を手配しろ。この島の一級品を揃えてやれ」

男は後ろに立っていた付き人に慌てて命じた。付き人が頭を下げたのを見て、おれはぱっと顔を輝かせる。

「本当に?…じゃあ、兄弟はもう寝てるだろうから、小屋の近くにそっと置いておいてくれる?鼻の利く弟がいるから、良い匂いがすれば分かるはずだ」

流石にロー達の姿を見られるのはまずい。どう見たって飢えた子供のようには見えないだろう。ベポなら、飯の匂いに気づくはずだ。
おれの言葉に頷き静かに頭を下げた付き人は、足早に姿を消した。これで多分、食料は無事確保できただろう。

「……さて」

興奮を無理やり抑えたような低い声に、うげ、と一瞬顔がひきつる。ゆっくり顔を戻すと、男が恍惚とした笑みを浮かべておれを見ていた。手を握っていた汗ばんだ両手が、おれの首をするりと撫でた。ちょっと吐きそうだからやめて欲しい。

「一級品の食事の礼は、君に払ってもらうよ……ああ、もちろん君自体一級品なんだが…どんなことを、してくれるのかな?」

鳥肌が立ちかけるのを必死に抑える。歪に微笑む男を前に、どうすっかなァ、と思いながらニコリと笑ってやった。



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